第18話「冷たい力 熱い感情」【Dパート 行方】
【4】
「例の花開いたツクモ獣が、救援を要請しているだと?」
玉座に座るザナミのところへ、アッシュから届いた報告。
それを聞いたバトウ老人が、クククと不敵な笑い声を漏らした。
「ザナミさま、これはチャンスですぞ。かのツクモ獣は彼奴らどもにとって戦いづらい存在が依り代。うまく我々のもとへ引き入れられれば、必ずや強い味方となりますぞ!」
「ちっ、しょうがないねぇ。私がまた行ってやろうか?」
「お前たちみたいな役立たずより、俺たちを頼って欲しいんじゃーん!」
突如後方から響いた緊張感のない声に、フェイクはとっさに臨戦態勢をとる。
そこに立っていたのは声を発したと思われる、ジャラジャラとした飾りを無数に身に着けた軽薄そうな若い男。
その隣にはピエロのマスクで顔を隠した、横笛を携えた男。
そして、身体から常に白い煙を放出し続ける、氷の塊のような大型犬が座っていた。
「何者だい? あんたたちは……?」
「ちょっと首領サマ、教育行き届いてないんジャーン?」
「ホホホ……我らアーカイブツクモロズの存在、明かしていなかったのですかなぁ?」
「グルルル……」
口々に見下したような発言をする二人と一匹。
その口ぶりからするに、彼らもまたツクモ獣なのだろう。
しかし、アッシュやバトウ、セキバクらとは違う嫌な気をフェイクは目の前の連中から感じていた。
「聞け、フェイク。アーカイブツクモロズとは、フェーズ2になったことで蘇った、過去の戦いで功績を上げたツクモロズのことだ」
「そーゆーコト! つまり、お前たちと違って実績があるってことジャン? このチャーラ様に任せれば、その有望ツクモ獣の回収くらい簡単ジャン!」
「……わかった。そこまで言うならばこの任、貴様に任せてみよう」
「ありがたいお言葉ジャン! それじゃあお先に手柄を頂いて来るジャーン! ギャハハハ」
下品な笑いをしながら、玉座の間を立ち去るチャラ。
目通しは終わりとばかりに、あとに続くように消えるピエロと氷の犬。
バトウは「こりゃ、勝手に歩き回るでない!」と叫びながら消えたピエロを追いかけていった。
静かになった空間の中で、フェイクは以前にザナミが言ったことを思い出した。
「なるほど……私達が必要としているかどうかに関わらず、アイツラが湧いてくるからあんたは……」
「そうだ。信頼の置ける者を一人でも増やしておきたかったのだ」
「でもいいのかい? これであのチャラ男がツクモ獣を連れてきちまったら増長されちまうよ」
「フ……奴らは知らぬのだ。この代の戦いが、これまでと違うイレギュラーに満ちていることをな」
不敵に微笑むザナミの言葉に、フェイクは憎い鉤爪の女の顔を思い出した。
※ ※ ※
手足のしびれ、激しい頭痛。
ぼやける視界にふらつく足取り。
額を押さえ足を引きずりながら、魔法少女姿で華世は歩いていた。
「ハァ……ハァ……結衣……」
目の前に開ける、広い公園。
百年祭の後始末を終えた広場を前にして、こめかみを指で押して義眼のモードを切り替える。
モノクロになった景色の中に、わずかに浮かぶ青い煙。
その色が濃くなったと同時に、キャリーフレームが降り立つ風圧が華世のスカートをはためかせた。
「華世、何やってるんだよ!」
コックピットハッチを開いた〈エルフィスニルファ〉から飛び降りたウィルが、倒れかけた華世の身体を腕で受け止める。
赤い瞳の奥に機械的なラインを浮かべる右目を爛々と光らせながら、華世が大きく息を吐いた。
「結衣を、助けに行かなきゃ……」
「ドクターが明日まで安静にしなきゃダメだって言っているのに……」
「嫌な……予感がするのよ……。それじゃあ……間に合わないって……」
──予感。
理由としては説得力などまるでない言葉であるが、華世の言葉で発せられたのなら意味合いが違ってくる。
華世は決して、希望や絶望で意見を変えたりはしない。
常に真っ直ぐ、自分の正しいと思う事を貫き、実現させてきた。
華世が言葉で表したということは、ExG的な能力で危険を感じ取ったということに他ならない。
「でも、その身体じゃとても……」
「フゥ……フゥ……。あたしだって、何も考えずに出てきたわけじゃないわよ……。麻酔が切れてくれば、痛みを我慢するだけでいい。……乗せて、くれるんでしょう?」
開いたままのニルファのコックピットを指差す華世。
あくまでも進もうとする彼女を前に、ウィルは迷っていた。
このまま身を案じて病院に連れ戻すか。
それとも華世の意見を汲んで結衣救出に乗り出すか。
(……俺の、やることは決まってる)
考えるまでもなかった。
華世を信じる、華世を助ける。
それが今、このコロニーに立っているウィルの存在意義。
常に冷静で的確な判断を下す華世を、極限状態にあっても友を救うことを優先する華世を。
彼女の考えを肯定し、手助けする。
決して思考停止のイエスマンではない。
徐々にその瞳の奥に輝きを取り戻す華世の、色が不釣り合いな両目を見て肯定する。
武装を外された愛機で、彼女を運ぶ。
それが、ウィルが下した決断だった。
「本当に、大丈夫なんだね……?」
「ええ。それに……結衣は今苦しんでるはずよ。それに比べれば、このくらい……!」
肩を借りつつ立ち上がり、一歩一歩ゆっくりと……けれども力強く地を踏みしめる華世。
そのままタラップとなったコックピットハッチを登り、パイロットシートの横スペースに入り込む。
すでに乗っていたリン・クーロンが華世の身体を支え、優しく頬を擦った。
反対側に乗るホノカと杏からの怪訝な視線を受けながら、ウィルはコックピットへと乗り込んだ。
「……ウィル」
「なんだい?」
「めちゃくちゃ狭い……」
「我慢してよ。二人でも窮屈なのに5人乗ってるんだから……」
華世の文句に反論しながら、ウィルは〈エルフィスニルファ〉を浮上させた。
コロニー・ポリスが調べたという、結衣の行き先へ向けて。
───Eパートへ続く




