第18話「冷たい力 熱い感情」【Bパート 華世と結衣】
【2】
華世が結衣と出会ったのは2年前の秋頃。
沈黙の春事件で故郷を失った華世が義手のリハビリを終え、小学校へと編入されたときだった。
小学六年生も半分を終えた頃合いに入ってきた転入生。
しかもその時は品薄だったこともあり、華世の義手には人工皮膚は張られていなかった。
右袖から金属の腕を出した少女を見た同級生たちの反応は、得体のしれないものを見る嫌悪と畏怖。
生徒だけではなく、教師たちも書類上は大元帥の娘である華世に対し、腫れ物に触るような扱いばかりだった。
そんな扱いをされ続ければ、自然と心に壁を作り出す。
家に帰っても内宮やミイナと言葉をかわさず、食事の時以外は部屋に引きこもるのが常だった。
そんな中、隣のクラスにも関わらず声をかけてきた人物が居た。
「わぁ! 本当に機械のお手々だ! かっこいい!」
休み時間に窓から外を眺めていた華世に声をかけてきた少女。
それが静結衣だった。
両親が義肢装具調整士であり、自身もその後継者を目指して勉強していた彼女にとって、義手は見慣れた生活の一部。
彼女曰く、大人の男の人がつけるものだという認識だった義手を、同じ歳の女の子がつけているのが珍しかったらしい。
もしかしたら、ナノマシンを入れている一種のサイボーグである結衣にとって、華世は仲間と思われたのかもしれない。
「ね、ね! 帰り道一緒だよね! 一緒に帰ろっ!」
最初は好奇心からだったようだが、徐々に結衣の興味は義手から華世自身へと移っていった。
しかし決して悲しい生まれに同情したりとか、義手をつける経緯を聞き出そうとしたわけではない。
もっぱら結衣の出す話題は、テレビのこと、ネット上の流行り廃り、発売したてのゲームの話。
他の誰にでも振れるような一般的な話題を、結衣は繰り返し繰り返し華世にし続けた。
「私は、華世ちゃんの一番の親友だよ!」
半年経ち小学校の卒業が間近に迫った頃から、結衣はよくそう言うようになった。
それは他に友達の居ない華世を励まそうとしたのか、それとも義手をつけた友達が誇らしかったのか。
理由はわからないが、少なくとも華世にとっては救いの言葉であった。
復讐と憎しみという闇に溢れた心に、差し込んだ光。
結衣の優しさは華世の中に徐々に広がっていき、ろくに話もできていなかった内宮、ミイナとも言葉をかわす機会が増えていった。
そうして一年たち、中学校にあがった頃……華世は今のような性格になった。
それは結衣の期待に応えようとしたのかもしれない。
違うクラスに配属されてなかなか会えなくなった状態でも、強く生きようと思ったのかもしれない。
リハビリの過程で教え込まれた武道の心得も自信につながった。
街なかで不良にちょっかいを掛けられれば殴りつけ、蹴り倒す。
いじめの現場を見れば、首謀者を締め上げる。
目の前でひったくりを見れば、追いかけて取り戻す。
そうやって強い生き方ができるようになったのも全て、小学生の時に結衣が話しかけてくれたからだった。
今の華世があるのは、結衣のおかげといっても過言ではない。
魔法少女の力を得て人間兵器となり、ウィルと出会いホノカを雇い杏を受け入れ今に至る。
もしあのとき結衣が居なかったら、おそらく今の生活も関係も無かっただろう。
それほどには、華世の人生の中で結衣の存在は大きかった。
※ ※ ※
「いい話ですわ~~~!!」
「うわっ、こんな話で泣くんじゃないわよ気持ち悪い」
「ひどい言い草ですわっ! でも華世にとってそれほどまでに大事な人物に手を出すなんて、ツクモロズは許せませんわね!」
涙でグチャグチャになり鼻水が垂れた顔のままハンカチを握る拳を震わせ、怒りに燃えるリン。
彼女の両隣に座るウィルとホノカも、涙こそ見せていなかったが感動しているようだった。
「華世、俺たちも静さんを助けるのに協力は惜しまないからね!」
「大切な友達……必ず助け出さないといけませんね」
「そんなことは百も承知だし当たり前よ。ただ……」
華世の懸念はいくつもある。
まず、行方をくらませた結衣が無事かどうか。
彼女は明らかに、ツクモロズによって精神を支配された状態にあった。
その状態で敵に捨て駒同然でアーミィへの攻撃に使われれば、助ける以前に始末される恐れがある。
二つ目に、華世の中のどす黒い謎の感情が暴走しないか。
杏のときと言い結衣のときと言い、華世が親しみを感じる存在が敵となった時、明らかに自分ではない何かに意識が乗っ取られる間隔に苛まれてしまっていた。
そうなったら理性を無くし、身内だろうが手にかけかねない危険な状態となってしまう。
助け出すために発見した挙げ句、自分の手で息の根を止めてしまっては救うに救えない。
三つ目は、どうやって彼女を見つけるか。
百年祭の場に居た咲良たちの証言によれば、華世が一撃受けた直後にはもう結衣の姿は無かったという。
ツクモロズはワープのようなことができるようだが、それにより敵の本拠地に行ったのか。
それともまだクーロンの中に居るのか。
皆目見当がつかない。
そして最後に、どうやって助け出すか。
それに関してだけ、ある程度の予測は立っている。
華世が話した懸念点に、三人が一斉にウーンと唸り始めた。
「確かにそのどれも難しい問題ですわね……」
「相手が相手なだけに、アーミィの人たちの力は借りにくいしな……」
「華世が暴走した時の対応が一番むずかしいと思います」
「そんなことはないぞ」
また病室の入り口から聞こえてきた声に、再び一斉に振り向く三人組。
今度この部屋を訪れたのは、白衣を着たドクター・マッドとハムスターケージを抱えたパジャマ姿の杏。
そのケージの中では見慣れた青いハムスターが格子にしがみついていた。
「ドクター。その口ぶりからすると解決法があるみたいだけど」
「まあ急くな。まず一番の懸念点である華世の暴走に関しての対策なら、これが一番だろう」
そう言ってドクター・マッドが取り出したのは、杏の首に巻かれているものと同じチョーカー。
何らかの条件が満たされると強力な麻酔針が飛び出し、着用者の意識を奪う安全装置である。
「同行するだれかに首輪の起動スイッチをもたせ、華世が暴走し始めたら押させればいい」
「確かに……怪物になった杏にも充分効いてたから、眠らないまでも動きは鈍るから抑えやすくはなりますね」
「その後に結衣をどうこうできるかは別問題でしょうけどね」
受け取ったチョーカーを首に巻き、パチンと留め具をはめる華世。
奇しくもそっくりな杏とお揃いになってしまったが、別に嫌な気分はない。
「それで、あたしの件はいいとして……結衣はどうやって見つけるのよ」
「フッフッフ……その回答こそ彼女とハムスター、そして華世にこれから施す手術のことなのだよ」
「はぁ……?」
首をかしげる華世の前で、ドクター・マッドはモノクルのレンズを妖しく煌めかせた。
───Cパートへ続く




