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第17話「埋め込まれた悪意」【Eパート 尾行大作戦】

 【5】


「ターゲット確認……ビルに入ったよ」


 テルナが必ず立ち寄るという店。

 その店舗が入っているビルの階段に身を潜め、華世は外で待機しているウィルから電話越しに連絡を受けた。

 十数秒後、階段横のエレベーターから出てきた目立つ赤髪が、店の中へと入っていく。


「こっちも確認したわ。ポスターを眺めるふりをして窓越しに見張るわよ」

「「らじゃー」」


 小声で両脇のリンと結衣に指示を出しつつ、三人で店の中が見えるガラス張りの壁に寄る。

 そして美少女キャラクターが描かれたポスターの前で談笑するフリをしながら、テルナの行動を観察した。


「入ってからまっすぐに奥の本棚に向かったわね」

「でも華世ちゃん、なんでテルナ先生……その、同人ショップなんかに来るんだろ?」


 テルナが入っていった店は、ビルの中にある小さな同人ショップ。

 いわゆるアマチュア作家が委託する本やゲーム、音楽ソフトなどを販売するオタク向けの店である。


「マニアックな店に立ち寄る人間の層は偏ってるからね。ここならアーミィもポリスも監視の目が届かない……」

「なるほど、なにかメッセージを残してやり取りしているということですわね?」

「本当にそうかなぁ?」


 結衣が半信半疑な声を上げるが観察を続行。

 数分経って手にとったひとつの本をレジに持っていくテルナ。

 華世はその表紙とタイトルを覚え、店から出てくるターゲットに見られないように結衣たちと再び階段へと身を隠す。


「ウィル、今からターゲットはエレベーターで降りるわ。あたしたちは店をチェックするから尾行お願いね」


 テルナがエレベーターの閉じる扉の奥に消えていったのを確認してから、結衣とリンを連れて入店する華世。

 記憶を頼りにテルナが立ち止まっていた本棚から、ターゲットが手にとったと思しき本を発見する。


「えーと、これね。作者・七夜月、タイトルは……友情の果てに?」


 見た目麗しい青年二人が描かれた表紙。

 サンプルと書いてある一冊を手に取り中を開くと、そこには……。


「ちょ、ちょっと華世! お、男同士でキスしてますわよ!」

「うわっ、結構ガッツリしたBL本だね……けっこう攻めてるけど、ギリギリ18禁じゃないのかな?」 

「ビーエルって、よくわかんないけど男同士が恋愛するやつだっけ? きっとこの本の中に奴らのメッセージが隠されているのよ!」


 華世は確信を持って包装されている新品の本を掴み、レジへと持っていく。

 怪訝な顔で精算する店員の目線を気にせず、華世は買った本を早速店の外で確認した。


「えっ、この展開からそうなるんですの!?」

「絵が綺麗だから、すっごくドキドキするね……」

「あんたたちねぇ、真面目に見なさいよ。どこかに暗号になるような何かが書いて、書いて……ないわね」


 一通り何度か薄い本を隅から隅まで読み込んだが、怪しいところは見当たらない。

 むしろ男同士の恋愛というアブノーマルなものを見続けたからか、リンが目を回していた。


「……やっぱり華世ちゃん、先生はただこの本が欲しかっただけじゃないかな?」

「おかしいわねぇ。毎週通ってるってことは定例報告に繋がる行為だと思ったんだけど」

「それよりも早く仕舞ってくださらない……? 目に、目に毒ですわ!」


 嫌がるリンがうるさいので興味津々だった結衣に本を押し付けつつ、華世たちはエレベーターで一階に降りる。

 既にウィルから、近くの商業施設の中にテルナが入っていった知らせを受けている。

 今度こそ、何か尻尾を出すはずだ。



 ※ ※ ※



「なーんにも、わかりませんでしたわね……」


 すっかり時刻は夕暮れ時。

 空の色がオレンジがかったあたりで、疲れ切ったリンがベンチに座り込んだ。

 結衣も自販機で買ったお茶を飲みながら、はぁ……と大きなため息をつく。


「なかなかやるわねアイツ。ここまで巧みに証拠を握らせないなんて」

「華世ちゃん、たぶん勘違いだったんだよ。先生スパイじゃないんだよ」

「何言ってるの。これまでの説明がつかないアイツの色々が、ツクモロズのスパイだったら辻褄が合うのよ」

「では今日はスパイをする日……ではなかったのではありませんの?」

「うーん……一理あるかもねぇ」


 もうかれこれ6時間近く、尾行と空振りを繰り返している。


 商業施設に入ったテルナはゲームセンターへと向かっていったが、お菓子が取れるクレーンゲームを2,3回遊んだだけで終了。

 そのお菓子のラインナップからメッセージ性は見られなかった。


 次に訪れたのは小物屋。

 いろいろと物色していたが結局なにも買わずに出ていった。

 見ていた品物からは何も関連性が見当たらない。


 商業施設を出た後に訪れたのはクレープ屋の屋台。

 そこでテルナが買ったチョコバナナクレープは美味しかったが、なんの変哲もないクレープだった。


 そんなこんなで空振りをし続け、今に至る。

 華世はまだまだ元気だったが、付き合っている二人がこれではこれ以上の尾行は困難だろう。

 次に訪れた店を最後に今日の調査は打ち切ることにして、華世たちはウィルが突き止めた店の前で立ち止まった。


「焼き鳥屋とり蔵……ここに入っていったのね、ウィル?」

「うん。特に迷う様子もなくまっすぐに」

「華世ちゃん、たぶん晩ごはんを食べに来たんじゃないかなぁ」

「そうですわよ。わたくしたちも空腹でクタクタですわ」

「もしかしたら飲み屋という立地を生かして大胆にも連絡を取り合っているのかも。ちょっと覗き見るわよ」


 店の扉を少しだけ開き、隙間から中を覗き見る。

 視線を右へ左へと動かし、広い畳の座敷に座る人の陰を見渡す。

 そしてようやくテルナの背中が見え……その向かいに座っている人物の顔を見て、華世は驚愕した。


「なんで、なんで……」

「どうしたの、華世ちゃん?」

「どうして、あいつが……秋姉あきねえと一緒に座ってるのよっ!?」



    ───Fパートへ続く

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