第17話「埋め込まれた悪意」【Cパート 百年祭】
【3】
「結衣、少しは元気出しなさいよ。杏もホノカも無事だったんだし」
アーミィ支部と併設されている病院からの帰り道。
午前中だというのにドンドンカンカンと騒がしい街中で、俯き続けている結衣へと華世は優しく背中を叩く。
病院から出てからというもの、ずっと彼女はこの調子だった。
「私が……持ってたら……」
「え?」
「私が、戦う力を持っていたら……。華世ちゃんみたいに変身できたり、ウィル君みたいにキャリーフレームに乗れたら……」
「今回のようなことは防げたって?」
黙って頷く結衣。
彼女が責任感に潰されそうになっている理由は分からなくもない。
足手まとい感──というのだろうか。
今回の騒動は、結衣が杏に元気を出させるため、ホノカとカズの色恋沙汰へと巻き込んだのが原因とも言える。
しかし、結局の所は杏のメンタルが最悪なタイミングでツクモロズと遭遇。
ホノカがドジを踏んで身動きがとれないところを付け込まれたのが、杏の怪物化を招いた……。
言ってしまえば運がない、最悪に最悪が重なった偶発的な悲劇であり、良かれと思ってやった結衣に非は無い。
けれども彼女は、そう思っていないようだった。
杏を無理やり連れ出し、現場に居合わせさせてしまった。
そして、無力ゆえにツクモロズに抵抗できず、目の前で杏を……。
「結衣、あんたはよくやってるわよ。あたしの義手や義足は、あんた無しじゃ維持できないのよ」
「でも! でも……その場にいたのに何もできなかった……。杏ちゃんに手をのばすあの人を止められなかった……! 悔しい、悔しいんだよ、私は……」
完全にマイナス思考全開モード。
どんな慰めの言葉をかけても、彼女を納得させることはできないだろう。
ドンヨリ娘を先導するように前を歩きながら、華世はどうしたものかと頭を悩ませる。
──ボーッとしながら歩いたためか、気がつくと二人は芝生が一面に広がる、広い公園へと足を踏み入れていた。
金属音を響かせながら、パイプ組みのテントを組み立てる作業用キャリーフレーム。
その横をヘルメットを被った人たちが、あたらこちらを走り回る。
なんとも見慣れない光景に、華世は結衣を慰めようとしていたことを忘れ、ポカンと賑やかな現場を眺めていた。
「あっ! 華世ちゃんだ~!」
緊張感のない聞き覚えのある声に、ゆっくりと視線を向ける。
そこにはオシャレな格好で手を振り、駆ける咲良の姿。
その後ろからは、ゆっくりとした足取りで楓真と、ELと思しき少女型アンドロイドが歩いて来ていた。
「三人揃って、何やってるのよ? この騒ぎの警備……には見えないわね、その格好」
「今日は非番だから私達はお休みだよ~。って、華世ちゃんはお祭りのこと知らないの?」
「お祭り?」
「おやおや、知らないみたいだね。今日はちょうど、地球人類による金星入植が始まって百年目なんだよ」
楓真が得意げに語る事に、華世は少しだけ聞き覚えがあった。
ここ数日間、テレビでやたらと特集されていた金星入植の歴史。
ビィナス・リングを形成する最初のコロニー・セントラルが安定軌道に乗るまでのドキュメンタリー。
思えば、そのときに出てた年号がちょうど百年前だったかもしれない。
「なるほど、それで記念祭ってわけね」
「はい。例年であれば各コロニーが自由に祝う日なのですが、今年は百年祭ということで12のコロニー全てで大きなお祭りがあるようです」
すっかりアンドロイド姿が板についたELが、少し得意げに語る。
聞いたところによればツクモロズ化して暴走した事件の後、咲良の非番に合わせて自由行動が認められたとか。
そのおかげか、咲良とELは公私ともに過ごせるパートナーへとなれたようだ。
「フィナーレには、花火代わりのドローンショーもあるんだって~!」
「ハナビって?」
「おやおや、金星生まれには無縁だったか」
「花火とは、お祭りのときに打ち上げる、炎色反応の芸術を楽しむ爆弾エンターテイメントですよ」
「へぇー、地球にはそんなもんがあるのね。だってよ、結衣」
ショボくれたままの結衣を、肘でトントンとつつく華世。
けれども結衣はあまり気乗りしない感じに、「そうだね」と中身のない返事をした。
「結衣ちゃん、どうしたのかな~?」
「色々あって気落ちしてるのよ。放っておいて……ってか、アンタちょっとなんか言ってやってよ」
「え、僕がかい?」
結衣がホの字である楓真に催促する華世。
なぜ自分が……という風な楓真は一瞬首を傾げながらも、結衣と目線を合わせるように彼女の前で屈んだ。
「結衣ちゃん、だっけ」
「あっ……楓真さん」
「今夜のお祭り、来るといいよ。絶対に、元気になれるから……さ」
「はっ……はい!」
突然、意中の相手からかけられた言葉に裏返った声で返事する結衣。
これからELの服を買いに行くという3人を見送る頃には、すっかり元通り……とまでは行かないが、結衣はなかなか元気を取り戻していた。
「やっぱり楓真さん、素敵だなー……」
「良かったわね。さ、元気が出たところで……ちょうどもうすぐ待ち合わせの時間ね」
「待ち合わせ? 誰と?」
「ふふふ……ようやく、あの女の尻尾を掴んでやる日が来たのよ!」
声高々に宣言する華世の隣で、結衣はハテナマークを浮かべたままだった。
───Dパートへ続く




