第16話「桃色メランコリック」【Bパート 騒がしい朝】
【2】
人工太陽が照らす陽光が差し込む朝の教室。
ホームルームまでもう少しといった時間帯、徐々に賑やかになっていくクラスメイトの声。
学生たちの喧騒を聞きながら、ホノカは読書用眼鏡をかけたままひとり微睡んでいた。
「ふわぁ~……」
「眠そうッスね、ホノカ」
「まぁ、昨日遅くまでドラマ見てたから」
カズに「不健康ッスねー」と笑われながら、眼鏡をケースに戻すホノカ。
そのまま目逸らしがてら、窓際へと目を移した。
耳をすませば聞こえてくる、元気な話し声。
「ねえ杏さん、もうすぐ夏休みだけどどこか旅行にいくの?」
「どうでしょう? お姉さまが考えてくれたら行くかもしれないです!」
「私、サマーに海水浴に行きたいな。……あっ、見て! 葉月先輩よ!」
「本当だ! お姉さまー!」
友達らしい女生徒たちとともに、窓の外へと無邪気に手を振る杏。
彼女が転校という形でクラスに編入されてからひと月弱。
持ち前の無邪気さと社交性によって、杏がクラスへと馴染むのに時間はかからなかった。
それとは別に、華世の存在も杏の受け入れを後押しした。
魔法少女であることを公にしているゆえに、学校内での知名度はピカイチ。
そのうえ、このクラスにとっては教師たちも手を焼いていたイジメ女生徒グループ。
彼女たちが大怪我を追うことになった事件を華世が解決したわけだが、それがきっかけでグループの余罪が表に出た結果、転校。
実質的に排除してくれた功績もあるらしい。
その時に学校をツクモロズから守るために戦ったこともあり、華世はこのクラスだけでなく生徒たちほぼ全員からヒーロー……あるいはアイドルのような人気を博していたのだった。
「見た見た!? 私に手を振ってくれたわ!」
「ええーいいなー!」
桃色の鮮やかな髪を揺らしながら、窓際で友人とぴょんぴょん跳ねる杏。
明るすぎる彼女たちの太陽のような雰囲気から目を背けたホノカは、向いた先に見慣れない顔がいることに気がついた。
「カズ、あの子このクラスにいたっけ?」
「ん? ああ望月さんッスね。昨日まで登校拒否してたらしいスけど、やっとくるようになったッスか」
「どうして登校拒否を?」
「……何ヶ月か前に、華世の姐さんが倒したツクモロズがあの子のぬいぐるみだったんスよ」
大事にしていた物が怪物になり、目の前で倒された。
その精神ショックがもとで不登校になったというなら納得はできる。
華世の活躍も光だけを生んでいるわけではないのだな、とホノカは改めて認識した。
「杏さん、そのポケットの……何?」
「あっ! 出ちゃだめ!」
「きゃっ!?」
不意に聞こえた小さな悲鳴に再び杏の方を見ると、彼女のスカートのポケットから何か小さいものが飛び出すところだった。
それは空中で静止すると、パタパタと小さな羽を動かし始めた。
「息苦しかったミュー!!」
「ダメですよミュウ! 学校で顔出しちゃ!」
「そうは言っても、ポケットの中は息苦しいんだミュ!」
突然現れた青い毛玉……もとい空飛ぶハムスター。
人語を話す奇妙な存在に、クラスメイト全員の視線が吸い寄せられていた。
華世に魔法少女の力を与えた妖精族、ミュウ。
元は人型をしていたらしいが、力を与えて以来あのハムスターの姿でいるという。
普段はミイナ管理のもと、ハムスターケージの中で回し車を回す毎日に明け暮れているらしい。
杏の言い方から、どうやら彼女が連れ出したようだが……。
「杏、早くその子を隠しなさい。先生が来ちゃう」
「ホノカちゃん! わかってるけど……」
「何がわかっているんだ?」
低い声にギョッとしながら、ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは赤いロングヘアーと眼鏡がきらめく、テルナ先生の姿だった。
先生は素早く腕を伸ばし、宙に浮いていたミュウの羽を指で掴み、捕まえる。
「えっと、その、先生、これは……」
「学校にペットの持ち込みは禁止だ。私が預かっておく」
「でも先生、その子……」
「案ずるな。私は小動物飼育検定二級を持っている。放課後になったら取りに来い」
低く冷たい声に気圧され、何も言えなくなる杏とホノカ。
先生はそのまま理科で使う予定の虫かごにミュウを放り込み、一緒になにかスナックのようなものを数個入れた。
ミュウが目を輝かせてかじりつくのを見るに、ペットフードのようだ。
「あの、いつも持ってるんですか?」
「道行く動物に与えることもある。ふたりとも早く席につくんだ。ホームルームを始めるぞ」
「あ、はい……」
それ以上のことは聞けず、ホノカと杏は渋々自分の席へと座った。
───Cパートへ続く




