第15話「少女の夢見る人工知能」【Kパート 一時の希望】
【11】
「さく……ら……?」
「あっ、今喋った!」
「お嬢さま、お目覚めになられましたよ!」
ミイナに呼ばれ、華世は安堵の息を漏らしながら椅子から立ち上がる。
咲良が手を握る、一人の少女。
いや、少女型アンドロイド。
人間では成し得ない鮮やかな緑色をした髪色の、小柄な筐体。
その目が、ゆっくりと開かれた。
「私……は……?」
「EL、私がわかる!?」
「さく……ら……これは、私は……いったい?」
不思議そうに自分の手を持ち上げ、あたりを見回す少女。
華世は彼女の前でしゃがみ込み、まっすぐに瞳を見た。
「ミイナに感謝しなさいよ。消えかかってたあんたのデータ、メモリに押し込んで回収してくれたんだから」
「大変でしたけど、この感動の再開のためと思えば頑張った甲斐があるってものですよ!」
「その……状況がよく、わからないんですが」
「EL、あなたは助かったの。本当に……よかった~……!」
ELの小さな体に抱きつき、年甲斐もなくおいおい泣き始める咲良。
ミイナがELのデータを回収したのは、彼女の独断だった。
本来であれば市街地に被害を出した暴走AI……それを回収するなど、許されることではない。
ミイナの中に保存されたELをどう取り扱うか、アーミィで幾度も議論がかわされた。
危険ゆえに削除、研究のための保存……会議は荒れに荒れまくったという。
しかし最終的には、元のとおりに咲良と共に生かす案が通った。
温情とも言える甘すぎる結論が通った決め手、それは──。
「起動したて、ホンマか!?」
「やれやれ、僕が咲良に恨まれるルートは回避できたようだ。感謝しますよ、支部長」
「……フン、私はドクターの巧言に乗せられ言いくるめられたにすぎんよ」
「素直やないなぁ。どうせ中央会議で絞られるんやったら、少しでも後味の良い方がええ言うたの支部長やないですかい」
一斉に部屋へと入り、騒がしいやり取りをする内宮と楓真、それからウルク・ラーゼ支部長。
意外なことに、ELを生かすという温情判断を下したのは支部長だった。
ドクターとやり取りが本当にあったのかは不明だが、内に何か事情があるのか、それともただのお人好しか。
華世は支部長の内情を測りかねていた。
「それにしても隊長、本当に申し訳なかった。僕がもう少し早く現場に到着していれば、もっと穏便な結果になったかもしれないのに」
「常磐はん、もうその話はええって言うたやろ。あんさんがガンドローン飛ばして助けてくれなかったら、うちとホノカが蒸発しとったわ」
華世は、今回の戦いを騒動が終わったあとに知った。
内宮やホノカに危機が迫るような状況、華世がその場にいれば絶対に起こさなかったというのに。
「ところで……咲良」
「EL、何か変な所ある?」
「いえ……私のボディはどうしたんですか? LGD-6……かなり高級な筐体のようですが。まさか私財をなげうって?」
「ううん、レンタルのボディよ~。最近増えてるんだって、AIやアンドロイド向けのレンタルボディサービス」
「れ、レンタル?」
レンタルボディサービスとは、アンドロイドのボディを貸し出す店である。
既にボディのあるアンドロイドが、オシャレの一環として別のボディへ一時的に乗り換える。
あるいは家電管理AIのようにボディを持たない人工知能が、主と共に出かけるためにボディを借りる。
そういった需要を満たすためのレンタル店が、最近金星で少しずつ広がってきていた。
いまELが動かしている少女型アンドロイドも、レンタルに出されている人気機種のひとつである。
「安心しました。私のために咲良が貧しくなり、日に20人前の食事を注ぎ込まないと維持できないその肉体が痩せこけることを心配するところでした」
「あっ、ひど~い! 私は3人前くらいしか食べてないよ~!」
「失礼しました。……あれ、失礼な言葉がすんなり出せますね。どうしてでしょう?」
「それは恐らく、一度ツクモロズ化したことによるものだろう」
ELが抱いた疑問に答えるウルク・ラーゼ。
ミイナたちアンドロイドの人工知能は、人間の脳ニューロンネットワークを機械上でシミュレートすることで、人間に近い思考を実現する構造となっている。
一方、ELのような補助AIはプログラムによって組まれた複雑な処理を実行する……言ってしまえば、機械的な作りである。
ツクモロズ化は、人型に近づくために足りない要素を補う働きがある。
そのため、恐らくだが機械的な作りであるELのプログラムが、人間らしい構造に近いニューロンネットワーク方式へと書き換えられたのでは……というのが、ウルク・ラーゼの口から語られた仮設だった。
「私としても、君は露呈すれば懲罰を免れない行為で救った存在なのだ。くれぐれも問題を起こして責任問題を蒸し返すような真似だけは勘弁してくれたまえよ」
「はい、わかりました。咲良……本当に嬉しいです。一緒にこうやって、手を握りあえて……」
「今日の仕事が終わったら、雑貨屋さんを見に行こ~! ほら、行きたがってたでしょ!」
「はい……しかし、今ネットワーク経由で確認しましたがこの後に周辺宙域のパトロール任務があるのでは? 私がこのボディにいては機体のコントロールは……」
「大丈夫! そのネットワークを通じてキャリーフレームとその身体を自由に行き来できるから! ……まあ、あの戦いで〈ジエル〉が大破しちゃったから、今は間に合わせの〈ザンドール〉だけどね。あはは……」
笑い合いながら言葉をかわす咲良とEL。
華世は幸せな光景を前にしながら、その裏で起こっている重要な問題へと頭を悩ませていた。
※ ※ ※
「──ええ。修道院のみんなが元気なら良かった。また報酬が入ったら、仕送りするからね。それじゃあ……」
病院着でベッドに横になったまま、携帯電話での通話を終えるホノカ。
聞いた感じだと、まだ大問題には発展していないようだった。しかし……。
「いつか、大事に発展するよね……」
音量をミュートにしたテレビモニターに映るニュース映像。
それは“アーミィの内部抗争、巻き込まれる市民たち”と題され繰り返し流される、あの日の戦いの一部始終。
巧みに編集されたそれは、コロニー・アーミィが市民の平和を脅かしているようにも見えるものだった。
ホノカも、少なからずアーミィには恨みがある。
しかしそれは修道院で教えられた歴史を聞いて、抱いた恨み。
実際にその恨みの根源となった出来事を体験し、苦しんだ人間がコロニー「サンライト」には大勢いる。
「……みんなが、冷静さを失わなければいいけど」
傷の上に張られた絆創膏をさすりながら、ホノカは病室の中でひとり憂う。
表面上保たれている平和が、壊れてしまうかもしれないことを。
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登場戦士・マシン紹介No.15
【ウルク・ラーゼ専用・先行量産試作型ガルルグMk-Ⅱ・δタイプ3号機・遠隔操作兵器試験装備ハイマニューバーカスタム・リペアード改・改改・高出力拡散ビーム・ブラスター装備】
全高:8.4メートル
重量:13.5トン
ウルク・ラーゼが個人的に所有し、アーミィ支部の格納庫に保管しているキャリーフレーム。
先行量産試作型ガルルグMk-Ⅱ・δタイプ3号機をベースに、数多の実験用装備や補修パーツが継ぎ接ぎのようにつなぎ合わされた結果、とてつもない長さの名称をもつ機体となった。
もととなった機体はウルク・ラーゼが長年愛用している機体らしいが、本人があまり過去を話さない人物であるためどのような戦いを経たのかは不明となっている。
【次回予告】
持ち前の明るさと社交性で1年4組にすんなりと馴染んだ杏。
しかし杏は、華世そっくりな外見を持つが故に心無い言葉を吐かれてしまう。
無垢な心へ突き刺さる恨みの言葉に、杏は戦いの現実を知る。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第16話「桃色メランコリック」
────人はすれ違い、傷つけ合う。だからこそ言葉を交わし、理解しようとする。




