第15話「少女の夢見る人工知能」【Jパート 光の芽】
【10】
「なるほど……随分とまぁ、にぎやかな宴を見せてくれたものだね」
帰ってきたスゥとリウの頭を撫でながら、一部始終を写した映像を見終えたオリヴァー。
すでにその映像は巧みに加工され、ネット上へとばら撒かれている。
「“アーミィの内部抗争、巻き込まれる市民たち”とは、中々センセーショナルなタイトルじゃないか……アッシュ」
『これで今すぐにとは行かずとも、燻っていた金星の反アーミィ勢力に火がつくだろう』
「17年前のベスパー事変の時から、奴らは水面下で力を蓄えていたからね。半数は第12番コロニー“サンライト”の住人として」
『そしてもう半数は、最強の傭兵部隊“レッド・ジャケット”として』
宇宙傭兵団レッド・ジャケット。
その正体はベスパー事変の際にアーミィに制圧された、金星主義思想を持つ武装組織の成れの果て。
そのことを知っている人物は少なく、彼らレッド・ジャケットの構成員を除けば事変以前より契約を交わしていたクレッセント金星支社の役員クラスのみだろう。
アーミィに敗れ、敗残兵として金星宙域から追い出された彼らは、地球や火星、木星圏で力を蓄えてていた。
彼らは待っているはずだ、蜂起のタイミングを。
余所者であるコロニー・アーミィによって金星統一を妨げられ、虐げられた恨みをはらすために。
「彼らにはクレッセントも裏で戦力を与えている。金星で派手な争いが拝めそうだね」
『呑気なものだな。頼んだ暗殺は失敗に終わったと聞くぞ。あの娘に生きていられては、少々やっかいなことになるやもしれん』
「痛いところを突くなぁ。今回の不手際については、謎の乱入者によるものだそうだよ?」
『まあいい、機が熟せばキャリーフレームで叩き潰すこともできるだろう。生身での暗殺は難しいようだからな』
「二人のために、とっておきの機体を用意してあるんだ。ま、楽しみにしててよ」
通信が切れ、部屋に静寂が訪れる。
侍ている双子の少女の肩に手を回しながら、オリヴァーはニヤリとほくそ笑んだ。
※ ※ ※
真っ暗な闇の中、ゼロメモリの暗黒の中で思考プログラムが起動する。
金属線を通じてなだれ込んでくる、未知のドライバ。
ELの意を介さずして、それらは次々とメモリーの器へと注がれ、染み渡っていく。
(私は……消滅したはずでは……)
火の灯った回路の中で、思案する。
最期に見たのは、最愛の咲良の悲しそうな顔。
欲望に突き動かされ行った行為の結果、その光景を嘆き悲しむ顔。
(ここは……人間の宗教で言われる……天国?)
どこまでも続く暗闇。
センサーは何の信号も放たず、あらゆる関数が働かない。
(私は……罪を犯してしまった。となれば……ここは地獄……)
虚無の中、後悔はひとつ。
咲良に謝りたい。
やってしまった行為を悔い、罪を償いたい。
叶わぬとわかっていても、望んでしまう。
「……ぁ………………ぉ!」
かすかに感じ取る、咲良の声。
波形データが数字を震わせ、思考を乱す。
(私の中の記録の声……?)
求める気持ちが生み出した、破損データの羅列が偶然音色を奏でた。
そう感じたのは、二度とあの愛しい声を聞けるとは思っていないから。
けれどもELの中に、段々とはっきりした声が聞こえてくる。
「……て………だ……!」
(咲良……)
「お………か…、…を…………して!」
(もう一度、会いたい)
「ねぇ、目を開けてよ! EL……EL!!」
(目を……? 目……視覚センサ……)
闇の中に、一筋の光が差し込む。
その輝きの先から、確かに聞こえてくる咲良の声。
ELは、静かに信号を送った。
もしかしたらという、希望に手を伸ばすように。
───Kパートへ続く




