第15話「少女の夢見る人工知能」【Iパート 戦いの果てに】
【9】
声とともに眼前を上へと通り過ぎる小さな影。
爆風に乗って空中へと舞い上がったホノカが、放物線の最頂点で両腕の機械篭手から燃え盛る何かを発射した。
『ウグゥゥ……! 視界がッ!?』
放たれた球体のひとつが〈ジエル〉の頭部メインカメラへ。
もうひとつがコックピットハッチへと張り付き、激しい光とともに黒煙を上げ始めた。
内宮は慌ててレバーを操作し、落下するホノカを無事な右腕マニピュレータで優しく受け止める。
「ホノカ、何ムチャしとんねん!?」
「勝手な戦闘のお叱りは受けます。スーパーテルミット弾……効いてるみたいですね」
「スーパー……なんやて?」
スーパーテルミット。
酸化金属の還元反応によって発生する熱を利用した焼夷兵器らしい。
通常のテルミットは通信機の自壊装置などに組み込まれているものだが、スーパーを名に冠するこの兵器は、キャリーフレームの装甲をも融解させるようだ。
「今です! 相手が立て直す前に無力化を──」
「……しもた。武器が抜かれへん!」
片腕を失い、もう片手にホノカを載せている今。
内宮の機体には武器を持つ腕が残っていなかった。
「ホノカ! コックピットに飛び移れや!」
「そんな急に……あっ!」
『隊長、危ない!』
開いた内宮のコックピットをめがけ、砲身に光を灯すビーム・スラスター。
セドリック機がビーム・セイバーを抜き加速するも、恐らくは手遅れ。
世界のすべてがスローモーションになったかのように、内宮の目は今にもビームを放たんとする砲身を見続けていた。
「ヘタァ、打ったか……!!」
『隊長ぉぉぉーー!!!』
無慈悲に放たれる光線の発射音。
装甲を貫き、パイロットシートを焼き切る音が周囲に響き渡る。
爆発とともに機体が大きくよろめき……そして一拍置いてから、ビーム・スラスターがあらぬ方向へと発射された。
内宮の目に写ったもの。
それは赤い装甲を纏った、宙に浮かぶ小型ビーム砲台・ガンドローン。
しかし内宮の目線はすぐに、下方向へと放たれた〈ジエル〉のビームの軌道を追った。
「あかん、咲良がっ!!」
対象を外れて発射された光線。
それは高層ビルのひとつ、その角を大きく切り取るようにコンクリートを焼き裂いた。
赤く融解した断面が、滑り落ちる。
その真下には、〈ジエル〉へと叫び続けていた咲良の姿。
『咲良ァ……咲良!!』
今一度放たれるビーム・スラスターの音。
しかし今度の発射は、推進力のためのものだった。
※ ※ ※
打ち合う棒と鉄パイプが交錯する音が路地へと響く。
二人がかりの攻勢だとしても、隙を突いて片方へ相手を誘導しまとめてしまえば1対1と変わりない構造に変えられる。
「……どうして」
「む?」
「なぜ邪魔をするんですか?」
「あなたには関係のない戦いです」
言葉を分け合うかのように、交互に口を開く二人の少女。
統率の取れすぎたその仕草は、気味の悪さすら感じてくる。
「関係無いことはない。私は特にな……くっ!?」
ビームの発射音の直後、路地へと吹きすさぶ衝撃波と舞い散る土煙。
それが瓦礫とキャリーフレームの落下によるものだとテルナが気がついたときには、相対していた双子はその場から離れようとしていた。
「任務遂行を困難と判断」
「マスターのもとへ帰還します」
「待て!」
テルナの止める声を聞いていないのか、聞き流したのか。
赤髪の少女たちは取り出した小瓶を割り、散った光る粒子の中に消えていった。
あとに残された瓶の破片を手に取り、テルナは拳を握りしめる。
「……ようやく見つけたんだ。絶対に逃しは、しない」
※ ※ ※
「ケホっ、ケホ……」
一寸先も見えない砂煙の中、咲良は上半身を起こして咳き込んだ。
立っていられなくなるほどの衝撃が来る前、目に写っていたのは自分に向かって落下する瓦礫の塊。
ビームによって切り裂かれた、巨大な刃物として襲いかかった物体は……。
『サク……ササ…………咲、良……』
コックピットを貫通して瓦礫が突き刺さった、〈ジエル〉の胴体。
ノイズとハウリングまじりの声で、絞り出すように放たれるELの声。
「EL、どうして……どうしてあなたはこんなことを……!?」
『ウラ……ウウ……羨まし……かった。にに……人間たちは咲良と出か……出かけられるのが』
「羨ましかった……?」
『わわ私は咲良トトト……咲良と食事ガガ……しててミミたかった……。まま街中を歩ルルいてみたカッタ……』
「そんな……そんなことで……!」
『私シシシ……にとって、咲良は……たた大切なジジ人物でデす……。デデでも……私はココからウウ動くことが……できない……』
咲良はその言葉を聞いてハッとした。
キャリーフレームのAIは、ミイナのようなアンドロイドたちの人工知能とは決定的に違うところが1つだけある。
それは、自由意志を表さないこと。
たとえその内にどのような想いを秘めていたとしても、システムとして吐き出す構造を持っていないがゆえに、主張することができないのだ。
おそらくELは、前々からそういった願望を持っていたのだろう。
しかし伝える術を持たないゆえに、望みは鬱屈した想いへと変わり……それがストレスへ。
モノが抱いたストレスはツクモロズへと変化するトリガーとなる。だから、ELは……。
「ごめん……ごめんねEL……。私が、私が気づいてあげれていたら……」
『なな泣かないで咲良ララ……ほら……あそこのザザ……雑貨屋さんん……タタ楽しそ……ぅ…………』
「EL、EL!?」
『……………………』
機体のカメラアイから光が消え、崩れかけていたコックピットのコンピュータが火花を放って沈黙した。
戦場跡となった通りの一角で、咲良の嘆きだけが響き渡っていた。
───Jパートへ続く




