第15話「少女の夢見る人工知能」【Dパート 機械人間】
【4】
「おかえりまさいませ、オリヴァー坊っちゃま。お暑かったでございましょう」
邸宅の大扉の奥から姿を表した執事が、銀に光るアクリルの髪とちょび髭をたくわえた頭をゆっくりと下げた。
同時に彼の背部から伸びる2本のサブアームが、ボトルに入った水をコップへと注ぎお辞儀を戻しながらそっと差し出す。
「爺、坊っちゃんはよしてくれ。僕はもう成人しているんだぞ」
「いいえ。あなたが我が主ハワーズ社長の子息である限り、この私・OBM-2169にとって坊ちゃまは坊ちゃまです」
型番を名乗るこの老人は、パット見こそ齢60ほどの人間にも見えるが、その実は執事型アンドロイドである。
彼以外にもこの豪邸を維持するために、クレッセント社のいち子会社が製造している家政婦アンドロイドが多数配備されている。
……いや、彼らは働いている。
スケジュールに沿って活動し、報酬を受け取り、割り当てられた休暇にはプライベートを謳歌している。
それが、新人類アンドロイドの当たり前なのだ。
「爺、あの二人はどうしている?」
「坊ちゃま。ボディーガードの少女たちならば、坊ちゃまの私室で椅子に座り続け、静かに待機をしておりましたぞ」
「一歩も動いてないのか?」
「はい。屋敷の者たちが定期的に様子を見ておりましたが、誰もあの娘たちが立ち上がったところは見ていないと」
「……まさか、そこまでとは」
今日、オリヴァーはここ第7番コロニー・レッセンブルグの領主のもとへ趣き、私有地防衛用に運用するキャリーフレームについての商談を行っていた。
御曹司自らが赴く公的な場に、流石に少女同然のリゥシー姉妹を連れていくわけには行かず、自室で待機を命じていたのだが。
「この聞き分けの良さ。坊っちゃんの伴侶として申し分なく存じますぞ」
「下らない冗談はよしてくれ……」
脱いだコートを執事アンドロイドへと押し付けながら、部屋の扉を勢いよく開く。
「おかえりなさいませ」
「マイ、マスター」
「「ご命令を」」
重なる二人の声。
同じ声質、同じタイミングで発された言葉は声の重なりというよりはステレオのスピーカーから発される音色のよう。
(これでは、まるで機械じゃないか)
方や冗談を言う機械仕掛けのロボット。
方や命令に愚直なまでに従い、我欲のない人間。
人か機械かを構成物質で語らないのであれば、後者の方がロボットと言えてしまうだろう。
『命令を欲しているなら、いいタイミングだよ。オリヴァーくん』
不意に部屋のオーディオから声が響き、壁に埋め込まれた巨大モニターが点灯する。
そこに映し出されたのは黒フードで顔を隠した男。
「ツクモロズ……そういえば通話口を教えていたな」
『俺はアッシュ。これからクーロンコロニーで騒ぎを1つ起こすつもりだ。それに合わせて君のところの……そう、その娘たちをよこしてくれないか?』
「構わない。どうせ二人とも暇をしていたところだからね。目的はなんだ?」
『魔法少女の始末だ。安心しろ、君が望む彼女じゃあない』
「……わかったよ。だけど、それによって君たちがどう得するのかだけは教えてくれないか? 望む結果を知らずに作戦を遂行するのも難しいからね」
しばしの沈黙。
考えているのか、はたまた脳内で上に伺いを立てているのか。
ツクモロズのいち幹部をしている以上、アッシュと名乗るあの男が人間ではないことは確実だろう。
アンドロイド的な通信か、あるいは不思議な能力で脳波通信をしていても不思議じゃない。
『わかった、教えよう。君とは長く付き合っていきたいからな。誠意のつもりだ』
「…………」
『我々ツクモロズは、現在は水面下での活動を余儀なくされている。人間の戦力が強力すぎて、真正面からじゃ勝てないからだ』
「ツクモロズの戦力が暴走頼みで統率が取れないなら、そうなるな」
金星だけではない。
地球人類種というものは、戦うことに関しては銀河一という話がある。
高性能なキャリーフレーム、高い火力を誇るビーム兵器、母星さえも滅ぼしかねない戦略兵器の数々。
それらを高いレベルで使いこなすことで、地球人類は外宇宙から来た災厄を幾度となく退けてきた。
一度でも「人類の敵」とみなされたら最後、圧倒的な質と量で潰されるのは明白である。
『そこで近いうちに、アーミィにぶつけるための戦力を揃え、行動を起こすつもりだ』
「行動だって?」
『俺たちの目的のために、やりやすい構造を生み出すために必要なことだ。けれど、そのために邪魔な存在がある』
「それが、魔法少女だということかい?」
『おおむねそういうことだ。今のところ一人だけ、都合の悪い魔法少女がいる。彼女だけでもうまく始末できたら、ありがたい』
「……わかった」
『で、だ。ターゲットの詳細は────』
───Eパートへ続く




