第15話「少女の夢見る人工知能」【Cパート 応接間にて】
【3】
『私にもあなたの気持ちはわかります。けれども、その選択は絶対にしてはいけなかった。それだけです……』
決め台詞を言い終え、背を向けた黒髪の美女が、応接間に置かれた画面の奥へと消えていく。
パトカーの赤色灯が回る映像の中に、登る白色のスタッフロールへと、しかめ面を送るホノカ。
その隣では、食い入るように前のめりで目を輝かせるミイナ。
次回予告が流れ始めると同時に振り返った彼女が、笑顔を光らせたままホノカに顔を近づけた。
「ね、ね! 面白かったですね、西之園美月主演・『強行係の女たち』!」
「確かにこの刑事ドラマ、なかなか面白かったけど……物語の始まりの部分見てないから何とも」
「私はリアルタイムで見てたんです。再放送をこんなところで見るなんて思いませんでした! あ、家に帰ったら見ます? 録画してますよ!」
「別に……」
キャッキャと無邪気に喜ぶミイナ。
ホノカが全巻購入した探偵漫画の回し読み大会の後、どうやらミイナの中にミステリーブームが起きたらしい。
その興味はやがて、平日の昼間や夕方に放映されるサスペンスや刑事ドラマに向けられ、すっかり番組表は録画予約で真っ赤になっていた。
応接間に通されてから、はや1時間。
壁掛け時計に目をやると、時刻は昼前。
胃が空腹を訴えかけてきたなと思ってたところで、時計の下の扉がゆっくりと開いた。
「あっ、葵さん……じゃない」
「チナミさんだ、やっほー!」
応接間に足を踏み入れたのは、支部の受付をしていた女性アンドロイド・チナミと、銀髪とモノクルが眩しい科学者・訓馬円香。
彼女が抱えているのは、ホノカが戦闘で使っている機械篭手が両腕ぶん。
それが、普段はアーミィという組織に関わりを持とうとしないホノカが支部へと訪れた理由だった。
「まったく、私に物事を頼むとは……君にはプライドというものはないのか?」
「他に適任者がいない上に、雇用者から推されましたから……」
「仕方なくと言いたげだな?」
「プライドがという話をしたのはあなたです」
「そうだな、フッフッフッ……」
笑いながら、机の上に機械篭手を並べるドクター・マッド。
見慣れた篭手の甲に、見慣れない増設された装置。
こがね色に輝く金属表面が曲線を描き、コブシ大の何かを発射できる機構を形作ってあた。
「これが?」
「君が欲しがっていた、対キャリーフレーム用の兵装だよ。使い方はさっき、君の携帯に送った」
「私のID、いつ教えましたっけ?」
「無論、鉄腕の彼女から」
「そう……」
無意識に機械篭手を手に取り、重さで持ち上がらないことに息をつまらせる。
その様子を見てか、真顔のままのドクターがポツリと「15キロ増量」と呟いた。
「…………ドリーム・チェンジ」
ホノカはポツリと呪文を呟き、機械篭手を身に着けていないシスター服姿へと変身する。
ホノカは魔法少女衣装の上に、耐火服の役割を持つシスター服を着込んでいる。
変身した状態で身に着けた衣類や装備は、変身を解くと装束保存用の異空間──通称ストレージに転送される。
先程は持ち上げられなかった機械篭手を片手でヒョイと持ち上げ、腕を通す。
手の握り開きに合わせて、金属でできた蛇腹状の指が曲がり、伸びる。
装着の心地は良好。
いや、前よりも良くなっている。
「これには、静先輩も?」
「シズカ? ああ、結衣くんのことか。彼女は良い技師になる」
「えらく褒めますね」
「私は人殺しの方法ばかり考えている人間だ。どうしても機能重視で配慮が行き届かない。……あの娘は優しさを持ってる」
「そうだと思います。つけ心地が良いですから。……ドリーム・エンド」
淡々とした会話を経ながら、変身を解き元の姿に戻るホノカ。
妙に背後が静かだなと思い、身体ごと振り向く。
するとそこには、軽いハイタッチの状態で静止しているミイナとチナミの姿。
目を閉じつつも口だけがニンマリしたふたりの顔の前で、ホノカは手をフリフリした。
「……わっ!?」
「ふたりして、何してるんです?」
「何って、交信ですよ」
「交信? スピリチュアルな……?」
「プッ……クク。君は面白いな」
苦笑するドクターが、顔をニヤけつかせながら説明を始めた。
アンドロイドは手のひらの部分に、接触タイプの通信装置が存在するという。
情報交換の際、もちろん口で話すことも可能である。
けれども人目を気にせず多くの情報をやり取りするのであれば、手のひらを合わせてまとめて交信した方が手っ取り早い。
「……そんな機能が」
「彼女たちは人間と見間違う外見だが、違うところは違うのさ」
「ふーん……それで、何を教えあっていたんですか?」
「昨晩、SNSで見たことが気になって……」
「SNS?」
なんでも、アンドロイド達が集うSNSがあるようなのだが、その書き込みの一つが文字化けしていたらしい。
普通のアンドロイドであれば文字化けという基本的な間違いは起こさないはず。
……というのが、ミイナとチナミの二人が懸念していたことだった。
「それが誰のものか、わからないの~?」
「わっ! 咲良さん、入ってきたなら声をかけてくださいよ!」
「ごめんごめん~!」
ポリポリと頭をかきながら、エヘヘと笑う咲良。
ホノカは彼女へと忘れ物のハンカチを渡すと、ひとこと礼を言って受け取った。
「それで、書き込みが誰のかってわからないのかな~?」
「匿名でやり取りしてますからね。SNSの管理者に開示請求すればわかるかもですが、そこまでするのも……」
「う~ん、そっか~……あっ」
唐突に、グギュルルルと低い音が部屋中に響く。
その発信源は、咲良の腹。
「お腹すいたし、みんなで食べに行こ~よ! ホノカちゃんにハンカチのお礼したいし! 私、アンドロイド用のメニューもあるお店見つけたんだ~!」
「アンドロイド用……! 私も一緒でいいんですか?」
「チナミさんも良いよ! お昼の女子会女子会!」
はしゃぐ咲良の後ろで、ドクターだけが「私はパス」と言って、部屋を静かに去っていった。
───Dパートへ続く




