第13話「人間の敵」【Bパート ホームルーム前】
【1】
「……と、いうわけでテロリストと傭兵たちは残さずお縄。あたしのお手柄ってわけでしたっと」
「「おおー」」
朝日を模した光差し込むガランとした教室。
華世が中身のない右袖をプラプラさせながら語った事件の顛末を聞き終え、拍手を送るのはウィルと結衣。
「ところで華世。君はどうしてカツラ被って変装してたんだい?」
「ウィッグって言いなさいよ。あたしの顔、政財界にもそこそこに割れてるからね。アーミィに所属している身でパーティに潜入したら怪しまれるでしょ?」
「なるほどー! 華世ちゃん大人っぽいからバレないんだー!」
「結衣、あんたが子供っぽすぎるのよ」
呆れながら背もたれにより掛かる華世。
いまの華世は義手と義足を両方とも結衣に預け、片腕片足の状態である。
そのためバランスを崩さないように、椅子の上で小刻みに揺れつつも隣にウィルを待機させているのだ。
「でも最近、アーミィのお仕事が多いよね。華世ちゃん大丈夫?」
「別に。仕事と言っても人間相手ばかりだから、変な姿かたちしてるツクモロズよりはよっぽど……」
「違うよ、勉強のことだよ!」
取り外された華世の右腕である義手に油を刺す手を止め、結衣が机越しに身を乗り出す。
「先週と今週でもう5回も休んでるんだよ! 勉強ついていけないんじゃ……って先生が心配してた!」
「そうだよ華世。僕なんて数学が最近怪しくって……」
「あんたたちねぇ……人の心配してる場合じゃないでしょ」
華世は、勉強が得意である。
得意というよりは、習ったときに“すでに知っていたと感じる”のが正しい。
そのため話半分に授業を聞いていてもテストはほぼ満点を難なく取れてしまう。
そういった事情のため、華世は数日ていど学校を休んでも授業についていけるのだ。
「そうですわよ。勉強は学生の本分! 疎かにしてはいけませんわ!」
バァンと大きな音を立ててスライド式扉を開いたのは、偉そうに胸を反らすリン・クーロン。
我が物顔で教室に入り込んだ彼女だったが、結衣が弄っている華世の義手に目をやり「ひいっ」と小さな声を漏らし、教室の三秒天下の終わりを告げた。
「あんたねぇ、いちいちビビってんじゃないわよ」
「だ、だ、誰もおののいてはおりませんわっ! それよりもあなた達ふたり、今日は日直ですわよ! 日直!」
「日直? あー……」
交互に指さされた華世とウィルは、黒板の角に自分たちの名前を確認した。
本来ならばこの前が担当だったのだが、事件で不在だったために順番が繰り越されていたのだ。
完全に失念していた華世は、ため息を漏らしつつ結衣の顔を見る。
「華世ちゃん。取りに行って来なよ、学級日誌。脚はもう終わってるし、腕は終わったら引き出しの中に入れておくよ!」
「ありがと、結衣。じゃあ、失礼してっと」
結衣の足元に置いてあった、人工皮膚に包まれた義足を持ち上げ、スカートの中へと入れ込む。
そのまま手探りにジョイントの場所まで持っていき、ガチャンという接続音を響かせドッキング。
膝を曲げ伸ばしして具合を確かめてから、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあウィル、行きましょ」
「う、うん」
ウィルとともに早足で教室を飛び出す華世。
そのまま渡り廊下を通り過ぎ、階段を降りて一階を目指す。
朝礼よりかなり前の時間帯のため、生徒は少なく校舎内は静かなものだった。
「今日、やけに人が少なく感じるわね」
「たしか三年生が社会科見学だって。昨日、先生が言ってたのを聞いたんだ」
「あら、そうだったの」
会話が一旦止まり、足は踊り場を経て一階に到達。
職員室に繋がる長い廊下を、黙々と二人で歩き続ける。
「そういえば昨日の事件、傭兵絡みだったんだっけ?」
「ええ。クレッセント社に恨みを持つ男が、傭兵に暗殺を依頼したんですって。でも報酬をケチって三流の傭兵団を使った結果、カズに情報が漏れた上に、あたし一人で難なく制圧されたってわけよ」
「最近、多いよなぁ。傭兵を介しての騒動」
「まあ、そんじょそこらの傭兵レベルならあたしとかアーミィだけでどうにでもなるわよ」
「そう。レッド・ジャケットが相手じゃなければ、ですけどね」
華世の話に職員室前で横槍を入れてきたのは、腕を組んで壁にもたれかかっていたホノカだった。
その横には着慣れない制服で佇む、杏の姿。
藍色と桃色という人間離れした鮮やかな髪を持つ二人に、華世は足を止めて向き直った。
「レッド・ジャケットって何よ、ホノカ?」
「真っ赤な防弾コートをトレードマークとした、傭兵グループの中でも最大にして最強規模と言われる傭兵団。厳しい戒律の中、過酷な訓練を繰り返し鍛えられた団員たちは、肉弾戦もキャリーフレーム戦もヘタなアーミィよりも強いのよ」
「ふーん……あたしが知ってる傭兵団っていえば秋姉が昔、世話になったっていうネメシスくらいだけど。さすがホノカ、詳しいわねえ」
「ネメシス傭兵団も強さだけで言えばレッド・ジャケットクラスだけど。規模だと相手にならないでしょうね」
「や、やけにレッド・ジャケットの肩を持つんだねぇ」
ドヤ顔で語るホノカに対して、華世の後ろに居たウィルが口を挟んだ。
レッド・ジャケットの名を出す彼の顔は、なぜか少しだけ引きつっている。
「ソロ傭兵としては憧れでもありますからね。厳しいだけあって給金も高く、生活に不自由はしないだろうから……」
「あたしだって、あんたに相当の額を払ってるつもりだけど?」
「そ、そりゃもちろん助かってますよ。あくまでも今の私にとってはただの憧れなだけ」
「あっそ。……ところで、どうして杏を連れてこんなところに突っ立ってるのよ?」
ホノカの隣で話に加わりたいという顔をしていた杏を指差しつつ指摘する華世。
当の杏はというと、やっと話を振ってもらえたのが嬉しいのかその場でピョンピョンと飛び跳ね始めた。
「今日がこの子の初登校ですからね。案内がてら、朝礼前に紹介の打ち合わせをしに来たんだけど……ちょっと」
「何かあったの?」
「1年4組の担任をしている谷川先生が、昨夜に倒れられて入院したのだ」
職員室の扉を開き華世たちにそう言ったのは、真紅の髪をした見慣れない女の先生。
パンツスーツに身を包み、キツめの目つきをした顔から、華世は言いようの無い圧迫感を感じていた。
「……入院?」
「報告によると脳出血らしくてな。命に別条はないが、半年ほどは病院から出られないだろう」
「あなたは?」
「私は4組の副担任だったテルナ・フォクシーだ。と言っても今日からは担任だがな」
口元をやや緩ませた不器用な笑顔を、ホノカと杏へと向ける女教師テルナ。
けれども華世はその動作一つ一つから、妙な隙の無さを感じていた。
───Cパートへ続く




