59話 白色漢方を求めて5
次の朝。神父さんが姿を消したという情報は、あっという間に町中を駆け巡った。
思惑通り白色漢方の取引価格はさらに上昇し、それでも出品すれば売れてしまう。この理想的な状況に、悪いモヒカンは大いに満足していた。
「がっはっは! あっという間に売り上げ200万突破だ! 笑いが止まらねえ! おら、どんどん売りに出せ! このまま億万長者へ一直線だ!」
「アニキ、スイマセン。もう在庫も材料も空になっちまいました」
「もう全部売り切れちまったのか? 売れすぎで困っちまうなァ……おい許可局!」
ここは町の中心から離れた所にある寂れた飲食店。彼らの溜まり場となっているこの店の、一番豪華なソファーにモヒカンがふんぞり返っている。
連中に下っ端扱いされているキヨの心中は想像するだけで恐ろしい。まだ午後に入ったばかりだというのに血管が破裂しそうになっている。このままだと、陽が落ちる頃には悪魔に変身しているかもしれない。
「なんだよ」
「命令だ。今すぐに魔法の壷を限界まで買ってこい」
「壷? それがあれば漢方が作れるのか?」
質問に答えずガハハと意味ありげに笑う。そんなモヒカンは、キヨの口元がヒクヒクしていることに全く気付いていないようだ。
「オレも仲間になったんだろ? いい加減約束の情報を教えてくれよ」
「黙って働けよクソ野郎。下っ端が偉そうな口をきくんじゃねぇ」
まるで約束など無かったかのような言葉。予想していたとはいえ、目の当たりにすると想像以上に不愉快だけれど……ここは我慢だ。
素直に秘密を吐くとは思っていない。手持ちの漢方を売り切らせて、彼らがどうやって白色漢方を手に入れるのかを調べる。そういう計画だったから。
たるとの話から、壷を使って漢方を作れそうだという事は分かっていた。問題はどのアイテムが必要なのか。それを突き止めるために、わざわざモヒカンが望んだ状況(神父の不在)を作ったのだ。
今の彼らはすっかり舞い上がっている。漢方をどんどん売って大きく儲けたいと思っている。だから、これから漢方を作るためのアイテムを大量に集めるはずだ。その現場を総力を上げて確認すれば……と。繰り返しになるが、そういう計画のはずだった。
しかし。
「――ヒィッ!?」
ブチッ、と。
キヨの、危ういところで繋がっていた堪忍袋の緒が切れた。
離れた場所からこっそり観察している俺でさえ怖いのだ。そんな怒気を目の前にして平気でいられる訳がない。モヒカンは失禁しそうな顔で口をパクパクさせた。
「もう一度質問したほうが良いか?」
返事をしない、と言うよりも怖くて声が出ないらしい。気絶している相手を叩き起こすように胸ぐらを掴んだキヨに対し、モヒカンは悪魔から逃げるように顔を背ける。
そのまま10秒ほど固まっていたが、再びキヨの口が動きかけた瞬間に自分からペラペラと喋りはじめた。
「ト、トレントチェリーと双葉草、それにゴブリンの牙だ。この3つを魔法の壷に突っ込めば白色漢方が生成される」
「……本当かよ。その組み合わせは既に試したんだがな」
「嘘じゃねえよ! テメェが試したのはまだ青い実だろう!? 赤く熟したトレントチェリーを使えば作れるんだ!」
そう必死に主張する。声を震わせながらキヨの腕を振り払う。そして自分のアイテムボックスから魔法の壷と3つのアイテムを取り出すと、目の前で実際に合成してみせた。
「ほら見ろ! 本当だろうが!」
「で? この赤い実はどこで手に入れるんだよ。渓流で採取できるヤツは全部青かったぞ」
「そ、それを手に入れられるのはオレだけだ。樹齢100年を超えた木だけが熟したトレントチェリーの実をつける。その珍しい木を手に入れたんだ」
「……なるほどな。そんなモノがあったのか」
木の入手方法を問い質したキヨだったが、モヒカンは一転して口を割らない。教えたら独占が崩れてしまうのだから当然だろう。
まだ自分は優位に立っている。そう思い込んでいるらしいモヒカンが引きつったように笑う。
「いいか、オレに刃向かえば赤いトレントチェリーは絶対に手に入らない。テメェはオレの命令に従って合成用のアイテムを献上していれば良いんだよ。そうすれば売り上げの5パーセントくらいは分けてやるからよ」
「……なるほど。よーくわかった」
周囲を支配していた殺気が消えていく。刺すようだった視線は下を向いて、怒りを無理に抑え込んでいるような表情になる。その様は寒気がするほどにリアルで演技だとは思えない。
「やっと理解したか。だったらサッサと買出しに行って来い! テメェのせいで時間を無駄にしちまったからな!」
キヨがふらりと立ち上がる。それだけでビクリと身体を震わせたモヒカンに悪魔のような笑みを向けた彼は、どす黒い気配を発しながら店を出て行った。
「フヒヒ……あの側頭部ハゲ絶対に泣かしてやる。この世に生まれてきたことを後悔させてやるからな」
「キヨさん落ち着いてください。顔が本当に悪魔っぽくなってます」
「うるせーよ。それより、本当に赤いトレントチェリーなんて用意できるのか?」
言葉で説明するよりも実際に見てもらったほうが早い。目の前でトレントチェリーの色を変えてみせると、彼は興味深そうに赤い実を手に取った。
「すみません。まさかこの実が重要アイテムだったなんて思いもしなかったんです」
「謝る必要なんてねーよ。重要なのは、これでモヒカンの顔色を気にする必要が無くなったってコトだ」
ククク、とキヨが笑う。怒りと愉悦と殺意が交じり合ったその表情は完全に悪役っぽいのでもう少し抑えて欲しい。
「双葉草もゴブリンの牙も大量に出回っていますし、魔法の壷を含めて500ジュエルもあれば漢方を作れます。トレントチェリーは俺がいくらでも用意しますから、キヨさんはこのレシピを拡散してくれれば」
「まあ待てよ」
さっそく行動に移そうとした俺をキヨが制止する。
「トレントチェリーをありったけ用意して、それを露店に出品してくれ。値段は……そうだな。いま漢方が1個20,000ジュエルだから、1個10,000ジュエルにしておくか」
「10,000ジュエル? そんなに高く設定したら誰も買わないんじゃ」
「ああ。このアイテムの価値を知らないヤツや、知っていても冷静なヤツなら恐らく買わないだろうな」
「それじゃ何のために出品するんですか」
「誰かさんのせいで教会の床がハデに壊れちまっただろ? その修繕費用を請求してやろうと思ってな」
悪魔のような笑みがさらに深くなる。ちょっと、いや、かなり怖かった。
* * *
作戦会議を終えてから少し後。中央広場にある露店へと移動した俺は、キヨの指示通りにトレントチェリーを出品した。
「10,000ジュエルというのは少々高すぎると思われますが……」
露店NPCの助言はもっともだ。赤い実を目にしたプレイヤーはみな興味深そうな態度を見せているものの、高すぎる値段のせいで誰も買おうとはしない。
本当に成功するのだろうか。具体的な作戦を聞いた今でも半信半疑だけれど、ここはキヨの指示に従って待つしかない。できれば早いうちに来て欲しいけれど……そんなことを考えていたら、5分もしない内にモヒカンが血相を変えて走ってきた。
「おい初心者! こ、このアイテムどこで手に入れた!?」
「どうしたんですか。血管が切れそうになってますよ」
「うるせえ、いいから答えろ! この赤いトレントチェリーをどこで手に入れたかって聞いてるんだ! 素直に言わないと殺すぞ!?」
厳つい顔をさらに険しくして、周りに聞こえない程度の小声で恫喝してくる。器用なことをする人だ。
「クエストの報酬として手に入れたんです」
「報酬だと? ま、まさか、あの木を手に入れたのか!?」
「木? 何のことですか?」
俺が知らないフリをすると、モヒカンは「な、なんでもねぇよ」と明らかに動揺した声で取りつくろう。
「食べても大した効果がないから露店に出してみたんですけど、全然売れないんですよね。他に誰も出品していないから相場もよく分からないですし……」
「そ、そうか」
明らかにホッとした顔になったモヒカンは、再び威圧的な態度に戻って口を開いた。
「おい、ひとつ100ジュエルで買ってやる。出品している10個全部だ」
「桁を2つも間違えていますよ。ひとつ10,000ジュエルです」
「うるせえ! 誰も買わないようなアイテムを抱えて困っている初心者を助けてやると言ってるんだ! いいからさっさと値下げしろ!」
「嫌です」
キッパリと拒否してブラックリストに叩き込む。
こちらとしては別に売れても売れなくても良い。熟したトレントチェリーを出品しておけば壷の材料として興味を持つ人が絶対に出てくるだろうし、そうなったら困るのはモヒカンのほうだ。
必ずこちらの言い値で買うから待っていろ。そう指示したキヨには絶対の自信があるらしい。駄目で元々だから失敗しても別に構わないけれど――
「――ッた! わかったからブラックリストから出しやがれ! ひとつ10,000ジュエルで買ってやるから! おい聞こえてるか!?」
「本当ですか? ありがとうございます」
ブラックリストを解除したと同時に売買報告メッセージが飛んでくる。嫌みたらしく文句を垂れたモヒカンが立ち去った所で再び赤い実を出品してみると、またもや巨体が血相を変えて走ってきた。
「オイふざけんなッ! あれで全部じゃなかったのかよ!?」
「そんなこと言いましたっけ」
詰め寄ってきた相手に笑顔を向ける。汚い唾が飛んできても我慢だ。
「何個だ!? 全部で何個持ってやがる!」
「いま出品しているのを含めると、あと90個です」
「ハァ!? き、90個もあるのか!?」
「もっと買います? 直接トレードしてくれるなら手数料の5%はサービスしますよ」
「ふざけんなこの野郎!」
「そうですか。それじゃさようなら」
再びブラックリストに放り込む。血相を変えたモヒカンが必死な身振りで何かを言おうとしているけれど全然理解できない。
仕方ないので、またブラックリストを解除した。
「どうしたんですか」
「残り90個で全部なんだな!? これ以上隠し持っていましたとか抜かしたら本当にぶっ殺すぞ!?」
「本当に90個しかありませんよ。全部売れたらもうお終いです」
モヒカンが大きく舌打ちする。
「全部買ってやるから半額にしろ」
「嫌です」
「ふざけんな! 全部でいくらすると思ってんだこの守銭奴が!」
お前には言われたくない、と返したかったけれど辛うじて踏みとどまる。絶対に値下げはしないと告げて背を向けると、すぐに売買報告メッセージが飛んできた。
「モヒカンさんってツンデレなんですね」
「殺す。テメェ後で絶対に殺すから覚えて――待て! ブラックリストに入れるんじゃねえ! 買うから! 全部言い値で買ってやるからさっさとトレードしろ!」
どうしても欲しいと言うので、残りの80個を760,000ジュエルとトレードする。鼻息を荒くしているモヒカンは散々文句を言いながら俺に背を向けて――遠くから流れてきた元気な声に顔を青くした。
「えー、トレントチェリーいかがっスかー。真っ赤に熟していて美味しいッスよー。今ならなんと1個10,000ジュエル! 10,000ジュエルで手に入っちゃうッスよー」
売り子の衣装に身を包んだ女の子が声を張り上げる。ネコミミと尻尾が生えている彼女の周りにはプレイヤーが何人も集まっていて、真っ赤な実に興味深そうな視線を送っていた。このままだと今すぐにでも売れてしまいそうな勢いだ。
「お、オイ! そこの女!」
「らっしゃい! オジサンもトレントチェリーに興味があるんスか?」
「誰がオジサンだッ! まだそんな歳じゃねえ!」
かなり年季の入った面構えをしているのに若く見られたいらしい。意外にも繊細なハートの持ち主だ。
「これ甘くて美味しいッスよ。そのまま食べても、スイーツにしても最高ッス」
モヒカンは周囲のプレイヤーを弾き飛しながら売り子――たるとに詰め寄る。
「ど、どこで手に入れた!? まさかテメェも木を手に入れたんじゃ」
「き? って何スか?」
「本当に知らないんだろうな!? 嘘を言いやがったら殺すぞ!?」
「別に信じてもらわなくても良いッスよ。そんなことより、買わないのならどこかに行って欲しいッス」
たるとは恫喝を軽く受け流してギャラリーに笑顔を向ける。
少し冷静になればこの状況を変だと思えるだろうに、モヒカンの頭はトレントチェリーの存在を隠すことで一杯になっているらしい。忌々しげに奥歯を噛んで、声を震わせながら売り子を呼び止めた。
「……い、いくつ持ってるんだ」
「100個ッス」
「テメェもかよ!? どこでそんなに手に入れた!?」
「うるさい人ッスね。もう邪魔だからどこかに行って欲しいッス。それともブラックリストに入れてほしいッスか?」
「ま、待て! ひとつ1,000ジュエルでどうだ! それで100個全部買ってやる!」
「話にならないッス」
たるとは犬を追い払うように手を動かして、ギャラリーへの売込みを再開する。
実は彼女を囲んでいるプレイヤーも協力者(たるとのフレンド)なのだけど、冷静さを欠いているモヒカンは全く気付いていない。悔しそうに唸って再び彼女に詰め寄った。
「2,000出してやる。さっきの倍だぞ!」
「10,000ッス」
「3,000! 全部で30万! これでどうだ!」
「ひとつ10,000だと言ってるのに分からない人ッスね」
「なら4,000でどうだ!」
「あ、そこのお嬢さんお買い上げッスか? ありがとうござ――」
「――待て! 分かった、ひとつ10,000でいいからオレに全部売ってくれ!」
「やっぱり20,000に値上げするッス」
「ふざけんなテメェ!?」
乱暴な言葉を吐かれてもたるとは全く動じない。日向ぼっこでもしているようなノンビリした声で「そんなに売って欲しいんスか?」と笑う。
「買ってやるって言ってるんだよ! それが客に対する態度か!?」
「にゃはは、冗談ッスよ。それじゃ交渉成立ってことで……ほい、あじゃっしたー」
「うるせぇ! さっさと消えろ!」
「おー、怖い怖い。そんなピリピリしていたら寿命が縮むッスよ」
モヒカンはもう返事すらしない。大量に抱えたトレントチェリーを乱暴にアイテムボックスに格納して「すぐに漢方を売って取り戻してやる……」とブツブツ言っている。当然ながらそんな事を許すつもりは無いけれど。
間髪入れずに次のイベントが発生する。
モヒカンの手下(ハートのプリントつき)が転びそうになりながら走ってきた。
「あ、アニキ! 大変です! 大変なんです!」
「今度は何だ!? いまオレは激しくイラついてんだ! 下らないことだったらぶん殴るぞ!?」
「本当に大変なんです! 許可局のヤロウが漢方を大量に出品しているんです! しかも、たった500ジュエルで!」
「な……なんだと!?」
手下の報告に、赤かったモヒカンの顔が一瞬にして青くなる。
「ほら、あそこの露店です! プレイヤーが殺到してどんどん売れちまっています! せっかく値段を吊り上げたのに、これじゃ一気に暴落しちまいますよ!」
彼らが騒いでいる間にも白色漢方は次々と出品され、あっという間に買われていく。ひったくるようにして値札を手にしたモヒカンは、その内容を確認して悲鳴を上げた。
そこに、キヨがふらっと現れる。
「ギャーギャーやかましいな。野郎の悲鳴なんて誰が得するんだよ」
「て、テメェ、許可局! これは一体どういうつもりだッ!?」
「あん? お前と同じように白色漢方を露店に出してるんだよ。何か問題あるか?」
「問題だらけだろうが! 20,000ジュエル、いや、それ以上の値段で売れるアイテムをたった500ジュエルで売ったら……ちょっと待て。テメェ、これだけの数の漢方をどこで手に入れた!?」
「さあな。どこだと思う?」
トボけた様子でニヤリと笑う。
「いま重要なのは、20,000なんてバカバカしい値段じゃ誰も買わなくなったってコトだ。ちゃんと理解できたか?」
「ふ、ふざけんな! 大儲けのチャンスを潰しやがって! テメェ何様のつもりだ!?」
「何様でもねーよ。お前のことが気に入らない。ただそれだけだ」
睨み返されて、厳つい顔から血の気が失せる。
そのまま尻尾を巻いて逃げていくかと思ったけれど、ふと重要なことを思い出したらしい。やけっぱちに声を張り上げて、モヒカンは狂ったような笑みを浮かべた。
「昨日の夜にテメェが何をしたのか、まさか忘れたんじゃねえだろうな」
「きのう?」
「トボけるんじゃねえ! あのジジイを殺したのはテメェだろうが! 黙っていてやろうと思ったが、こうなったら運営に通報してやるからな!」
「……お前、それ本気で言ってるのか?」
「当たり前だ! 裏切りの代償は高くつく。昔からそう決まってるからな!」
「そりゃ困ったな。なあ、おっちゃん」
「いやはや、全く。そのような嘘が広まってしまうのは困りものですな」
キヨの背後から登場した人物に、今度こそモヒカンの顔が凍りついた。
「すみません、私としたことが少し寝坊してしまいました。疲れすぎて睡魔にとりつかれたようで……あ、今のちょっと面白いですね」
元気になったみたいで何よりです。神父さん。
「……て、テメェら。まさか……ッ!」
ここにきて、やっと自分がいつから騙されていたかに気付いたらしい。まるでゆでダコのようになったモヒカンは、意味不明の言葉を喚きながらモーニングスターに手を伸ばした。
「フヒヒ。あの野郎、おっちゃんが生きていたことが余程嬉しいらしいな。何を言ってるのか全然わからねー」
「キヨさん、どうします?」
「オレの手で叩きのめしたいのは山々なんだが、ここはおっちゃんに譲ってやろうぜ」
そう言うと、キヨは俺の腕を掴んで神父さんの背後に移動する。直後、醜く顔を歪ませた大男がものすごい勢いで襲いかかってきて――その巨体が、まるで時が止まったかのように凍りついた。
「いけませんね、そのように乱暴を働いては」
司祭服に包まれた左腕がゆっくりと動く。それに合わせるようにして、体重差2倍はありそうな巨体が軽々と持ち上がっていく。深いしわが刻まれた手は全く相手に触れていない。なのに、まるで見えない巨大な手で握り締められているかの如くモヒカンは全く動けない。
「この、クソ、ジジイ……ッ」
「迷える子羊を正しく導くのも私の務め。あなたは少し頭を冷やすと良いでしょう」
そう告げると、神父さんは自らの胸の前で十字を描く。
すると、大きな体が天に向かって昇り始めた。
「お!? おい、なんだこれ!? どうなってんだ!?」
最初は緩やかに、段々とその速度が早くなって、あっという間に周りの建物よりも高い位置にまで昇っていく。この時点で既にかなり怖いだろうけれど、上昇する動きはまだ止まらない。まるで打ち上げ花火のように、大きな体が豆粒大にしか見えないような高さまで昇っていく。
そして、次の瞬間。糸が切れたように自由落下が始まった。
「――ぁぁぁぁぁぁああああああッ!?」
手足をジタバタさせた大男が真っ逆さまに落ちてくる。当然ながらパラシュートなんて装備していないので落下スピードは全く衰えない。自慢のモヒカンヘアーを激しくなびかせながら、大きな体が猛烈な勢いで落ちてくる。
厳つい顔は青を通り越して白い。それが確認できるほどの高度になってもまだ落下の勢いは止まらない。そろそろ減速しないと間に合わないと思われるタイミングを華麗にスルーして、「ひょっとして逃げないと巻き込まれるパターンかこれ」と誰かがポツリと呟いたその時。
落下地点に大きな穴が出現して、隕石の如く落ちてきた巨体を軽々と飲み込んだ。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ――」
目の前を通り過ぎた悲鳴が地下に潜っていく。大きな穴は何事もなかったかのように口を閉じて、そのまま幻のように消えてしまった。




