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クローズドテスト  作者: hiko8813
4章
59/62

57話 白色漢方を求めて3

 たるとに強引に手を引かれ、カフェを出てから10分あまり。そのあいだ町をウロウロしていたものの良さそうな場所は見つからず、俺たちは結局アリーセの店に戻ることになった。


「ふー、空気が美味しいッス。ようやく落ち着ける場所にたどり着いたッスね」


 仄かに漂う鉄の臭いを胸いっぱい吸って、大きく息を吐く。そんな彼女の顔は、少し前と比べるとずいぶんリラックスしていた。アリーセと出会って以来、ちょくちょくこの店に遊びに来ているらしい。


「……ほう、アタシの店はそんなに寛げるか?」

「にゃはは、客のほとんどを北大通りの武器屋に取られてるから静かで――ぎゃはッ!? あ、アリーセ嬢、もう作業は終わったんスか!?」

「ああ、ちょうど暇を持て余していた所だ。そのネコミミをブタミミに改造してやるから大人しくしていろ」


 約束の1時間が経過するには少し早いけれど、作業は思いのほか順調に進んだらしい。たるとの発言はアリーセの耳にバッチリ入ってしまい、彼女はいま大ピンチだ。


「ちょっと兄さん!? 冷静な目で眺めていないで助けて欲しいッス! ネコミミがブタミミに変わったらアイデンティティの崩壊ッスよ!?」

「ブタミミ、意外と似合うかもしれませんよ」

「はっはっは、アンタもそう思うか。だったらついでに鼻も改造してやろう」

「イヤああああッ!?」


 ゆらりと迫るアリーセの手。それを半泣きで振り払った彼女は、店内に転がっていた大きな木箱の中に滑り込むようにして飛び込んだ。器用にふたを閉じて、どうやらこのまま篭城戦に持ち込む覚悟らしい。


 騒がしかった店内が一気に静かになる。くっく、と笑い声を漏らしたアリーセは、実に楽しそうに木箱の上に腰を下ろした。


「アリーセさん、脅かしすぎですよ」

「アンタだって悪ノリしたじゃないか。そんなコトより、ほら。お望みの品だ」


 じゃらり、と金属の擦れあう音がする。鎖の両端に錘がついた【袖鎖(そでぐさり)】というアイテム。壊れてしまったロープの代わりとしてアリーセに依頼したのだけど、早くも完成したらしい。


「重さはどうだ?」

「大丈夫です。これならスキルでも無理なく操れると思います」

「軽さを優先したから絶対に壊れないってのは保障できないが、ロープよりは遥かに耐久性が高い。無茶な使い方をしない限りは大丈夫だ」


 アリーセに教えてもらいながら身に着けてみる。腕を強く振れば鎖がターゲットに絡みつく……はずだ。慣れない内は失敗する可能性もあるけれど。


「袖鎖の長さは通常時で1メートル半、最大で10メートルまで伸びる。使いこなせるよう練習しておけよ」

「え、鎖なのに伸びるんですか?」


 実際にやってみろ、と的を用意してくれる。遠く離れたそれを狙い腕を振ってみると、鎖の一部が大きく伸びて本当に届いてしまった。

 

「見た目には判らないだろうが、線材の一部に伸縮性に富む樹脂を使用しているんだ。伸びきった状態だと耐久性が若干落ちるから、その点には気をつけてくれ」


 満足のいく仕上がりだったらしく、アリーセは誇らしげに頬を緩める。


「本当に色んなアイテムを作れるんですね」

「素材さえあれば何でも作ってみせるさ。前にもそう言ったろう」

「その腕を見込んで、もう1つお願いしたいアイテムがあるんですが」

「なんだ?」


 腕を組んでいる彼女にアイテムのイメージを説明する。最初は怪訝な顔をされてしまったけれど、詳しく事情を話したら「陽が沈むまでには作ってやる」と約束してくれた。

 

「……あのー、アリーセ嬢。この絶体絶命のピンチから脱出できるようなアイテムも作ってくれないッスか?」

「残念だが、それは無理な相談だ」

「うぅ、まだ怒ってるんスか?」

「言っておくが、客が来ないのはアンタが店内で騒ぐからって理由もあるんだからな。少しは反省しろ」


 足元の木箱をかかとで蹴る。平気そうな顔をしていたけれど、客足が鈍いことはアリーセ本人も気にしていたらしい。


「にゃ、この店が寂れてるのはアリーセ嬢の接客に問題があるような」

「何かほざいたか小娘。その口をゴブリンの口に改造するぞ」

「さーせんでしたッス。アリーセ嬢のような美しい看板がありながら繁盛しないなんて、この町の住人は見る目がないと思うッス」


 そうかそうか、とアリーセは満足そうに目を細める。やっぱりこの店が繁盛する日は当分来ないような気がするけれど、そんなことは絶対に口にできなかった。


「――ん?」


 そろそろ店を出ようとした所でキヨからのメールが届く。

 

 なにか新しい情報を手に入れたのだろうか。そう思い、急いでメールボックスを開いてみたら。



《28th 16:20

 差出人 :特許許可局

 タイトル:教会へこっそり下見に行ってきたんだが

 

 どうしよう。フランメたんのおっぱいが頭から離れない》



 そっとメールを削除した。



 * * *



 たるとと別れ、キヨと再び町の端で合流したのは19:00を過ぎた頃。世界を照らしていた太陽はすっかり落ちて、周囲には涼しい空気が漂っている。そして目の前には、空気よりも遥かに冷たい気配が渦巻いていた。


「……ほう。オレがモヒカンたちと苦痛の時間を過ごしている間、お前はおんにゃの子と楽しい時間を過ごしていた、と」

「俺の話、ちゃんと聞いてました?」

「聞いていたさ。情報を引き出すために神父暗殺の芝居をする作戦とか、その為にどういう下準備をしたのかとか。おまけに件のネコミミ美少女を巻き込んで何やら怪しい作戦を立てていることも聞いた」


 だいたい合っているけれど最後は全然違う。だれも怪しい作戦なんて頼んでいない。


「どうして! お前ばっかり! おんにゃの子とのイベントがポコポコ発生してんだよ! おい運営聞いてるか!? この重大なバグをさっさと修正しろ!」

「運営は聞いていないと思いますよ」

「うるせー! 野郎の冷静なツッコミなんて要らねーんだよ!」


 狼の如く月に向かって吼えるキヨ。

 

「キヨさんだって、フランメさんと会ったんですよね?」

「のんびり話している暇なんて無いに決まってるだろ! おんにゃの子と接する時間もシチュエーションも明らかに不平等だ!」


 また月に向かって吼える。このまま付き合っていたら話がどこまでも脱線しそうなので、今のうちに修正しようと思う。


「それで、襲撃する時間は確定したんですか?」

「今晩の24:00ちょうどに決行だってさ。夜半の祈りを捧げている最中に押し入って殺すんだと。そのまま地獄に行けそうな計画だよな」


 さすがに人目につくことは避けたいらしい。早い時間に襲撃するのなら中央広場にいるプレイヤーを巻き込んでしまう作戦も考えていたけれど、やっぱり自分たちだけで何とかするしかないみたいだ。


「メールにも書いたとおり、あいつらの計画はシンプルだ。誰にも見つからないよう教会に侵入して神父を殺す。殺したらさっさと退散する」

「実際に殺す役はキヨさんに決定しているんですよね?」

「NPC殺しのペナルティを押し付ける為にな。それで、アレはもう完成したのか?」

「はい」


 アリーセに作ってもらったナイフを手渡す。

 

 一見ただのナイフにしか見えないけれど、実は、マジックショーなどで使われるナイフのように刃が引っ込むようになっているのだ。「ダメージが発生しない武器を作ってほしい」と依頼したのだけど、まさかこんなアイテムを用意してくれるとは思わなかった。

 

 このトリックナイフを使って刺したと見せかける。我ながら子供だましな作戦だと思うけれど、夜の教会はかなり薄暗いので見破ることは難しいはずだ。


「ちなみに、奥まで差し込むと赤い液体が出るようになっています」

「良く出来てるな……って、おい。このゲームで血が出るって逆に怪しいんじゃね?」

「騙すにはインパクトが重要だってアリーセさんが言ってました」


 小さく笑ったキヨは刃の部分を何度も動かして感触を確かめている。使い慣れない武器だろうけど、そこは彼に頑張ってもらうしかない。


「このナイフで刺して、神父は死んだと思わせておいて町のどこかに匿っておく。そしてモヒカンの信頼を得たオレが漢方の入手方法を聞き出す……全てが計画通りに行く確率は30%って所だな。アイツらが素直に情報を吐く保証なんて全くないし」

「それはそうですけど……このまま放置しておいたら彼らだけで実行しかねないですよ。かなり本気の目でしたから」

「そーだよな。ま、最悪でもおっちゃんの命を助けられればOKってことで」


 そう言いながらトリックナイフを懐に入れる。一見普段と変わらない調子だけれど、声に静かな怒りが滲んでいるように感じられた。実のところ相当頭に来ているのかもしれない。


「他に確認することは……そうだ。メールに書いてあった、怪しい杖について何か分かりました?」

「……それがさ、あの野郎ニヤニヤ笑うだけで肝心なことは口を割らないんだよ」


 キヨの顔が渋くなる。


「『その内に教えてやるよ』とか言いやがって。ムカついたからこっそり折ってやろうと思ったが、それは流石に無理だった」


 ということらしい。気になるけれど、分からないものは仕方がない。歓迎できないハプニングが起きてしまったら臨機応変に行動するしかなさそうだ。


「一応いくつか保険は用意しています。俺は教会の天井付近に潜んでいますから」

「分かってるよ。お前って心配性だよな」

「予定通りに終わるなら、それが一番良いんですけどね」


 モヒカン達だって何も考えていない訳じゃないだろう。連中がキヨのことを完全に信頼しているとは思えないし、やってみるまで何が起こるか分からない。だから考えられる限りの対策を打っておきたかったのだ。


「出番が来るまでは絶対に見つかるなよ」

「教会の天井はけっこう高いですし、内部は暗いですから大丈夫だと思います」

「そうか。ま、お前の出番がある可能性は70%くらいだと思うけどな」

 

 細かい打ち合わせを終えて、キヨは片手をひらひらさせながら背を向ける。その後ろ姿を見ていると、多少のトラブルがあっても何とかなるような気がした。

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