56話 白色漢方を求めて2
たるとに腕を引かれて辿り着いたのは、南東ブロックの中央付近にある【シーズナルウインド】というお店。天井から床まで全てをパリ風の内装で統一されている(らしい)このカフェは、洒落た大人のような落ち着いた雰囲気で満たされていた。
「大通りから離れているから客入りも少ないし、落ち着いて話すにはちょうどいい場所なんスよね」
「良いお店ですね。たるとさんは賑やかな場所が好きだと思ってましたけど」
「にゃはは、こういうオサレな場所で優雅にお茶を飲むのが淑女ってもんスよ」
淑女かどうかはともかく、腰を落ち着けるにはピッタリの場所だと思う。脚がカールしている一風変わったテーブルの席に座ると、店員NPCと親しげに会話していた彼女は「いつものをお願いするッス!」と注文して、改めて俺に顔を寄せてきた。
「ここのダージリンがケーキと良く合うんス」
言いながら白い紙の箱をテーブルの上に置く。その中には、彼女がプロデュースしたというケーキが所狭しと詰まっていた。タルトの他にカップケーキやロールケーキもあって、どれもこれも美味しそうだ。
「本当なら持ち込みはご法度だけど、ここは大目に見てもらうッス。さ、どれでも遠慮なく食べて……って、さっきから何を見てるんスか?」
「すみません、ちょっと大事なメールが来ちゃって。少しだけ時間を下さい」
《28th 15:31
差出人 :特許許可局
タイトル:無題
最初は半信半疑だったんだが、あのモヒカン本気で神父を殺すつもりらしい。その素晴らしい作戦をお前にも報告しておく。
1.夜中になるのを待って教会に侵入する。
メンバーは、オレとモヒカンの他に3人同行する。どうやらオレがちゃんと仕事するか監視するつもりらしい。
2.神父が逃げないように全員で取り囲み、速やかに犯行を行う。
実行犯はオレ。凶器は自分で用意するとモヒカンに言っておいた。
今のところ決まっているのはこれだけ。敵ながら心配になるレベルだが「テメェは神父を始末することだけを考えてろ」だとさ。
通報は一応しておいた。が、あの運営に期待するのは無駄っぽい。だからオレ達で何とかするしかなさそうだ。良いアイデアがあれば教えてくれ。
あ、そうそう。モヒカンが言っていた「便利なアイテム」について。
どうやら、そのアイテムってのは杖らしい。先端にドクロが乗っている趣味の悪いデザインで、詳細はまだ不明。
新しい情報が入ったらまたメールする。それじゃな。》
内容を素早く確認してゲームウインドウを閉じる。ちょうど運ばれてきた紅茶を一口飲んで、さっそくケーキを頂くことにした。
選んだのはイチゴのショートケーキ……ではなく【フレジェ】という名のケーキ。真っ赤な苺を贅沢に使った一品で、生クリームではなくバタークリームとカスタードクリームを使っているのが特徴らしい。
苺の酸味とクリームの甘さのバランスがちょうど良い。上に乗っている苺ゼリーも爽やかな味で、とても食べやすいケーキだ。
「……あ。たるとさん、一つ爪になったんですね」
「そうッス! 兄さんのアドバイスを参考にボコボコにしてやったッス!」
幸せそうに【ブッシュ・ド・ノエル】というケーキを食べていた彼女は、右手の甲を嬉しそうに見せてくる。そして、あの巨大ゴブリンをどうやって撃退したか、身振り手振りを交えて臨場感たっぷりに教えてくれた。
「それで意気揚々と渓流エリアに行ってみたんスけど……ブラックワスプっていう殺人バチに酷い目に遭わされちゃったんスよね」
それまで元気だった声が一転、しおれてしまう。彼女も麻痺に悩まされているプレイヤーの1人だったみたいだ。
「やっぱり、白色漢方がないと怖いですよね」
「そうなんス。道具屋じゃ売っていないから露店で買おうとしたんスけど、気付いた時にはもう高騰してて……とても必要な数を揃えられないんスよね」
「たるとさん、超合金レイノルズというプレイヤーを知ってます?」
「知ってるも何も、あの漢方成金は今や知らない人のほうが少ないッスよ」
彼女の口ぶりからすると相当な有名人になっているみたいだ。あれだけ目立つことをしていれば当然か。
「あのモヒカン、どこから漢方を仕入れているのか謎なんスよね。その秘密を暴いてやろうと1日中張り付いてみたんスけど、町から1歩も出なかったし」
たるとが監視している間、モヒカンはずっと露店エリアをウロウロしながら出品を繰り返していたらしい。
「でも、全く収穫が無かった訳でもないんス。アイツの仲間らしきプレイヤーが魔法の壷を大量に購入していたのを目撃したんスよ。だから、それを使えば漢方を生成できるんじゃないかと睨んでいるんスけど……」
感情を表すようにネコミミが力なく折れる。
「壷に入れられるアイテムの種類ってかなり多いんスよね。レシピを教えてくれるようなクエストも無いみたいだし、フレと協力しながら地道にレシピの発掘作業をしているんスけど……もう手詰まりになってるッス」
失敗したらゴミになってしまうので、おサイフ的にも辛いらしい。たるとはゲームウインドウを操作すると、今まで試したレシピの一覧を俺に見せてくれた。
「良いんですか? これ、重要な情報ですよね」
「兄さんには世話になってるんでコレくらい何でもないッスよ。肝心のレシピが不明だから大して価値も無いし」
双葉草、三葉草などの体力回復アイテムや、ゴブリンの牙などの素材アイテム、それに高価なマナポーションなど。露店に出品されている物を買ってまで様々な組み合わせを試しているようだ。
「それっぽいレシピは一通り試したんスけど全部空振り。組み合わせのパターン数が多すぎるから総当りはとても無理だし……ううむ、何かを見落としているような気もするんスけど――ふにゃっ!?」
「どうしたんですか?」
「いいから! ほら、早く隠れて下さいッス!」
訳が分からないまま手を引かれ、カウンターの中に連れ込まれてしまう。耳に当たるひそひそ声がくすぐったい。一体何が襲来したのかと入り口を見てみると、そこには、あまり知らない顔が3つ並んでいた。
「ゲオルグ様。こちらの店で宜しいですか」
「構わないよ。ただ、様をつけて呼ぶのは止めてくれないか。僕はそんな大した人物じゃないからね」
「ご冗談を。【金翼の熾天使】に敬意を払わない人間など存在しませんわ」
真ん中にいる男性が困ったように笑う。天使系特有の鮮やかなプラチナブロンドと純白のフロック。全体的にキラキラしている容姿は非常に爽やかな印象を受ける。地味な黒で覆っている俺とは大違いだ。
そんな彼に寄り添っているのは2人の女性。どちらも気の強そうな顔をしていて、ひとりは長い赤髪を横にロールさせているお嬢様っぽい雰囲気の人。そしてもうひとりは、ミディアムの黒髪が良く似合う冷淡な雰囲気の人。
2人とも髪に金色の羽のアクセサリを身につけていて、それが眩く光を反射している。彼女たちは競うように甘い声を出しながら、店の中心に位置する一際豪華なテーブルに男性を誘導していった。
「あの男の人って、確か」
「竜追い祭イベをクリアしたプレイヤーッス。名前はゲオルグ。信者は様をつけたり称号で呼んでいるみたいッスけどね」
「称号ですか?」
「あのイベントで最も活躍したという功績を称えて、賞品と同時に贈られたみたいッス。プレイヤー唯一の称号持ちってことで話題になったんスけど、知らないスか?」
……初耳だ。雪羽と並んで勝者になったことだけは知っているけれど、それ以外のことは全く知らない。せっかくなので少し教えてもらおうと思う。
「あの人の【金色の翼】というユニークスキルがとんでもない強さらしいッス。先日のイベでは超強い竜人を単独で何十体も倒していて、その圧倒的な様子が語り草になっているんスよ。このゲームを最初にクリアするのはあの人だろうとも言われてるッス」
何十体も倒したのは確かに凄い。そんな人の仲間にしてもらえばゲームクリアできる可能性は高そうだし、人気があるのも当然かもしれない。
おまけにゲオルグの見た目はかなり整っていて、気のせいか周りの空気まで輝いているように見えるし。天使が本当にいるとしたらあんな感じなのかな、と思わせるような容姿だ。
「ところで、どうして隠れたんですか?」
「ゲオルグはともかく、取り巻きが鬱陶しいから嫌いなんス。態度が高圧的というか、相手を見下している空気を振りまいているというか」
ゲオルグを挟むようにして座る女性たちは、今もベタベタと彼の身体に触れている。キヨが見たら発狂しそうな光景だ。
「いつもあんな感じなんですか?」
「そッスね。見るたびに隣にいる女は違うけど」
「……すごい人気ですね」
「仲間になりたい人が後を絶たないくらいッスからね。もうハーレム状態ッス」
一般的に、このゲームでのパーティーメンバーは多くても5人まで。ゲオルグに付き従うプレイヤーの数はそれを遥かにオーバーしている。それでも、彼に取り入ろうと近寄るプレイヤーは今も増え続けているらしい。
そう言えば雪羽も様々なプレイヤーから勧誘されていた。誘いを断らなければ彼女もゲオルグのようになっていたかもしれない……そう思ったのだけれど、彼が人気になっている理由は、単にイベントで目立ったからだけではないという。
「強いだけじゃなくて、ゲーム内で発生したトラブルをいくつも解決しているから、という理由もあるんスよね」
「トラブル?」
「そッス。アップデート以降、ちょっとした事件がいくつか発生していたんス」
事件という単語が気になったので、詳しい話を頼んでみる。彼女は「又聞きだから話半分に聞いて欲しいッス」と前置きしてから続きを話してくれた。
「一口にトラブルと言っても色々あるんスけど……例えば町人NPCが暴走してプレイヤーに襲いかかったとか、町の中に凶悪なモンスターが何体か侵入してきたとか」
「そんな事があったんですか? よく騒ぎにならなかったですね」
「被害が全く出なかった上に、解決したゲオルグが『ゲームを楽しみたいからあまり騒がないで欲しい』って周りに頼んでいたみたいッスね」
騒ぎが大きくなってしまう前に現れて、鮮やかな手並みで解決して颯爽と立ち去る。そんな、まるで英雄のような行いが好感を呼んで、彼の人気に拍車をかけているらしい。
「ひょっとして、白色漢方のことも、あの人に相談したら解決してくれるんじゃ」
「それは無理ッス」
ふと思いついたことを口にしたら、想像以上に強い否定の言葉が返ってきた。
「……もう相談してみたんですか?」
「それ以前に、取り巻きのガードが固くて話すらできないんスよ。『小事に構っている暇はない』って言われちゃったッス」
当時のことを思い出したようで、彼女の声に不機嫌な色が混じる。
「あの人たちは漢方の不足に困っていないという事ですか?」
「私に質問されても答えられないッスよ。調べようにもガードが異常に固いし……とにかく、こちらからゲオルグに接触することは難しいッス」
ゲオルグの目の前でトラブルが発生すれば、彼の方から首を突っ込んでくるかもしれない。しかし、見ての通り、今は信者の相手で忙しそうだ。だから彼の助けは期待できないだろう。
そう付け加えて溜息を吐いた彼女は、胸の中に抱えていた不満を吐き出すように更に語りだした。
俺がそれに耳を傾けている間もゲオルグ一行はひたすらお喋りを続けている。と言っても発言しているのは両脇の女性で、ゲオルグ本人は静かに紅茶を飲んでいるだけ。照れている様子でもなく、彼女たちにあまり関心がないのかもしれない。
「むぅ、ヤツらここに長々と居座る気ッスね。迷惑な連中ッス」
「まだ大して時間も経っていないですし、これくらい普通ですよ。むしろ隠れている俺たちの方に問題があるような」
「……何スか兄さん。やけにアイツらを擁護するじゃないッスか」
「してないですよ」
「おっぱいッスか? 横ロールのけしからんおっぱいに惑わされてしまったんスか? 大きい方が正義だと言っちゃう人なんスか兄さんは?」
たるとの目にうっすらと涙が浮かぶ。間違いなくウソ泣きだと思うけれど。
「私の胸が控えめサイズなのは、獣人特有の軽快な動きを邪魔しない為なんス。決してリアルの体型と同じで馴染みやすいからって理由で貧乳アバターを選んだ訳じゃないんス。そこを正しく理解して欲しいッス」
正しく理解したら何だというのか。
「大きいとか小さいとか、そんなの関係ないですってば」
「だったら私の胸を残念そうに見ないでほしいッス」
「見てないです」
「見たッス」
「誤解ですよ」
「とか言いながら私がリアル貧乳だと信じてるッスよね」
「……あの、お客様」
声が大きくなっていたらしく、ついに店員さんに怒られてしまった。
このまま隠れていたら迷惑だろう。そう思って席に戻ろうとしたのだけれど、彼女はどうしてもゲオルグ一行と顔を合わせたくないらしい。俺の腕を引いて、このまま裏口から脱出しようと提案してきた。
「ケーキが残ってますけど良いんですか?」
「また作れば良いだけッスよ。ほら、行きましょう」




