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クローズドテスト  作者: hiko8813
4章
56/62

54話 鈍感と敏感

「もう13:00か。昼飯どうすっかなー」


 渓流から場所を移して、ここは町の東大通り。「一緒に飯でも食べようぜ」との誘いに乗って、どこの店に入ろうかと迷っている最中だ。


 ちなみに、神父さんの話題は全く出ていない。キヨが喋るままに任せていたけれど、このまま黙っていたら一生その話題が出ないんじゃないかと不安になってきた。


「昨日までずっと町を離れていたんですけど、何か変わった事ありました?」

「お、情報収集か?」


 感心感心と、どこか先輩っぽく腕を組んだキヨが視線を上げる。どうやら考える時には自然と上を見てしまうらしい。


「んー、変わったコト、というか、何も無さ過ぎて変だなと思うコトならある。運営が沈黙したまま何の反応も見せないんだよな」


 ……神父さんの話が出るかと思っていたのに、全然違う話が出てきた。彼によると、約1週間前に行われたアップデートを最後に運営の活動がピタリと止まっているという。


「それって、特にアナウンスすることが無かっただけじゃ?」

「かもな。でも、それだけじゃなくて、運営にメールを送っても全く返事が来なくなったんだよ」


 今までは、質問や意見メールを送ったら運営からの返信があった。ところがアップデートを境にして一切リアクションが無くなったらしい。たとえ答えにくいような内容だったとしても『ご意見ありがとうございます』というメッセージは返ってきていたのに。


「そのせいで、一部のプレイヤーの間に変なウワサが流れ始めてるんだよな。最近のコトだけど」

「変なウワサ?」

「ああ。このゲームからログアウトしたら死ぬ、みたいな」


 両手を胸の前でたらん、とさせた幽霊ポーズになるキヨ。夜中なら少しは背筋が寒くなったかもしれない。


「……何だよ。もう少し驚けよ」

「いや、あまりに唐突な展開だったのでついていけなくて」


 拗ねてしまったキヨを宥めながら先を話してもらう。


「こんなウワサが流れたのは、このゲームからログアウトしたプレイヤーが誰一人として戻ってきていないからなんだ」

「……そうなんですか?」

「ああ。例えばPK騒ぎが加熱していた時に『訴えてやる!』なんて息巻いてログアウトしたヤツがいたんだけどな。そいつは『賞金の権利なんて棄ててやる。このゲームの悪評を広めて、世間の反応を土産にまた帰ってくる』って周りに宣言していたんだ」


 ところが、その人は未だに帰ってきていないという。


「そいつがログアウトしたのは確か13日目で、今が28日目だから……現実時間でも15時間近くか。再ログインするには十分な時間が経過してるだろうに、なんの音沙汰もないのはさすがに変じゃないかって声が上がり始めてな。それで、似たようなことを考えていたヤツも同じく復帰していないって事実が次々と明らかになったんだ」


 それは、単に時間がかかっているだけじゃないだろうか。ゲーム復帰までに必要な時間はチュートリアルでも説明されなかったけれど、それくらい運営に確認すれば――って、そうか。


「オレのフレもひとりログアウトしてるから、少し気になってさ。他の連中と一緒に質問メールを飛ばしてみたんだが、まだ誰にも返事が来ていない。それで『人工冬眠システムに何かトラブルが発生したんじゃないか』とか『事故を隠すために沈黙しているんじゃないか』とか言い出すヤツが現れて、どんどん妄想が膨らんでいって、いつの間にか『ログアウトしたら死ぬ』なんて話にまで発展しちまったんだよな」


 そろそろ怖くなってきたか? とキヨが意地悪に笑う。


 くだらない、と笑い飛ばしたいのに、残念ながらそんな気分にはなれなかった。あの日、銭型GMから飛び出た言葉を思い出してしまったから。


 ――そんなこと、言われずとも理解していますよ! プレイヤー全員に賞金を払ってでも今すぐ中止すべきだと思っていますよ! それが出来ないから……ッ。


 重大なトラブルが発生しているのにゲームを中止させられない。その理由として、この突拍子もない噂が当てはまってしまう。


 ゲーム開始前から安全性について懸念の声が多かったし、トラブルがゲーム内だけでなく人工冬眠システムにまで及んでいるとしたら……なんて、ありえないと断じてしまいたいけれど、自らログアウトして確かめる気にはなれない。まさか、本当に、


「ま、よくある都市伝説みたいな物だろうけどな」

「……え?」

「だってそうだろ。千歩譲って本当にログアウトに問題があるのなら、運営は絶対に何らかの対策をすると思わないか」


 目の前のシリアスな顔が一転、エイプリルフールの嘘を告白したようになる。いつしか重くなっていた空気を追い払うように声も明るくなる。


「理由をバカ正直に言わなくても、何かでっち上げて一時的にログアウトボタンを押せなくするとかさ。仮にそれが不可能な状況だったとしても、どうにかしてプレイヤーに『ログアウトするな』とメッセージを伝えることくらいは出来るだろう」


 いくらアホな運営だとしても、人命を害するようなバグを放置するとは思えない。そう軽い口調で補足する。初めからこんな噂は信じていないと強調するように。


「つーわけで『ログアウトしたら死ぬ』って噂は、賞金を狙うライバルを怖がらせたい誰かさんが流した嘘だろうよ。噂を耳にしたヤツら……まだ大して多くないと思うが、その大多数はそう考えてるハズだぜ」


 本気で信じられているのなら今頃大騒ぎだ。そんな冷静な意見に、俺の頭もだんだんと冷えてくる。単に悪趣味な噂が流れているだけ……なのか?


「……でも、どうして運営はずっと沈黙しているんでしょうか」


 こんな噂が流れたのも運営が行動しないからだ。本来なら真っ先に否定するべき彼らが沈黙を続けているのは、どう考えても変な気がする。


「最初にも言ったけど、それがオレにもよく分からないんだよな。ログアウトの噂の他にも運営に対する注文はどんどん出ているが、その全てに対して無視を貫いてるみたいだし」


 ワイルドな運営だよ、と皮肉たっぷりに呟く。


「ひょっとしたら、プレイヤーから散々批判されたGMがヤケを起こして職務放棄したのかもな。ま、ゲーム自体は進められるんだ。噂に振り回されて時間を無駄にするのもバカらしいし、気にしない方が良いと思うぜ」


 そう締めくくったキヨは、とあるジャンクフードの店を指さした。


「なにシリアスな顔してるんだよ。ほら、この店でいいか?」

「……はい。大丈夫です」



 * * *



「お、窓際の席が空いてた」

「このお店にはよく来るんですか?」

「ああ。ハンバーガーが最高に美味いんだよ」


 店に入った途端、肉の焼ける香ばしい匂いに食欲を刺激される。


「ぱんぱんに膨らんだパティから溢れてくる肉汁とか、採れ立てシャキシャキな野菜とか、香ばしくてサクサクなパンとかさ。欠点があるとしたら、現実にあるチェーン店モノが食えなくなるって位だな」


 良く回る舌に負けてキヨのオススメを注文してみる。「絶対に美味いから!」と上機嫌な彼は、オーダーを終えたのにまだメニューブックを開いていた。


「こういうのって、眺めているだけで楽しくならないか?」


 気持ちは分かるけれど、俺は注文したら一切メニューを見ない派だ。見ている内に注文を変更したくなることが良くあるから。


 しばらくページを捲っていたキヨだったが、黙っている時間が嫌いらしく、俺に話を振ってきた。


「なあアキト、渓流エリアでの土産話でもしてくれよ」

「良いですけど……キヨさんはもうクリアしているんですよね」

「マジメな攻略情報じゃなくても良いんだよ。雪羽たんの萌えるエピソードとか大歓迎だぞ。別に夏秋冬(ハルナ)ちゃんの話でも構わない。つるぺたっ()も時には良いもんだ」


 踏んでくれないかな、なんて意味不明な呟きは無視しておく。


 そういえば、露店エリアでキヨを夏秋冬に紹介した時は色々と大変だった。なぜか彼女はひどく取り乱して「び、BLなの? そういう展開なの?」と訊いてくるし、「ベーコンレタスバーガーですか?」と返したら「そのコメントは逆に怪しいよ!」と頭を抱えてしまうし。


 事情を説明したら多少は落ち着いてくれたけれど、何をあんなに驚いていたんだろう。勘違いでもしたのかな――


「――おーい、なにボーっとしてるんだよ。食わないと冷めるぞ」


 変なことを考えている間に運ばれて来ていたらしい。既に半分になっているハンバーガーを手に、キヨがソースをぺろりと舐める。自分の分に手を伸ばしてみたら、大きな包み紙は予想以上に熱々で少し驚いてしまった。


 気を取り直して一口かじってみると、肉汁が口いっぱいに広がっていく。確かに美味しい。くどいと思っていたソースは意外にもアッサリしているし、思わずもう一口食べたくなる味だ。


「かなり美味しいですね」

「へへ、そーだろ? オレのも食ってみるか? アボカドソースも悪くないぜ」

「それじゃ、次の機会に食べてみます」

「遠慮するなよ。一口やるから食ってみろって」


 まだ口をつけていない部分を千切って俺に差し出してくる。捨ててしまうのは勿体ないので食べてみると、濃厚なソースの香りが口にふわっと広がった。


「……んで、何か面白そうなネタは思い出したか? 渓流の話じゃなくても良いけど」


 炭酸飲料に手を伸ばしたキヨが改めて聞いてくる。


 そろそろ神父さんのことを話題にするべきかもしれない。このまま黙っていても解散になりそうだし、そうなる前に思い切って話をしてみよう。


「面白いかどうかは判りませんけど、教会にいる神父さんを知っていますか?」

「ああ、あのおっちゃん(・・・・・)な。白色漢方が不足しているからか、最近かなり繁盛してるんだってな」


 あまり興味なさそうなテンションの声が返ってくる。予想はしていたけれど、話に女の子が絡まないと知った途端に眠そうな顔をするのは勘弁して欲しい。


 そんなリアクションに負けないよう言葉に力を入れる。


「ずいぶん大変みたいです。それで、竜の(ねぐら)という酒場の女主人が『神父様を助けてやってくれないか』って話をしてきたんですよ」

「へー、そうなのか」


 隠しでも発生してるのか? とキヨが呟く。


 基本的にサブクエストは専用の掲示板に提示されているが、それが全てではない。通称【隠しクエスト】と呼ばれる、参加条件が明らかにされていないサブクエストも存在しているのだ。


 ちなみに俺もいくつか経験している。例えば師匠のレッスンもその一つだろうし、武器屋のアリーセに【深呼吸】というスキルを教えて貰ったのも隠しクエストだった。


 隠しクエストは、一般的なサブクエストよりも良い報酬を得られる場合が多い。もし発見したなら積極的に挑戦するべき、というのが一般的な見解だ。


「で、助けてみるのか?」

「クエストかどうかは不明ですけど、ちょっと可哀想ですから。出来れば助けたいと思っています」

「ふーん」


 ……どうしよう。隠しクエストにも興味がないのか、このまま話が終了しそうな雰囲気になってきた。仕方ない、ここはフランメさんにも協力してもらおう。


「神父さんの他に、彼を助けている女の人もいるんです」

「む、ひょっとしてシスターか? 清楚で貞淑なおんにゃのこが……あれ、教会にそんなキャラいたか?」


 女の人という単語を出した途端に彼の姿勢が前のめりになる。さらに詳しく事情を説明してみると、キヨは熱心に耳を傾けて――俺があるコトを話した瞬間にワナワナと震えだした。


「なん……だと……!? 治療するごとに髪が抜ける!? あの聖職者はそんな多大な犠牲を払いながらオレたちを助けてくれていたのか!?」


 あれ、そこに反応するんですか?


「いや、人間の髪は約10万本もありますし、抜け毛をそこまで大げさに考えなくても」

「たわけが!」


 ガタッ、とイスを弾き飛ばしてキヨが立ち上がる。


「何気なく髪をかき上げた手に大量の抜け毛があった時の衝撃を知らんのか!? 吐血よりショッキングなんだぞ!」


 今まで漂っていたゆるい空気が一変する。周りの視線などお構いなしに叫ぶ彼の目には、涙までうっすら浮かんでいた。


「ハゲる、ハゲない、ハゲる、ハゲない……こんな風に、抜け落ちた毛を1本1本拾い集めながら占いをする気持ちが分かるか!? そして結果が『ハゲる』だった時の絶望がお前に分かるのか!?」

「キヨさん、そんなコトしてるんですか?」

「悪いか!?」


 ここでイエスと返事をしたら絞め殺されそうだ。


「……オレも参加する」

「え?」

「そんな悲しい運命はこのオレがぶち壊してやる! いいかアキト、絶対にあのおっちゃんを助けるぞ!」


 鼻先が触れそうなほど顔を寄せて、キヨが「助けるぞ」と繰り返し宣言する。そして、閉口している俺の頭をむりやり縦に動かした。

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