48話 露店にて
占いの対価(1000ジュエル+ご飯+おやつ)を払い終えた俺たちは、3度寝するというフランメに別れを告げて中央広場を目指していた。占いの結果によると、探し求めるモノはどうやら露店にあるらしいのだ。
「ごめんねアキトくん。驚いたでしょ」
夏秋冬が気まずそうに両手を合わせる。別に平気ですよと笑いかけると、となりを歩く彼女はようやくホっとしたように笑ってくれた。
「そーいえば、あんなコトされたのにアキトくん冷静だったよね。ああいう人の扱いに慣れていたりする?」
色々と変な人に出会ってきたので、多少は耐性がついたのかも知れない。口に指が入ったときは心臓が飛び出すかと思ったけれど。
「それにしても、あんな格好の人が水晶玉で占うって何だか違和感がありますよね」
「あの女子高生ちっくな衣装は【大剣豪】系デフォルト衣装のひとつなの。新しい服を買うのが面倒だから着ているだけなんだって」
大剣豪系のキャラクターは両手剣、特に女性の場合は刀を使ったアクションが得意らしい。とはいえ、あの人がそのスキルを使うことは一度も無いのかもしれない。
「いやいや、そんなコトはないよ。フランメさんは時々草原で暴れているからね。ストレス発散のために」
「え、そうなんですか?」
レベル1の状態で夜の草原に突撃してモンスターを斬りまくったらしい。その時は一夜にしてレベル10になったのだとか。
「嫌な人の顔を思い出してムシャクシャしていたらしいよ。『反省はしてない』とかよく分からないコトも言ってたけど」
「いきなり夜に戦うだなんて凄いですね」
「うん。昼間は身体が溶けるから動きたくないんだって」
あの人、実は吸血鬼なのかもしれない。
「それ以外はずっと家に?」
「別に食べなくても死んじゃう訳じゃないしね。でもちょっと心配だから、ときどき様子を見に行ってるの。占いのことも、その時に偶然知ったんだよ」
わたしを占った時は変なコトしなかったのに、とまだ少し怒っている夏秋冬。それでも彼女は占いの結果を全く疑っていないようだけど……本当に当たるのだろうか。
実を言うと、俺はまだ信じられないでいた。人の口に指を突っ込んだあげく、水晶玉を数秒睨んだだけで「見えた」なんて言われても、全く信じる気になれないのだ。
「だいじょーぶだよ。フランメさんの占いって今のところ大体当たってるもん」
大体、という部分に若干の不安を覚える。
「ちなみに今まで何回占ってもらったんですか?」
「えーと、3回かな」
夏秋冬の声が少しだけ小さくなる。彼女もただの偶然かもしれないと頭の隅で思っているのかもしれない。
「だ、大丈夫だって。とりあえず手分けして出品物を確認してみよう? きっと何かあると思うから」
そう言い残し、夏秋冬は遠くの露店を目指してちょこちょこと走っていった。
* * *
「いらっしゃい! お客さん、何をお探しで?」
威勢のいい声を聞きながら出品アイテムを確認していく。さきほどの補償の影響なのか、回復アイテムは昨日と比べて軒並み値を下げていた。また、イベントの上位景品が早くも出品されている。例えば、夏秋冬が手に入れた銀魔女の水晶玉は、10万ジュエルという高値で売りに出されていた。
「今のオススメはモスコプスの卵です。数に限りがございますので、すぐに売り切れてしまいますよ!」
やっぱりと言うべきか、昨日お世話になったアイテムも当然のように並んでいた。値札を見てみると1つ5万ジュエル。予想以上に高い値がついているようだ。
「本当にこんな値段で売れるんですか?」
「はい。今日になって初めて出品依頼を頂いたアイテムですが、これを使えばどんなモンスターも動きが鈍くなります。強敵に悩まされている方が多いですから、今後はさらに値上がるかもしれません」
要するに買うなら今ですよ、と商売人が笑顔を向けてくる。
俺はこのアイテムを10個持っているので、全部売ったとしたら50万ジュエルになる。手数料を差し引いたとしても中々の大金だ。使い道はもう決めてあるので全部は無理だけれど、1つくらいは売ってみても良いかもしれない。出品者用の手続き(ただのチュートリアルだった)は済ませてあるし。
「えーと……あ、コレだ」
ゲームウインドウから露店出品のページを呼び出す。アイテム名、個数、売値を設定してOKボタンを押すと、拍子抜けするくらいにアッサリと《出品が完了しました》というメッセージが表示された。
「おお、本当にある」
メッセージにあった露店に行ってみると、出品した卵は最前列に並べられていた。当たり前のことなのに、自分で出品したアイテムが店に並んでいるという光景が何だか面白く感じてしまう。
すぐに売れるとか言っていたけれど、本当かな。
気になってドキドキしながら待ってみる。すると、1分もしない内に獣人のプレイヤーが立ち止まった。商人と何やら会話し、出品した卵を手に取る。
すぐさま売買報告メッセージが飛んできて、気付いた時には所持金が47,500ジュエル増えていた。
「本当に売れた……って、あれ? あの人――」
「――あ! アキト兄さん! こんちわッス!」
相手も俺に気付いたらしく、ネコミミが目を引く女の子が駆け寄ってくる。彼女はブラウンの瞳を輝かせながら強引に抱きついてきた。
「あれ、兄さんどうしたんスか? そんな顔して」
「何でもないですから離れてください」
黄金☆たると。昨日のイベントで知り合った獣人系のプレイヤー。俺のことを『兄さん』と呼ぶ彼女は、尻尾をパタパタさせながら満面の笑みを浮かべていた。
「いやー、兄さんが出品したタマゴを見つけたんで即買いしちゃったッス。これであの脳筋ゴブリンをボコボコにできるかと思うと笑いが止まらないッス!」
腰に手を当てて天を仰ぐ。そんな分かりやすいポーズで笑う彼女は、このままアリーセの店に直行するらしい。
「もうすぐ私も一つ爪の仲間入りッス! ぬはははは! それじゃ失礼するッス!」
ビシっと片手を上げた彼女は、そのまま悠々と立ち去っていった。
* * *
たるとを見送った俺は、当初の目的を思い出して露店めぐりを再開した。
実装された当日に比べると出品は格段に増えていて、見たことすらないアイテムもかなり多い。油断するとついつい見入ってしまいそうになるけれど、そんな誘惑を振り払いながら黙々と渡り歩いていく。
ところで今更だけれど、俺はいったい何を探せばいいのだろう。
釣りエサ? それとも釣竿? ひょっとしてヌシが釣れるポイントの情報が売られているのだろうか。
そんなことも占い師は教えてくれない。あの紙切れには『露店に行け』としか書かれていなかったし、質問しようにも寝てしまうし。入手が成功するかどうかは俺次第とか言っていたけれど、あれってどういう意味なんだろう――
「――え……本物か? これ」
ターゲットがあやふやなまま露店をめぐること10軒目。信じられないものを見つけた俺は、思わず心の内を口に出してしまった。
直径2センチくらいの、淡青のダイヤモンドのようなアイテム。その横に置かれた札に【水精霊の魂】と書かれていたのだ。
これが求めていたアイテム……なのか?
「いらっしゃい! お客さん、水精霊の魂をお探しで?」
「え、ええ。これ本物なんですか?」
「当然ですよ! 紛い物なんて出した日にゃ露店商協会から怒られてしまいます。正真正銘、たった今出品されたばかりのホンモノですよ!」
爽やかな営業スマイルと共に、商人は自身ありげに頷いてみせる。
「これって、ログハウスを作るために必要な素材なんですよね? カヴァン湖のヌシを釣ると手に入る」
「おお、よくご存知で! その通りでございます」
思わず何度も確認してしまったけれど、どうやら探しているアイテムに間違いないらしい。まさか探し物がそのまま出品されているとは思わなかった。
とにかく売れてしまう前に買わないと……って、そうだ、値段は?
大切なことを思い出して手前に置かれていた札に視線を移す。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん――
「――100万ジュエル!?」
驚く俺とは対照的に、ターバンを多めに巻いた商人は涼しい顔でうなずいた。
「すでに売れた実績もあります。この品に買い手がつくのも時間の問題かと」
こんな値段でも売れるということは、それほどの価値があるアイテムなんだろう。どうやらあの湖でヌシが釣れる頻度はとんでもなく低いらしい。簡単に釣れるのならもっと出品数が多くなるだろうし、値段も安くなるはずだから。
「お客様、お買い上げなさいますか?」
困った。意識的にお金を貯めていた訳じゃないので、さきほどの売り上げを足しても所持金は10万にも届かない。もうタマゴは売れないし、不要なアイテムを処分したとしても2万あればいい方だろう。とても100万には届きそうにない。
ともかく夏秋冬に相談してみよう。そう考えてゲームウインドウを開こうとして――背後からポンポンと肩を叩かれた。
「よ、アキト。昨日ぶりだな」
「キヨさん。こんにちは」
「んだよ、相変わらず硬い挨拶しやがって。俺とお前の仲だろ? もっとフランクに会話しよーぜ」
フヒヒ、と相変わらず爽やかな笑い声を飛ばしてくる。俺よりもやや高い位置にある赤目はいつも眠そうだけれど、今はずいぶんと輝いていた。何かいい事でもあったのだろうか。
「どうしたんですか?」
「あん? 露店に用があって近くをブラついていたんだが、知ってる背中を見つけたから声を掛けただけだ。別にいいじゃん。野朗は近づくなとか申すのかお主」
どうでも良いけど急にキャラを変えないで下さい。返事に困るから。
「ところで、お前も魂が欲しいクチか?」
「え? ええ、そうなんですけど。あまりに高すぎるから困っていた所なんです」
「なあアキト、これの出品者って誰なのか知ってるか?」
キヨに促されて値札をよく見てみる。金額のやや下あたりに出品者の名前が小さく書かれており、さらにその横には何やらマークが描かれていた。これは金額の交渉が可能かどうかを示すものらしい。
どうやら交渉は可能らしいけれど……って、あれ?
【出品者:特許許可局】って書いてあるような。
「……どこかで見たことある名前ですね」
「人の名前を大胆すぎるほど短くして定着させやがった上に正式名称を忘れるんじゃねーよ! 泣くぞ? 割とマジで」
平気そうな顔で言われても信じられない。
「涼しい顔しやがって……まあいい。お前、このアイテムどうしても欲しいのか?」
素直に頷く。すると、キヨはニンマリと口元を歪めた。
「オレの頼みを聞いてくれたらタダで譲ってやってもいいぜ」
「嘘ですよね?」
「本当だよ!? 何だよその詐欺師を見るような目は!?」
なんだか胡散臭いけれど、あまり騒がれても困るので、まずは話を聞いてみた。
詳しい経緯は教えてくれなかったものの、彼は幸運にも水精霊の魂を手に入れた。しかしログハウスを必要としていないため、高値のうちに売り払おうとしていたらしい。
「だってチーメンの野朗共と夜まで一緒にいたくねーし。夜は町でおんにゃのこと遊んだほうが楽しいだろ」
「だとしても、100万で売れるアイテムですよ? それをタダでくれるなんて」
「信じられないってのか?」
もう一度確認したところ、キヨは「トラストミー」とか言いながら妙なポーズを決めてみせた。少しだけイラっとした。
それはともかく、あまりにも都合が良すぎてやっぱり怪しい。そう警戒してしまうのは考え過ぎだろうか。只より高いものはないという言葉もあるし、対価としてとんでもない要求をされるのかもしれない。
という訳で、念のため先に言っておいた。
「キヨさん、懲罰エリアって色々大変なんですよ?」
「罪を犯すこと前提みたいな言い方するんじゃねーよ! オレがどんな要求すると思ってんだお前!」
そう叫ばれても、今までの言動を思い返すと不安になるんだから仕方ない。
「雪羽さんの着替えを覗かせろとか言うんじゃないでしょうね」
「ふ、甘い。その程度でオレが満足すると思うとかお子ちゃまだな。見るだけじゃなく直接触ったりペロペロしたいと思うに決まってるだろ……おい、冗談だ。マジで怖いからその顔やめろ」
悪い人じゃないとは思うけれど、彼が何を考えているのか全然分からない。それは俺がお子ちゃまだからなのか。
「……だったら、100万なんて大金の対価に何を望むんですか」
「お前だよ」
思わず1歩後退する。
湧き上がるイヤな予感を信じて全力で逃げようとしたら、キヨは退路を塞ぐように両腕を広げて迫ってきた。
「ひと目見た時から気になってたんだ。ぜひ付き合ってくれ。そうしたらアイテムはタダでやるからさ」
「え、いや、そんなこと突然言われても困りますよ」
「そりゃそうだろう、禁断の行為なんだからな。だが心配するな。ちゃんと痛くならないよう注意するさ」
「で、でも――」
「――最初は詮無いことだと諦めていたんだ。でも、そうではないと知ってしまった今、この衝動を抑え続けるなんてオレには無理なんだよ」
こいつ、目が本気だ。
いつも眠たそうな瞳の奥に底知れぬ光が宿っている。まさか、こんな往来のど真ん中で始めるとでも言うつもりなのか。
「おいおい、公衆の面前でコトを始めたいと思うほど馬鹿じゃないさ。ちゃんと誰にも邪魔されない場所を選ぶから心配するな」
「……本当に、俺としたいんですか?」
当然だ、と即答するキヨ。いつもの緩んだ表情は影もなく、驚くほど真剣な眼差しを向けてくる。
どうも婉曲的な誘い文句だが、彼が要求していることは何となく察しがついていた。
実は、昨日の夜、キヨからメールを受け取っていたのだ。突然のことにかなり驚いてしまったが、知られてしまったからには誤魔化して逃げるのも難しいだろう。
「お前がどんな攻めと守りをするのかキョーミあるしな。他人のテクニックを知りたいと思う気持ち、解るだろ?」
……まあ、確かに。俺も興味がない訳じゃない。既に一度ヤってしまっているし。
覚悟を決めてキヨに了解の意を示す。
「でも、その前に」
彼から視線を外して、何故かとんでもない顔をしている夏秋冬を見る。
「キヨさんと憑依した俺が手合わせする話だってこと、彼女にちゃんと説明した後でも良いですか?」
そんな訳で、俺たちは水精霊の魂を手に入れた。代金の支払いはまた後日という話になったので、それが済むまではちょっと気が重いけれど。




