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クローズドテスト  作者: hiko8813
3章
36/62

35話 鬼ごっこ?

 レッスンを終えて外に出ると、時刻は既に16:00過ぎ。昼と同じ露天レストランに行ってみると、雪羽と夏秋冬(ハルナ)にダージュも加わった3人が仲良くお茶を楽しんでいた。


「あ、アキトくん。お疲れさま!」

「お待たせしました。昼と同じ席だったんですね」


 こういう席は開放的過ぎてちょっと苦手だ。


 中央広場には露店があるため、少し離れたこの辺りもそれなりに人が多い。近くを通るプレイヤーが皆こちらを見ているような気がして何だか落ち着かないのだ。


 自分でも自意識過剰だとは思うけれど、現実(リアル)では決まって端の席に座る俺にとって、この環境はなかなか難易度が高い。


「ここは良い風が吹くから気持ち良いんだよね」


 そんな俺とは違って、3人は視線なんて全然気にしていないようだ。俺だけ変な動きをしていたら余計に目立つだろうし、ここは何とか平常心を保っていこう。


 ウエイトレスさんに注文を告げた俺は、さっそく明日からのイベントについて教えてもらうことにした。



 * * *



「鬼ごっこ、ですか?」

「そうなの。【竜追い祭】って名前のイベントなんだけど、この町の中で開催するんだって。景品が豪華だし参加賞も貰えるよ。参加は自由だけど、わたしのフレはみんな挑戦するみたい」


 オレンジジュースをストローでかき混ぜる。そんな夏秋冬の手元からカランと軽やかな音が鳴った。


「鬼ごっこの参加者は全て人間役になるの。鬼役を務めるNPCから逃げ切ることを目指すんだよ」

「時間は明日の13:00から18:00まで。鬼に捕まるまでの秒数に応じてポイントが与えられ、用意された景品と交換できる。1秒で1ポイントだから、5時間逃げ切ると18000ポイントだな」


 夏秋冬に続いて雪羽も口を開く。ダージュはゲームウインドウを開いて景品のリストを見せてくれた。


「高ポイントの景品は、入手困難な激レアアイテムだそうです。お兄様」


 リストには、18000ポイントで交換できる【銀魔女の水晶玉】というアイテムから、1ポイントで交換できる【三葉草】までが降順に並んでいた。交換は1回のみで、同じアイテムを複数貰うことは不可能らしい。


「鬼役を務めるNPCは全てドラゴンのコスプレをしているそうです」

「鬼じゃなくてドラゴンなんですか?」

「人間を脅かす存在の代表が、この世界だとドラゴンだからじゃないでしょうか」


 ダージュいわく、鬼ごっこの由来は諸説あるが、その一つが人間を脅かす存在(鬼)を追い払う祭事にあるという。


「ちょっとややこしいから、説明では鬼って言うね」


 鬼に接近され、その手で身体をタッチされた時点でアウトになる。ここまでは普通の鬼ごっこだが、多少のアレンジが加わっていた。鬼は独自のアイテムを駆使してプレイヤーを捕獲しようとするらしい。プレイヤーもスキルやアイテムの使用が許されているので、場合によっては激しい攻防になりそうだ。


「つまりエクストリーム鬼ごっこだよね」


 そう言い表されると途端に不安になるのは俺だけだろうか。


「有効エリアは、町の中全部なんですか?」

「宿屋みたいなプライベートスペースはダメだよ。他にも例外はあるみたい。でも、大半の場所はOKで、お店とか民家に隠れるのもアリだって。もちろん鬼も建物の中に入って捜索するから、見つかったら大ピンチになっちゃうけどね」


 ちなみに【同じ建物の中に連続で滞在できるのは60分まで】というルールがあり、それ以上留まっていると即座に鬼が向かってくる。とはいえ、より多くの建物に入場できるプレイヤーほど有利と言えるだろう。


「みんなは参加するんですか?」

「渓流エリアはしばらく閉鎖しているし、特に優先する用事も無いからな。それに景品のアイテムにも興味がある。回復スキルに関する物も存在するという噂だから、できる限り粘ってみるつもりだ」

「わたしも! 足が遅いからすぐ捕まっちゃうかもだけど、チャレンジしてみるよ」


 ダージュに目を向けると、彼も小さく頷いた。こういうイベントには興味を示さないんじゃないかと思っていたが、俺の勝手な思い込みだったようだ。


「アキトくんも参加しようよ! もちろん捕まっちゃってもペナルティなんて無いよ」

「……そうですね。せっかくだから俺も参加します」


 運営への不満はあるけれど、自分だけ参加しないというのも寂しい。なので、この場で参加申請メールを送ることにした。


 ほどなく参加登録が完了し、静かに運ばれてきたアイスコーヒーに手を伸ばす。

 

 苦味の中に仄かな甘みがあって相変わらず美味しい。個人的に、このゲームの飲食については、文句のつけようが無いほど良く出来ていると思う。聞くところによると、現実にある有名店の味を再現しているらしい。

 

 ゲームだけあって、多少食べ過ぎても太らないし体調も崩さない。時間があれば町中の食べ物を制覇してみたいと思う。

 

 冷たいものを飲んで一息ついたところで、またイベントについて話を戻した。


「個人戦らしいですけど、プレイヤー同士の協力は禁止なんですか?」

「問題ないと思うぞ。特に制限されていない」

「メールやボイスチャットの使用も問題ありません。ただし、おしゃべりに夢中になっている間に鬼に見つかってしまう可能性もありますから、注意が必要ですね」


 ダージュが言うようなシーンは確かにありそうだ。気をつけよう。


「協力はできるけど、みんな一緒に固まって移動するのは無理っぽいよね。わたしは足が遅いから、一緒に逃げようとしたら絶対に足手まといになっちゃうし」


 ちなみに、ここにいる全員をスピード値の高い順に並べた場合は以下のようになる。

 

  

 アキト(レベル20:スピード180)


 雪羽(レベル16:スピード160)


 ダージュ(レベル18:スピード144)


 夏秋冬(レベル16:スピード35)

 

 

「1人だけ図抜けて遅いな」

「しょうがないじゃない! もともと【銀細工師】系は足が遅いんだし、両親を同系統にしたペナルティのせいでスピード値が半減されちゃってるんだもん!」


 スピード値はプレイヤーが走る速度と深い関係がある。数値ほどの差は無いが、夏秋冬の走る速度は俺の半分程度しかない。彼女が鬼に走り勝つことはまず不可能だろうから、見つからないように隠れるか、スキルを使って迎撃するしかないだろう。


「まあ、夏秋冬はイベントの内容が悪かったと思うしかないな」

「ふーんだ。足が遅くったって、頭を使えば良いんだよ。絶対にユキちゃんより長く生き残るんだから」


 にらみ合っていた雪羽と夏秋冬が互いにニヤリと笑う。どうやら2人の間で勝負が始まったようだ。


「もちろんアキトくん、ダージュくんとも勝負だからね」


 訂正。なぜか全員で勝負することになった。

 

「一番最初に捕まっちゃった人は罰ゲームっていうルールにしようよ」

「……夏秋冬。自分で自分の首を絞めているぞ」


 雪羽のツッコミを全く気にせず夏秋冬がどんどん話を進めていく。口を挟む間もなく【最下位は4人の中で1番成績が良かった人の命令を何でも1つ聞く】というルールが可決されてしまった。


「ボクが1番になって、お兄様が最初に捕まった場合、ボクがお兄様にお願いできるという事ですよね」

「そーだよ」


 ダージュさん。今まで静かだったのに急にアグレッシブにならないで下さい。


「ボクがお兄様にあんな事やこんな事をしても許されるんですよね?」

「うん」


 俺には【勝負に参加しない】という答えを選ぶ権利が認められるべきだと思うんだ。

 

 そう訴えたのに華麗にスルーされてしまった。


「だからさダージュ君、わたしと協力しない?」

「いいでしょう夏秋冬さん。互いの目的のために協力しましょう」

 

 あっという間に意気投合した2人がガッチリと握手を交わす。彼らは仲良く椅子を寄せ合って、こそこそと作戦会議をやりはじめた。

 

 呆れ顔になっている雪羽と目が合う。

 

「何だか変な展開になりましたね」

「いつもの事だから気にするな。最後まで逃げ切れば良いだけだろう」

「そうですけど、ダージュさんがどう動くのか予想できなくてちょっと怖いんですよね」


 ダージュは色々と頭が切れるので、できれば敵に回したくない。何だか手段を選ばずに行動しそうな雰囲気が漂っているし。


 そんな俺の呟きが聞こえたのだろうか。仲良く会議中だった夏秋冬とダージュが同時にこちらを向いた。

 

「当然ですが、お兄様たちを陥れるような行為は決してしません。ご安心ください」

「そうそう。私たちは仲間だもんねー。アキトくんに嫌われるような事なんて絶対にしたくないし」


 ふたりの笑みが自信に満ちていて何だか不気味だ。


「ところで、ルールの説明はもう終わりですか?」

「んーと、まだ説明していないことは……あ、そうだ。参加する人はみんな腕章を着けるんだって」


 夏秋冬はそう言うと、幅10センチほどの腕章を見せてくれた。端は面ファスナー状になっていて簡単に着脱ができるようになっている。何の変哲も無いありふれたものだ。

 

「腕章が外れたら失格になっちゃうから気をつけてね。説明はこれで終わりだよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「どういたしまして。アキトくんは無理しなくていいからね」

「そうですよお兄様。お望みのアイテムがあればボクが代わりに獲得しますから」


 その対価に何を要求されるか分からない。


 本気で頑張ろうと心に決めて、水滴の浮いたコップに手を伸ばした。




「ねえねえ、ダージュ君」

「はい。どうしましたか」


 ルールの確認も終わり、そろそろお開きになるかと思われた頃。夏秋冬の呼びかけに、静かに紅茶を楽しんでいたダージュの目が少しだけ大きくなった。


「パートナーとして聞いておきたいんだけど、最後まで逃げ切れると思う?」

「どうでしょうか。ボクも夏秋冬さんも足が速くありませんからね。うまく隠れながらやり過ごすしかないと思っています」

「5時間もあるもんね。どこに隠れようかって決めてる?」

「そうですね。出入り口が2箇所以上ある建物をいくつか知っていますから、まずはそこに行ってみようと思います」


 ダージュの言葉をいまいち飲み込めなかったらしい。夏秋冬はストローを動かしながら丸い目をぱちくりさせた。


「何で出入り口が多い建物に行くの? そっちの方が鬼もたくさん入って来そうじゃないかな」

「出入り口が1つだと、そこから鬼が入って来た場合袋のネズミになってしまいます。それに長くても60分で移動しなければならないのに、1つしかない出口の近くに鬼がいたら非常に危険ですよね」

「あ、なるほどねー」

「出入り口が2つあれば安心だ、とは言えませんがね。NPCがどの程度強いのかは気になる所です」


 鬼役のNPCはドラゴンのコスプレをしているらしい。この情報だけを聞くと非常にほのぼのとしたイベントになりそうだが、果たしてどうなるんだろう。


「プレイヤーの意識をPK騒ぎから逸らそうとして企画されたイベントだろうからな。難易度は低く設定されているかもしれない。だとしたら拍子抜けだが」

「その心配は無いと思いますよ」


 ダージュが雪羽の言葉をやんわりと否定する。彼はティーカップを静かにソーサーに置くと、「簡単なことです」と理由を口にした。


「ムーンヴィレッジが運営するゲームのイベントにおいて、完全クリアが簡単だったケースなんてボクは聞いたことがありません」


 その一言で夏秋冬と雪羽が納得したように笑う。よく解らないのは俺だけのようだ。


「どういう事ですか?」

「えっとね、このゲームを開発・運営している【ムーンヴィレッジ】って会社は、今までにも色々なゲームをリリースしてるんだけど、難易度が高いイベントが多いことで有名なの。『誰もが越えられる壁を越えることに意味などない』って、開発者の人が何かの雑誌で言ってたよ」


 他のゲームの話だが、過去に実施されたイベントの難易度はどれも相当なものだったらしい。中には、クリアするプレイヤーが現れるまでに5年を要したイベントも存在したという。


「そんな難しいイベントばかりだったら、大半の人が敬遠してしまいませんか?」

「もちろん誰もが楽しめるように序盤は易しく作られている。ゲームを進めるごとに難易度が上昇していって、最後は相当難しくなるよう作られているんだ」


 その設計思想はこのゲームでも変わらないという。草原エリアと渓流エリアで難易度の差がかなり大きいが、ムーンヴィレッジという会社を良く知るプレイヤーにとっては予想できた展開だったらしい。


「つまりダージュさんは、この鬼ごっこも簡単に逃げ切れるようには作られていないだろう、と考えてるんですね」

「ええ、お兄様。時間が経過するに従って難易度が加速度的に上がるでしょうね。どんな方法で攻めてくるかは……その時のお楽しみにしておきましょう」


 ダージュがくすくすと笑う。彼は「明日の準備がありますので」と席を立つと、夏秋冬と一緒に町の中へ消えていった。



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