34話 マナの扱い方
「今日は【マナ】の扱い方を教えてやる」
床上でのた打ち回る俺を爽やかに無視して、本日のレッスンの開始が宣言された。
「マナは【火球】に代表される【詠唱スキル】を扱う為に不可欠なチカラだ。大気や草木、小石など、この世のあらゆるモノに宿っている。もちろんワシやお前に体内にも存在している」
マナの保有量は個々の才能や鍛錬の成果によって大きく異なる。主に詠唱スキルの行使によって体内の保有マナは一時的に減少するが、周囲のマナを吸収することで自然に回復していく。
ただし、自然に任せた回復はスピードは遅く、詠唱スキルを連続して使えばすぐさま枯渇してしまう。マナを完全に使い切ると、スタミナが切れた時のように行動不能になってしまうので注意が必要だ。
熟練者の中には、マナを高速回復したり、敵から奪い取ってマナを回復するスキルを持つ者も存在するが、あくまで特別な例だ。一般人がマナを高速回復したい場合は【マナポーション】と呼ばれる高価なアイテムに頼るしかない。
「ここまでは理解したか?」
ざっくりとした説明に首を縦に振る。今日はやたら地雷を踏んでいるので、できる限り発言を抑えていこうと思う。
「マナを操ることで【詠唱スキル】を発動させられる。ムーブサポートが使えるヤツはマナの操作を意識せずとも詠唱スキルが使えるようだが、マナの操作を覚えれば自力で詠唱スキルを行使することも可能だ。というか、自力で行使するのが本来の姿だな」
自力で行使できるといっても、あくまでスキルとして覚えて、一度以上使った経験があるものに限られる。基本的には未修得のスキルが突然使えるようにはならない。これはアクションスキルと同じだ。
「【刺突】のようなアクションスキルをサポート無しで使う意味は、何となく理解していますけど……詠唱スキルをサポート無しで使うことに意味はあるんですか?」
もちろんだ、と師匠が頷く。
単純に言えば、詠唱スキルの強弱を調整できるようになるらしい。
サポートに頼った場合は、常に一定量のマナを消費して、一定の威力のスキルが発動する。
対して、マナの操作を覚えた場合は、その威力を自在に調整できる。弱い相手には消費マナを節約して、強敵に対しては大きくマナを消費して一気に勝負を決める、という戦い方が可能になるのだ。
「サポートに頼った状態でも、マナの操作ができていれば多少は威力が上下する。覚えておいて損は無いぞ」
「でも、俺は攻撃用の詠唱スキルなんて使えませんよ」
「だったらさっさと覚えてこいよ」
相変わらず無茶なことを言う人だ。
「それじゃ、今覚える必要は無いってコトになりますけど」
「マナの操作が重要だってのは詠唱スキルに限った話じゃない。アクションスキルにもマナを使うものは存在する。お前だって【炎渦】ってスキルを使っただろ? ああいうスキルを自力で使う為には、マナの扱い方を覚える必要があるんだ」
なるほど、と納得する。確かにあのスキルは発動ごとにマナを消費していたのだ。
「マナの扱い方を覚えれば、幅広いスキルをサポート無しで使えるようになるって事ですね」
「系統による適正の影響が大きいから、全てのスキルを使うことは難しいだろうがな。そもそも、できたとしてもあまり意味が無い。これはアクション・詠唱を問わずに言える事だが、習熟度が低いスキルを多数使うよりも、少数の習熟したスキルを武器にして戦うヤツの方が強い。自分に合ったスキルに絞ってマスターするべきだ」
スキルはそんなに簡単にマスターできるものではない。覚える事と使いこなす事は別物だと師匠は繰り返した。
「さて。今日はマナの扱い方を学ぶ第一歩として、体内にあるマナを感じることが目標だが……お前、自分の中にあるマナを意識したことはあるか?」
素直に首を横に振る。
「お前、確か詠唱スキルを使えたはずだろ?」
「リボンを作るスキルですか? でも、あれを使う時だって特に何も感じませんよ」
「これでリボンを作ってみろ。もちろんサポートに頼っても構わん」
師匠が取り出したのは、太さ5センチ、長さ1メートルほどの木材だった。
「師匠、知ってますか? 乾燥した木はぐにゃりと曲がったりしないんです」
木を曲げ加工するには、水をたっぷり含ませて、さらに熱を加えて少しずつ曲げる必要がある。なので、師匠が手にしている木でリボンを作れるとはとても思えない。
そう説明したのに、師匠は「知ったことか」と俺に木材を投げてきた。
「いいからやってみろ。ホレ」
疑問を感じながらも【メイクアリボン】を唱えてみる。しかし、思ったとおり、ほんの少し曲がっただけでリボンにはならなかった。
「無理でした」
「バカタレ、ちゃんと意識を集中しろ。自分の身体に普段は感じない負荷があることを自覚するんだ」
つまり、意図的に無理のある状況を作ることで、詠唱スキルを行使した時のマナの動きを感じろと言っているらしい。
もう一度スキルを唱える。先ほどはすぐに諦めてしまったが、今度は諦めずにリボンを作ろうと意識を持続させてみた。
「なんだか、すごく疲れますね、これ」
「まだ30秒だぜ? もうちっと根性見せてみろ」
たった30秒しか経過していないことに驚く。もう額に汗が滲んでいるのだ。手を対象に向けているだけなのに、まるで四肢が鉛になったかのように体が重い。しかも強烈な疲労を感じるようになってきた。
さらに30秒が経過する。疲労は全く解消されないまま、次々と蓄積されていく。
たった1分しか経っていないのに自分の手が細かく震えだした。あまりの辛さに集中力が切れそうになる。歯を食いしばって何とか耐えているものの、これ以上はもう続けられそうにない。詠唱スキルを使い続ける事がこんなに大変だとは知らなかった。
「……ぐ……」
僅かに宙に浮いていた木材が床に落ちる。
耐えに耐えたが、結局わずか3分で膝が折れてしまった。
「っ、……く」
「待て」
もう一度チャレンジしようとした所で師匠に止められる。ポンと投げてきたビンを受け取ると、手の中で【青マナポーション】とアイテム名が表示された。
「マナが空の状態で頑張ってもムダだ。もう一度やるならそいつを飲んでからだ」
「これ、けっこう高価なアイテムですよね」
「ヒヨッコが余計な心配するんじゃねえよ」
お言葉に甘えて青色の液体を流し込む。爽やかなミントの味が口の中に広がって、真夏にクーラーのある部屋に飛び込んだ時のように気持ちよくなる。液体が全身に染み渡る感覚と共に、あれだけの疲労があっという間に消えてしまった。
「すごい……こんなにも効くものなんですね」
「さっきも言ったが、マナが切れると今のように動けなくなる。よく肝に銘じておけ。スタミナと違って自然回復には相当の時間が必要だ」
「はい。【メイクアリボン】はマナ消費量が少ないですから、まさか枯渇するとは思いませんでした」
「無理な負荷をかけてるんだから当然だろ。さっきのお前は何十回と連続でスキルを使用していたんだ。慣れない内はあっという間にマナを使い果たすから、練習する時は自分で回復手段を用意しておけよ」
【緑マナポーション】は道具屋で5000ジュエルで販売されている。高いけれど、何個か買っておいた方が良さそうだ。
「さて、もう一度だ。マナの感じ方は十人十色だから、これ以上のヒントは期待するんじゃねえぞ」
「わかりました」
意識の集中を高める。目に力を入れて木材を睨み、リボンが完成した姿を強く思い浮かべる。
その状態でスキルを発動させると、木材の両端がグッと曲がりはじめた。
「……く、」
今までにない手応えを感じる。しかし、疲労感もそれに比例するように大きい。腕の重さが常時の10倍くらいに感じられて集中が乱れそうになる。それでも我慢して続けると、腕の中に何か異物があるように感じた……ような気がした。
なんだろう、これは。
異物の正体が何なのか理解できないまま、ただひたすらリボンを作ることに意識を集中する。すると、霧のように儚げな感覚が徐々に形を成していく。何かが少しだけ明確に感じられるようになってきた。
腕に新しい心臓が生まれたかのように何かが脈を打っている。そんな気がする。何かを強く意識しながら力をこめてみる――
「――あ」
バキッと乾いた音がして、丸太が真っ二つに折れてしまった。
「どうだ。何か掴んだか」
「……うまく言葉に出来ませんが、詠唱スキルを使うときに、どこに力を入れるかを理解したような気がします」
相変わらず生意気なヤツだ、と師匠が笑う。どうやらこれで良かったらしい。
「その感覚をもっと明確にできたなら、マナの操作も可能になるだろう。【炎渦】も、この分なら近い内に自力で使えるだろうよ」
「師匠。一度だけ【炎渦】に挑戦してみても良いですか?」
マナの感覚を忘れないうちに試してみたい。そう申し出ると、師匠はあっさりと認めてくれた。
「いきます」
「おう。失敗したら笑ってやるから安心しろ」
右手のマンゴーシュに意識を集中する。まだ腕の中に残っている残り火のような感覚に意識を集中させる。火が消えてしまわないよう注意しながら、武器を頭上に掲げた。
以前スキルを使ったときの感覚を、できるだけ詳細に思い出す。
腕の中の何かに力を入れて、体内のマナを武器に染み渡らせるようイメージする。無機質な刃が空気を切り裂く感覚を強く認識しながら、何かに一気に力を入れて爆発させるイメージで――
「――やっぱり、そんな簡単には成功しないですよね」
刃から青白い炎が湧き上がる気配はなく、ただの素振りになってしまった。
急に気恥ずかしくなって中途半端な笑みを師匠に向ける。
思い切り笑われると思ったけれど、師匠は無言のまま刃に手を伸ばしてきた。
「お前も触ってみろ」
「あ……少しだけ熱くなってますね」
ひょっとして少しは発動したのだろうか。まだ時間がかかりすぎて実戦では使えそうに無いけれど、練習してみる価値はありそうだ。
本当はもう一度あのモンスターに憑依して、スキルの感覚を確かめられれば一番だろうれど、それは望めないだろう。わざわざ懲罰エリアに行きたくもないし。
「それじゃ、今日はこれで終わりだ。次は……そうだな。今まで教えた内容についてテストをしてやる。1週間後くらいに実施するつもりだ」
「1週間後ですか?」
「ああ。実は明日からヤボ用があってな、テストまでレッスンは休みだ。せいぜい自分で練習しておけよ」
師匠はそう締めくくると「ほら、もう行け」と俺の背中を押した。
「どうせ女を待たせてるんだろ? リア充はさっさと行け。そして爆発しろ」
「いや女って、ただの友達ですけど」
「その状態が既にリア充だと認識していないとか、マジで爆破するぞ小童」
爆破とか冗談に決まってるのに、師匠が言うと本当にやりそうで怖い。
「まさかとは思うが、お前、地獄でも女とイチャイチャしてたんじゃないだろうな」
「そんなわけないじゃないですか」
「何だ今の沈黙は。おいコラ」
辛うじて爆破は回避したけれど、結局テストについての具体的な質問は許されないまま、犬を追い払うように退場させられてしまった。
「師匠」
「なんだよ」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「……ふん」
師匠は何も言わずに扉を閉めてしまったけれど、少しだけ頬が緩んでいたような気がする。
次に来る時は美味しいお酒でもプレゼントしよう。そう思った。




