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クローズドテスト  作者: hiko8813
2章
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25話 vsミノタウロス


 涼しいくらいだった周囲の気温が階段を下りるたびに上昇していく。一歩毎に激しく燃える炎を感じるようになる。


 戦うことに随分慣れたと思っているが、今は歩く度に呼吸が浅くなっていくのを感じていた。


 一度思い切り息を吸い込む。ゆっくりと吐いて肩を軽く上下させる。青炎の身体でこんな事をしても無意味かもしれないが、気分的な問題だ。


 できれば隣を歩くダージュのように涼しい顔をしていたい。しかし、俺がこの域に達するには、もう少し時間が必要だろう。


「ボクが落ち着いていられるのは、お兄様の隣を歩いているからですよ」

「炎のバケモノになっていても俺だって思えるんですか?」

「当然ですよ」


 そんな会話をしながら最後の階段を終えた。


 広場に足を踏み入れた瞬間、石像のように仁王立ちしていたミノタウロスの目がギラリと光る。コキコキと首を鳴らして浮かべた笑みには蔑みの色が多分に含まれていた。


 首から上は牛、その下は筋肉が眩しい屈強な大男。何回見ても、あまりお友達にはなりたくない外見だ。


「グカカカ。どんな罪人が来たかと思えば、ザコと貧相なメスガキ(・・・・)か」


 頭は完全に牛のくせに、流暢に人語を操っている。口や舌の形が発音に適していないんじゃないかとクレームを入れたくなったが、ガイコツが喋っていたことを思い出してどうでも良くなった。


 草原の時みたいに特殊な空間に連れて行かれるかと思ったが、今のところ目立った変化は感じられない。全てのネイムドがああいう空間を操る訳ではないようだ。


「大人しくしていればすぐに殺してやろう。抵抗すれば弄びながら殺してやろう。逃げようとするなら足を切り落としてから殺してやろう。どんな末路が望みだ?」


 ボディービルダーのように大胸筋をピクピクさせた牛男が醜悪に笑う。1ミリも好感を抱けないその姿を見て、ダージュは呆れたように小さく息を吐いた。


「『はい』か『YES』で答えろって言う人って稀にいますよね。あれ面白いと思っているのでしょうか」

「言う側だけは楽しいんじゃないですか」


 牛の戯言なんてどうでもいい。俺はさっさと先へ進みたいんだ。


「憑依状態でもミノタウロスには敵だと認識されるみたいですね」

「ええ、お兄様。あれでも一応ボスモンスターだからでしょうか」


 無防備な相手に先制攻撃を食らわせてやりたかったのだが、そう甘くは無いらしい。


 ミノタウロスが手にしている武器は、槍の先に斧の刃を合成したような形をしていた。【バルディッシュ】という武器によく似ているが、巨体にあわせて相当大きく造られていた。リーチが長く、接近には苦労するだろう。


「カカカ、あまりの恐怖に言葉も出ないか? 選ばないと最高に苦しんで死ぬことになるぞ?」


 脅しているつもりなのか、ミノタウロスは得物を大仰に振り回す。そのまま刃を地面に叩き付けて小さな石の破片をいくつも作る。俺の手元にも一つ飛んできたので、軽く打ち返してやった。


「ダージュさんが言います?」

「お兄様に譲ります」


 お言葉に甘えて一歩前へ出る。答えは当然「お前が死ね」だ。


 聞き間違いの無いように言ってやると、ミノタウロスは血管を浮かせてギョロリと目玉を血走らせた。



 * * *



 ミノタウロスの行動で最も注意すべきは武器による攻撃だろう。相当の重量がありそうな得物を驚異的な膂力で軽々と振り回してくる。当たれば致命傷は免れない。掠っただけでも1割も体力を奪われてしまったのだから。


 次点で体術。斧ばかりに気を取られていると鋭い蹴りが襲ってくる。大ダメージは無さそうだが、武器を振り回す際に生じる隙を消してしまうのが厄介だ。


 身長3メートルを超える巨体にもかかわらず、その動きはワーウルフ並に早い。相手の攻撃を安全に避けてからの反撃では間に合わないだろう。とはいえ、未熟な【パリイ】を試すのはリスクが高すぎる。恐らく、受け流しきれずにダメージを受けてしまう。


 隙の少ない相手に攻撃を当てるには、相手が攻撃するタイミングを狙うしかなさそうだ。


「確か、カウンターヒットってダメージ1.5倍でしたよね」

「はい。弱点に当たればトータル3倍になります。ですが、タイミングが相当シビアですね。一歩間違えばこちらがカウンターを受けてしまいますから相当危険ですし――」


 ――会話の最中に振り下ろされた刃が俺の左腕を吹き飛ばす。弱点以外はダメージを受けないと理解していても心臓に悪い。身体が千切れる感覚は、いくら経験しても慣れそうになかった。


 無意識に後退してしまいそうになるが、それでも一歩前へと踏み出す。太い腕に狙いを定め、マンゴ-シュの切っ先を突き立てる【刺突】を放った。


「カカッ、無駄だ!」


 赤茶けたミノタウロスの皮膚が一瞬で黒く変色する。刃が金属的な音を生む。剥き出しの肌を直接刺したのに、太い腕は傷ひとつ付いていなかった。


「……なんだ、今の」


 まるで鉄の塊を相手にしているような感触。危険を感じ取って距離を取ると、後方で待機しているダージュから声がかかった。


「どうやら妙なスキルを隠し持っているようです。肉体の色が変化している間は強靭度がさらに跳ね上がっていました。お兄様のカウンターアタック自体は成立していましたが、相手が堅すぎてダメージが通っていません」


 ある程度は覚悟していたが、思った以上に旗色が悪い。この状態が続けばいずれ集中力も続かなくなって、最後は負けてしまうだろう。早く弱点を見つけないと。


「弱点という訳ではありませんが、部位によって強靭度も多少変わります。黒く変色していない間に、少しでも柔らかい部位を狙い続けるしかないでしょうね」

「例えば首とか?」

「ええ、首やアゴなら1000回くらい斬りつければ勝てると思いますよ。お兄様」


 気が遠くなりそうだ。


「グカカカカ。虫ケラに何回刺されようと傷など受けぬわ」


 打つ手を探していた俺に向けて、牛が醜悪な笑みを浮かべる。ボイスチェンジャーで無理やり低くしたような声は何度聞いても滑稽だった。


「クスクス、安っぽい台詞ですね」

「カカッ。小娘、このオレに向かってそんな口をきいていいのか? よほど嬲ってもらいたいようだな」

「残念ながら、ボクに触れていいのはお兄様だけです」


 流れるような動作でダージュが一本の矢を放つ。黒い光を残しながら眉間へと向かう。しかし、ミノタウロスは矢を無造作に掴むと、グニャリと丸めて、それを口に入れてしまった。


「カカカ、活きの良い味だ」


 クチャクチャと不快な音をさせて咀嚼する。黄ばんだ歯の間からヨダレが垂れて、石畳の床に汚い染みを作った。


「気に入ったぞ小娘、このザコ(・・・・)を殺したら可愛がってやろう。四肢を落として(はらわた)を喰らってくれる。ニンゲンは生きたまま食うのが一番ウマいからな――」

「――俺を無視するなよ」


 がら空きになっていた牛の下アゴに刃を突き入れる。少しは痛かったのか、血走った目がギロリと俺に向いた。


 力任せに振り下ろされた斧が頭を掠める。弱点の左胸にも衝撃が伝わったが死ぬほどじゃない。股の間から背後に抜けて、硬い背中にも一撃をくれてやった。


「効かぬと言っただろうが!」

「うるせえよ」


 さっきから少々口調が乱暴になっているのは、憑依した影響なのかもしれない。湧き上がる攻撃衝動に導かれるままにミノタウロスの背中を駆け上がる。俺を捕まえようとした左腕を掻い潜って頭に手を伸ばし、無防備な脳天から串刺しにするべく武器を振り下ろした。


 ガキン、と硬い音が響く。


 完全に突き刺さったと思った刃が火花を散らす。先ほどと同じ鉄の塊を相手にしたような感触。両手を使って全力で刺したのに全く歯が立たなかった。


「ガハハハハ! 無駄だと言っただろう。無駄無駄無駄! ザコがどれだけ足掻こうと、オレ様の身体に傷などつけられぬわ!」


 俺を頭に乗せたままミノタウロスが鼻で笑う。炎の身体を振り払う必要すら無いと言わんばかりに、鼻先を高らかに上げて哄笑を撒き散らす。そのドヤ顔に冷や水をぶっかけたのは、冷徹に戦況を見守っていたダージュだった。


「――見つけた」


 涼やかな声が聞こえた直後、牛の口に黒い矢が生える。激しい光を伴うダメージエフェクトが発生して巨体がグラリと揺れた。


「ガ!?……グ、ガ……ア?」

「クスクス、どうしました? もっと大きな口を開けて笑ってくださいよ。じゃないとキミを殺してあげられない」


 次の矢を(つが)え、弦を引いたダージュが嫣然と笑う。


 その小さな身体を睨んだ目玉が一瞬で赤く染まり、激しい怒りを叫びに変えて撒き散らした。


「殺すッ! その口に腕を突っ込んで内臓を引きずり出して――」

「――俺を無視するなって言っただろうが」

 

 刃を口の中に突っ込む。【炎渦(ボルテクス)】が発動して柔らかい舌と喉を焼く。激しいエフェクトと共に腕に衝撃が走るが問題ない。全力で刃をねじ込んでやった。


 巨体がビクンと震えて上半身が大きく揺れる。口から腐肉の焼け焦げたような臭いが漂ってくる。震える両腕が俺に伸びてきたのを察知して、即座に頭の上から離脱した。



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