24話 メール
少々のトラブルはあったものの、憑依スキルの検証は順調に進んだ。
その過程で憑依スキルがひとつレベルアップした。これにより、人間状態での攻撃スキルがひとつ使用可能になるようだ。【刺突】は元々使えるので【メイク ア リボン】スキルをセットしておくことにする。
どうやら自分で倒したモンスターでなくても憑依は可能らしい。いま憑依しているモンスターはダージュが仕留めたものだが、問題なく憑依できていた。
……それにしても、手足が無い身体だと違和感が大きいな。
青白く発光する球体のモンスター【ウイル・オ・ウイスプ】に憑依した感想は、ブルーポムと似たようなものだった。
浮遊する身体は、泳ぐことをイメージすることで動かせるものの、視点がフワフワするので酔ってしまいそうだ。慣れれば改善する可能性はあるが……どうにも使い辛い。
「光り輝くお兄様も素敵ですね」
静かに手を伸ばしてくるダージュから慌てて逃げる。もしも捕まったら、そのままお持ち帰りされてしまいかねない。
「弱点さえ守ればほぼ無敵ですから、十分使い道はあると思いますよ」
とはいえ、慣れるまでに相当の時間が必要そうだ。
ステータス自体が決して優秀と言えない上に、使えるスキルは【幻惑】のみ。光の屈折を利用した防御スキルなので攻撃力は皆無に等しい。このままではせいぜい囮役にしかなれないだろう。
そして、今日最後に憑依したモンスターはブルーフラグメンツ。青き炎の身体を持つ人型のモンスターだ。
こいつは身体の大部分が炎であり、ハズレ部位を攻撃されても全て無効化する。ダメージを受けるのは核と呼ぶ弱点部位のみであり、俺が憑依した個体の核は心臓の辺りにあった。
軽く腕を曲げ伸ばしたり飛び跳ねてみる。人型なので非常に動きやすく、身体が軽いからかスピードも速い。少々低い声だが会話もできて、武器を装備することも可能。何より気に入ったのは、攻撃的なスキルを持っていたことだ。
「【炎渦】……これは、アクションスキルなんですね」
武器を発火させて追加ダメージを与えるというスキルだ。武器の種類は問わないようで、マンゴーシュを装備した状態でもちゃんと発動することを確認している。練習次第で人間状態でも使えるようになるかもしれない。
「注意すべきは体力の低さですね。弱点に攻撃を受けてしまえば、直撃でなくとも一撃KOされてしまうかもしれません。魔術耐性も高くないですから、特に水や氷には要注意です」
さらに厄介なのは、体力が2割を切ると、意思に関係なく【自爆】スキルが発動してしまう点だ。
モンスターの状態で体力がゼロになると、強制的に憑依状態が解除されてしまう。そうなった場合、モンスターに貸していた体力は一切回収できない。残り体力1割の状態で人間に戻るので、状況によってはそのまま死んでしまうことも十分考えられる。
「とはいえ、要は弱点に攻撃を受けなければ良いのです。大切なのは弱点の当たり判定を正確に把握しておくことですね」
身体の大部分が実体を持たないので、腕などで弱点を庇うことができない。攻撃は回避するか、【パリイ】スキルで弾くかのどちらかになるだろう。
「お兄様ならきっと使いこなせるでしょう。門番の攻略には、このモンスターが一番良さそうですね」
ダージュが階下に目を向ける。今まで延々と続いていた石階段が途切れていて、その代わりに縦横の長さ50メートルほどの平地が広がっていた。平地の外周は紫色の炎が燃え盛っている。まるでリングみたいなフィールドの中心には、牛の頭をもつ屈強な巨人が待ち構えていた。
ミノタウロス――あらゆる異端者を痛めつける地獄の暴君だ。
男は容赦なく惨殺し、女には陵辱の限りを尽くすという悪の化身。
巨大ゴブリンに比べたら小さいものの、その身長は楽に3メートルを超えている。手にした長柄の斧は血に染まり禍々しい光を放っている。あんなモノで殴られたら問答無用でノックアウトされるだろう。
「ミノタウロスは地獄界第六圏にいるとされる凶暴な怪物です。ということは、ボク達はこのエリアの半分を踏破したと考えて良いでしょう」
歩き続けて4日。これで半分なら、最下層に到着するのは早くてあと4日以上も必要……あ、いや。最上部からスタートした訳じゃないからその計算は変か。
「まず目の前の問題を片付けてから考えましょう。先へ進むには撃破する他ありませんが、あの牛のレベルは30です。お兄様は18、ボクは16ですので、ステータス差はかなり大きいですね」
「弱点はあるんですか?」
慧眼に期待したのだが、ダージュは申し訳無さそうに首を振った。
「今は見えません。恐らく特定の状況にならないと弱点が露出しないタイプだと思われます」
ミノタウロスは胴体を堅固な鎧で包んでいる。予想の域を出ないが、鎧を破壊すれば弱点が露出するのだろうか。
「弱点を突けないとなると、現状では殆どダメージを通せないでしょう。ステータスの差を考えると……せめて、お兄様のレベルが20に到達していないと撃破は難しいでしょうね」
冷静に分析結果を語るダージュの目は「戦うのはまだ早い」と言っている。
しかし、のんびりしている暇は無い。30分ほど前に少々事情が変わったのだ。
* * *
《10th 17:01
差出人 :夏秋冬
タイトル:どんなかんじ?
やっほー。アキト君元気? 草原で色々実験するって言っていたけど大丈夫かな。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね。
ところで、今日の夜時間あるかな? 一緒に晩御飯食べない? ユキちゃんも寂しがってるし。よかったら返信してね》
《11th 9:55
差出人 :夏秋冬
タイトル:おーい
アキト君、どうしたの? ちゃんと宿に戻ってきてる?
わたし達は渓流で探索してるけど、色々と大変だよ。アキト君が居るのと居ないのじゃ大違いだってユキちゃんも言ってた。
時間があれば一緒に遊びたいな。返事待ってるね。》
《11th 21:06
差出人 :雪羽
タイトル:無題
アキト、元気か? 不具合でメールが届いていないかもしれないと夏秋冬が言うので、私もメールを送ってみたのだが……ちゃんと届いているだろうか。
唐突ですまないが、ひとつ警告しておきたいことがあるんだ。
最近、渓流エリアで活動するプレイヤーが立て続けに襲撃され、殺されてしまうという事件が起きている事を知っているだろうか。
当初は強力なモンスターに襲われたのだろうと考えていた。しかし、被害者(10日目の朝に襲われた)に話を聞いてみると、どうやら犯人は【獣人】系のプレイヤーらしい。
システム上PK行為ができない事はアキトも知っているだろう。なので、恐らく何らかの間違いだと思うのだが、妙に気になる。念のため、不審なプレイヤーを発見したら近寄らない方がいい。
渓流へ行くのなら覚えておいてくれ。それでは。》
《12th 23:06
差出人 :夏秋冬
タイトル:何度もごめんね
あのね、ユキちゃんには黙っていろって言われたんだけど。
今日ヘンな人に襲われたの。きっと最近噂になってるプレイヤーだと思う。遭遇した途端に薄ら笑いを浮かべて「そこにいたのか」って呟いてた。すごく気味が悪かったよ。
ユキちゃんの機転で何とか逃げられたんだけど、「絶対に殺してやる」なんて叫んでいて。ゲームなんだから心配しすぎだと思うんだけど、それでも怖くなっちゃって。
運営には通報したし、騒ぎが収まるまで町にいようって言ったんだけど、ユキちゃんは『どうしてもこのゲームをクリアしなければならない』って聞いてくれないし。
ごめん。うまくまとまらないや。
アキトくん、今どこにいるの? 会いたいよ。》
知らぬ間に到着していたメールは以上の4つ。
メールの着信に気付いたのはミノタウロスを発見した頃。通信は不可能な筈なのにメールが届いた理由は不明。バグなのか、特定の条件を知らずに満たしていたのか。ダージュも首を傾げていた。
だが、今は理由の解明なんてどうでもいい。
最後のメールのタイムスタンプは12日目の23:06。今はもう13日目の昼を過ぎている。
返信しない俺に呆れているのならまだいい。しかし、もしも妙なトラブルに巻き込まれているとしたら。そう考えると、どうしようもなく不安になる。
「……やっぱりメールの返信は無理か」
既に10回は試みた操作をもう一度繰り返すが、結果は同じ。ボイスチャットも当然通じない。いま俺ができるのは、拭いきれない不安が杞憂に終わるように願う事と、ここから少しでも早く脱出する事くらいだ。
やや乱暴にゲームウインドウを閉じる。こちらを見るダージュと目が合う。口に出す前に、俺が何を言いたいのかを理解したらしい。
「それでは行きましょうか、お兄様」
「……良いんですか?」
「お兄様の力になる事こそが、ボクにとっての喜びですからね」
てっきり反対されると思ったのに、当然のことと言わんばかりに笑みを浮かべている。そんなダージュと念入りに打ち合わせをしながら、暴れ牛の待つ踊り場へと向かっていった。




