第5部 第12話
ノートの最後のページを破り、
太目の黒いマジックペンでさらさらと文字を書く。
そしてそれを適当に四角い形に折る。
もうちょっと可愛げのある紙とか色ペン使えばよかったかな?
でも、あいつの為にそんなことするのはエコなこの時代、資源の無駄遣いだ。
「おはよ」
「おう、おはよう、寺脇。俺と付き合ってくれ」
「うん、いいよ」
「やった。じゃあ、早速・・・」
そこまで言って的場が固まる。
周りにいたクラスメイトも固まる。
「はい、これ」
私がさっきの紙を渡すと、
的場は嬉しそうに・・・ではなく、若干怯えながら(なんでよ)その紙を開いた。
「『寺脇マユミとの一日デート券 但し、ホテルは含まず』。なんだ、これ?」
「いらない?」
「いる!」
「じゃ、次の日曜に迎えに来てね」
私がそう言うと、的場はパアアと笑顔になった。
そういう訳で「次の日曜」、
私と的場はデートすることになった。
でも、確かに「迎えに来てね」とは言ったけど、
朝の7時は幾らなんでも早過ぎないか。
私はパジャマ姿にカーディガンを羽織った状態で、
うちの玄関で的場と対峙した。
「私、まだ眠いんだけど」
「今日一日しかデートできないんだったら、時間は有効に使わないとな」
私はざっと的場の全身を見た。
カッターシャツとジーパン、ブーツというカジュアルだけど、
どれもさりげなくブランド品だ。
一応デートなんだから、この的場と並んで歩くには・・・
私の頭の中で今日の服装がコーディネートされていく。
「1時間待って」
「15分」
「そんなんで準備できるわけないでしょ!」
それでも私はダッシュで自分の部屋へと戻った。
で、結局、間を取って30分後。
私は師匠とデートする時も、聖とデートする時も着たことのないような上品なワンピース姿で、
的場と一緒に朝の街を歩いていた。
昔はいっつもこんな服装だったのにな。
でも、
「私は所詮、世間知らずなお金持ちのお嬢様なんだ」とちょっと自分に嫌気はさすけれど、
やっぱり生まれ育った環境にあった格好をするのが、一番しっくり来る。
ただ一つ、運転手付きの車ではなく徒歩というのが、「昔の私」とは違う点だ。
「って、どうして歩いてるの?的場んちの車は?」
「たまには普通の高校生デートを味わってみたくって」
「ふーん。嫌味な奴ね」
「まあまあ。電車に乗ってどっか行くのもよくね?」
「まーね」
そうは言うくせに、切符の買い方もロクに知らない的場に笑ってしまう。
だけど行き先は決まっているのか、的場は迷うことなく電車に乗った。
そして「日曜の早朝で電車の中はガラガラだから座ろうかな」、
と私が思う間もなく、的場はすぐに電車を降りた。
「東京駅?どこ行く気?」
「黙って俺について来い」
「そういう台詞はここぞという時に取って置いたら?」
「今がまさに、俺の人生の中でここぞという時だから」
なんてしょぼい人生なんだ。
でも、一応「ここぞという時」らしいから、私も言われた通り黙って的場についていく。
そしてそのまま新幹線の中までついていく・・・
ほんと、どこ行く気???
てゆーか、どこが「普通の高校生デート」なのよ。
私と的場は、的場が前もって取っておいてくれたらしいグリーン車の座席に座り、
ようやく一息ついた。
「ねえ、どこに、」
「それより。なんか俺に頼みごとでもあんの?」
「へ?」
「寺脇が一日だけでも俺に付き合ってくれるなんて、何か企んでるとしか思えない」
やっぱりバレてたか。
私は早速ではあるけど、正直にこまわりについて的場に説明することにした。
「ふーん。で、俺の親父の会社に、
寺脇の元彼が所属してる劇団の演劇のスポンサーになって欲しい、と」
「うん。的場んち、Lコムっていう携帯電話会社でしょ?」
携帯電話の会社がスポンサーになってくれたら心強い、気がする。
だけど的場は渋い顔をし、頭の上で手を組んだ。
「えー。寺脇、まだその男のこと好きなのか?だったら協力したくないなー」
「私、次の駅で降りるわ」
スクッと席から立ち上がる。
「次の駅って名古屋だけど?」
「・・・」
仕方なくもう一度腰を下ろす。
的場が自分の携帯を開き、
ピコピコとボタンを押した。
そして画面を私に見せる。
ニュースや天気予報、本、映画なんかの情報が見れる、
Lコム独自の情報提供サイトだ。
そうそう、これこれ!
「ここに、そのこまわりって劇団の情報を流して欲しいんだろ?」
「そう!そうなよの!!」
的場がため息をつきながら、携帯を閉じる。
「俺もよく知らないけど。こういうところに広告を出すには、
すげー広告費用を相手から貰うもんなんだよ」
「すげー、ってどれくらい?」
「何千万とか億の単位」
「・・・何千円じゃダメ?」
「ダメ」
今度は私がため息をつく番だ。
「じゃあ、さすがに息子の頼みでも、聞いてくれないか・・・」
「そうだな。息子の友達からの頼みじゃ聞いてくれないだろーな」
「え?」
「でも、息子の彼女からの頼みだったら聞いてくれるかも」
「・・・何が言いたいの?」
的場がニヤーッといやらしい笑い方をする。
「俺、一人っ子だからさー。親は俺に甘いんだ。
親父も俺にちゃんとした彼女ができたら喜ぶだろうし、
それが寺脇コンツェルンのご令嬢だって知ったら、ますます嬉しいだろうな」
「・・・」
それってつまり、こまわりのことを宣伝して欲しいなら、
私に的場の彼女になれってことなのか。
はっきり言って嫌だけど、
どうでもいいと言えばどうでもいい。
私が好きなのは聖だけだ。
聖と一緒にいれないのなら、誰かと付き合っても付き合わなくても同じだ。
私が的場と付き合うことで聖にメリットがあるなら、そうしてもいい。
だけど、どうしても勘弁ならないことがある。
「的場と付き合うってことは、キスしたりそれ以上のことしたりするってこと?」
「もちろん」
「じゃあヤダ」
好きじゃない人とそんなことはできない。
私もそこまで軽くないんだから。
的場のことは嫌いじゃないけど、男として好きって程でもない。
私がぷいっと窓の外の方に顔を向けると、的場は慌てて食い下がった。
「じゃあ、さっきの話は無しな」
「・・・オトモダチからって言うのでどう?」
「もう友達じゃん」
「あれ?友達だっけ?」
「・・・」
「的場とのお出掛けを極力断らない。これでどう?」
「えー・・・キス以上はダメ?」
「ダメ」
「・・・まあ、その辺はウヤムヤに行くか・・・」
どーゆー意味よ。
「親父には彼女って言っていいんだろう?」
「それは仕方ないわね。でも私、他の男友達と会うのを制限されるのとかはイヤよ」
「他の男友達?」
「例えば青信号とか」
「は?青信号」
「姓は青で、名が信号」
かどうかは知らないけど、
青信号は聖がいなくなってから私のことを色々と気遣ってくれた。
「ポンコツだけど」という言葉に不足はないような車でドライブに連れて行ってくれたりもした。
それなのに、彼氏ができたからといって(しかもエセ彼氏)、
もう会わないというのは申し訳ないし、私も嫌だ。
聖とだって・・・
ううん。もう2人で会うことはないよね。
的場は「ちぇっ、分かったよ」と言うと、
突然私の手を握った。
「ちょっと!」
「これはキス未満だからいいだろー?
今日はずっと手を繋いでいること、これも条件の一つだ」
「トイレは?」
「俺が女子トイレ使う」
なんたる変態。
なんたる根性。
私は的場に握られているのとは反対の手の甲で口元を隠しながら笑った。
「今日だけよ」
「よっしゃ。交渉成立!」
「ちゃんと的場のお父さんにお願いしてよ!?」
「分かってるって」
「お願いするだけじゃダメよ?了承させてよ?」
「はいはい」
・・・大丈夫かな。
でも、ここは的場を信用するほかない。
そうこうしているうちに(手を繋いだまま駅弁も食べた!)2時間余りが過ぎ、
新幹線の速度が落ちてくると的場が立ち上がった。
「まもなく新大阪でーす」
「大阪?」
「おう、ユニバーサルスタジオに行くぞ!」
「はああ!?」
そのために朝早くから新幹線に乗った訳!?
やっぱりこいつ、ちょっと変わってる。
だけど私は、なんだかワクワクした気持ちで、
的場に手を引かれたまま新幹線の出口へと向かった。




