6.6 素敵な言葉
「立花さんの愛情表現が足りなくなったら、俺も愛情不足のせいで些細なことで嫉妬したり不愉快に思ったりすることはあるかもしれないね」
そう言われた瞬間、体が硬直した。
どどど、どうしよう。恋愛に不慣れな自分なりに、野田くんに好意を示してきたつもりだったけど……まだまだ全然足りないってことだよね。もっと頑張れってことだよね。野田くん、暗にそう言ってるんだよね。
でもこれ以上何を頑張ればいいの?
今日のデートに備えてみっちゃんにたくさんアドバイスをしてもらったけど、愛情表現の仕方なんて聞いてない。どうしよう、どうしよう。
「立花さん?」
突然挙動不審になった私を野田くんが不思議そうに見つめている。
ああ、どうしよう。どうしよう。
と、ポシェットの中で石と石がぶつかってかちっと音を鳴らした。
そうだ。こういう時は――。
「あ、あのね。これよかったらもらってくれる?」
「……これは?」
「ストラップだよ。ほら見て。私とお揃いなんだ」
取り出したスマホから垂れるストラップを軽く振ってみせる。
「編みぐるみ?」
「うん。私が編んだクマさんだよ」
野田くんにはこげ茶、私にはベージュのクマさん。身長5センチにも満たないおチビちゃんだ。
「はいどうぞ」
二体のクマさんの首にはリボンが巻かれている。そしてリボンの結び目部分には留め具で宝石が取り付けられている。もちろん、こげ茶の方には青、ベージュの方にはピンク――ママが選んでくれたとっておきの宝石を。
昨夜、ママにお願いしたのだ。私がクマさんを編むから、宝石はクマさんが身に着けられるようなものにしてほしいって。このくらいさりげない使い方をすれば、野田くんに受け取ってもらいやすくなると思ったのだ。
宝石が本物かどうかなんて、普通の男子高校生なら気づかない。でも気づいてほしいわけではない。遠慮なく野田くんにもらってほしい、ただそれだけ。
だけどどうしたことだろう、野田くんが真剣な顔でクマさんを見つめだした。
「どうしたの?」
学校でもあまり見ない類の表情に不安を覚える。
すると野田くんが手の内のクマさんを見つめながら急にこんなことを言い出した。
「もしかしてこれ、スピネル?」
「ほえ?」
「違ったかな」
「う、ううん! 違わない! スピネル!」
「やっぱり」
「……どうしてわかったの?」
そう、青とピンクの宝石はどちらも同じ、スピネルだ。というか、私もこういう名前の宝石があることを知ったのは昨夜のことだったりする。
「というか、こんなに高価なものをもらってもいいのかな」
野田くんは私の質問に答える代わりにそう言った。
宝石の価値が様々な指標でもって決められることは知っているけど、私自身はよくわかっていない。それを正直に伝え、でもママからの贈り物だから大丈夫だと付け加えた。
「この石はジュエリーにするには小さいのね。だからママいわく、自分の趣味の範囲で作った程度のもので、気兼ねなくもらってほしいって」
それでも野田くんは浮かない顔をしている。
私としては初めてのプレゼントにこれ以上のものはないって思っていた。野田くんと私だけの、世界に二つとないお揃いのストラップ。私と野田くんのためにあつらえた特別な宝石付きの。
だけど野田くんにとっては違ったようだ。
「……迷惑、だった?」
野田くんがはっとした顔になった。
「違う。迷惑なんて、そんなことはないから」
「ううん、いいの」
冷静に考えれば……私が浮かれていたんだと思う。ママが選んでくれたからって、初めてのプレゼントに宝石はダメだったのだ。小さいからって宝石は宝石だし。しかも手編みのクマさん、かつお揃いときたら、野田くんにしたら重すぎるのかもしれない。
「これ、持って帰るね」
野田くんの手の中にあるストラップに手を伸ばすと、野田くんがさっと体をひねって避けた。
「野田くん?」
「……持って帰ったらダメ!」
「え、でも」
「迷惑じゃないから。立花さんの手作りで、しかもお揃いで。それに立花さんのお母さんが俺とのことを認めてくれているんだってことも伝わってくるし……うん、すごくうれしいよ」
「……ほんと?」
「ほんと」
でも、と野田くんが続けた。
「当たり前かもしれないけど、付き合うって覚悟がいるものなんだなってあらためて思ったんだ。俺は立花さんのことが好きだけど、俺以上に立花さんのことを大切に想っている家族がいるってことを忘れたらいけないね」
「どういうこと?」
話の脈絡がわからなくて首を傾げたら、野田くんが小さく微笑んだ。
「俺も立花さんの家族に負けないくらい立花さんのことを大切にしなくちゃってことだよ」
どういうことだろう?
でも少し考え、私はうなずいていた。
どうしてこのプレゼントからそういう話に結び付くのかはいまだにわからない。でも野田くんの言ったことはすごく素敵で――。
「私も野田くんの家族に負けないくらい野田くんを大切にするね」
きっとずっとこの日の野田くんの言葉を忘れないだろうと思った。
**エピローグ***
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「あれ? ママいたんだ。卓也は?」
平日の夕方、家にいるべき卓也がいなくて、逆にママがいるなんて珍しい。
「卓也くん、今日は家でごはんを食べるんですって」
「へえー。そうなんだ」
「ところでデートは楽しかった?」
「うん!」
ママの淹れてくれたミルクティーをふうふうしながら今日の出来事を語っていく。それをママはにこにこしながら聞いている。
「クマさんのストラップ、喜んでくれたよ」
「そう。よかったわ。高校生に宝石は重すぎるかもって入江さんに言われて、ずっと気になってたのよ」
なるほど。それで今日は早めに帰ってきてたのね。ちなみに入江さんはママの秘書さんだ。
「あ、そうだ。野田くん、あの宝石の名前知ってたよ。というか当てたの。スピネルだって。すごくない?」
これにずっと細められていたママの目が丸くなった。
「ほんと?」
「うん。訊いたらね、野田くんのパパ、ジュエリーデザイナーなんだって」
「デザイナー?」
「ね。世界って意外と狭いんだね」
「野田……野田ってもしかして、涼、さん?」
「え? なに?」
「ううん、なんでもない。……そんな偶然、あるわけないわよね」
「……ママ?」
そっとうかがうと、逆にママに切り返された。
「ね。今夜のオムライス、デミグラスソースとホワイトソース、どっちがいいか決めかねているんだけど、愛華はどっちがいい?」
「デミグラス!」
満面の笑みで即答すると、ママは「了解!」と笑ってくれたから、私はこの時の違和感について深く考えることもなかった。
終わり
今回も一本梅のの様の素敵なイラストに触発されてこの章が生まれました。
のの様、ありがとうございました!
最後、ちょっとした謎めいた描写が出てきますが、いつ回収するかはまだ決めていません^^;




