サイコロの目
投稿期間が開いてすみません。
見てはいけないであろうモノを見た。おそらく。
ホイホイと土産を持って帰るのはアブナイ。
皆の意見は一致した。
「でも、帰らないと野垂れ死んでドラゴンの餌だ」
「こっから近い都市に行こう」
インスタントヌードルを啜りながら、コールド達は地図を広げて覗き込む。
ミミックが彼らの住む都市から南へ指を滑らせる先に、都市を現す記号がポツンと表記され、『オールドクーポン』と名を添えられていた。
「近過ぎない?」
「他の街じゃ車の油がもたない」
「馬鹿ね! すぐに見つかるに決まってる!」
ドロレスがかき鳴り声を上げて、膝を抱えて蹲った。
そんな彼女に、ミミックが言いにくそうに
「ドロレスは戻って欲しい」
と、言った。
ドロレスはパッと顔を上げ、コールドが見た事も無い様な頼りない表情を顔いっぱいに広げてか細い声を出した。
「私はチームじゃないから?」
「違う」
ミミックが首を振り終わる頃には、ドロレスは冷めきった大人の顔をして嗤った。
この顔の作り方を、コールドは痛い程知っているし、その時がどんな気持ちなのかも知っていた。
「ハ、いいわ。お荷物よね。トラックは目立つし?」
僕らは何度こういう風に諦めて来ただろう。
悲しみや苛立ちにすら、エネルギーをケチって。
「馬鹿! ミミックが違うっつってんだろ!」
見るだけで痛々しい程顔を青くしたドロレスの傍へと、コールドが立ち上がりかけた時、フラッシュが怒鳴った。
「でも、私だけ帰れって言ってる!!」
「アホ! チームとかくだんねえ事言うなら、どうしてだかまずミミックの話聞け!」
「だって……!!」
「もしお前を見捨てるっつーなら、オレは反対する! ミミック、オレは反対だ!」
「フラッシュも話聞こう」
ポカンとしていたコールドがようやく口を挟むと、フラッシュは
「お、おう!」
と、大きく頷いてミミックの方へ身体を乗り出した。
ミミックもコールドと同じくポカンとしていたが、フラッシュに困った様に笑った。
「イヤ、なんだよお前。カッコいいと思ったらテンパってたのかよ」
「だって、こんなチビ一人……」
「……チビって……なによ……」
「でもミミックの事信頼してるんだよね。ハイハイ」
コールドはそう言いながら、改めてドロレスの傍に寄り、隣に座った。それ以外は特に何もしなかった。彼がしようとしていた仕事を、彼が思い付くものとは全く別の方法でフラッシュが終わらせてしまったので。
ドロレスは膝を抱えて俯いた後、「で?」と、ミミックに首を傾げて見せた。頬が少しだけ上気しているのは、何が原因なんだろう。
コールドは慣れた心持ちで答えから目を逸らして、皆と同じくミミックに注目した。
皆の顔が、ポータブルランプの灯りに照らされて緊張の影を濃くしていた。
計画を話し出したミミックの後ろには星空が広がっている。
目に映るそれらが、妙に印象的なのは何故だろう、とコールドの胸は騒ぐ。
『ああ、だからあの時』と、思い返す事にならなければ良い。
今この時が、三日後には忘れてしまうような、そんな時だと良い。
コールドはそんな事を、頭の片隅で思っていた。
*
温かい夜の中、コールドはドロレスの運転するトラックの助手席から、夜空を眺めていた。
その内東の空から白んで、世界は藍色になり、少しだけ夜がしゅんと熱を持って行って温度が下がり、朝が来る。この時間帯に目を覚ましていると、コールドは心洗われる気持ちと、これから再び汚れて行く気持ちになる。
「星が消えて行く」
「方位測定機がついてるから平気よ」
古いわね、と、ドロレスが鼻で笑って返事をした。
ドライブの心配をしていた訳じゃないけれど、コールドは「なら安心だ」と返すだけにした。
「僕が運転するよ」
「バカ。怪我人で軽く記憶喪失のヤツは寝てなさいよ」
「イヤな設定だな」
「フラッシュ達に見捨てられちゃってね」
「きっとかなり切迫した状況で、そうするしかなかったのさ」
ふふ、とドロレスが笑った。
「何処に消えちゃったのかしらね?」
「ドラゴンの腹の中かな……チームのキャッシュカードを僕が管理してて良かったな」
ドロレスが笑い声を上げた。
コールドは彼女の方を見なかった。
「本当じゃないから、泣かないで」
「泣いてない。上手く行くと思う?」
「全然。でもドロレスはあそこじゃない何処かで落ちてる僕を拾った。あそこに辿りつく前に、何か見る前に。それは僕が証言するし、『僕だってそれ以前の事は記憶から抜けてしまった』って頑張るよ」
うん、と頷いて、ドロレスはアクセルを踏み続ける。
「私は生き残って倒れているコールドを見つけて、引き返して来た」
「うん」
「ミミックとフラッシュは探しても何処にもいなかった」
「僕は巨大なドラゴンに追い詰められ、爪に引っ掛けられて運転席から吹っ飛んだところまでは覚えている」
ハッキリ言って、ミミックの案は穴だらけだ。リスクが全然潰せていない。
「何も見てない」を、博士が「わかったよ」なんて言って頷くだろうか。
生死がわからないからと言って、放って置くだろうか?
でもどうせ状況は詰んでいる。
だったら。
疑いながらも「ふぅん」と言う博士。
「あ、そ。死んじゃったのかな」と言う博士。
何の目が出るか分からない逃亡にドロレスを巻き込めない。
そもそも、何の目も出ないのに、僕らは逃げ出しているのかも知れないのだから。
そうだ。何の目も出やしない。きっと……。
疑わせる博士が悪い。――全部。あれもこれもそれも全部。
帰ったらすぐに目立たない額を、ミミックの隠し口座に振り込まなくては。
否、きっと博士がその気になったらすぐ足が付く……いっそ新しいジープを買うとか言って一気に……。でも博士はそこまで執着するだろうか……否、でも……でも……。
クス、とドロレスが笑った。
「フラッシュの腕が悪いからこんな事になった!」
コールドは、これに咄嗟に反論した。
「フラッシュの狙撃は優秀だ」
「ふん、仲良いのね」
「正直馬は合わないし馬鹿だと思うから、狙撃が上手く無かったら口もきかないけどね」
意味分かんない、と、ドロレスは言って、ハンドルを持ちながら肩を竦める。
わかんないかなー、と、コールドは思う。
大事なんだけどな。と。
そうして進む内に、また星が一つ、二つ消えた。
「ねぇ、最初は私だけ戻る話だったでしょ?」
「うん」
「きっとその方が、アンタ達にとっては良かったと思うの」
「……」
トラックの速度が落ち、やがて鈍いエンジン音を静めながら停止した。
ドロレスは拗ねた子供みたいな顔をして、真っ直ぐフロントガラスの向こうを見ながら小さな声で聞いた。
「なんでついて来たの?」
「逃亡生活なんか嫌だから」
ドロレスは顔を歪めて苦笑いしながら、コールドを見た。
身体を少しでも彼から遠ざける仕草までして、
「コールドらしい~」
と、笑った。
「そう?」
「私ね、ミミックが私だけ帰れって言った時、やっぱりねって思った。……いつかどっかで見捨てられて、一人にされるんだって、今、その時が来ちゃったんだって……」
言いながら、ドロレスは再びトラックを発車させる。エンジン音が強くなる。
音に声が隠れる。
だから。
コイツらに優しくしなくて良かった。
嫌われてて良かったって、思った。
なのに。
「ありがと」
「聴こえなかった」
「いつか合流できるよね?」
「……わからない」
なんでついて来たか、言わなくて良かった。
僕らしくないって、きっと言うから。
霞の中の、スカイスクレーパーの群れだけが白み始める景色の中で黒い。
薄汚れた赤い縞々の街の城壁が小さく見えて来た。
殺されたりしない。
殺されたりしない。
「檻みたいだ」
「そうかもね」
「あれ?」
ドロレスはチラリと笑って「怖い」と、囁いた。
「コールドは気付いてるでしょ? あの変な乗り物に、私、機関銃で……」
「うん。解っててミミック達に黙ってた君を凄く馬鹿だと思う」
「だって……役に立ちたいって思ったの」
馬鹿だ。あんな感情的で突発的に出て来た救いの為に生きるなんて。
でも、コールドは今更責められない。
自分だって、馬鹿な理由でドロレスと一緒に街へ向かっている。
あやふやな証明をしに行くのだ。ミミックの為、フラッシュの為……。
「……機関銃なんか君以外も持ってる」
「いつでも切り離して」
「……その時考える」
「コールドらしい」
なんでついて来たかなんて、本当に言わなくて良かった。
ドロレスの胸に吹く冷たい風を止めたのは、コールドじゃなかったから。
*
ポータブルランプの灯りと夜空の星々。
どちらが明るく便利かと言えばポータブルランプの灯りに違いないけれど、ポータブルランプの灯りは人の心を圧倒出来ない。
でも僕は合理的なのが好きだ。
きっと一生そうだ。
霧雨星は地球ではありませんが、条件は地球とほぼ同じような星です。




