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ルーレットの矢

 未だ熱を発する大きな乗り物の天井穴から顔を出すと、乗り物内の熱気で火照った顔に外の乾いた風が気持ち良くて、コールドは目を細めた。

 自分達のジープを探すと、横にドロレスのトラックが並んでいた。

 燃えているものの近くに車を寄せたく無いから、ジープもトラックも少し遠い。

 

「ドロレスが来てる」


 コールドが下にいるフラッシュに告げると、フラッシュはあからさまに顔を歪めた。

 フラッシュはドロレスが苦手なのだ。

 ただの小さな女の子なのに。


「結構派手だったから、もしかしたら街まで聴こえたり見えたりしたんじゃないかな」

「キンキン質問責めにされるのイヤだ。お前が担当しろよ」

「担当って……ねぇ、その子どうやって上に上げるの?」


 天井は低かったが、流石に抱いて登るのは骨が折れそうだった。

 コールドの至極真っ当な問いに、フラッシュは首を傾げて唸る。


「ロープで吊るす? 上から引っ張って、下から支える」

「起こせば良くない?」

「可哀想だろ」

「ロープで吊るす方がよっぽどだと思うよ」


 まぁいいよ、と、フラッシュは言って、天井穴から身を乗り出した。

 フラッシュが良い案を出せるなんて、彼は期待していない。だから、一旦ミミックに相談だ。ミミックはミミックであまりアテにならない所があるけれど、腕力が増える。

 男三人がかりなら、女の子一人くらいなんとかなるだろう。

 そう思っていると、「コールド」と、下から声が聴こえた。

 ドロレスの声だ。

 声を頼りに少し移動してそちらを見下ろすと、ドロレスがコールドを見上げていた。機関銃を構えている。

 ドロレスは「ふん」と鼻を鳴らした。


「アンタ達ドラゴンにANNEを撃たないで何やってんの?」

「動けないみたいだから、後回しにしてた」

「可哀想よ、苦しんでる。いくらドラゴン相手でも、私、こういうの好きじゃない」

「ふぅん」


 また『可哀想』か。コールドは肩を竦める。

 機体に磨り潰されたドラゴンは、機体からはみ出ている頭と尾だけが立体で、あとの下敷きの部分は無残なぺたんこに見える。

 立体部分に近付かなければ、特に危険は無さそうだった。


「動けないコイツに砲撃するの、なんかフェアじゃない気がしない?」

「馬鹿言わないでよ、ドラゴン相手に」


 コールドは虚空に上目遣いをして「そうだね」と適当に答えた。


 ―――フラッシュもドロレスも、勝手言ってら。『可哀想』って何だ?


「おいコールド! 何やってる! チビなんか放っといて、ミミック呼んで来いよ!」


 フラッシュのくぐもった声が、小さく聴こえて来た。

 ドロレスは直ぐにその声に反応した。


「フラッシュは中?」

「うん。ドロレス、ちょっと僕達だけじゃ引き上げられないモノがあるから、ミミックを呼んで来て」

「良いけど、ここに入り口があるじゃない」

「入り口?」


 地面から近い入り口なら、ありがたい。

 コールドはドロレスの傍へずり降りて行って、彼女の言う『入り口』を確認した。

 少女が身を乗り出して発砲していたドアだった。

 地面の傍に出入り口があるなら、ここから容易く少女を担ぎ出せる。

 フラッシュは小さく息を吐いて、ドアを蹴飛ばした。

 ドアはあっけなくへこんだが、頑固そうな軋んだ音を立てて開かない。


「歪んじゃってるのね」

「ちょっと溶接されたみたいな感じにもなってるな」

「どいて」


 ドロレスは短くそう言って、背負った機関銃を構えドアに向って連射した。

 墜落炎上の影響で脆くなっているドアが、小さな穴を見るも無残に開けていく様をコールドは見守るしか出来なかった。だって止める間が無かったのだ。

 ドアの向こう側で、フラッシュがパニックを起こしている。

 先程コールドがドアを蹴飛ばした音を聴きつけて、ドアの傍に来ていたのかも知れない。

 まぁなんにせよ、ドアは無残に崩れ去り、出入り口が出来上がったのだった。

 覗き込むと、ドアから離れた奥の方で、フラッシュが少女を抱えて目を見開き小さくなっていた。

 コールドは「可哀想」と呟いたけれど、フラッシュとドロレスはすぐに罵り合いを始めたので、彼の呟きは誰の耳にも届かなかった。


 *


 気を失った少女をトラックの荷台にそっと寝かすフラッシュに、ドロレスがキンキン声を出している。


「割に合わない荷物だわ!」

「ウルセーな、ジープの後席じゃ狭いんだって」

「ガソリン代どうしてくれんのよ」

「じゃあ来なきゃいいだろ!? 連絡もしてねぇのによぉ!」

「だって……っ! アンタの、アンタ達の行ったエリアで大きな爆発が起きたって……」

「それ、誰から聞いたの?」


 勢いを失くしたドロレスに、すかさずコールドが割り込んだ。

 既にこの状況が把握されているのだとしたら、フラッシュが少女の行く末を諦めなくてはいけない未来は近い。……どちらにせよ、彼女をどうするか冴えた図はまだフラッシュの頭の中には無いだろうけれど。


「昼過ぎにウォール・ペインへ、リスパァン博士から連絡が入ったの」


 昼過ぎ。ざっくりしているが落ちて直ぐに事態を把握されている。

 安否を確認して来ないのは何故だ?

 こちらから連絡をしないから?


 ―――否、僕達の安否なんてあの爺には関係無いんだ。


 リスパァン博士にとってコールド達の死は、コンピュータ端末で『死亡リスト』の文字をクリックし、頭文字検索をかけて現れる名前を増やすだけの事柄だ。


 ―――でも……。


「コールド? 聞いておいてボーっとしないで」


 ああ、キンキン声が邪魔だ……。


「ごめん。ウォール・ペインにいつからいたの? ちゃんと夕に連絡するって言ったのに」

「ひ、暇だったから、早めに待機してたのよ」

「ふうん。リスパァン博士が今後どうするか何か指令を出してない?」

「私に?」

「いや、他のドラゴンスレイヤー達にここへ向かう様にとかさ」


 ドロレスは細い首を振った。ふわふわした栗色の髪がそれに合わせて揺れる。


「危険だから暫く近寄らない様にって」


 随分親切だ。

 気付いているなら、真っ先に興味を示して飛びついて来そうなのに。

 ただ単純な爆発だと思っている?

 僕達が大砲を暴発させたとか、ドラゴンに滅茶苦茶にされたとか……?

 あの博士が? そんな馬鹿な。


「ランド達もアンタ達を心配して街を出ようとしたんだけど、門で止められたわ」

「君は?」


 ドロレスはひょいと肩を竦めて、両手をコールドへ開いて見せた。


「ここにいるわね」


 武装車の外出が危険で、運搬トラックの外出は危険じゃないなんて聞いた事が無い。

 コールドは、少女と一緒に焼け焦げから運び出したトランクの中に詰まった小瓶を見ているミミックの方を見た。


「おかしくない?」


 コールドがそう声を掛けると、ミミックが手に持った小瓶から顔を上げる。

 顔に少し陰鬱な影を落として、ミミックは首をかすかに傾げた。


「あのジジイがマトモな時なんてあったか」

「いつもイカれてるわよ」

「でも、とびきり変だ」

「祭り好きが自制してンだぞ。騒ぎたくないんだろ。この件を目立たせたくねぇんだよ。ドロレスだけ通したのも、なんか持って来いって意味だろ。もしかしたら、ドロレスがウォール・ペインにいなかったらドラゴンスレイヤー達には連絡も無かったかもな」


『ネェネェ、そっちにドロレスちゃんいる? え、いないのぉ! わかったよー、じゃ、またね!』

 なんて、ウォールペインに通信を入れるリスパァン博士の図が、何となく想像出来た。

 個人的にドロレスへ連絡を取って来るか、もしくはドラゴンスレイヤー達よりももっと博士の傍にいる者たちをこちらへよこしたかも知れない。


「隠したいなら、どうして側近を出さないんだろう」


 コールドは何択かの厭な未来予想図から目を逸らしたくて、ドロレスを見た。

 まだあどけない顔に、大人よりも大人を張り付けて、ドロレスは『なによ』といった風にコールドを見返している。


 ―――もしも、自分達があの墜落と爆発に巻き込まれて無残に死んでいたら、そこにたった一人でやって来たドロレスは?


 寂しく無残な焼け焦げの荒野に佇むドロレスを想像するだけで、腹が立つ。

 リスパァン博士はどこまでいってもリスパァン博士で、つまり……彼はきっと人では無いのだ、と、舌打ちして、ひとまず溜飲を降した。どこまでいっても、だからだ。


「側近にも隠したい事かもなぁ」

「……だったら僕ら、帰った途端に抹殺される」

「私もリスト入りなワケね! 冗談じゃないわよ!」


 捨て駒にされた感満載のドロレスがヒステリーを起こして喚いたが、迫る夜闇と乾いた風に、流石のキンキン声もすぐに掻き消えてしまった。


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