休息…できないよ
いくつか重要な情報も入ってますが、基本的には茶番回
だがその心配はなかった。半魚人はこちらをしばらく観察すると、興味を失ったように後ろを向き、夜の海に消えていった。初穂が我に返ったようにシャッターを押している。間に合ったかは怪しいが。
「ほ、本当にいるとは思わなかったな。」
我ながら間抜けな発言で、震えながら言うと余計間抜けさが増すが、この状況ではそうとしか言いようがない。あまりに日常からかけ離れた体験で、パニックになりそうだった。
「ほ、ほら私が言った通り、半魚人は実在したでしょうが。」
そう言う初穂の声も震えている。震えの内訳は歓喜6割、恐怖4割といったところか。 オカルト探索で(おそらく)初めてのちゃんとした成果が出たのはうれしいが、同時に恐怖も感じているらしい。
自分が(嫌々ながらも)信じていた世界の秩序が崩れる感覚、それを初穂も感じているのだろう。
「と、とりあえず街に戻るぞ、初穂。半魚人は見れたんだから、もういいだろ。」
「え? その呼びか… ああ、うん戻りましょう。」
「え、やけに素直だな。」
「ま、まあとりあえず目的は達成したし。べ、別に探索続けてもいいけど。」
「お、やった。じゃあ明日は自由じか」
「んじゃないわよ。明日は現地の図書館で半魚人の伝承を調べて、夜はもう一回ここに来るわ。」
「そ、そうか。にしても怖くないのか? 初穂が言ってたことだけど、あいつらって人を攫ってるかもしれないんだぞ。」
「今日は普通に帰っていったし、大丈夫じゃないの? そ、それに、真司がいれば大丈夫よ。」
「いきなり俺に過剰な期待をするな。あんな化け物を撃退するような力は俺にねーよ。」
「いや、でも半魚人を見つけた時の指示は的確だったと思うし。」
「それはどうも。でもそれは戦闘力とは別だからな。」
何度も言うが俺は帰宅部。あの半魚人にどの程度の力があるのかはわからんけど、少なくとも俺がかなう相手じゃないだろう。初穂が半魚人に抱いている誘拐の嫌疑が、冤罪であることを祈るしかない。
うん? ところでさっきの初穂の発言に何か引っかかる部分があったような。いや、あいつが突拍子もないことを言うのはいつものことなんだけど。あれ、そう言えば俺たちは互いをどう呼んでたっけ? 今俺はあいつを「初穂」と呼んで、あいつは「真司」と返したけど。
ま、いいか。
「それじゃ初穂、戻るぞ。ところでこの辺にカプセルホテルってないか。」
「ちょっと真司。あんた調べてなかったわけ?」
「すまん、徹夜での探索を中止するように、初穂を説得することしか考えてなかった。それに成功した後は達成感でいっぱいで、肝心の宿探しを忘れ」
「あ、あんたねええええええええええ! 全くもう、信じられない。あんたの中で私ってどういう存在なの?」
「あのー、初穂さん。そういう言い方は何か誤解を招くような。」
「え、あながち誤解じゃ。」
「え?」
「な、何でもないわよ。ああ、一応あったわ。感謝しなさいよ。じゃあとっとと行くわよ。」
その後、妙に不機嫌な初穂に連れられ、俺は近くのカプセルホテルに向かったのだった。
「ええっ、満室?」
初穂と俺はホテルの係員の言葉に愕然とした。
カプセルホテルが満室? そんなことがあり得るのか?
「はい、何でも近くの大学で大きな考古学の学会がありまして。それで大学の先生方や学生さんが、この辺の宿泊施設を全部占拠してるみたいなんですよ。」
気の弱そうな係員は、心底申し訳なさそうな顔で言った。ウソはついていないのだろう。いや、ウソをつく理由なんぞないか。
「そ、それにしても何でカプセルホテルまで? 大学の先生ならさすがにもっといいホテルを取るんじゃないですか。」
「泊まりに来た学生さんが話してたんですけど、最近大学の予算が厳しいらしくて、学生の宿泊費は自腹らしいんです。だから、なるべく安いところにって。」
なるほどそのせいで、学生さん方はカプセルホテルで寝泊まりか。大学の文系学科の予算カットの影響が、こんなところにまで出ているらしい。
「う、ウソでしょ。じゃ、じゃあ私たちが泊まるところって」
「うーん、申し上げにくいことですが、ありませんね。いや、ないことはないんですけど」
「あるんですか? じゃあ、そこを教えてくださいよ。」
「う、うーん。でも、あなた方って高校生くらいですよね。しかも男女のペアか… いや、男同士や女同士よりはある意味ましか… しかも幸い高校生なのは両方だし。難しいところですね。」
「あのー、さっきから何をぶつぶつ言ってるんですか。」
「い、いやでも野宿させるわけにもいかないし。ああ、もういいや。知ったこっちゃない。私は何も関係ない。」
「で、ですからさっきから何を。」
「し、失礼しました。この施設ならたぶん空き部屋があります。地図は差し上げます。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
「ああ、それと万一警察に見つかったら、このホテルの名前は出さないでくださいね。」
「は?」
「いや、こっちの話です。では失礼します。」
そう言うと係員は、印をつけた地図を俺に渡すと、足早に去っていった。その態度に引っかかるものを感じたが、選択肢のない俺たちはとりあえずそこに向かうしかなかった。
「ああ、なるほど… こういうことね。」
係員が紹介してくれた施設を見て、俺たちはそう言うしかなかった。
その建物はヨーロッパの城館、を低予算で真似ようとして思いっきり失敗したような作りで、けばけばしいライトアップがなされており、看板には何故か宿泊料金とともに休憩料金が書かれていた。
と、長々と説明したが要するにラブホテルだ。なるほど、あの係員が渋ったのも頷けるな。俺たち高校生だし。
おっと、考えてみれば高校生同士なら犯罪じゃないよな。って、何考えてんだ俺は?
「ど、どうする初穂? 泊まるところはここしかないって話だよな。」
「ああ、もう! 何を他人事みたいに言ってんのよ。全部あんたが悪いんでしょうが。」
いや、確かに事前に宿泊施設を調べなかったのは俺の落ち度だが、近くで学会があるのは俺のせいではない。
「で、どうすんだ。ここに泊まらないなら野宿だけど。えーと、段ボールってどこかに落ちてないかな?」
「な、なに考えてんのよ。野宿とか正気?」
UFOや半魚人の探索を本気で(しかも他人を巻き込んで)、やるような人物に正気を疑われたくはなかった。
「じ、じゃあここに泊まるのか? 初穂は本当にそれでいいのか?」
「しょうがないじゃない。真司と一緒にこんなところに泊まるなんて嫌だけど、ものすごく嫌だけど。野宿よりはましよ。」
「そこまで嫌を連呼されるのはなかなか心に刺さるもんがあるけど、じゃあここに泊まるってことでいいんだな。」
「そうよ。ていうか真司。あんたはどうなのよ?」
「へ?」
「そ、その私と一緒に泊まるっていうのは…」
「あ、ああ俺か。うーん、俺はその、ちょっと嬉しかったり」
そう、初穂はかなりの美少女。一緒に泊まることを俺のほうが拒む理由なんぞ何もない。それに、ここ数か月の付き合いで、無茶苦茶ではあるけど悪い奴じゃないってのも分ってるし。
「そう… じゃあとっとと入るわよ。こんな建物の前で立ち話なんて冗談じゃないわ。あと、変なことしようとしたら殺すからね。」
そう言うと初穂は吹っ切れたように建物の中に入っていき、俺は慌てて後を追いかけた。
とりあえず荷物を置いたが、何なんだろうかね。この内装は。
まず天井にはシャンデリアもどきがあり、そこから目と脳に悪そうな紫色の光が出ている。ベッドはもちろんダブルで、そこには悪趣味な金色のカバー。なぜか鏡で囲まれた一角があると思ったらバスルームだった。一体、どういう色彩感覚をした人間がこの部屋をデザインしたのだろう。
そして極め付けが壁一面に描かれている絵だ。バカの頭の中にありそうな真っ青な海、真っ白な雲、真っ赤な太陽、そんな背景のもとなぜか人魚と人間がキスをしているのだ。しかもその人魚と人間は、マジックマッシュルームか何かを、しこたま食った後に書いたとしか思えないデザイン。
総評するとこうなる。こんな部屋にずっといたら、トリップしたまま戻ってこれなくなりそうだ。
「あら、この絵って沖縄の伝説に基づいた奴じゃない。」
俺と同じく眉を顰めながら部屋の様子を観察していた初穂が、急にそんなことを言い出した。えっと、伝説? この芸術が大爆発して取り返しがつかない惨事になったような絵が?
「この調査の前に沖縄の伝説で半魚人と関係がありそうなやつを、調べてたんだけどね。その中に人魚と人間の恋についての話があったのよ。」
「どんな話なんだ?」
「うーんとね。ある漁師が身寄りのない女性を妻とするんだけど、その妻はいつまで経っても年を取らないの。」
「へえ、女性にとっての理想だな。」
「それならいいんだけどね。ある日家に戻ってきた漁師は、妻が人魚の姿になっているのを目撃する。そして妻は、自分が人魚の血を引いていることを夫に打ち明けて、この姿になっているところを見られたからには、もはや一緒に暮らすことはできないと言って海に帰っていくの」
「何か鶴の恩返しみたいだな。」
「そうね、もしかしたら同じ話から派生したものかもしれないわ。」
「じゃあ、この絵は。」
「うん、漁師と人魚の妻の別れの場面を表してると思う。そんな場面をラブホテルの壁に描くセンスは謎だけど…」
「ま、いいや。初穂は先にシャワー浴びてきなよ。俺は布団を一枚、床に降ろしとくから。」
「何でそんなことするわけ?」
「そうしないと俺と一緒のベッドで寝ることになるぞ。まあ初穂がいいなら、俺はそれでもいいけどさ。」
「…分かった。そうしといて。」
布団を床に降ろした俺は、とりあえずメイン照明を切ることにした。あの紫色の光をいつまでも見てると正気を失いそうだったからだ。黄色のサブ照明だけにすると、部屋の雰囲気は少しはましになった。
何となく悪趣味な鏡張りのバスルームのほうを見てみる。ふーん、初穂ってツインテール解くとあんな感じなんだな。これはこれでかわいいな。
って、えええええええええええええええええええええええええ!?
何で? 何で中が見えるの?
…分かったこと。あのバスルームは単なる鏡張りではなく、正確にはマジックミラー張りになっている。そのため、バスルーム内より部屋が暗くなっていると、バスルームの中が見えるのだ。本当に誰なんだよ。こんな構造にした奴は。
にしてもスタイルいいな。優美な曲線で構成された身体は華奢だけど、出るところはちゃんと出てる。あいつは8月生まれって言ってたから、16歳になる直前か。
あー、いかんいかん。さすがにこの状況で覗き続けるのはフェアじゃない気がする。俺は慌ててメイン照明をつけた。また不愉快な紫色の光が目に入るが、この際しょうがない。とりあえず初穂に倣って、スマホで半魚人伝説でも調べて時間つぶすか。
しばらくして出てきた初穂はとてもさっぱりした顔で(「知らぬが仏」という言葉が脳裏に浮かんだ)、俺にもシャワーを浴びるように勧めた。拒むのも不自然なのでやむなく浴びることにする。願わくば初穂がメイン照明を消すという考えを起こしませんように。
「あああああああああああああああああああ!」
初穂の叫び声が聞こえた。どうやらダメだったようだ。俺と同じくメイン照明を消してみた結果、このバスルームの構造に気づいたのだろう。と、とりあえずカギを閉めてやりすごそう。ってあれ? この扉って。
カギがついてなかった。俺はこの部屋の設計者に呪いをかけたいと思った。初穂の足音が近づいてくる。総員耐衝撃防御に入れ。
「あんた、見たわねー!」
俺は渾身の一撃を受けてバスルームの床に倒れ伏した。その上から初穂が第二次、第三次攻撃をかけてくる。真珠湾の日本側指揮官にこの攻撃精神があれば、太平洋戦争の結果は違ってたかもしれないな。
「痛い。痛い。まじで痛いって。」
「うるさい。何でこんなことすんのよ。見たかったら素直にそう言い、じゃなかった。女の子がシャワー浴びてる姿覗くってどういうことなのよ。」
「お、落ち着け。俺だって部屋がこんな構造とは知らなかったんだ。」
とりあえず、こいつが小柄な文化部員で良かった。大柄な運動部員だったりしたら死んでたかもしれんな。割と本気で。




