変貌
大聖堂には、実のところ、修理を必要とするものは大量に存在していた。
たくさんの彫刻や神像も近くで見れば鼻が欠けていたり、指が落ちたりしている。
とはいえ、なかなか全てを修復する費用を捻出するわけにはいかないらしかった。
パイプオルガンの修理のついでに、装飾されていた小天使像や悪魔像を簡単に修理したところ、司祭をはじめ牧師たちも大感激していた。
歴史ある大聖堂には古いものは多いのだが、イコール、ボロボロで困っているらしい。
「あー、もし、俺が一手に修復仕事を受けたら、金の悩みなんか吹き飛ぶのになー」
夢見るチェコだったが、ヒヨウは、
「教会はいつでも赤字なんだ。
檀家は決まってるしな。
小銭はなんとかなっても、そんな大修復をするような金はないんだ」
とチェコの夢想を笑った。
と、パトスが。
「…チェコ、お前のお得意さんがからまれてるぞ…」
見ると、南大門から上がる大通りで、チェコの脱色の大事なお客さんブルーが、大柄な数名の少年に囲まれ、泣きべそをかいていた。
「おし、恩を売ろう!」
全くの打算で、チェコはいさかいの間に入った。
「なんだ。
ラクサクのガキか。
邪魔だから退いておけ!」
少年たちは、服装から、ダウンタウンの学生らしかった。
バトルシップで、チェコも見た顔だった。
知り合いと思えば、気安い。
チェコは、一番知っている、おそらくルーンの店のお得意さんに声をかけた。
「どうしたの?
その人、俺の知り合いなんだよ?」
「こいつは、自分は貴族なんだから順番を譲れ、と俺たちに言ってきたんだ!」
ん、とチェコが視線を向けると、路地の奥には、ダウンタウン側になるためか、雑居ビルが建っており、何か少しいかがわしげな医院のようなものが店を開いていた。
「何の医院?」
チェコの問いに、少年たちは顔を赤らめ、
「お前が知る必要はない」
と煙にまいた。
「よく効くニキビの薬を売ってるんだ…」
涙ながらにブルーは教えた。
「でも、数に限りがあるんだよ…」
確かに、チェコにニキビはほとんど無かった。
少しは欲しいくらいだったが、年上の彼らには大問題らしかった。
「んー、じゃあ、ちょっと見せてね…」
チェコは、いきり立っている男の一人に、賢者の石を使って、顔のニキビを治療した。
「おい、あっという間に、ツルツルになったぞ!」
他の少年は驚愕した。
ニキビは、潰れる事もなく、皮膚の内側に消えてしまった。
「薬はできないけどね。
治療なら出来るよ。
五百リンでどう?」
少年たちは、肌をツルツルにして喜んで帰っていった。
「先輩、あんな大勢に、よく喧嘩売りましたね?」
チェコはブルーが小心者なのを知っているので、少し見直して、聞いた。
ゴリラと一緒ならともかく、ブルー弟は、華奢なだけが取り柄の少年だった。
ブルーは泣きながら、
「…だってニキビを見られちゃったら、僕、困るし…」
確かにブルー弟の顎には、大きなニキビが出来ていた。
「俺なら、定期的に治療することで、お肌も綺麗に出来ますよ」
チェコは新たな金づるを手に入れた。
「なんか最近、あの人、綺麗になってない?」
フロル・エネルは訝しげにブルーを眺めた。
チェコは、本気でブルーの改造に着手し、睫毛を長くし、唇を艶やかにし、瞳を大きくして、瞳色もありきたりの青色を、宝石のようなサファイア色に変色させた。
ブルー弟は、今やゴリラにすがっているのではなく、他に何人か親派を作り上げていた。
ほぼ、三日に三千リンかかるのだが、ブルーは我が世の春を謳歌し出した。
「…あんなに男にモテて嬉しいのか…?」
パトスには理解できない。
「ああいうのは、大丈夫なのか?」
さすがのヒヨウも、他人の心配し出した。
「何が?
別に健康に悪いことは何もしていないよ」
チェコは首をかしげる。
「いや。
しかし、あんなにして美貌を手に入れて、それを…」
明言はできないが、良いこととも思えない。
「俺は、人の趣味に口を出さないよ」
前は、少し引いていたチェコだが、三日で三千リンが手に入る、となったら、別腹になってしまった。
偽善溢れる笑顔を弾けさせた。
「どうせなら一万リンで声も良くして、合唱団に入れちゃおうか!」
と、目論見始めるチェコだが、
「ダメダメ。
彼は仲間にしないからね」
タメク生徒会長が背後から声をかけた。
「あ、生徒会長、どこから聞いていたんですか?」
チェコは焦るが、
「まあ、別に君が、正式に自分の持っている技術を使って小遣いを稼いでも、僕は何も言わない。
ブルーは、まあ、悪い道にでも入ったら、こらしめるが、今のところは子供の遊びに過ぎない。
山のエルフは固いな」
さりげなくヒヨウをディスり、
「それよりチェコ。
君の技術、君自身にも使わしてくれ、金は払う」
「え、生徒会長!
俺は、このままが好きなんです!」
と、嫌がるチェコを引きずるように、また別室に連れ込んでいった。




