蜂
森ジガバチも厄介だが、動物森も、追われて迂闊に動くと取り返しのつかない罠にはまりかねない場所だった。
パトスは、慌てて周囲の臭いを嗅ぎ、逃走ルートを見つけようとするが、すぐに動物森で迂闊に動くのは危険過ぎると考え直した。
茂みに飛び込んでも、それがそのまま食人植物の可能性が高いのだ。
ここでは、微かな傷を負う事も命にかかわる。
動くリスクを取るよりは、森ジガバチと対決する方が、おそらく、かなり楽なはずだ。
人間のチェコなら、薄暗い森で森ジガバチを探すのは難しいところだが、パトスの目は闇夜でもある程度は物が見える。
しかも嗅覚と聴覚が鋭いので、五感を総動員すると、森の中でも、かなり正確に敵を補足する事が出来るのだ。
森ジガバチは、ほぼパトスの頭上を、盛大に羽音を森に響かせて飛び回っている。
俺にロックオンしている、って訳だ…。
ケケ、とパトスは、意地悪く笑った。
ジガバチ風情が、マジックを操る精獣のパトスに歯向かおうなどとナメた事を後悔させてやる!
ジガバチは肉食系の蜂ではあるが、毒も食欲も、スズメバチなどには全く及ばない小物だ。
こいつらは、地下にトンネルを掘り、獲物を放り込むと、自分の卵を一つ産み落とし、トンネルを塞ぐ。
獲物はジガバチの毒のため、生きてはいるが動けない。
やがて卵が孵ると、生まれた子供が、動けない獲物を美味しくいただく、と言うセコい蜂だ。
ただし、この場合の獲物とは完全にパトスであり、パトスのような小型の生物が、この森ジガバチに狙われることになる。
だから注意は怠らず、しっかりと敵の動きを追いながら。
呼び寄せて、一瞬で焼いてやる!
とパトスは身構えた。
蜂は、盛大な羽音を立てたまま、頭上で旋回を続けていた。
奴め、不意を突くつもりだな…。
パトスは蜂を観察した。
パトスの体よりは大きい蜂だ。
ただ、昆虫は細長い体をしており、死んでグチャリと潰されると、驚くほど小さくなる。
このジガバチも、手足が長く、羽根が細長く大きいので大きく見えるが、体重は木の葉のように軽いはずだ。
パトスは前と同じに水の精、を一体召喚し、タイミングを計った。
ちさもいるので、1アースは余分に使える。
十秒過ぎれば、新たなアースが合計4アース生まれるため、パトスたちは6アースを使う事が出来る。
蜂は、すっ、と羽音を消した。
来る!
思い、パトスはためらわずに雷を撃ち込んだ。
瞬間、稲妻が森を照らした。
電光は、空中にヒビを入れたかのように、不定形に走り、昆虫を焼いた。
だが…。
ふぁ…。
まるで稲光の圧が、虫を吹き飛ばした、とでも言うように、森ジガバチは空間を横にスライドし、雷を避けた。
しまった!
どういうカラクリかは判らないが、蜂は雷を避けてしまった。
森ジガバチは、落ちながら羽ばたきを再開し、加速してパトスを襲った。
迷っている暇は無かった。
「…水流!…」
パトスは別のスペルを放った。
しかし…。
森ジガバチは、さっきと同じように、まるで空流の大気を壁にしているかのようにスペルを避けてしまう。
魔法か!
おそらく、天然の回避スペル持ち、としか考えられなかった。
まさか蜂ごときに、元々スペルを持っている、なんて奴がいるとは思わなかった。
蜂が、すぼめていた6本の足を、不意に大きく広げた。
同時に、蜂が腹を丸め、毒の針を体外に出してきた。
くそっ!
パトスの横腹に、森ジガバチの針が突き刺さる。
パトスは、毒により体の動きを失ってしまった。
「ダメージ転移!」
最後の賭けだった。
これを、前と同じように交わされたら、パトスは森ジガバチの子の餌となる。
だが。
蜂は、驚いたように体をのけぞらせて…。
ドスン、と地に落ちた。
ケ…、虫ふぜいがいい気になりやがって。
森ジガバチは、自分の毒に身を捩っていた。
大きかった体が、足が捩れ、羽根が上を向くと、ほんの小さな体積しか持たないのが露になる。
虫は、ねじ曲がりながら、こてっ、と横田押しに倒れた。
「…こいつ、マジックを使いやがった…!」
「、、おそらく、この蜂が初めて食べた獲物が、持っていたマジックなんでしょうね、、」
ちさが分析した。
水流を使ってしまったので、水分補給が出来ないと、さすがに命にかかわる。
パトスは念入りに空気の臭いを辿り、動物森を抜け出る、と思われる方向に、改めて歩き出した。
…だが、ここを抜け出るのは時間がかかるな…。
どこに食人植物がいるか、全く判らない。
草と言うのは、とても厄介だった。
植物の臭いは、普段はスルーしている事が多いので、改めて警戒しようと思っても、あまり違いが判らない。
いつもの動物森のルートであれば、土の臭いがするところや、黴臭い所など、警戒ポイントが絞られているので何という事は無かったが、道を外れると、こうも怖い場所なのか。
とパトスは改めて動物森の怖さを思い知った。




