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スペルランカー2  作者: 六青ゆーせー
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成長

ちょっと猫好きの方には聞き捨てならないことが書いてあったりしますが、あくまで犬型精獣のパトスの視点、ですので…。


ごめんなさい。

鼻の良い奴め…!


パトスは全力疾走しながら、唸った。


毎日、パトスはチェコと共に風呂に入っているのだ。


洗剤は使わないが、パトスの匂いは、その辺の野生動物よりは格段に薄い。

それでも猫科の生物は、木々の間を飛ぶように走り、パトスに接近してきていた。


パトスは、草の匂いの濃い方向に走った。


草原であれば、猫族の、樹上移動は避ける事が可能だ。


それならパトスの小ささも生かせるし、スペルも使いやすくなる。


森の下生えの草と、草原の草では、同じ種類でも匂いが違う。

パトスは巧みに草原の草を嗅ぎ分けて疾走した。


陽なたの匂いがする!


小さな手足を目一杯に使って、パトスは走った。


草の茂みでも、根の脇には小動物の通れる道がある。

ネズミ、ウサギなどが好む道だが、無論、パトスも体の大きさは変わらないので、充分に利用可能だ。


根から根へ、蛇行しながらパトスは陽なたに向かった。


注意しなければならない。


確かに、森にも草原はある。

だが倒木が何本かあるだけ、くらいの草原では、猫科の大型肉食獣の攻撃を避けることなど不可能だ。


広い草原。

スペル勝負を挑めるほどの平地でなければ意味がない。


パトスは、その匂いに向かって疾走していた。


樹上を跳ぶ猫科生物の方が、早い…!


だが、おそらくパトスが、草原に出る方が先なはずだ…。


パトスは敏捷に、草の根の横を選んで走り、やがてパトスの頭を、強い太陽の光りが焼く場所へ来た。


馬鹿め…。

猫の分際で、俺に勝とうなどと…。


思いながら、パトスは跳ねるように反転した。


森から飛び出して来た猫に、雷の一発もお見舞いしてやれば、パトスがただの仔犬ではないと判り、逃げるだろう、と踏んだのだ。


猫科の生物特有の、薄気味悪い酸っぱい臭いが、もう近くにいる…。


だが…。


こいつ、出て来ない…!


その猫は、草原と森のはざまで、じっ、とパトスを見ているようだ。


失敗したかもしれない…。


パトスは後悔した。


あまりにも好戦的に踵を返したため、パトスになにか奥の手があるのを、察したのかもしれなかった。


そして…。


そこで一歩踏みとどまる、という奴は、間違いなく頭がいい…。

ただの馬鹿猫なら、雷で鼻を焼いてやったのに、こいつは…。


冷静にパトスを眺めていた。


怒るようなドシは踏まない。

そーいう青臭い餓鬼じゃない…。


ただ、冷徹に、パトスという獲物を、確実に腹に納めたいだけなのだ。


しかも猫というのは邪悪で、獲物は生殺しにする。

逃がさぬようにボロボロにして、しかもオモチャにして、いたぶるのだ。


端的に言って、猫科の生物は全てサディストである。


強い物には尾を振り、喉を鳴らすが、それは決して情愛ではない。

いずれ牙を向ける時までの、時間稼ぎに過ぎないのだ。


猫は、余裕を持ってパトスを眺めていた。


パトスは、逃げられない。

なぜなら、森の中なのだから。


この草原は、戦うに足る広さがあるが、その周囲はゴロタの森だ。


パトスは戦うために草原に出たが、相手をただの獣、と侮っていた。


こいつは狡猾だ…。


パトスは唸った。


日差しは、草に隠れていると言っても、暑い。


今日は特に良く晴れて、夏が近いことを告げるような湿度を伴う熱気が、草原を包んでいた。


考えてみれば、数日前まで降っていた雨のため、土はたっぷり水分を含んでおり、太陽に蒸されて、濃厚な土の匂いが草原に溢れていた。


水無しで、どれくらい持つのか…。


猫は、それも計算してパトスを追ったものと思われた。


今にして思えば、猪が逃げ出したパトスの臭いを、平気で追ってきたのだ。

それなりの強者に違いなかった。


判断を誤った…。


パトスは、己の牙を歯茎に突き立て、悔やんだが…。


生き残るためには、なんとしてもこの猫に一発かまさなければならなかった。


冷静に値踏みする、ということは、逆に言えば、かなわない、とさえ思わせればクレバーに撤退する、という事でもあった。


これは人間どものやる、アホなデュエルではないのだ。

負ける事に意味など無い。

ただの食事に過ぎない。


強い敵は、あっさり諦め、ウサギなりネズミなり、手軽な獲物に切り替えるはずだ。


なんとか暑さにまいる前に猫と対戦し、こっちが上手と判らせる必要があった。


確か、猫は水が苦手な筈だ。


パトスは泳ぎは得意だが、猫の奴は水を怖がる。

水流辺りで、意外と驚かせる事が可能かもしれない。


ただし、水流はパトスの水分補給にも使えるが、チェコは一枚しか持っていない。

青のカードだったからだ。


スペルカードは、一回使うと、しばらく使用不能になる。


細かい理由までパトスは学んでいないが、要はスペルカードというのも、エクメルと同じ魔法構築によって組み立てられた術式が、扱いやすいカードの形をしているものなのだ。


術式は、一旦起動すると、エネルギー、つまりアースを使い切るまで終わらない。


そして使いきると、自動で次に始動できる形に戻る。

この、術式が戻る、という最後の工程が一定時間を要する魔術だ、ということらしい。


大昔は、一つの術式が巻物になっていたという。

魔術師は、だから、たくさんの巻物を抱えて戦ったのだ。


当時の魔術師は、よく小柄な体格ながら、大きなフードやマントをつけた姿で描かれるが、あれは全て巻物を携帯するためなのだ、という。


だんだん巻物は、小さくなった。


携帯に便利だからだ。


巻物を小さくし得た魔術師が生き残り、今日に至った。


そして、巻物の大きさは現在のカードの形に到達した。


スペルボックスには、最大で三百枚ものカードが入り、今や兵士までもがカードを携帯し、戦った。


チェコやパトスのような簡便なボックスもあれば、腰に巻く革製のしっかりしたボックスも作られる。


ここに、剣でも矢でも、アイテムとして入れれば良いのだから、戦争の様相も様変わりした。


つまり先の山の戦いのように、何万の軍隊が大量の物資を運んで戦うのを、少数の優れたスペルランカーが、ゲリラ戦で倒すことも可能になってきているのだ。


チェコは貴族になったが、確かにそれだけの価値がある事を証明していた。


チェコの与えた損害は、全軍の半分に達していたのだ。


無論、エルフたちに助けられたからではあったが、なぜ中立を好むエルフが戦いに参戦したのかと言えば、チェコとヒヨウが友達だったからなのだから、まさに勝利の決定的な要因、と大人が考えても無理はない。


むろん真相は別にあるが、多くの人が山の英雄としてチェコを見、そして当人もそれにふさわしい行動をとろうとし始めているように、パトスには見える。


それは、良い兆候だ、とパトスも思った。

とにもかくにも、パトスも大人になるには長い時間が必要なのであり、そのためにはドリュグ聖学園で学べるのは望ましい環境だった。


こんなことで、成長するものならば…。


パトスも腹を決めた。


成長してやろうじゃないか!

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