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スペルランカー2  作者: 六青ゆーせー
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腕折り

剣を持たれたチェコに、よける術はない。


パックは勝った、と思った。


回りの人々も、下から見上げていて、チェコに反撃の余地は無いように思えた。


ああっ!


ルーンと、彼の足にしがみついた子供は叫んでいた。


が…。


チェコは、片手を放した。


パックのまんまるな目が、より丸くなる。


片手を放したチェコの拳には、いつかブルー兄をKOしたカイザーナックルが握られていた。


パックは、だが己の負けだとは思っていない。


カイザーナックルは確かに硬いが、バトルナイフの方が、金属も分厚く、破壊力に優れている。


仮に五分の勝負になり、ナイフが弾かれたとして、パックは十通りはチェコを倒す方法を思い付いた。


スペルを使えばもっとだが、それは剣の勝負だから使わない。


チェコが、近く武道大会に出場するから稽古をつけてくれ、と頼んで始まった戦いだから、だ。


これは武芸の稽古だった。


チェコも、カイザーナックルを忍ばせるとは、なかなかやるが、パックも両手にナイフを持っているのだから、互角の勝負だ。


だが…。


ニィ、とパックは笑った。


俺のナイフは、そんなちっぽけな金属なんか、叩き割るぜ…!


金属を叩き割り、相手に負傷を追わせるつもりなら、今までのような猫パンチでは難しい。


生身なら、刃物が触れただけでも、傷の大小は運次第にしろ、無傷とはいかない。


が、相手が小さくても金属を持っているなら、腰を入れて、足から腰、腕、手首までのバネを使って、金属片を破壊できるだけの力を、バトルナイフに与えなければならない。


パックは、チェコの拳を目掛けて、ナイフを振った。


外見上、それほど力をいれた風には見えない。

薪を鉈で割るようだ。


体は動かさず、ただ、微かに全身の筋肉をナイフに使えばいい。


勝ったな…!


パックは思ったが…。


チェコが、剣を手放した。


パックはカイザーナックルを砕くため、体の筋肉を一方向に動かし始めていた。


その瞬間に、引っ張っていた剣を、放されたのだ。


なにっ!


微かだが、パックの体が崩れた。


チェコは、剣を手放した左手で、パックの手首を捕まえていた。


腕折りか!


腕を折る方法は幾く通りかあり、手首をねじりながら、肘の関節を伸ばすか、または肩の関節を攻める。


肘にしろ肩にしろ、伸び切ってしまった関節は、弱い。


また、手首を決められなければ、肩も肘も何方向にも曲がるような構造のため、必ず手首をねじる必要がある。


屋根の上である。


手首を決められて転落したら、パックは負ける。


完璧に技が決まっていなくても、落下の力が加わるからだ。


腕折りから逃れるには、相手が手首を決めた、同じ方向に回ればいい。


手首さえ決められなければ、腕折りは関節を曲げられるため機能しないのだ。


パックは回った。


と、スポンとバトルナイフを取られてしまった。


あっ!


と、パックが驚愕する。


決められた手首を戻すため、パックは外側を向いていた。


そのパックの首に、自分のバトルナイフが、突きつけられた。


「パック。

俺は貧民窟のみんなを助けたいんだ」


チェコは、懇願するように語った。


「だけど、俺は、お前を足止めしろ、ってガニオンに言われたんだ…」


俺だって、困るんだよ、チェコ…。


パックは、チェコを見上げて懇願した。


パックは不幸にも、見世物小屋で生まれた獣人だった。

どこかに、パックのような仲間の住む国はあるはずだが、母はアルタニーとしか、知らなかった。


網で捕まって、船で運ばれたそうだ。


だからパックに、故郷はない。


見世物小屋でひどい扱いを受け、母は病気になった。

パックは曲芸を覚え、披露して見せたが、母の病気は治らず、母が死んだ夜に、パックは小屋を逃げた。


何年か、放浪した。


獣人の身体能力は、放浪を助けたが、獣人の外見は、パックを何度も苦境に陥れた。


どこかにある、パックがパックとして生きられる獣人の国であれば、パックはここまで困窮しなかったろう。


だが、帰るあてもなく、アルタニーなる国も、誰も知らない中、ただ、パックは食べ物を盗んで放浪を続けた。


大砲を背負った大男と出会うまでは、だ。


ガニオンはパックを連れて食べ物屋に入り、パックは生まれて始めて、皿から暖かい食べ物を食べた。


「お前は知らないんだ…」


喉にナイフを当てられて、パックは語った。


「帰る国の無い獣人がどうすればいいのか、知っているのはガニオンだけなんだ…」


チェコは、パック…、と呟き…。


「ガニオンは知っているの?」


コクン、とパックは頷いた。


「ガニオンはアルタニーをしっている。

アルタニー!

俺の生まれた国は、北の海を越えた先にあるんだ…。

俺は、いつか、獣人が獣扱いされない国に戻る。

だから、負けられないんだ!」


チェコは唸った。


「俺だって、パックは友達だから、応援したいよ。

だけど貧民窟のみなも、俺の友達なんだ。

パック。

俺はアルタニーを知らないけど、一応は貴族だし、大人に調べてもらう事だって出来るよ。

ガニオンが君を見捨てても、うちに来れば、必ずパックを故郷に送り届けるよ!」


故郷…。


それは、パックがさ迷った、どんな冬よりも寒い、雪より硬い氷が川になって流れる国だ。


ただの船ではアルタニーには、行けない。

氷の海を渡れる装備をそなえた、頑強な船でしか渡れないのだ。


そこは、獣人が、獣人として普通に暮らせる穏やかな国だ。

母さんの国だ。

母さんの子守唄に唄われた雪の女王が、氷の宮殿で暮らす山の麓の、寒くて暖かい国なのだ。


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