第六十九話 越前移住前話、平手氏郷の謀略
この話も短いです。
さいきん短くてごめんなさい。
元亀2年(1573年)
平手家の妻子達が越前に移住
あの後、信長に妻子を越前に呼ぶ許可を得るために手紙を送ったのだが、結果はあっさりとOKとのこと。
文末に秀長と話した顛末を乗せてみたのだが、返事は『情勢による』の一言であった。
いや、それはそうだけどな、と言う気持ちでいっぱいだったが、あまり無理を言ってもしわ寄せは他の方面軍の家老にいってしまう。
秀吉なんかにいくのなら是非ともなのだが、これが以前の会議でやりあってしまった柴田勝家殿や、今回の朝倉攻めでサポートに回ってしまった感のある明智殿、他に俺に良い印象を持たない譜代重臣のお歴々にいってしまったら目も当てられない。
一応俺も譜代ではあるんだが、もともと農民の出で爺様の養子として平手家当主を務めているため、正しく譜代という訳ではないのだ。
そのためあの会議で柴田殿に言われたように、内心不満に思っている方もおり、爺様にも秀吉にも釘を刺されたようにうかつな真似はできないのである。
とはいえそこら辺のさじ加減は正直信長次第でもあるわけで。
俺としては言われたことをやってきた平社員に気分なんだけどなぁ。
さて、今回の越前移住にはお市と初と江。
残念ながら茶々は信忠くんの正室のため、越前には来られない。
まあ流石に来て貰っても困ってしまうのだが、やっぱり家族全員で過ごせる時間は貴重なので残念だ。
お市と結婚後、俺は各地に派遣されていた時期が多く、いわば単身赴任の夫婦に近かった。
夫として、親としてできる限りのことをしたと思いたいが、時間が足りなかったのもまた事実。
今回の越前移住でこれまでの失点を取り戻しておきたいところだ。
まずは温泉かなぁ、やっぱり。
いや、蟹か?
なにせ越前ガニはキングオブタラバガニだからな。
越前ガニに限らず新鮮な魚介類っていうのはびっくりするくらい旨い。
サラリーマン時代出張で富山県に行ったことがあるのだが、付き合いで沖釣りをして、その時食べたなめろう丼がまさにカルチャーショックのうまさだったのをよく覚えている、人生の時系列的には40年近く前だけど。
この時代保存と言えば塩だ。
そのせいでマグロなんかは猫もまたぐと言われる扱いをされており、新鮮な魚を食べる機会はほぼない。
是非あの味をお市達家族にも食べさせてやりたいものだ。
この時代は産業革命前で、大気汚染とか海洋汚染もないわけで、さらに旨いはず。
いやまて、やっぱり女性を船に乗せて釣りっていうのはこの時代的にはどうなんだ?
なら奥越前で造られる米や酒か?
ちょうど今は農繁期だから稲刈り真っ最中である。
取れたての米って食べられたっけ?
食べられないのは麦だったか?
今度氏政殿に聞いてみるか……殺される覚悟で。
「お前はどう思う、氏郷?」
「は?」
出迎えるために一乗谷城の城門前に待機している義理の息子である氏郷に意見を求めてみる。
本来の城門兵が緊張と共に迷惑そうにしており、なんでお前ここにいるんだよ、頼むから城内にいてくれ的な視線を浴びているが、俺は一向に気にしない。
「やはり酒か? 俺としては蟹も捨てがたいと思うんだが」
「………父上、俺にはなんの話かさっぱり分からないのですが」
若干呆れたような表情で俺を見る氏郷。
その表情にはどこか哀れみも含まれている気がして非情に不愉快である。
「察しの悪い奴め。越前と言えば蟹だろうが」
「………は、はあ」
「新鮮な魚を食べる機会なんて岐阜城ではないだろうからな。せっかく越前だからな、お市達には上手い物を食べさせてやりたいし」
「ああ、なるほど。そういう事ですか」
ようやく得心がいったという表情で頷く氏郷。
「過去の過ちに対する家族への禊ぎの品ですね」
「おおい!? 何勘違いしてるんだお前は!?」
「しかし物で釣るというのはどうかと思うますが。まずは誠心誠意謝って、それから……」
「だから何もなかったと何回も言ってるだろうが!」
「………父上、悲しいことですが過去をなかったことには出来ないのですよ」
「こ、こいつぅ……っ!」
あの越前会議からこっち、氏郷は未だに俺の潔白を信じていない様子で、ことある毎に話を持ち出しては俺に反省を促してきていた。
あの後、女中や警護に聞き取り調査を行ったらしく、俺と景虎が二人で深夜の密会をしていた事実が明らかになった時点でクロだと断定したらしい。
何もなかったと言うには微妙な時間をその場で過ごしていたことも調べが付いているらしく、俺の弁明は苦しい良いわけにしか聞こえないと言った有様だ。
「男の甲斐性とはいえ……確かに景虎殿は母上と並んでも遜色のない見目麗しい女性ではありましたが……」
はぁ、とこれ見よがしにため息を吐く氏郷。
「……ところで父上。俺も初と夫婦水入らずで一日二日旅行に出かけたいと思っているのですが」
「なにぃ!?」
「俺は母上の顔を長く見ていると自責の念で事をつまびらかに話してしまうかも知れません。ここはお互いのため、時間が必要だと思うのですが……父上は母上と、俺は初との時間を、ですね」
「―――!?」
そう切り出した氏郷の表情に黒い笑みが浮かぶ。
まさかコイツ!?
いままで散々疑いをかけ、綿密に情報を集めていたのは……!
「お許し頂けますね、父上?」
「氏郷………お前、いつの間にそんな暗黒面に……」
間違いない!
俺にいびられまくった過去に対する反抗か!?
だから俺の潔白を信じず、今の今まで既成事実にするかのごとく俺を責め立てていたのか!
それによってもしかしてという風潮を家中に作り上げたというのか!
そしてついに反撃の材料を得て、下克上ということなのか!
確かに初との逢瀬を散々邪魔してきたけれども!
これが蒲生氏郷……信長の野望で野望80を誇る武将なのか……!
「……行きたいなぁ……初と旅行……若狭辺りの温泉に夫婦二人で……決して邪魔の入らない旅行が……したいなぁ」
「………い、行けば良いんじゃないかな! 多分邪魔は入らないしな!」
「……ホントかなぁ……ホントに邪魔が入らないのかなぁ……」
「当たり前だろう! 誰が邪魔をするって言うんだ? そ、そうだ、路銀も用意してやらないとな! 氏郷最近頑張ってるもんな!」
地味にかつ露骨にぼやく氏郷に、俺は白旗を上げるしか出来なかった。
くそう、俺は何もしていないって言うのに……!
ないものをないと証明するのは難しい。
まさに悪魔の証明というヤツだ。
氏郷のように俺の側近がそれを信じているということ自体が噂を肯定しかねないのだ。
なおも露骨に追加要求をぼやく氏郷に、俺は戦慄を覚えるのであった。




