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イェンスとルジェーナ  作者: 如月あい
六章 愛と憎しみが牙をむく

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次期国王の選出

 ヴェルテード王国の中心部にある王城、そしてさらにその中心部にある王宮の、玉座の間がある本棟の中の一つの大広間。そこには重苦しい空気が流れていた。

 理由は一つ。国王によって、三人の妃とその子どもたち、そして、政治に携わる要人たちと、軍の上層部の人間が呼ばれていた。

 軍の人間は大将以上の階級のものがおり、その中には剣の家と名高いエドガール・ヴェーダの姿もあった。

 ベラはエドガールを見て、彼の息子であるイェンスを思い出す。エドガールの方がかなりいかつく、強面と言えるが、顔の一つ一つのパーツはよく似ている。

 普段着慣れない、肩を大きく露出するタイプのドレスをまとったベラは、ひどく落ち着かなかった。生まれて初めて、国王はイザベラに出席を義務付けたのだ。しかも正装せよとのお達しだった。

 婚約披露のためにと準備していたドレスがあったので、どうにかそれのデザインを微調整することで間に合ったが、そうでなければ危なかった。ベラは個人資産を増やすために、定期的にもらっていた布や宝石の半分ほどを売りに出していた。また、引きこもっているのをいいことに正装のドレスを作っていなかったので、王女としては残念なほど、着れるドレスがないのだ。

 婚約披露のためのドレスを使ってしまったので、残念ながら違うドレスを仕立て直さなければいけない。布も宝石も新調しなければいけないし、ベラは面倒だとばかりにため息をつく。

 そしてふと、異母姉妹達の装いに目を向けた。すでに嫁いだ姉たちはここにいないが、妹二人はいる。

 ヴィクトリアは、斬新なデザインのドレスで登場した。他国から仕入れた型なのか、ぴったりと体にそうタイプのドレスで、スカートの左側には大胆なスリットがあしらわれている。

 大型の花が金糸で刺繍されており、布は上から下へとグラデーションに染め上げられている。

 髪型もまた珍しく、頭の上で髪をまとめ上げ、そこに大きな黒い筒のようなものを載せ、花や宝石でそれを飾っている。要するに、筒状のものそのものが髪飾りであるようだ。

 ヴィクトリアの装いは斬新すぎてまったく参考にならない。彼女は最先端を行きすぎて、流行するには敷居が高い装いなのだ。

 一方、カトリーナはそういう点では完璧だった。

 頭上に輝くティアラに、肩からの袖全体が総レースになっている淡いピンクのドレス。彼女が歩くたびにドレスが揺れて、ドレスにあしらわれている宝石が光輝く。かわいらしく、少し子供っぽいようにも見えるが、カトリーナの雰囲気には非常によく似合っていた。

 ただこちらも、ベラが着るドレスの参考にはならない。ベラがあのように可愛らしいドレスを着ても、まったくもって似合わないからだ。

 三人の妃たちもそれぞれに美しい装いをしていたが、エノテラ妃と目が合ってそらされてからは、ベラは意識的にそちらを見ないようにしていた。


 今日、これだけの人数が集められたのには理由がある。そしてその理由をここに集まっているものはみなわかっていた。


 国王が次の国王を指名する。


 そうでなければ、ここまで要人全員をかき集める必要はないし、皆がここまで正装で挑む必要もない。

 それにいつもは指定されていない席が、今日は指定されていた。しかも王子たちは、あいさつ回りを早々に切り上げて着席している。


 長い長方形のテーブルの上座に国王が座る。そして国王から見て左側にリシャルトが、右側にルカーシュが、左側、右側、と交互に王位継承権を持ち、かつ年齢の高い順に並べられていく。ベラはまだ正式に王位継承権を放棄はしていなかったため、ルカーシュの隣に並ぶことになった。リシャルトの隣は、第三王子のパトリクである。彼は自分の前の席にベラがいることに驚いたようだった。パトリクはちらりと実兄のルカーシュを見た。しかしルカーシュはパトリクの視線には全く気が付く様子がない。

 パトリクとはあまり話したことがないが、ベラの印象では、気の弱い王子だった。気の弱いというよりは、自分で物事を判断できない王子だ。思い込みも激しく、洗脳されやすいタイプと言える。気が小さいのであまり大胆なことはできないが、ルカーシュが後ろ盾についたら、何をするかはわからない。そういう意味では、パトリクもまた、ベラにとっては警戒すべき対象だった。


「イザベラ」

「……はい」

 リシャルトに話しかけられたが、考え事をしていて反応が遅れた。しかしリシャルトは特に気にした様子はなく、じっとベラの装いを見つめて真顔で言った。

「似合っている」

「……はい?」

 予想外のことを言われて、無表情を取り繕っていたベラは、思わず驚きを表に出してしまった。するとリシャルトはかすかに笑って、聞こえなかったのか、と尋ねた。

「聞こえていますよ」

 ベラはリシャルトにしか聞こえないほどの小さな声で言うと、そのあとに普通の音量に戻して言った。

「兄上にほめていただけるなんて、光栄の極み」

「……嫌味か?」

「どうでしょうか?」

 二人のやり取りははたから見ると刺々しいこと極まりない。しかしながら、二人の関係は緩やかに改善していると言えた。ベラはリシャルトに対して、少しだけ心を開いても良いという気分になっていたし、リシャルトもまた、ベラの考えていることが分かったことで、彼女と向き合いやすくなったのだ。

 そんなやりとりをしていると、ベラの隣にヴィクトリアが座った。先ほどまであいさつ回りしていたのだが、それが終わったようだ。ベラとは違い、きちんと公務を果たしている彼女は、こういう場にもそれなりの数の知り合いがいるのだろう。

 続いてカトリーナも席につき、三人の妃も次々に席についた。

 カルミア妃は、ルカーシュに熱い視線を送る。彼女は自分の息子が王位に就くことを分かりやすく望んでいる。

 それとは対照的にエノテラ妃は、ベラはもちろんリシャルトのほうすら見なかった。彼女はいつも通りにこにこと穏やかに微笑んでいたが、しかしその笑みがどこか硬く不自然だ。

 エノテラ妃はリシャルトの即位を望んでいないのではないか。なぜかベラにはそんな風に思えてしまった。


「皆、よく集まってくれた」


 厳かな声が響き渡るとともに、広間に静寂がもたらされる。上座に座った王は、席に着いている王族全員の顔を見ると、その周囲で立って列席する国の要人たちにも目を配る。


「私も老いた」


 国王の言葉だけが広間に響き渡っていく。誰もが次の国王の言葉を待っていた。


「この王位を譲ろうと決意した」


 国王の言葉に、広間にざわめきが広がった。波のようにうねって広がったそれは、再び国王へと押し寄せて、そして収束する。そして国王は席を立ち、そしてゆっくりと国王から見て左側(・・)へと歩いた。

 そこにいるのは、銀色の髪に青い瞳を持つ王子。


「紹介しよう。次期国王の……リシャルト・エノテラ・ヴェルテードだ」


 国王の宣言の直後、一瞬だけ間をあけた後に、広間全体が拍手で湧いた。軍の上層部の人間はかなり多くが心から喜んでいるようだったし、貴族でもリシャルトを認めているものは多くいた。

 ベラもその場に合わせて拍手する。

 しかし、当然のことながらこの結果に納得いっていないものはそれなりの数がいた。

 まず、第二王子ルカーシュを推していた人々は、どうにか感情を押し殺していたものの、あまり乗り気のない拍手をしていた。

 カルミア妃などはあからさまに顔を真っ赤にして、今にも国王に抗議しだしそうだった。一方、ルカーシュは、驚くほど平然とリシャルトに拍手を送っていた。彼の中に感情が見えないのが、ベラには逆に恐ろしかった。

 ただ意外だったのは、カトリーナは純粋にリシャルトに拍手を送っていたことだ。実の兄であるルカーシュを好いているように見えたが、国王になってほしいと思っていたわけではないようだ。

 そしてエノテラ妃は、穏やかな微笑みを取り戻していた。彼女が直前まで何を恐れていたのかは分からない。ただ、彼女の恐れの対象がリシャルトでないとするならば、残された選択肢はただ一つ。

 ベラは母からの無言の嫌悪に身を震わせた。寂しいと思う年はとうに過ぎ去ったが、ようやく、ベラは生母に嫌われているのだと気づいた。彼女はリシャルトがかわいくて仕方がないというわけではなく、特にベラが嫌いで遠ざけていただけだったのだと。


「まずは王宮と王城内に触れを出せ。三日後には、城外の民に知れ渡るように。譲位は一年後だ。そして早急にリシャルトの妃も選定せねばならない。そのことも含めて触れを出せ」


 国王がそう宣言すると、周囲にいた王家のものを除く全員が「御意」という言葉とともに部屋からぞろぞろと退出していく。

 これから何が始まるのかと目を瞬いていたら、隣にいたヴィクトリアが小さな声でベラに向かって囁いた。

「これから家族水入らずで宴が始まります。私たちが飲み食いしている間に、臣下は城中に触れ回るのが慣例なんですよ」

「慣例? 本に書いてあった?」

 王室経典は一通り目を通している。ベラは驚いてそう問い返せば、ヴィクトリアが少しだけ肩をすくめながら言った。

「いいえ。通常は家庭教師が口頭で。王室儀礼は口伝のものが多いのです。書き残すまでもないということかもしれませんね」

 なんて余計なことを。そうベラは思ったが、家庭教師から教育をうけなかったベラが悪い。彼らはある程度テストした後、ベラが非常に優秀であることを悟って、自ら辞めていったのだ。しかし、まさかベラが基本的な王室の儀礼に関する知識がないとは思わなかったのだろう。誰もそういう問題ではベラを試そうとしなかった。

「しばらくは……引きこもるしかないわね」

 ベラが必ず出席しなければならない行事はさして多くない。極力小さな声でつぶやいたのだが、隣にいたヴィクトリアと、左斜め前に座っていたリシャルトには聞こえたらしい。二人が一斉にベラに鋭い視線を向けた。

「婚約披露の式典もあるのですから、これを機に学ぶべきですよ」

 もっともなことを言われて、ベラは返す言葉がなかった。そしてふと、ヴィクトリアがすごくまともな発言をしていることに気が付いた。以前、変装してあったときは、不思議な子だと思っていたが、今は話が通じている。

「気が向けば、まともなことも話します」

 ベラの心の中を読んだかのような発言に、ふと、彼女はベラの本性を知っているのではないかという不安に駆られた。今のところヴィクトリアがベラに不利になることをしそうにはない。ただもし、変装していたベラと会ったときのことを覚えていて、それがベラだと見抜かれているのだとしたら……。そんな疑念に負けて、ベラが聞いてみようかと口を開きかけた時だった。


「陛下。どうしてですか。理由をお聞かせくださいませ。ルカーシュはリシャルトに劣らぬ優秀なあなたの息子。そうではありませんか?」


 カルミア妃の上ずった声が、ベラの思考を現実に引き戻す。

 そんな抗議の声に国王は片眉を上げたが、リシャルトもエノテラ妃も何も言わず、ただ国王の言葉を待った。


「私は確かに悩んでいた」


 国王の言葉に、ルカーシュが期待を込めた目で国王を見た。カルミア妃もそれ見たことかと微笑んで、そして次の言葉を紡ごうとした。おそらくは、何故かともう一度問いかける気だったのだろう。

 しかし、その問いは永遠に発せられることはなかった。国王が、無情な真実を打ち明けたからだ。


「私はリシャルトか……イザベラかで悩んでいた」


 しばしの間、その場に沈黙が訪れた。

 ベラも含めて全員が、国王の言葉に驚愕していた。しかしながら、リシャルトだけは、全く驚いた様子がなく、彼は国王から聞かされていたのだろうとベラは他人事のように思った。

 激しい音がして視線を横に向けると、ルカーシュがテーブルに両手をついて勢いよく立ち上がった。彼の顔にいつものような愛想はない。かといって怒りでもない何か別の感情が、彼の中で渦巻いているようだった。

「気分が優れませんので、失礼します」

「兄上!」

 ルカーシュの同母弟のパトリクが驚いて呼び止めるが、ルカーシュは止まらない。そしてそのまま、大広間から抜け出して行く。その後をパトリクが一言断ってからついて出て行き、カルミア妃にいたっては、言葉もなく大広間から抜け出した。


 残された者たちは、比較的みな穏やかな顔をしていた。この展開は想定内の出来事と言えたからだ。国王も、三人の突然の退席を気にする様子はない。

 ただ一人、エノテラ妃だけはどうにか愛想笑いを保っていても、顔色が悪かった。

「エノテラ」

「はい、陛下」

 国王の呼びかけに、エノテラ妃は震える声で応えた。すると国王は呆れたように一息つき、そして、心なしか優しい声音で言った。

「いい加減、娘を認めてやりなさい」

 国王の話し相手がカルミアならば、娘という単語で人物が特定されはしない。

 しかしリシャルトとイザベラの二人しか子を持たないカルミア妃相手の場合、それはベラ以外にありえなかった。

 混乱するベラを置いて、エノテラ妃はさっと顔を青ざめ震える声で問い返す。

「まさか、すべてご存知で……?

「ああ……」

だから(・・・)なのですか?」

「そうだ。だから(・・・)だ」

 国王と意味のわからない会話をしたエノテラは、いつもは愛想のよい顔から笑みを消し去った。そして消え入るような声で、気分が優れないと言い訳をしてその場をさる。

 ベラはリシャルトの方を見た。彼ならば王と妃の会話が分かるのではないかと期待したのだ。しかしリシャルトは常人には聞き取れぬほど、小さな声で言った。


「分からない」


 ベラはリシャルトを見て、彼が嘘をついていないと判断した。彼女はリシャルトに意識を集中させすぎていたため、隣からの呟きを聞き逃していた。

「なるほど」

 という、ヴィクトリアの呟きを。







 この日を境にヴェルテード王国は激動の時代へと一歩歩みを進めた。

 次期国王にリシャルトが選ばれたことを喜ぶ人々はこのとき、誰も知らなかった。

 王位継承が、誰も望まぬ形で実を結ぶことになろうとは。

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