第59話 黄金の蜂蜜薬(4)
「いやあ、一時はどうなるかと思いましたね。でも、シスターの不正を暴けた上に、薬を無償で手に入れられた。結果的にはとても良い形で収まりましたね!」
「ふ、ふむ。そうじゃな。奴もこれでしばらくは大丈夫じゃろうて。色々あったが、今回は世話になったの。フランヌや、早く宿に戻ってゆっくり休もうか」
ボクに対しての明らかな警戒心と恐怖心、それに感謝の念が入り混じった複雑な表情を見せながら、タッドリーはフランヌの手を握って先に帰り道を急いだ。ボク達は気まずい空気のまま宿に真っすぐ帰る気にもなれず、スノウリング村の露店を見て回って適当に時間をつぶしてから、いくつかの買い物袋を手にして宿へ戻った。
宿へ戻って雪遊びの道具を片付け、夕食を終えて一段落した頃には、外では雪が月と星の光を浴びて静かに純白の輝きを放ち、漆黒の夜空にはそこかしこから上がる温泉の白い湯気が、寒風に吹かれてゆらゆらと漂い流れていた。
灯りを消して薄暗くなった部屋の中で、ボクは教会で手に入れた『黄金の蜂蜜薬』を手のひらにのせ、ガラス瓶の中の美しい黄金の液体をじっと見つめていた。黄金の液体は窓から入ってくる月と星の光を反射し、美しくもどこか妖しく煌めいていた。
教会から去る時に背後から感じた、神父の不気味な視線が今でも気になって、ボクはどうしても花野に『黄金の蜂蜜薬』を渡す気になれないでいた。
――花野さんにまだ薬を渡さないのかい。せっかく苦労して手に入れたんだから、有効活用しないと意味がないじゃないか。
心の中でもう一人の『ボク』がにやにやと笑いながら話しかけてくる。どす黒い感情が胸の内を爛らせ腐らせていくことに耐えられず、ボクは同室のレンに何も言わずにこっそり部屋を出た。
静寂にはまだ早い時間だというのに、廊下には人の気配が全くなく、灯りも最低限しか残されていなかった。窓から外の景色を眺めながら頭の中を空っぽにしていると、沸々と今までの旅の記憶がよみがえってきた。
高校生活最初の夏、『ヴァルキア・ソフィア』に召還され、イチノセの森でレンとローザに出会い、クラスメートが魔物に殺されて、イチノセ村でこの世界の歴史と召還された原因を知り、それからボクの戦いの日々が始まった。
イチノセ村の存亡をかけてイチノセの森でゴブリンの群れと戦い、ノースブルク村ではレウニグス議員の暗殺を阻止し、オズウィン砦防衛戦では正真正銘の戦争を経験した。数え切れないほど殺し、数え切れないほど殺されそうになった。
暗がりと静寂の中、そうやってぼんやりと過去を振り返っていると、突然、何かが割れる小さな音と、その直後に大きな悲鳴と怒号が聞こえてきた。
音と声の発生源はそう遠くない。部屋から出てきた他の宿泊客達によって、次第に騒然としてきた温泉宿の廊下を、音と声のした方へとボクは駆け出していった。
次回は12月18日に公開予定です。
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