第73話:転生王子、会議をする
――……いよいよ、会議の日が来た。
ネオンは特別に用意した会議棟の前で、今一度気持ちを整える。
ユリダス皇国で"亜人統一連盟"と邂逅してから、あっという間に二週間が過ぎた。
諸々の手配は完了し、すでに三大超大国の面々――国家元首とその娘も勢揃いしている。
あとは連盟が来るのを待つだけだ。
いつものように青く晴れ渡る空を見ていると、雲の隙間から巨大な城が姿を現した。
ネオンの役目は、連盟と三大超大国の間を取り持つ仲介だ。
責任のある仕事に自然と拳を硬く握り締めたとき、ブリジットとオモチがそっと話してくれた。
「ネオン様なら、どんな相手の会議でも絶対に大丈夫でございます」
『ボクたちもついているウニ』
領地には、二人の他にもたくさんの仲間たちがいる。
彼らの顔を見ると、それだけで大変に安心できた。
「……ありがとう。みんながいれば大丈夫だね」
空飛ぶ城は領地の上空、数百mに停留する。
小型の浮遊艇が城から出て、ヴェルヴェスタ他三幹部が地上に舞い下りた。
一同を緊迫した空気が包む。
ユリダス皇国はすでに連盟と面識があったが、他の二カ国はこれが初対面となる。
テロ組織のトップを目の当たりにして、わずかなどよめきが帝国と連邦の間に広がった。
ネオンは静かに深呼吸する。
――……頑張れ、ネオン。仕事の始まりだ。
仲介役の彼が前に歩み出ると、どよめきはすぐに収まった。
「それでは、みなさま、まずは自己紹介をお願いいたします」
その言葉で、会議の参加者は互いに挨拶を交わす。
「エルストメルガ帝国、帝王グリゴリーだ。こちらにいるのは娘のシャルロット」
「カカフ連邦、大総統のガライアンと娘のアリエッタだ」
「ワシはユリダス皇国のバルトラス。こっちは孫娘のラヴィニアじゃ。連盟の皆さんと会うのは二回目になるの」
『私は"亜人統一連盟"の指導者、ヴェルヴェスタという。この三人は幹部のドリカルン、ハイフロム、テルグだ』
挨拶はするが、握手までは交わさなかった。
彼らの間に横たわる溝が目に見えるようだ。
ネオンがブリジットとオモチと共に一行を大会議室に案内すると、すぐに会議が始まる。
最初に口を開いたのはヴェルヴェスタだった。
『連盟の要求は二つある。即刻、貴様らに奪われた亜人本来の土地を返すこと、そして彼らに謝罪をすることだ。虐げられる毎日を送る同胞を一人でも多く救うことが、我ら連盟に課せられた使命である。そのためなら、いくらでも人間側に対して破壊活動を行う用意がある』
各地の亜人は人間に迫害されている。
淡々と話されるその主張を聞くと、三大超大国側は即座に反論した。
「失礼だが、ヴェルヴェスタ殿。帝国は亜人を迫害するような政策は行っていないし、推奨もしていない。人間と協調して暮らしている亜人も多い」
「連邦も同じだ。地方では亜人に対する悪い意識を持っている地域もあるが、悪しき風潮を無くすよう全力で努めている」
「ワシら皇国だってそうじゃ。この前少し話したかもしれんがの。亜人と人間が互いに豊かに暮らせるような国を目指しておる」
三大超大国の国家元首は、現在の政策について説明する。
実際のところ、彼らが国のトップに座る遥か以前から、それこそ国の形を成す前から、人間と亜人間のいざこざは少なからずあった。
人間は自分たちと違う見た目に恐怖し、敵対心を持ち、やがて迫害行動に至る。
総じて、亜人の方が寿命が長いこともそれを後押しした。
追い出した亜人の土地や資源を奪ってしまうこともあった。
昔の風潮は色濃く残り、今日まで続く地域があるのもまた事実。
三大超大国の歴代国家元首は"無知と先入観こそ諸悪の根源"と考え、亜人に対する教育も行ってきた。
だが、ヴェルヴェスタの表情は硬いまま変わらない。
『貴様らは何もわかっていない。その亜人を守る政策とやらが、結果として我らを苦しめている』
人間側が教える歴史は、あくまで人間側の視点に沿って残された記録に基づく。
歴史上の間違った解釈などで、逆に理解が遠のく亜人もいたのだ。
両者の主張は正面からぶつかり、議論は平行線上を辿る。
連盟側はついてきてくれた仲間のためにも、要求を呑ませなければならない。
一方で、超大国側は連盟を受け入れたいが、国益も重視しなければならない。
気がついたら、ネオンは自然と力強く呟いていた。
「亜人と人間は……共存できるはずです」
頭の中に浮かぶのは、この土地で人間の自分と仲良く暮らす亜人のみんな。
彼らの笑顔を思い出すと、そう確信できた。
ネオンの呟きは騒然とした会議室を巡る。
国家元首が何か言う前に、ヴェルヴェスタは呆れた様子で答える。
『それは貴様の綺麗事、理想にしか過ぎない。共存できたらいい、と我らも思ったことは何度もある。だが、現実がそうはさせないのだ。人間はいつだって亜人に厳しく当たる』
彼女の言葉は会議室にひたりと浸透し、連盟の幹部も賛同する。
埋められない歴史の溝を突き付けられたようで、人間側は誰も何も話さなかった。
――人間が亜人の人たちを苦しめた過去の事実は変わらない、変えられない。でも……。
静まりかえる室内でネオンは思うことがあり、ヴェルヴェスタに伝える。
「ヴェルヴェスタさんにお尋ねしたいことがあるのですが……。この長い歴史において、亜人の皆さんが人間側の土地や資源を奪った例はまったくないのでしょうか?」
ネオンの言葉に、今度は連盟側が静まり返った。
今まで連盟が主張した逆のパターン――亜人側が人間側の資源や土地を奪った例も数多くある。
事実として、三大超大国は広く、人間が追いやられた地域もいくつか存在していた。
善と悪は表裏一体。
片方では"善"であることも、もう片方にとっては"悪"となりうる。
ネオンは静かに話を続ける。
「主義主張は種族によって、さらには個人によっても違います。各地域に散らばってしまった仲間と合流したい亜人もいるでしょうし、元いた土地に戻りたい亜人もいるのだと思います。意見を擦り合わせるには……互いに対話を重ねるしかありません。だから、三大超大国に住む亜人の皆さん全員と僕たち人間が対話して、今後の方針を決定するのはいかがでしょうか。武力ではなく対話にて意見を擦り合わせ、互いに納得できる道を探すのが一番の解決策なのだと……僕は思います」
国家元首はみなネオンの案に賛成の意を示し、最大限努力すると伝える。
だが、ヴェルヴェスタは首を縦に振ろうとはしなかった。
『……いや、却下だ。貴様の案は採用できない。話し合いなどできるものか。我ら亜人の人間に対する憎しみはそれほど強いのだ。そう……全員、殺してしまいたいくらいに』
彼女は人間は殺したいと話す。
だが、ネオンは……。
――これは、連盟の……ヴェルヴェスタさんの本心ではない。
と、確信を持っていた。
なぜなら……。
「帝国、連邦、皇国の被害は物的被害だけと聞きます。本当は…………連盟の皆さんも人間を傷つけたくないのではありませんか?」
ネオンが話すと、連盟の面々は黙り込んだ。
三大超大国に被害状況を聞いたとき、不思議なことに人的被害はまったく確認されなかった。
大規模な攻勢にも関わらず、あくまでも破壊されたのは物流倉庫や武器庫などの物ばかりだ。
死者はおろか、怪我人も軽微な人間しかいないという話を聞き、ネオンは先ほどの結論に至った。
黙るヴェルヴェスタに、三幹部が語りかける。
『……なぁ、もう止めにしようぜ。俺たちの道の先に未来があるのかわからなくなっちまった』
『ハイフロムちゃんも満足したかもしれないみゃ』
『儂も自分の磨いてきた技術が他者を傷つけることに、心の奥底では抵抗があったかもしれん』
連盟に属する亜人は、みな人間に迫害された経験がある。
だが、これで良いのか、復讐することが正解なのかわからなかった。
やり返しているうちは良いものの、その後に待つ未来がどんな物なのか、徐々に不安に苛まれていたのだ。
ヴェルヴェスタは深く思案する。
("亜人統一連盟"の目的は、人間への復讐だったことは確かだ。だが、我々はいつまで復讐する? そして、復讐が終わった後はどうなる? 我らの一番大事な目的は、亜人が幸せにこの世界で暮らせるようにすること。今の活動で、それは果たされるのか?)
暫し逡巡し、やがて結論を下した。
『我ら"亜人統一連盟"は解散しない。…………だが、武装を解除し人間への攻撃は中止する。連盟によって生じた被害も、我らが所有する魔石や魔導具にて補填すると約束しよう。その代わり、亜人との話し合いは真摯に取り組んでほしい』
彼女の言葉を聞いた途端、会議室の空気は明確に軽くなった。
ヴェルヴェスタはスッ……と右手を差し出す。
『今まで申し訳なかった。過去は変えられないが、明るい未来を築くため精一杯頑張りたい』
今度こそ、各国家元首とヴェルヴェスタ、そして連盟の三幹部は硬い握手を交わすことができた。
「こちらこそよろしく頼む。帝国は全力で亜人の皆さんと話し合うことを誓う」
「連邦もだ。ありがとう、ヴェルヴェスタ殿。そう言ってくれて本当に嬉しい」
「勇気ある決断に、深く感謝申し上げるぞよ。皇国は連盟と関係が結べてとても幸せじゃ」
話し合いの結果、帝国にはドリンカル、連邦にはハイフロム、皇国にはテルグが行くことになり、ヴェルヴェスタは調整役と決まった。
各国におけるそれぞれの抱える事情や背景を相談し、最も良い道を探る。
明るい希望あふれる未来を胸に抱きながら、みなで外に出る。
会議の行く末を見守っていた領民や、三大超大国の護衛たちが心配そうな表情でこちらを見た。
ネオンは国家元首たちに、会議の結果を話すよう頼まれた。
「ネオン少年、貴殿の口からみなに伝えてほしい。連盟の皆さんと話がまとまったのも、貴殿が協力してくれたからだ」
グリゴリーが語ると、ガライアンとバルトラスも同意した。
「私もネオン少年がまとめるべきだと思う。ぜひ、お願いしたい」
「この記念すべき会議の開催国としてな。お願いできるかの?」
ヴェルヴェスタもまた、静かに言う。
『私も……同感だ。ネオン、お前が宣言しろ。亜人と人間、両方の代表だ』
ネオンが頷き前に出ると、領地の面々は緊張して言葉を待つ。
緊張も不安も全て吹き飛ばすように、大きな大きな声で宣言した。
「皆さん、聞いてください。"亜人統一連盟"と三大超大国の間で……和解が結ばれました! 亜人と人間が平和に暮らせる世の中が実現できるよう、僕たちはこれからも頑張っていきます!」
瞬間、どこからともなく大歓声が上がった。
「「人間と亜人が真に共存する、新しい時代の幕開けだー!」」
ネオンの目には、人間・亜人・妖精……大事な仲間たちの弾けるような笑顔が映る。
自分一人ではとうてい成し遂げられなかった決着だ。
――ありがとう、みんな……。
隣を見ると、ずっと一緒に頑張ってきてくれたブリジットがいる。
彼女の手をそっと握ると、にこやかな笑顔が返された。
いつの間にか、空は雲一つなく晴れていた。
ネオン王国には、明るい歓声がいつまでも響く……。




