第70話:転生王子、皇国の問題解決に挑むが……
グランフィードの背に乗ること、およそ小一時間。
天を突くほどの円錐形をした巨大な山――大火山フィレグラマスが見えてきた。
山頂からは灰色の噴煙が、モクモクと不気味なほど静かに昇る。
近づくにつれ、ネオンの目はシパシパと喉はイガイガと痛くなった。
煙や空気の状態から、フィレグラマスの現状を体感する。
――おそらく、目や喉が痛いのは火山灰のせい……。やっぱり、火山活動が活発になっているんだ。
フィレグラマスの標高は約4000m。
山肌は茶色っぽく、大小様々の岩が転がる様子が見える。
普段なら山頂は白い雪に覆われているが今はそのほとんどが熱で解け、力強くも殺風景な山肌が剥き出しとなっていた。
そこまで確認されたところで、キアラが激しく顔に当たる風に抵抗しながら叫ぶ。
「みなさんー、あれがー、大火山ー、フィレグラマスですー。草原の一角にあるー、野営地にー、降りてくださいー。あそこにー、皇帝陛下がー、いらっしゃるー、はずですー」
バルトラスやラヴィニアとは火山の近辺にある草原で合流することになっており、すでにテントなどが設置されていた。
「グランフィードさんー、降下をお願いしますー」
『承知した』
眼下の状態を確認したネオンが叫ぶと徐々に速度は落ち、緩やかに降下が始まった。
円を描くようにグランフィードが着地すると、皇国の面々――火山の噴火に備えた騎士団や調査隊が、目を点にして呆然と突っ立っていた。
ネオンは「こんにちは。ネオン・アルバティスです」と挨拶するが返答はなく、どうしたのだろう、と思う。
――みなさん、とてもぼんやりとされているけどなんで……そうだ。グランフィードさんはSランクの非常に珍しくて強い幻橙龍だった。
領地で一緒に暮らしているとそれが当たり前になってしまうが、幻橙龍なんてそうそう見られる魔物ではない。
一生に一度見られるかどうか、まさしく伝説上の存在だ。
そう思うネオンに対し、ブリジットは満足げに頷く。
「どうやら、彼らはネオン様の神々しさに当てられてしまったようですね。見てください、恍惚とした表情を。我が夫たるネオン様の放つ聖なる輝きを体感できるとは非常に幸せなことです」
「たぶん、グランフィードさんに圧倒されているんだと思うけど……」
『ブリジットの中ではネオン=神なんだウニ』
そこまで話したところで、面々の中から年老いた男性と孫娘と思しき少女が歩み出る。
皇帝のバルトラスと皇女のラヴィニアであった。
二人とも、ネオンを見ると晴れやかな笑顔を浮かべる。
「久し振りじゃの、ネオン少年。まさか、幻橙龍に乗ってくるとは思わなかったぞよ。火山の噴火に幻橙龍の襲来が重なったらどうしようかと、さすがのワシも緊張してしまったな」
「ネオン……また会えて嬉しい……。次会える日が……ずっと楽しみだったの……。幻橙龍なんて……私も初めて見た……。仲間にしちゃうなんて……すごい……」
「驚かせてしまってすみません、事前にお伝えできていればよかったですね」
三人は再会の握手を交わす。
ひとしきり再会を祝ったところで、バルトラスはキアラにも和やかに声をかけた。
「キアラ嬢も久し振りじゃな。どうじゃ、任務の方は? 仲間と一緒にうまくやれているかの?」
何の気なしに聞くや否や、その場の空気が一変した。
バルトラスがまずい、と思う間もなく、ネオンとブリジットはおずおずと尋ねる。
「あの……キアラさんは皇国から特別な任務を受けているんですか? 初めて聞いたような気がしますが……」
「私も初耳でございます。……そういえば、夜にこそこそと何か活動していることも多々ありますよね。いったい何をやっているんですか? ……怪しい」
二人の言葉に、誰よりもキアラが大慌てで弁明する。
「いえいえ、皇国の難民を問題なく導いているのか?という質問です。そうですよね、皇帝陛下? わたくしが何か特別な任務を受けているだなんて、そんなわけがないでしょう。夜だって、ただ神に祈っているだけですよ、あははっ(極秘任務は未だ継続中ですよねっ!? 皇帝陛下からバラしてはしょうがないかとっ!)」
「そ、そうじゃ、そうじゃ。全てキアラの言うとおりじゃ。特別な任務を授けているなどありえんよ、ホッホッホッ(すまんっ、ネオン少年の雰囲気に気が抜けてしまったんじゃ!)」
彼もまたネオンの持つ空気感に当てられ、うっかり秘密を話してしまう人間であった。
ラヴィニアにも厳しい視線を向けられる中、バルトラスは気を取り直すように咳払いしネオンに話す。
「さて、ネオン少年。貴殿に紹介しておきたい人物がおる。フィレグラマス調査隊のリーダー、タニヤじゃ」
その言葉を合図にするかのように、黄色い髪をサイドテールにまとめた女性――タニヤが進み出る。
髪と同じ黄色の瞳は鋭く、無表情でありながら威圧感を覚える様相であった。
タニヤは手を差し出すことなく、また表情も変えることなく淡々と自己紹介する。
「ユリダス皇国のタニヤと申します。どうぞよろしく」
「ネ、ネオンです。よろしくお願いします」
見下されている印象はないが、信用されていない印象は受ける。
ブリジットは不満げな様子の一方で、ネオンは「まぁ、こんな子どもが来たら信用できないよね」と納得する。
ぎこちない挨拶を終えると、バルトラスが本題に入った。
「さて、ネオン少年、さっそくじゃがフィレグラマスの沈静化に力を貸してほしい。きっかり14日後、大規模に噴火するとタニヤの予知が出ておってな。恥ずかしながら、我が国の魔法技術では防ぐ手立てがないんじゃ」
「ええ、もちろんお手伝いさせていただきます。これだけ大きな火山ですから、沈静化させるのは大変だと…………おや? 空に何か飛んでいますね」
『ネオンの言う通り、なんかぽつんと見えるウニ』
フィレグラマスを眺めていると、上空に黒っぽい小さな点が浮かんでいるのが見えた。
グランフィードが飛んできた高度より高い場所にあるので、皇国に来るまでの飛翔では気がつかなかったのだ。
――噴石があそこまで到達したのかな……? でも、ずっと滞空しているな。じゃあ、大型の空飛ぶ魔物……?
ネオンがもっとよく確認しようと意識を向けると、バルトラスとラヴィニアも上を向いた。
「空に……? そう言われれば何か見える気がするの。いやはや、年を取るといかん。ラヴィニア、何か見えるかの?」
「私も小さな点……みたいのしか見えない……」
騎士や調査隊の面々も注意深く見る中、幾分か得意げな様子のブリジットがネオンの前に
進み出た。
「私にお任せください。ネオン様がどこにいても見つけられるよう日々鍛え上げた視力、今ここに発揮いたしましょう。…………ふむ、あれは城、でございますね。空飛ぶ城が浮遊しております。ということで褒めてくださいませ、ネオン様」
「へぇ、空飛ぶ城なんだ。ありがとう、ブリジット……って、空飛ぶ城!?」
『予想外の正体だったウニ!』
ブリジットの言葉にネオンとオモチは驚き、皇国の面々もまた驚きに包まれた。
徐々に黒い点は大きくなり、城は下降を始めたことがわかる。
城の降下スピードはずいぶんと早いようで、あっという間に全容が見えるくらいの高さまで降りた。
巨大な岩塊の上に、三段重ねのケーキを思わせる形の建造物が乗る。
プロペラなどは確認できず動力源は不明だが、全体を覆う魔力のオーラが遠目にもはっきりと見えた。
――とても大きな城だ……。ファンタジー世界では空飛ぶ城って一般的なのかな。
ネオンがそう思った瞬間、岩塊の表面に何個もの砲台が出現。
大量の黒い塊――砲弾が降り注いだ。
地上に緊張が走ると同時、ネオンは<神裂きの剣>を引き抜き高速で振るう。
「砲弾は僕が破壊します! ……《疾風裂破》!」
剣から放たれた衝撃波は幾重にも分裂し、砲弾を切り裂く。
砲弾は全て破壊され、空中で爆発した。
一転して、地上は歓声に包まれる。
『全部切っちゃったウニー!』
「お見事でございます、ネオン様! 世界一の素晴らしい剣術に目を奪われてしまいました!」
オモチとブリジットは喜び、バルトラスやラヴィニア他皇国の面々も感謝する。
「さすがじゃの、ネオン少年。皇国騎士団にも引けをとらん実力じゃ」
「ネオン……すごい……。この前より強くなってる……」
空飛ぶ城は沈黙した後、拡声器の仕組みを持つ魔導具から硬い声を響かせた。
『我らは"亜人統一連盟"。愚かな人間たちよ、我らの力の前に平伏すがいい。我ら亜人を迫害した罪を、今ここで精算するのだ』
女性と思しき声を聞き、ネオンの心臓はヒヤリと冷たくなる。
――"亜人統一連盟"……!?
シャルロットやアリエッタが話していた、亜人の集団組織だ。
人間を攻撃する巨大なテロ組織……。
ネオンの頭に彼女たちから聞いた情報が走り巡ったとき、空飛ぶ城から一際大きな声が響いた。
『愚かな人間たちに正義の鉄槌を下すのは神ではない! 我ら"亜人統一連盟"だ!』
さらに大量の砲弾と、多種多様な属性の魔導弾が放たれる。
今日こそが、連盟の定めた"Xデー"――三大超大国の首都に対する同時攻撃の日だった。
偶然にも来訪の日時と重なったのだ。
視野の遠方に見える皇都からは、いくつもの激しい火の手が上がる。
ここユリダス皇国だけではない、エルストメルガ帝国やカカフ連邦の首都にも同時攻撃が仕掛けられていた。
――大変だ! 街も攻撃されている……! 今は目の前の砲弾を破壊しないと!
ネオンが再度<神裂きの剣>を振るう直前、バルトラスの号令が響いた。
「ネオン少年ばかりに戦わせるでない! 皇国騎士団の力を見せつけるのじゃ!」
「「おおおおおっ!」」
皇帝の命を受け、騎士団から鬨の声が上がる。
砲弾を降り注ぐ空飛ぶ城に、何発もの魔法攻撃や多数の矢を放つ。
ほとんどは空中で破壊されたが、それでも何発かは地上に直撃した。
地面が歪に振動し、悪意ある攻撃を受けていることを嫌でも実感する。
ネオンはとうてい静観することなどできず、<神裂きの剣>を力強く構えた。
「バルトラスさん、このまま放っておくことはできません! 一緒に皇国を守りましょう!」
「私も戦います、ネオン様!」
『ボクも針攻撃で撃ち落とすウニ!』
皇国を守るため戦うことを決意した、そのとき。
「「! ……うわああああっ!」」
砲弾の嵐など比べものにならないほどの轟音と、凄まじい大地の揺れがネオンたちを襲った。
何発もの落雷が同時に直撃したような激しい鳴動に耳は襲われ、視線は激しく上下に揺れ何も見えない。
いったい何が起こったのか、この場にいる誰もが混乱に包まれた。
徐々に振動は収まり、静寂が舞い戻る。
静かに鎮座していたはずの火山を見たとき、ネオンは思わず呆然と呟いた。
「フィ……フィレグラマスが……噴火した……?」
青い空は不気味な黒い噴煙に覆われ、目が覚めるほどの高熱のマグマが吹き出し、大量の噴石が雨のように襲い掛かる。
大火山フィレグラマスの噴火。
とうとう起きてしまった。
まだ遠い先に訪れるはずなのに……起きてしまった。
予想も実際の噴火もまだ先のことだったが、連盟の攻撃が悪い刺激となってしまったのだ。 皇国騎士団は即座にバルトラス及びラヴィニアの周りに集まる。
「「皇帝陛下、皇女様、フィレグラマスの噴火です! 今すぐに避難を!」」
「ダメじゃっ、ワシだけ逃げるわけにはいかんっ! 連盟の空飛ぶ城も火山の噴火も、ここで食い止めなけらば国が終わってしまうぞよ!」
「お爺様の……言うとおり……! 私も騎士団と戦う……!」
バルトラスもラヴィニアも、自分の安全など二の次。
人的災害である空飛ぶ城、自然災害である大火山の噴火、そのどちらも迎え撃つ覚悟だった。
皇国の面々が新たに気を引き締め、噴石を撃ち落とす中、ネオンは迅速に空飛ぶ城の状態を確認する。
先ほどまでの猛攻は止み、沈黙を保っていた。
それもそのはず、火山噴火の衝撃波――空振により内部の魔導具が損傷を受け、その復旧作業が行われていたのだ。
――今がチャンスだ!
「幸いなことに、城は沈黙しているようです! この隙に火山の対処を行います! ……《神器生成》!」
ネオンは日頃から収集している素材を大量に消費し、強力な神器を生み出した。
<活火山お休み装置>
等級:神話級
説明:箱形の神器。どれほど活発な活火山も即座に休眠させる。睡眠の深さは微調整できるので、自然魔力の確保も問題ない。
ネオンが<活火山お休み装置>のスイッチを押すと、白い波動が大地を駆け巡る。
マグマは瞬く間に冷やされ火山岩となり、幾度も上がった噴煙は止まり、フィレグラマスは完全に沈黙した。
噴火の予兆さえ消えた様子を見て、たちまち周囲は地鳴りのような大歓声に包まれる。
「ネオン様がスキルを使った途端、火山が静まり返ってしまいました! これはもう、神の御業でございます! ネオン様こそが人類の叡智! 人類の到達点!」
『ネオンがいればどんなことが起きても安全ウニー! ネオンの隣こそが世界で最も安全な場所だウニー!』
ブリジットとオモチはもちろんのこと、バルトラスたち皇国の面々も大変な騒ぎだ。
「ネオン少年、お主はどこまで成長するんじゃ! 火山を人為的に休眠させるなど、皇国史上初めての出来事じゃ!」
「ありがとう……ネオン……! 火山を止められる人なんて……ネオン以外いない……!」
「「ネオン殿、ばんざーい!」」
一同が喜び騒ぐ中、タニヤはただ呆然と佇むことしかできなかった。
連盟の襲撃だけでも大変な事態なのに、フィレグラマスの噴火まで起きたのだから当然とも言える。
タニヤの視線の先には、ネオンと彼が生成した小さな箱の神器が見える。
(巨大な火山をあんな小さな箱で沈静化してしまった。……人智を超えた所業じゃないか。こんなことができるのは……そう、神だ。神しかいない。この少年こそが神だったのだ)
人知れず、タニヤは祈りを捧げるのであった。
マグマの侵略は防いだものの、降り注ぐ噴石の対処はまだだ。
連盟の城が沈黙している間にケリをつけなければならない。
ネオンは感謝の言葉に感謝で返し、更なる神器を生成しようとする。
「では、次は降り注ぐ噴石から守るバリアを……」
「それはこちらに任せておくんじゃ、ネオン少年。……皇国騎士団よ、全ての噴石を破壊するんじゃ! 一発たりとも皇国の地を破壊することは許さん!」
「「おおおーっ!」」
ネオンの活躍を目の当たりにして、皇国騎士団の士気は著しく上昇した。
誰もが、ネオンのように真剣な気持ちで国防に寄与したい、と思う。
そういった熱い想いが部隊のパワーとなっていた。
騎士団が噴石を撃ち落とす最中。
遥か上空から降り注いだ、ひときわ巨大な噴石が空飛ぶ城に直撃した。
煙と爆発が発生し、ぐらりとバランスが崩れる。
誰からともなく声が上がった。
「「見ろっ! 城が落ちるぞっ!」」
動力源に致命的な損傷が生じ、航行が保てなくなったのだ。
空飛ぶ城はフラフラと崩れ落ちるように不時着する。
土煙が上がると同時、皇国騎士団から歓声が轟いた。
武器を掲げて城に向かう騎士たちを、バルトラスが制する。
「皆の者、待つんじゃ。城は墜ちたが何をしてくるかはわからん。様子を見ようぞ」
バルトラスがそう言うと、空飛ぶ城から何十人もの亜人が現れた。
ダークエルフ、ヴァンパイア、リザードウルフにドワーフ……。
全員、剣や斧、槍などで武装しており、ネオンたちの間に緊張が走る。
一触即発の雰囲気の中、亜人の先頭にいるダークエルフが一際大きな声を張り上げた。
『私は"亜人統一連盟"指導者、ヴェルヴェスタ! 亜人を迫害する貴様ら人間に正義の鉄槌を下すために結成された! 空飛ぶ城が損傷しようとも、我らの信念は折れぬ! 今も、我らの同胞が貴様ら人間国の象徴たる三大超大国に攻撃を仕掛けている! 今日を以て貴様ら人間の時代は終わり、我ら亜人の時代に変わるのだ!』
ヴェルヴェスタの鼓舞を受け、連盟からは激しい鬨の声が上がる。
彼らの迸る魔力の量や質は凄まじく、数十mほど離れていても顔にピシピシとオーラが当たるほどであった。
――連盟の人たちの魔力は大変なものだ。もし戦闘になったら、大変な被害が生じてしまう……! 皇国側の方が人数は多いけど、空飛ぶ城だってまだ攻撃能力は残っている可能性がある。
ネオンが戦闘を予期して魔力を高める中、バルトラスが静かに前に歩み出た。
「落ち着いてくれ、ヴェルヴェスタ殿。貴殿らの存在はワシらも知っておる。皇国は亜人たちに好意的な政策を……」
『黙れ! 貴様ら人間は嘘を吐く種族だ! 現に、皇国に住み迫害の被害に遭ったと訴える亜人も大勢いるぞ!』
ヴェルヴェスタは激しく否定する。
彼女の拒絶に呼応するように、連盟からも怒声が上がった。
ネオンの顔が思わず険しくなると、バルトラスはため息交じりに話す。
「ワシらユリダス皇国は亜人の迫害を推奨などしておらん。……じゃが、悲しいことに地域によっては未だ、亜人に対する差別的な風習が残っておるんじゃ。地方ほど昔の風習や風潮を払拭することは難しくての。おそらく、迫害を訴えているのは地方に在住していた亜人じゃろう」
疲労が滲む顔から、この問題の根深さが想像された。
人間と亜人。
自分の領地にはない、両者の間に横たわる大きな溝。
埋めない限り、互いにずっと敵対し続ける。
前世でも幾度となく目にした光景、そして未来を強く実感するネオンは自然と前に……皇国と連盟の間に進み出た。
「少し連盟の人と話してきます。きっと、話せばわかるはずです」
「ネオン少年、待ちたまえっ! ワシも一緒に……こら、離すんじゃ!」
「「なりません、皇帝陛下!」」
バルトラス及びラヴィニアは騎士たちに止められてしまったが、ブリジットとオモチは慌てて追いかけてくる。
「ネオン様、お待ちくださいっ。危険でございますっ。せめて、私も同行させてくださいませ」
『ボクもついていくウニッ! ネオンだけ危険な目に遭わせるわけにはいかないウニッ』
「……ありがとう、二人とも」
ネオンが近づくにつれ、連盟の間にはどよめきが広がる。
先ほど、大火山の噴火を防いだ信じられない光景を目の当たりにしたばかりだ。
三大幹部のドリカルン、ハイフロム、テルグは真剣な表情で語る。
『おい、あいつだよな? さっき火山の噴火を止めたヤツ。迎撃しなくて大丈夫か? よくわからん魔導具でも錬成したらどうする』
『ハイフロムちゃんの警戒心もマックスだみゃ~。あの男の子は要注意みゃね~。ウニネコ妖精を連れてる人間なんて初めて見たみゃよ~』
『儂らドワーフの特殊部隊は城の死角に潜んでおる。隙を見て爆発物を投げ込むこともできるが』
どよめく部下たちを、ヴェルヴェスタは静かに手で制する。
ただ彼女だけが、ジッと見定めるような目でネオンを見ていた。
皇国と連盟が睨み合うちょうど真ん中に辿り着いたネオンは、ヴェルヴェスタたちに呼びかける。
「初めまして。僕はネオン・アルバティスと言います。三大超大国のちょうど真ん中にある小さな土地で、ネオン王国という人間と亜人が暮らす国を治めています」
身分を説明すると、さらに強いどよめきが連盟を包んだ。
噂に聞いていた、人間と亜人が共に住む土地――それを治める領主こそがこの少年だったのだ。
ネオンの呼びかけに、ヴェルヴェスタは厳しい声音で返す。
『なぜ、超大国の人間ではない貴様がしゃしゃり出てくる。自国には関係のないことであろう』
「亜人とともに暮らす同じ人間として、見過ごすわけにはいかないからです。詳しい事情は人伝に聞いただけですが、一度、皆さんで直接話し合ってみたらいかがでしょうか。会議の場所は、三大超大国のちょうど真ん中に位置するネオン王国を提供いたします」
『馬鹿にするな。突然すぎる。そのような提案を受け入れるわけがないだろう。貴様ら人間のことだ。どうせ待ち伏せでもして、我ら連盟を殲滅しようと企んでいるのが妥当な線だ』
話し合いを提案したが、にこりともしない顔で拒否される。
――やっぱり断られるか。でも、こっちにもカードがある。
「もちろん、タダでとはいきません。もし了承いただけるなら、空飛ぶ城の修理を無償でさせていただきます。先ほど大火山フィレグラマスの噴火を鎮めたように、僕には特別な神器を作れる《神器生成》というスキルがあるんです」
ネオンがそう答えると、今まで一番強いどよめきが連盟を襲った。
提案としては非常に有益だ。
連盟の今の状況は深刻だった。
移動手段である空飛ぶ城は破損が著しく、修復には多大な時間と素材を要する。
今いるのは皇国の真っ只中。
ここにいる騎士団くらいなら倒せるかもしれないが、本隊が合流したらジリ貧になるのは明白だ。
三幹部はヴェルヴェスタと迅速に相談する。
『あいつ、城の修理をしてくれるってよ。さっきの噴火の一件を見る限り、実力は本物だぜ? 修理はすぐに完了するかもしれないな』
『ハイフロムちゃん、お城が壊れてるの嫌みゃ~。空飛ぶ優位性もなくなっちゃったし~』
『儂らが全力を出しても、修繕には多大な時間を要する。最低でも十日はかかるぞ。どうする』
ヴェルヴェスタは頭の中で、様々な可能性をシミュレーションする。
ネオンの申し出を受けなかった場合、逆に受けた場合。
前者を選択すると、おそらく激しい戦闘が始まる。
皇都を襲っている遊撃部隊は少数精鋭だが、自分たち本隊との合流を前提とした部隊編成だ。
合流できければ、鎮圧されるだろう。
逆に、後者を選ぶと今すぐの破滅は回避できる。
ネオンの言葉を信じるのならば……。
指導者としても、連盟の壊滅だけは避けたいところだった。
ヴェルヴェスタは様々な可能性を吟味した後、結論を出した。
『……いいだろう。ネオン、貴様の申し出を受ける。ただし、城の修繕と皇都の遊撃部隊が終わるまでは攻撃しないよう約束しろ。もちろん、城が飛び立った後もだ』
「わかりました。皇国の皆さんにお伝えします」
そこまで相談したところで一度皇国側に戻り、事の顛末を伝える。
バルトラスも了承し、空飛ぶ城の修理で話はついた。
ネオンは魔力を練り上げ、一気に放出する。
「それでは、修理します……《神器生成》!」
いつもと同じ白い光が迸り、完全に修復された城が現れた。
<"亜人統一連盟"の空飛ぶ城>
等級:伝説級
説明:"亜人統一連盟"の製作した、空飛ぶことができる城。ネオンが修理したことで機能を取り戻した。単なる修理なので等級は上がっていない。
亜人としての技術の粋が集まった魔導技術によりふわふわと浮き、傷はおろか汚れさえ完全に消え去った。
予想もしなかった事象に、ヴェルヴェスタ他、連盟の亜人たちは呆然と呟くことしかできない。
『なんと……いうことだ。たった一瞬で直してしまうなんて……』
もっと時間がかかると……最低でも数週間要すると思っていた。
それがほんの一瞬で終わるとは誰が想像できようか。
ヴェルヴェスタはあまりのスキルの強さに呆然としていたが、すぐに気を取り直した。
『修繕に問題がないか、新しくつけられた機能がないか確認させてもらう』
そう言ってしばらく皆で確認が行われたが、問題ないどころか新品同様の状態に直されている。
ネオンの力を目の当たりにして、三大幹部も驚きを隠すことはできなかった。
『……マジかよ、すげえな……。一瞬で直っちまったじゃねえか。これが人間のスキル……』
『ハイフロムちゃんもびっくりみゃ……』
『儂らの技術など足下にも及ばん……。誠に恐れ入った……』
ただただネオンが持つ【神器生成】スキルの強さに圧倒された。
興奮冷めやらぬ中、ヴェルヴェスタはネオンに語る。
『ネオン、貴様にだけは礼を言っておく。おかげで我が城は修復された。貴様が提案した人間との話し合いにも参加する。連盟は約束は守るからだ』
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
『ここに皇国の人間を連れてこい。日程について相談する』
護衛を連れたバルトラスもネオンの元に合流し相談した結果、日時は二週間後と決まった。 ヴェルヴェスタは振り返ることもなく城に乗り込むと、すぐさま起動させる。
城が宙に浮かぶと、撤退の合図である巨大な赤い花火が打ち上がった。
そのまま、空飛ぶ城は空へと消えていく。
事前の取り決め通り、皇国の人間は誰も追撃しようとしなかった。
徐々に静寂が舞い戻てくると、真っ先にバルトラスとラヴィニアがネオンに礼を述べた。
「ネオン少年、改めて礼を言わせておくれ。お主がいなかったら、皇国はどうなっていたかわからん。お主は皇国の救世主じゃ」
「ネオン……本当にありがとう……。今日は皇国の歴史上……一番破滅に近づいた日だと思う……。あなたのおかげで……みんな助かった……」
続けて、タニヤも深く頭を下げた。
「ネオン殿……いや、ネオン神。当方は貴殿の力を信じられていなかった。許してほしい。火山の噴火ならず連盟との関係も取り持ってくれるなんて、貴殿は本当に素晴らしい傑物だ」
ネオンは「ありがとうございます」とみなに返す。
他の二カ国にはバルトラスの方から連絡をしてくれることになり、すぐに解散となった。
グランフィードの元に急ぎながら、ブリジットとオモチが労ってくれる。
「お疲れ様でございました。ネオン様がいらっしゃらなかったら、今頃激しい戦闘になっていたでしょう。まさしく、戦争回避の立役者でございます」
『大変なことになっちゃったウニね。領地のみんなが聞いたらビックリするウニよ』
「そうだね。急いで領地に帰って、国際会議の準備を進めよう」
ネオンの言葉に、ブリジット、オモチ、キアラは真剣な表情で頷く。
同じく厳しい表情をしたグランフィードの背中に乗り、ネオン一行は領地へと急いだ。




