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第69話:転生王子、皇国に向かう

『「せーのっ……完成ー!」』


 飛び地に領民たちの歓声が沸く。

 熱狂に溢れる彼らに対し、ネオンは一人でがっくりと肩を落としていた。


 ――とうとう完成してしまった……。


 ナイメラたちサテュロス主導の下、製作が進んでいたネオンの彫刻がついにできあがったのだ。

<神裂きの剣>を携えた凜々しい姿。

 ネオンが予想していたより大きく、全長はおよそ3mほどもあった。

 見上げるほどの彫刻の前で、ナイメラは流れるように芸術的な意味を説明する。


『まずこだわったのは、何と言ってもネオン氏の再現度ダス。柔らかな表情はどんな領民も温かく迎え入れてくれる懐の広さを示し、<神裂きの剣>はあらゆる脅威から守ってくれる力強さを現しており……』


 彼女の話を聞くにつれ領民のボルテージは上昇し、ブリジットもオモチも興奮気味に話す。

「この彫刻はネオン王国のシンボルといたしましょう! 領地を訪れた全ての生物にネオン様の偉大さ、雄大さ、巨大さ、絶大さ、強大さ、寛大さを実感いただくのに最適な象徴でございます! この彫刻こそ全人類が目指すべき到達点……ですよね、ネオン様!」

『ブリジットの言うとおりウニ! これさえあれば、話さずともネオンの偉大さ、雄大さ、巨大さ、絶大さ、強大さ、寛大さを体感できるウニ! ……ネオンもそう思うウニよね!?』

「う、うん、そうだね……僕も嬉しいよ」


 熱意あふれる二人にどうにか応える。

 これほど慕ってくれるのはもちろん嬉しいは嬉しいが、少々過剰気味なのでは……と思うネオンであった。


 ――願わくば、この一体だけの製作で終了していただけたら嬉しいのだけど……。


 つつましい願いは一瞬で崩れ去ることになる。

 過去一番の最高傑作に満足するナイメラに、ブリジットは控えめに、しかし力強く願い出た。


「次の彫刻は、私とネオン様が抱き合っている場面をお願いいたします。お望みとあらば、二十四時間三百六十五日、ネオン様と抱き合うことさえ……」


 すかさず、彫刻を眺めていたスパイ三人がダダダッと間に入った。


「おい、どさくさに紛れて自分の願望を押し通そうとするな。あたしの番はいつになったら回ってくるんだ」

「そうだよ。ブリジット君ばかりずるいじゃないか。結局、ボクたちにネオン君を貸してくれなかったし」

「わたくしは聞き逃しませんからね。隙あらば自分だけネオンさんと良い思いをしようとは、そういうわけにはいきません」


 スパイ三人が文句を言い始めるや否や、ネオンはブリジットの背中に回収された。

 当のブリジットはビシリと断りのポーズをかます。


「お引き取りくださいませ。これから、ネオン様は私と彫刻のモデルにならなければなりませんので」

「「ずるいぞ、ずるいぞっ」」


 みながわいわいとする中、ネオンは思う。


 ――こうやって楽しい毎日が過ごせるのは、領地が平和だから……なんだよね。


 何気ない日常は、毎日が平和で穏やかだから成り立つもの。

 当たり前のようでいて、実際は非常に尊くて脆いのだ。

 改めて実感するとともに、帝国や連邦で聞いた"あの組織"の存在が徐々に頭の中で存在感を増していた。

 領地に帰ってきてからも、シャルロットやグリゴリー、アリエッタにガライアンから聞いた話を忘れることはできなかった。

 ネオンはブリジットの背から出ると、真剣な表情と思いでナイメラに尋ねる。


「……ナイメラさん、"亜人統一連盟"について、何か知っていたりしますか? どうやら、帝国や連邦、そして皇国でテロ活動をしている亜人の組織のようなんです」


 ネオンの言葉を受け、周囲は徐々に静かになる。

 領地に帰ってきてから帝国や連邦での出来事、得た情報はみなに共有しており、連盟の存在は領民も知っていた。

 この中で直接関わりがあったのはナイメラたちサテュロスだけだ。


『あいにくと、おいらたちはそれほど詳しくは知らないダスよ。合流予定ではあったダスが、結果として果たされなかったダスから』

「知っている情報だけでいいので教えていただけませんか? 領地を守る一助にもなるはずです」


 ネオンの真剣な眼差しにナイメラはこくりと頷き返すと、淡々と語り出した。


『おいらたちは元々、皇国の西外れにある小さな山で静かに暮らしていたダス。だけど、あるとき山の所有権を手に入れたとかいう人間氏がやってきて、いきなり街作りを始めたんだダス。追い出されるように里を失ったおいらたちは、最低限の荷物を持って新天地を探す旅に出たダス』


 ナイメラたちの話を、みなは静かに聞く。

 特に、自分と同じ人間による辛い仕打ちを聞いて、ネオンの心は痛くなってしまった。


 ――私利私欲のために亜人たちを苦しめていたなんて、同じ人間として申し訳ないな……。せめて、事前に一言相談するべきだろうに。


 ナイメラの話は続く。

 

『この先どうなるんだろう……と、人間氏に迫害されながら各地を放浪していたある日、見知らぬリザードマンがおいらたちの前に現れたダス。"亜人だけが暮らす楽園がある"って言っていたダスね。聞いたときは、心が希望に満ち溢れたダス』


 そこまで話したところで、ナイメラの表情は険しいそれに変わった。


『でも……人間氏を攻撃するとも話していたダス。もし、連盟に加入していたら、おいらたちもそのテロ活動に加担していたかもしれないダスね。』


 


『今思えば、それも全てネオン氏と出会うために神様が色々と融通を聞かせてくれたおかげかもしれないダスね。いくら不遇な扱いを受けても、人間氏にやり返すだなんて酷いことはしたくないダスよ。おいらたちは、ただ安全に楽しく暮らせればそれでいいんダスから』


 


「ジャンヌさん。亜人の皆さんが一つの大きな組織を作った、なんて聞いたことはありますか?」


 ネオンが尋ねると、ジャンヌは顎に手を当てて過去に思いを巡らせる。

 しばし今までの歴史を思い返したが、やはりそのような話を聞いた記憶はなかった。


『亜人が種族を超えて一つの組織を作るなんて、妾も聞いたことがないの。亜人は同族意識の強い者が多いから、あまり別の種族とは関わらん。ましてや、一緒に長期間行動するなんて非常に珍しいじゃろうな。そう考えると、この土地は世界的にも非常に希有な場所ってことじゃ』

「なるほど……」


 ジャンヌの話をネオンは思案する。


 ――たしかに、アルバティス王国にいたときも、亜人の人たちが多種族の組織を作ったことは聞いたことがない。王国では亜人の迫害はしていなかったけど、他国では地域性があるのかな……。


 帝国と連邦を訪れたとき。

 シャルロットたち国家元首レベルの人間たちは亜人の迫害には反対だと話しており、国を挙げて政策も進めているらしい。

 それでも連盟のような組織が生まれるということは、地域による風潮などが関係していると推測した。

 色々と考えを巡らすネオンに、ジャンヌは言葉を続ける。


『元より、亜人と人間はそれほど仲が良くない……というよりは、互いに必要以上に接しない種族が多いと思ったんじゃが……。まぁ、ほとんど地底で生きてきたから地上の風潮が変わったのかもしれんの』


 そこで話が終わると、辺りを沈黙が包んだ。

 空は晴れているし、吹き抜ける風も爽やかではある。

 それなのに、どこか嵐の前の静けさを思わせる不気味な沈黙だった。


 ――いずれ、この土地も攻撃されてしまうのだろうか……。


 ネオンは周囲を見渡す。

 ブリジット、ルイザ、ベネロープ、キアラ他、人間の領民たち。

 兎獣人のティアナやウニネコ妖精のオモチ、地底エルフのジャンヌやウンディーネのリロイ、幻橙龍のグランフィード、サテュロスのナイメラ……妖精や亜人の領民たち。

 かけがえのない仲間と土地、そして尊い時間がここにはある。

 強く決心するのは、たった一つの誓いだけだった。


「何があっても……みんなは僕が守る……」


 ネオンの呟きに、領民たちは笑顔で応える。

 小さくも大きなこの少年領主がいれば、たとえ強大な組織に攻撃されても大丈夫だと、そう強く安心できた。

 瞬く間に不気味な静けさは消え去り、代わりに朗らかな空気に包まれる。

 領民を代表するように、ブリジットとオモチがネオンの手を握った。


「ネオン様がいらっしゃれば、どんな困難も必ず打ち倒されます」

『ボクたちにはネオンがついているから、毎日安心に暮らせるウニ』


 ネオンたちが微笑みを交わしていると、不意に空に巨大な鳥の気配を感じた。

 上を向く間でもなく、夢幻鳥だとわかる。

 実際にそうであり、今回も足に手紙が括り付けられていた。

 ネオンが受け取ると、これまた自分宛てであった。


「夢幻鳥ってことは、三大超大国のどこからか手紙? ……やっぱり、ユリダス皇国からだ」


 中身を確認する前に、ブリジットは訝しげな表情となる。


「……また三大超大国からネオン様に助けを求める手紙ですか。なぜ、こう何度もバランス良く手紙が届くのでしょうかね。ネオン様をこき使うなど、本来ならば許されざる蛮行でございます」

「ま、まぁまぁ、そう言わずに……皆さんもそれくらい困っている、ってことだろうから」


 封蝋を外し文書を読むと、すぐにネオンの全身は衝撃に襲われた。


「大火山がフィレグラマスが噴火する危険がある!? これは大変だよ!」

「まぁ、緊急事態であることは確かなようですね」


 手紙には大火山フィレグラマスの稀に見る活発化について記されており、沈静化の一助を求める内容だった。


 ――ユリダス皇国は火山の恩恵で発展した国。自然魔力をエネルギーに変換する技術や、噴火を沈静化魔法技術も世界では最先端を行っているはず。それでも抑えられないなんて、相当の規模ということか……。


 ネオンが真剣に手紙を読む一方で、夢幻鳥はグランフィードの前に立つ。


『ココッ……(俺の封印された、この右の瞳が囁いている……。お前は運命の運び手になるのだ……。世の理を反転させる運命を授かった、幼き巨人の運び手に……)』

『う、うむ、目が囁くとはどういう意味かわからんが……。どうやら、今回の夢幻鳥も独特な性格の持ち主だな』


 皇国の夢幻鳥は厨二病真っ盛りの時期であり、日々黒歴史を量産していた。

 色々な意味で気圧されているグランフィードに気づかず、ネオンはすぐに皇国に向かうことを決めた。


「じゃあ、準備が完了次第、ユリダス皇国に向かいましょう。メンバーは……」

「ネオンさん、わたくしも共にまいります。皇国の地理や事情にはそこそこ詳しいですし、母国の危機とあらば行くべきです。それに、もしかしたら、わたくしの薬の知識も役に立つかもしれません」

「えっ、ほんとですか。ありがとうございます。キアラさんが一緒に来てくれれば百人力ですね」


 喜ぶネオンに対し、ブリジットはぶすぶすと文句を言う。


「別に、毎回ネオン様についてこなくてもいいのですがね。なんでこう、いつもいつも順番通りに……」

「ま、まぁ、みんなで行った方がいいじゃない。キアラさんは皇国出身でもあるし……」

『ネオンの取り合いはすっかり恒例の風景ウニね』


 相談した結果、皇国に向かうのはいつものネオン、ブリジット、オモチの三人組、そしてキアラと決定し、ネオンはグランフィードに頼む。

 

「毎度の如く申し訳ないですが、僕たちをユリダス皇国まで運んでもらえますか?」

『任せておけ。我に気を遣うことはない。元来、龍とは空を飛ぶものだ』

「いつもありがとうございます。グランフィードさんのおかげで、すぐに各国に向かうことができます」


 今までと同じようにセントリーを自動警戒モードにし、ネオンはグランフィードの背中に乗った。

 足下には、領地に残る面々が見送りに来てくれる。

 まずは、領地に残ったスパイ二人。


「気をつけて行ってこい、ネオン。間違えて火山に滑り落ちるなよ」

「辛いことがあったらボクの顔を思い出すんだ。それだけで力が漲るはずだから」

 

 他にも、領民のみんなが集まった。


『ネオン殿、余裕があったらフィレグラマスの噴石をゲットしてほしいラビ! 皇国以外では流通が少ないから高く売れるラビよ!』

『ネオン殿さんちゃん君様ー、ついでに皇国の水事情を調べて来てくださいませー! 世界中にこの土地の水の素晴らしさを普及しましょうー!』

『彫刻に使えるかもしれないから、おいらも噴石が欲しいダス! できれば、2mくらい

の物が入手できたらいいダスね!』

『妾は別に石も水もいらん! その代わり、皇国の珍しい食べ物をたくさんせしめてこい!』


 好き勝手希望を伝える彼らに、ネオンは手を振って応える。

 グランフィードの頭に乗った夢幻鳥は、コツコツと嘴で叩いて合図を送った。


『コァ……(さあ、行くがよい……。運命の運び手よ……。今こそ、その滾る真髄を発揮せよ……)』

『あ、ああ、今いち何を言っているのかよくわからんが……それはそれとして道案内はよろしく頼むぞ』


 皇国の夢幻鳥が自らの黒歴史に身悶えし、恥ずかしさ及びとんでもない不敬に身を焦がされるのは少し先の未来の話。

 ネオンたちは、最後の超大国――ユリダス皇国へと飛び立った。

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