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第66話:転生王子、領地に帰る

「……では、古代遺跡エルンの発掘完了、及びネオン少年の功績を讃えようではないか。盃を交わせ!」

「「盃を交わせ!」」


 ガライアンの音頭で、室内に甲高くも澄んだ音が響く。

 カカフ連邦官邸、大ホール。

 丈夫な大理石で作られた部屋は普段は質実剛健な雰囲気だが、今はナショナルカラーの紫を基調とした鮮やかな装飾で彩られ、大変鮮やかな空間だった。

 長テーブルには真っ白のクロスが敷かれ、色取り取りの豪奢な料理が並ぶ。

 室内は古代遺跡エルンの発掘に関わった全ての人物であふれ、賑やかな喧噪が包む。

 グランフィードが人や物の運搬を手伝ってくれ、ネオンたちは当初の予定より大幅に早く官邸に辿り着くことができたのだ。

 参加者はみな笑顔であり、遺跡の発掘が完了したことを祝っている。


 ――今回の発掘がみんなのためになるといいな。


 明るい気持ちで冷たいジュースを飲むネオンに、ブリジットが大量の食事を取り分けてきた。


「ネオン様、このたびは誠にお疲れ様でございました。栄養バランスが採れた食事メニューを厳選いたしました」

「あ、ありがとう。それにしても、ずいぶんとたくさんあるんだね」

 

 ずしりと重い大きなキッシュやミートパイの他、色取り取りのフルーツサラダに湯気の漂う分厚いステーキ。

 豪勢な料理の数々が、トレイの上でこんもりと山になっている。

 ネオンはその圧力に少々気圧されてしまったが、肩からもさもさとオモチが出てきた。

 

『一人じゃ食べきるのは難しいだろうから、ボクも一緒に食べるウニ』

「では、私はネオン様に食べさせていただきます」

「自分で食べられるから!」


 オモチと一緒に食べ始めたところで、ガライアンとアリエッタがこちらに来た。

 二人とも、ネオンの前に来るとにこやかな笑顔を浮かべる。


「ネオン君、楽しんでくれているかい? いかんせん、飛び地で採れる作物が豊か過ぎてね。料理の数々が君の口に合ってくれたら嬉しいのだが……」

「はい、おかげさまでとても楽しいです。お料理もすごくおいしくて、いくらでも食べられてしまいます。カカフ連邦は食文化が豊かでいいですね」

「ネオン君……」


 優しい笑顔で温かい言葉をかけられ、ガライアンは心を打たれる。


(なんて良い子なんだ!)


 彼が心の中でさめざめと泣く中、娘のアリエッタは枯渇したネオン成分を補給するため、すりすりと執拗に手を摩っていた。


「ネオンちゃんの手はすべすべでぷにぷによ~。羨ましいわね~。触っただけでパワーを貰えるわ~。いつまでも触っていたいし、持って帰りたいの~」


 たちまち、顔を硬くしたブリジットが両者の間に入る。


「少々触りすぎでございます。本来なら、ネオン様の手は私以外触ってはいけないのですからね」

「ああっ、ネオンちゃんの手が~! 私のネオンちゃん成分が~!」 


 愛しのネオンはブリジットに取り上げられ、彼女の背後に回収される。

 アリエッタは少なからずしょんぼりとしつつも、このようなやりとりができるのは国内情勢の安定であることを実感する。


「こうやってネオンちゃんと話せるのも、国が平和なうちだけなのよね。……ねえ、ネオンちゃん、亜人統一連盟って聞いたことある?」

「亜人統一連盟……」


 アリエッタの言葉に、ひやりと心臓が冷たく鼓動する。

 初耳ではない。

 帝国を訪れたときにも、たしかに聞いたことがあった。


「そういえば、エルストメルガ帝国のシャルロットさんも同じ組織の名前を口にしていました。表情からはあまり好意的な存在には感じられませんでした。詳細は教わっていませんが、何か特別な組織なんですか?」


 ネオンがそう尋ねると、アリエッタはガライアンと顔を見合わせた後、淡々と語り出した。

「各地でテロ行為をしている、亜人だけの巨大な組織よ。連邦でも被害が出始めているわ。帝国や皇国でも活動しているという噂よ。……いえ、ほぼ事実でしょうね」

「テロ組織ってことですか……! それに帝国や皇国でも被害って……!」


 アリエッタの話を聞いて、ネオンもブリジットも、そしてオモチも驚いた。

 大ホールは宴の喧噪に包まれているのに、不思議と自分たちの周りだけ静かな空気になったようだ。

 怖くて震えるオモチを撫でるネオンに、アリエッタは言葉を続ける。


「諸々の調査を続けているのだけど、未だに足取りが掴めなくてね。亜人の組織としかわからないのよ。今までの被害状況から、連盟の人間たちに対する攻撃性はとても高いとわかってるわ。もしかしたら、飛び地にもそのうち攻撃を仕掛けてくるかもしれないから、十分に気をつけて」

「わかりました、十分に気をつけます。貴重な情報、ありがとうございます」


 アリエッタの話に、ネオンは緊張感を持って答える。

 

 ――飛び地に住む亜人のみんなは良い人ばかりだけど、世の中には攻撃的な亜人もいるんだ。……もしかしたら、何かしらの理由があるのかもしれないね。


 自分の領地が幸せなのは、とても運がいいことなのだろう……と改めて思う。

 そこまで話したところで、突然、盃を持ったままのポリーンがネオンに飛びついてきた。

 

「ネオン・アルバティス! 小生は貴殿に感銘を受けた! これほどの感激は生まれて初めてだ! カカフ連邦でずっと小生と遺跡の発掘をしろ!」

「え、ええ――っ!?」

「こらっ、ネオン様から離れなさい! お触り禁止! お触り禁止!」


 すかさずブリジットが引き剥がそうとすが、ポリーンは粘着したようにネオンにしがみ付く。

 彼女は泣き上戸であり、酒を飲むと己の心酔する人物にだる絡みする習性があった。

 ガライアンとアリエッタも引き剥がしに強力するが、ポリーンは蛸の吸盤のように離れない。


「小生はネオン・アルバティスと遺跡の発掘をするのだー!」

「ポ、ポリーンさん、落ち着いてください! 首が絞められて痛いです!」

「いい加減に早く離れなさい! お触り禁止と言っているでしょう! お触り禁止、お触り禁止、お触り禁止ー!」


 大ホールにブリジットの絶叫が響きながら、夜は更けていく。



 一波乱も二波乱もあったその晩。

 ネオンはブリジットとオモチとともに、官邸の特等客室に泊まることになった。

 ポリーンはしつこく食い下がったが、ブリジットの絶対防御に阻まれた形である。

 特等客室は官邸でも最上級に広い部屋で、過ごしやすさは一番と言える。

 その部屋の身体が沈みそうなほど柔らかいキングベッドの上で、ネオンはブリジットの抱き枕にされていた。


「あの……ブリジット。ちょっと苦しいんだけど……もう少し離れて寝る方が互いに……」

「いいえ、ネオン様。今日はあれだけ色んな方にお触りされたのですから、一晩かけて浄化しなければなりません。夢の中でもお会いしましょう。それでは、お休みなさいませ」

『ネオンはどこに行ってもモテモテウニね。ボクも嬉しいウニ』


 ネオンはブリジットに抱かれ、額にはオモチを乗せ、安らかな眠りに就く。

 亜人統一連盟、その存在を頭の片隅に意識しながら……。



 □□□



 翌朝。

 ネオンたちが飛び地に帰るときが訪れた。

 今は官邸前で、アリエッタ、ガライアン、ポリーンがネオンと最後の挨拶を交わしている。

「ネオン少年、繰り返しになるが本当にありがとう。君のおかげで、怪我人もなく安全に貴重な遺物を回収できた。君自身が人類史に刻まれる叡智の結晶だ」

「ネオンちゃん、またね~。今度は連邦の観光を案内するわ~。南の方は暖かくて海も綺麗でおすすめよ~」

「ネオン・アルバティス。小生は石版の解読を完了した上で、貴殿と再会することを人生の目標とする」


 三人に、ネオンも「いつか必ずお会いしましょう」と応える。

 また別の一角では、グランフィードとギャル夢幻鳥も別れの挨拶を交わしていた。


『コココッ(じゃあね、グランちゃん! 色んなお話聞けて、めっちゃ楽しかった! また、あーしとお散歩しましょ!)』

『そうだな。今度は我が初めて火を吐いたときの話をしよう』

 

 晴れて、二体は"ひしょ友"になったのであった。

 ネオンがブリジットとオモチと一緒に帰りの準備を始めると、ベネロープがそっと離れた。 三人に聞こえないよう、ガライアンと小声で相談する。


「(大総統、今後の任務はどういたしましょう)」

「(引き続き、ネオン君の傍にいてくれ。定期報告も忘れないように。やはり、彼は世界的にも極めて重要な人物だ)」

「(承知しました。片時も離れずに過ごします)」


 ネオン一行はグランフィードの背に乗り、空に飛び立つ。

 連邦の面々は見えなくなるまで手を振っていた。



 □□□



 グランフィードの背に乗り、小一時間ほど。

 あっという間に、ネオンたちは飛び地に帰還した。

 眼下では、領民のみんながおーいと手を振っている。

 見知った顔を見ると、ようやく肩の荷が下りた気分だ。

 ネオンが降りるや否や、真っ先にティアラが駆け寄る。


『お帰りラビ! ところで、遺跡の遺物ゲットできたラビ!? ……えっ! 何も貰ってこなかったんラビか!? 何やってるラビか! どさくさに紛れて石版の一枚や二枚……いぎいいいああええええ!』

「ネオン様、この行商人はまだ懲りていないようです。厳しい躾が必要と思われますので、私が処罰いたします」


 ナイメラも石像が入手できたのか楽しみに聞こうとしたが、きつく背骨を伸ばされるティアラを見て止めた。

 ジャンヌはすでに学習済みなので、特に無駄絡みせず、少し離れたところで静かに佇む。

 何はともあれ、まずは家でお茶を飲もうと話したところで、リロイが手を振りながらこちらに来た。


『ネオン殿さんちゃん君様~、お帰りなさ~い』


 笑顔なのだが妙に目が据わっており、ネオンはごくりと唾を飲む。


「た、ただいま、リロイさん。変わりはなかったですか?」

『ええ、もちろん変わりはありませんっ。ところで、連邦の水質はネオン王国と同化してきたのでしょうかっ?』

「あ、いえ……ちょっと時間的に難しくて……」

『そうですかっ。でも、大丈夫ですっ。またいつか機会があるでしょうっ。この土地の素晴らしいお水は、ぜひ世の中の皆さんに知ってほしいですよねっ。今、どうやってネオン王国の水源と接続しようか考えてまして……っ』


 リロイは飛び地の水を世界中に広めることについて、血走った目で力説する。


 ――なんか前にも聞いたような……。


 力説を聞いていると、ティアラの躾を終えたブリジットが戻ってきた。


「ネオン様、お茶にいたしましょう。お疲れでしょうから甘い物もご用意いたします」

「ブリジットも一緒に食べようね。今回もたくさん働いてくれてありがとう。これからもよろしく」

「! もったいないお言葉を……ありがとうございます……! うっうっ……!」

『ネオンは優しいウニ』


 感動で涙を流すブリジットに、ネオンはハンカチを渡す。

 ふと空を見ると、つい先日の出来事が思い出された。


 ――古代遺跡の発掘は緊張したけど楽しかったな。ガライアンさんやアリエッタさん、連邦の人たちともまた会えたら嬉しいね。


 ネオンは静かに思う。

 カカフ連邦の面々とも再会するのは、予想より早いのであった。

お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます


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