第65話:転生王子、連邦の問題を解決する
グランフィードの背に乗り、およそ一時間ほど。
カカフ連邦に入国した当初は緑豊かな土地が目立ったが、今や周囲は荒涼とした大地に変わった。
遠方に石造りの建造物が見え始めたところで、ベネロープが声を張り上げる。
「あそこに見えるのがー、古代遺跡ー、エルンだー! 周囲のー、地盤はー、脆いからー、もう少し進んだらー、徒歩で進むのがー、安全だろうー!」
「わかりー、ましたー。グランフィードさんー、そろそろー、降ろしてくださいー」
『承知した』
グランフィードはゆっくりと下降し、ネオンたちは地面に降りた。
天候は未だに悪く、激しい雨が打ちつける。
ブリジットはこういうときのために常備している傘を差しており、ネオンと相合い傘の真っ最中だった。
除け者にされたベネロープは、しとしとと雨に打たれながら恨めしげに呟く。
「……ボクも入れてほしいんだけどね」
「この空間は私とネオン様だけのものです。誰にも渡しません。そもそも、あなたは魔法使いでしょう。自分でどうにかしてくださいませ」
ベネロープの頼みをブリジットは突っぱねる。
正確に言うと、オモチも相合い傘空間にいるわけだが、ウニ猫妖精なので彼女のカウントには入っていなかった。
てくてくと10分ほど歩き、古代遺跡エルンの発掘場所に着く。
すでに調査隊の面々は遺跡の前で勢揃いしており、幻橙龍が舞い下りた遠くの光景に驚きが隠せないでいた。
伝説の龍の背中から降りたのは、年端もいかぬ少年だったのだからなおさらだ。
ネオンを見ると真っ先にガライアンとアリエッタが駆け寄ってくる。
「ネオン少年、久し振りだな! さっきの龍は幻橙龍か!? どうやって来るのかと思ったが、まさか幻橙龍に乗ってくるとは恐れ入った!」
「ネオンちゃん、こんにちは~。よく来てくれたわね~。また会えて嬉しいわ~」
「お久しぶりです、ガライアンさん、アリエッタさん。僕もまたお会いできて嬉しいです」
ガライアンと硬く握手を交わす。
国や立場は違えど、互いにどこか懐かしい旧友にあった気分であった。
アリエッタとも交わそうとしたが、代わりにブリジットが握手した。
「どうもお久し振りでございます。ネオン様の妻のブリジットでございます」
「……ええ、もちろん知ってるわ~。そこをどいてくださるかしら~? ネオンちゃんとも握手したいから~」
「エアー握手でお願いいたします」
ネオン成分の補給が出来ず、アリエッタは面白くない。
ブリジットもまた、帝国の訪問から無闇矢鱈とネオンを触らせるのは危険だと認識していた。
二人の視線が火花を散らしていることに気づかず、ガライアンはベネロープにも笑顔を向ける。
「ベネロープ君も久方ぶりだな。君にも会えるなんて嬉しい。それで、飛び地での任務の調子はどうだ?」
「「……飛び地での任務?」」
ガライアンの言葉を受け、ネオンとブリジットは同時に疑問の声を上げる。
国家元首のうっかりした失言に、遺跡の前は静まり返った。
雨の音が気まずく響く中、特にブリジットは疑念が渦巻いた。
「そういえば、ベネロープさんは国の最高権力者たる国家元首にも物怖じしていないようですし、ガライアン様ともずいぶんと親しげですよね。もしかして、難民ではなく連邦の重要な人物なのでは? ……怪しい」
「な、何を言っているんだい、ブリジット君! 重要な人物なわけがないだろう! ボクがガライアン様と親しいのは、難民の件で色々とお世話になったからさ!(ガライアン様! スパイの件を忘れたのですか!)」
「そ、そうさ! ベネロープ君は決して、連邦の重要人物ではない! そんなわけがあるものか!(す、すまない! ネオン君と話すとのんびりして気が抜けてしまうのだ!)」
必死に弁明した後、ガライアンは咳払いをして本題を切り出した。
「さて、ネオン少年。話はすでに文書で説明した通りだ。我々は今、古代遺跡エルンの発掘を進めている。ぜひ、君の素晴らしい力を貸してほしい。紹介しよう、こちらにいるのが遺跡発掘の最高責任者――ポリーンだ」
紹介を受け、長い茶髪の女神官が前に出る。
凜とした芯の強い女性……というのが、ネオンの第一印象であった。
「ネオン・アルバティスです。今日はよろしくお願いします」
「ポリーンだ、よろしく。……さっそくだが、遺跡の現状を説明したい。ついてくるように」
握手を交わすこともなく、ポリーンはスタスタと遺跡に歩く。
その心中にあるのは、ネオンの第一印象に対する評価だった。
(ガライアン様とアリエッタ様の評価はずいぶんと高いが……本当にただの子どもではないか。覇気やオーラも大して感じられない。こんな少年にいったい何ができるというのだ。できることなら、この時間も石版を運搬する検討に使いたいところだ)
内心では、この小さき支援者の実力を信じ切れないでいた。
ネオンは遺跡の入り口付近まで案内されると、説明を受ける。
「見ての通り、この辺りの地盤は非常に脆く、この長雨の影響も相まって崩落が進んでいる。遺物の搬出は八割方は完了したが、逆に言うと二割はまだ遺跡に残っているということだ。遺跡全体の保存状態はよい分、口惜しい思いをしている」
ネオンが注意深く辺りを見ると、たしかに辺縁から地盤が崩れ始めていた。
豪雨により地盤は一段と脆くなっており、遺跡全体が地の底に消えるのは時間の問題と考えられた。
「ネオン君、力を貸してほしい」
「」
二人の申し出に、
「もちろんです。では、まずはこの雨を止めましょう。……《神器生成》!」
たちまち、白い光が辺りを包む。
ネオンが指輪に納められた素材を消費すると、家庭用プラネタリウムを思わせる小さな球体の魔導具が置かれていた。
<天候操作機ーウェザーボール>
等級:神話級
能力:起動すると、特定地域の天候を操作できる。晴れ、雨、曇り、雪、雹……などなど、何でもござれ。
見たことのない形態をした魔導具に、連邦の面々は興味津々だ。
特に、《神器生成》を初めて見たポリーンは、疑問を呟かざるを得なかった。
「ネオン・アルバティスよ、これはなんだ?」
「天気を操る魔導具です。今、雨雲をなくして晴れにしますね」
「……なに? そんなことができるはずないだろう。調査隊には水魔法や風魔法の使い手もいるが、みなこの雨雲を吹き飛ばすことはできなかったぞ」
天候を操るなんてできるはずがない。
ポリーンは信じられなかったが、ネオンがピポパとボタンを操作すると、《ウェザーボール》から白い光が空に放たれた。
どんよりした雨雲に当たると、箒で払うようにたちまち分厚い雲が掃けていった。
空は青くカラリと晴れ、輝かしい太陽が燦々と降り注ぐ。
ジメジメした不快な湿気は消え失せ、代わりに爽やかな風が吹き渡る。
ポリーンは驚きのあまり空いた口が塞がらず、ガライアンとアリエッタも他の調査隊と同じように強い驚きに包まれた。
「て、天気が操作できる魔導具だって……? ネオン少年は神か……?」
「ネオンちゃん、あなたは人類を超越してるわ~」
快晴の下で、ざわざわとしたどよめきが収まらない。
ブリジットとオモチが得意げな表情を浮かべる横で、ネオンは更なる神器を生成した。
「次は地盤を強化します……《神器生成》!」
またもや白い光が瞬き、地盤全体が銀色の網で覆われた。
<崩落防止ネット-崩防網>
等級:神話級
能力:覆った地盤に魔力を注ぎ、どんなに脆くも絶対に崩落しないよう支え、強度を高める網。回収も容易。
ネオンの<崩防網>に覆われた地盤は、魔力の層で補強される。
以前は度重なる雨により脆く、踏んだだけで沈み込むほど頼りなかった。
だが、今や強く足踏みしても問題ないほど強度が高まり、調査隊の顔には喜びが表れる。
「すげえっ、地盤が硬くなった! 雨も止んだし、崩落の危険はなくなったな!」
「これなら歩きやすいし、遺物の安全な運搬が捗るぞ!」
「あの少年が来てくれてよかった!」
またもや得意げな顔で佇むオモチとブリジットの横で、ネオンは追加の神器を生み出す。
「遺物は二割ほどがまだ運べていないんですよね。でしたら、みなさんが運びやすいように補助的な装備を作ります……《神器生成》!」
次に生成されたのは、腕や足に装備するたくさんの装具だった。
<身体強化装具-パワフルアパラタス>
等級:神話級
能力:使用者の力を補助し、どんなに重い物でも簡単に持てるようにしてしまう。身体的負担もまったくないため、とても安心。
――遺物は貴重な物だから、きっと連邦の人たちが自分で運び出したいよね。だから、僕はなるべく触らない方がより安心できるかも。
そのように考え、調査隊の身体能力をパワーアップする神器を生成した。
ネオンがみなに配ると、さっそく調査隊は意気揚々と遺跡に向かう。
身体能力が上昇した恩恵もあって、次々と搬出が遅れていた遺物を取り出した。
黄金で象られた巨大な鏡、刀身に複雑な魔法陣が刻まれた宝剣、過去にいたとされる女神の姿を模した精巧で立派な彫像などなど……。
いずれも世界的に非常に貴重な品々ばかりだ。
ネオンの頭にティアラやナイメラの『遺物や彫像のお土産を持ってきてくれ』という要望が浮かんだが、気づかないフリをした。
<パワフルアパラタス>のおかげで疲労も感じず、非常に作業は捗った。
搬出は進み、やがて笑顔の調査隊が巨大な板を持って現れる。
「「ポリーン隊長、朗報です! 石版もすごく軽く運べます! 遺跡から取り出すことができました!」」
「なっ……んだと……」
驚きで言葉を失う。
古代遺跡エルンの石版は2tもの重さがあり、魔法や魔導具を使おうにも搬出は不可能だった。
――それがどうだ。ネオン・アルバティスの生み出した魔導具を装備したら、いとも簡単に運び出せてしまった。しかも、デメリットも副作用も何もない。これはまさしく……神の所業だ。
連邦の……いや、人類の宝というべき遺物が無事に回収できた事実に、ポリーンは自然と首を垂れた。
「……ネオン・アルバティス。小生は貴殿の力を見くびっていた。ありがとう……そして、謝らせてほしい。小生は貴殿の幼き姿を見て、心のどこかで貴殿を信じ切ることができなかった」
「いえ、気にしないでください。子どもなのは事実ですし、僕だってこんな少年が助けに来たらその力を疑ってしまうと思います」
「……ありがとう。それを聞いて安心した。貴殿は器も大きいのだな」
ネオンの返答を聞き、ブリジットは静かに感激の涙を流す。
(何というお心の広さっ。飛び込んだら受け止めてくださるような、寛大なお心が素敵でごございます……!)
なぜかさめざめと泣くブリジットにハンカチを渡したところで、ネオンは先ほどの話を思い出した。
「たしか、石版の解読もまだまだ途中なんですよね」
素直に手伝ってあげたいな、と思った。
――あらゆる言語を解読する、<解読ゴーグル>とかはどうだろ。
頭の中でぼんやりイメージすると、良いアイデアだと考えられた。
《神器生成》を発動しようとしたが、ポリーンが止めた。
「それ以上のスキル発動は無用だ、ネオン・アルバティス。全て貴殿におんぶに抱っこでは示しがつかないし、これは小生たちが努力すべき案件だ。地盤の強化や運搬を支援してくれただけで本当にありがたい。近いうちに、石版の解読は絶対に完了させる。全文が明らかになったとき、貴殿に一番に伝えたい」
「ありがとうございます。僕も楽しみにしています」
ネオンが微笑みで答えると、改めてポリーンは姿勢を正す。
「貴殿のおかげで、遺物だけでなく遺跡全体も保護することができた。本当にありがとう」
彼女が礼を述べると、ガライアンとアリエッタも丁寧に感謝の言葉を口にした。
「ネオン少年、私からも……いや、国を代表して深く感謝申し上げる。これは人類の発展に寄与する、極めて大きな功績だ。君の功績は歴史書に記して、未来永劫語り継いでいきたい」
「ネオンちゃんこそが、人類の叡智そのものね~。未来の人たちが聞いたら、ネオンちゃんを神様と思っちゃうかも~」
この場にいる全員が、ネオンに感謝の意を示す。
みなから口々にお礼を言われ、ネオンもまた気持ちがほんわかと明るくなった。
「僕も無事に重要な遺物と遺跡が保護できてよかったです」
「相変わらず、ネオン様は謙遜家でございますね」
『まったくウニ。そこがネオンの良いところウニね』
ネオンの謙遜を受け、ブリジットとオモチは呟くように笑顔で言う。
「では、官邸に帰還次第、ネオン少年の功績と遺跡の調査完了を祝い、宴を開こう! 皆の者、帰還準備だ!」
「「おおおーっ!」」
ガライアンの号令に、調査隊の面々は拳を突き上げ力強く答える。
青と赤が入り交じる美しい夕暮れが、みなの笑顔を、そしてネオンの笑顔を鮮やかに照らした。
お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます
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