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第62話:転生王子、ワイバーン型ゴーレムに追われる亜人を助ける

 帝国の呪念花を駆除してからしばらく。

 ネオンは飛び地にて平和な日々を享受していた。

 今日も隣を歩くブリジットと一緒に、領地開拓に精を出すのだが……。


「ネオン様、そろそろ私たちの結婚式を開いた方がいいと思うのですが、いかがでしょうか」

「……え、え~?」

「私たちの関係をもっと他者にアピールしておくべきだと思うのです。やはり、指輪だけでは足りないと思われます。ネオン様がまだ独身だと勘違いしている方々もいるようですしね」


 ブリジットは少し離れた場所で作業するスパイ三人を見ながら、熱く語る。

 一方、視線の突き刺さったスパイ三人はぶるっと小さく震えた。


(な、なんだ……? 急に背筋が冷たく……)

(この不気味な心臓の拍動はなんだい……?)

(なんというかこう……そこはかとない死の気配を感じるのですが……)


 いつの間にか、スパイ三人やウンディーネたちだけではなく帝国の姫、連邦の姫、皇国の姫と、ネオンの周りに女性が集まっていた。

 領主なので領民と接するのは当たり前だが、超大国三人娘は油断ならない。

 社会的な地位の高さも彼女たちの厄介さに拍車をかける。

 最近はタイガルなど、また新たに出現した者もネオンに羨望の眼差しを向けており、早急な対策が求められた。


(ネオン様は私の夫で、私はネオン様の妻。この揺らぎようのない事実を世界の共通認識にしなければ……!)


 固く決意するブリジットの一方で、ネオンはまた別のことが気になっていた。


「で、でも、ニコラス兄さんだってまだ詳細は知らないだろうし……」


(僕がブリジットと一緒に飛び地にいることは知っているけど、指輪の件とかはどうなんだろう。伝えた方がいいのかな)


「ご心配なく、ネオン様。きっと、ニコラス様も私たちの関係を認めてくださるに決まっています。100%、確実に、間違いなく、必ず、断定的に、当然のように、決定的に、疑いの余地なく、確定事項として、絶対確実に、動かぬ論理として、否定しようのないほどに、信じて疑わず、誰の目にも明らかなほどに……認めてくださるはずです」

「推測で始まって断定で終わっているけど……」


 ぽしょぽしょと呟いたネオンの言葉など聞こえぬように、ブリジットは熱弁する。


(ブリジットとニコラス兄さんが再会したらどうなるんだろう。王宮にいるときでさえ、色々とトラブルが発生したというのに……)


 ネオンが小さなため息を吐いたとき、セントリーが警報音を発した。

 即座に、領地にいる者全てが戦闘態勢を取る。


「セントリー、状況を見せて!」


 ネオンが叫ぶと、空中にホログラム用の映像が映し出された。

 飛び地のおよそ2kmほど遠く離れた場所にて、数匹のワイバーンが飛び交っている様子が見える。

 さらに、地上付近で誰かが逃げ回る姿も拡大される。


(ワイバーンに襲われている人がいる! それに、あの人たちは……!)


「セントリー、高圧縮魔粒子砲発射! 地上の人に当たらないように!」


 ネオンの掛け声で、セントリーの腹部から魔粒子砲が放たれる。

 魔力の粒を高密度に圧縮したレーザーのような攻撃で、宙を舞うワイバーンをいとも簡単に撃ち抜いた。

 地面に落ちると同時、ネオン(+彼の頭にいつもいるオモチ)とブリジットはセントリーに乗って現地に飛ぶ。

 ずしんっと地響きをもって着地すると、地上の者たちは激しく驚いた。


『『ワイバーンがいきなり死んだと思ったら、こ、今度はなんダスか~!? に、人間氏までいるダス!』』

 

 セントリーのモニターで見たように、頭からは山羊の角が生え、下半身は山羊の足……彼らはサテュロスであった。

 慌てふためく彼らに、ネオンとブリジット、オモチは急いで伝える。


「驚かせてしまってすみません。僕はネオンと言いまして、この土地の領主をしています。皆さんがワイバーンに襲われているのを見て、助けに来たんです」

「私たちに攻撃の意志はありません。どうぞ落ち着いてくださいませ」

『ネオンが来たからにはもう大丈夫ウニよ』


 地面に降り立った三人は話すが、サテュロスたちからは怯えた様子が消えない。

 消えるどころか、ワイバーンに襲われているときと同じくらいの警戒心を感じた。


 ――何か……様子が変だ。セントリーという巨大なゴーレムに怯えているかと思ったけど、もしかして、これは…………僕たち人間が怖い?


 ネオンの心中を察したブリジットも、微かに頷く。

 ティアナやリロイなど今まで出会った亜人は、みなすぐに打ち解けてくれた。

 だが、もちろんのこと、そうではない亜人も多い。

 目の前にいるのは、アルバティス王国で父親や双子兄に酷い仕打ちを受けた者たちかもしれない。

 そう思うと、やるせなさや申し訳なさの感情が胸に生まれた。

 

 ――まずは、これ以上警戒させないように慎重に接しよう……。


 彼らの全身からは疲労が滲み、所々怪我も見られる。

 きちんとした手当てと休息が必要だろう。

 ネオンは静かに深呼吸し、丁寧に呼びかけた。


「サテュロスのみなさん、先ほども彼女……ブリジットが伝えましたが、僕たちに攻撃の意思はありません。見たところ、だいぶ疲弊されているようです。この土地には魔物が踏み入ってくることも多々あります。ですので、一度僕たちの領地に来て、お身体を休まれてはどうでしょうか」

『お、お断りするダスよ。人間氏の領地なんて、亜人は嫌な目に遭うに決まっているダス』


 仲間を守るように先頭に立ったサテュロスが答える。

 彼女の返答から、人間に辛い仕打ちを受けた経験が窺えた。


『人間氏は亜人を攻撃対象とする……それはサテュロスの歴史も証明しているダス。おいらたちを襲ったワイバーンだって、人間氏が作ったゴーレムダスよ」

「えっ、ワイバーンの……ゴーレム?」


 サテュロスの言葉に、ネオンたちの視線は地面のワイバーンに注がれる。

 注視した後、ブリジットが硬い表情で語る。


「……たしかに、ゴーレムですね。あの意匠と魔法陣の術式には見覚えがあります。皇国の隣に位置する、ダガリス王国の魔導兵器と推測されます。アルバティス王国の物でないのは確実です」

「そうだったのか……」

『精巧過ぎて本物のワイバーンに見えるウニ』


 ブリジットの推測通り、ワイバーンはダガリス王国製のゴーレムだ。

 ネオンたちは知らなかったが、人間の代わりに魔物を倒すため開発された魔導兵器で、タガリス王国のコントロールを外れた一団だった。

 日光を魔力に自動変換する高度な技術が使われており、上空をいつまでも飛んでいた。

 サテュロスたちは"とある理由"にて皇国を訪れようとしたのだが、運悪くワイバーンに見つかってしまった……という経緯がある。

 襲撃を思い出して渋い顔のままのサテュロス一同に、ネオンたちは懸命に訴えかける。

 

「僕の領地には"兎獣人"やウンディーネ、地底エルフ、ウニネコ妖精など、たくさんの亜人や妖精が住んでいます。だから、皆さんも安心できると思うんです」

「ネオン様は誰かを傷つけるようなことは絶対にしません。私たち人間はもちろん、亜人の皆さんにもそうです」

『ネオンの領地は世界一安全だウニ。ウニネコ妖精を代表して保証するウニ』

『ぐぬぬ……ダス。ちょっと相談するから待ってるダス』


 サテュロスは互いに相談を始める。

 風に乗って言葉の端々が聞こえるが、あまり好意的な話し合いではなさそうだった。

 待つこと数分、彼女たちの結論が出た。


『おいらたちと同じ亜人がいても、人間氏の領地は怖いダス……とはいえ、ここに留まっていては魔物に襲われる可能性も充分にあるし、身体も休めたいダス。だから、ネオン氏の言葉を信じることにするダス。ぜひ、案内をお願いするダスよ』

「ありがとうございます! よかった……」


 ひとまず領地に来ると聞き安心するネオンに、サテュロスのリーダーは自分の名を名乗る。

『……おいらはナイメラという名前ダス。こっちにいるのは、九つ子の姉妹たちダスよ』

『『よ、よろしくダス』』

「よろしくお願いします。……では、僕についてきてください」


 セントリーを先導させ、ネオンたちはナイメラ一同を連れて領地に戻る。

 彼女たちの不安が消えてくれるように祈りながら……。



 □□□



『ここがネオン氏の領地……ダスか! 何というか、今まで訪れたどの人間氏の国よりも栄えているダスね!』

『『ダスダス!』』


 飛び地を歩きネオンたちの居住区に到着したナイメラ一同は、その発展具合に素直に驚いた。

 土壌や家々には魔力が漲り、陽光を受けるだけで煌びやかに光る。

 作物や水の豊かさも彼女たちの驚きに拍車をかけ、ブリジットが自慢げに解説する。


「土壌も家も作物も水路も、全てネオン様が持つ神のスキル【神器生成】により作った神器の功績でございます。ネオン様は不可能を可能にできる、この世で唯一無二のお方なのです」

『『ほぇ~……ダス!』』


 ネオンは集まった領民に、事の経緯を端的に伝える。


「……というわけで、ナイメラさんたちを連れてきました。傷の手当てなどを手伝ってもらってもよろしいでしょうか」

「「もちろん!」」


 手分けして、<神恵のエリクサー>をサテュロスの患部にかける。

 その効果はやはり素晴らしく、全ての怪我をたちまち完治させてしまった。


『……す、すごいダス。痛みがあっという間に消えてなくなってしまったダス』

「これは<神恵のエリクサー>と言いまして、どんな怪我や病気も治してしまうんです」

『またもや、ほぇ~ダス。ネオン氏はすごいスキルの持ち主なんダスね。……おや、もしかしてそこにいるのは……』


 ナイメラの視線の先には、飛び地が誇る亜人の数々がいた。

 みな笑顔で、ここの生活の楽しさを伝える。


『あちしは"兎獣人"のティアナラビ。ネオン殿の人柄とスキルに惚れ込んで、一族総出で引っ越したんラビよ。ここに来たおかげで商会の売り上げは右肩上がりラビで、毎日新商品のアイデアがそれこそ湯水のように湧き出てくるラビ』

『ウンディーネのリロイです。お優しいネオン殿ちゃんさん君様の生み出すお水は本当においしくて、私たちは幸せな毎日を過ごさせてもらっています』

『妾はジャンヌ。見ての通り、地底エルフじゃ。ネオンは瘴気で荒れ果てたこの土地を、世界一とも言えるほど豊かな土地に変えてくれた。感謝してもしきれんのじゃ』

『我は幻橙龍のグランフィードと言う。ネオンは我のような魔物も、温かく迎え入れてくれた。小さい身体に大きな器を持った人間なのだ』

『『ウニ猫妖精もネオンの近くが一番安心できるウニ~!』』


 飛び地に住む亜人や魔物、そして妖精の言葉を聞き、ナイメラたちの警戒心はたしかに緩んだ。

 "亜人と人間が仲良く暮らす"という光景は、彼女たちにとって実際に見るまではとても信じられなかったのである。


『本当に亜人がこんなに住んでいるんダスね。ちょっと安心できたかも……あっ!』


 不意に、ナイメラたちの腹がぐぅぅ~と小さく鳴る。

 長旅とワイバーンの襲撃により、だいぶ腹が減っていた。

 ネオンは彼女たちの空腹を癒やすため、領地全体に呼びかける。


「それでは、少し早めの昼食にしましょー!」

「『おおお~!』」


 歓迎の宴を兼ねた食事が始まるが、ブリジットが運んでくる料理の品々にネオンは度肝を抜かれてしまった。


「こちらがネオン様の癒やしの笑顔をイメージしたネオンパンで、ネオン様の香りを再現したネオンソースをつけてお召し上がりくださいませ。こちらはネオン様が【神器生成】スキルを使う瞬間を描いたフルーツパイでして、他にも……」

『ネオン氏がいっぱいダス~!』


 テーブルの上には、ネオンを模したパンだのパイだのが所狭しと置かれる。

 いずれも、ブリジットが主体となって開発した数多の食べ物――通称、ネオンフーズだった。


「ぼ、僕の知らないところで、いつの間にこんな物を……」

「妻たるもの、夫であるネオン様の素晴らしさを世の中に知らしめたいと思いまして、食事として体現することを思いついたのです。ネオンフーズを食べれば、世の中から悪は消えるはず。領地のみなさんも、大変協力的にお手伝いしてくださいました」

「そ、そうだったんだ……」


 最近、領地のみんなが何かを作っているなと思っていたが、まさか自分を模した食事の数々とは思わなかった。

 ネオンフーズはナイメラたちサテュロスの他、領民にも好評で、特にスパイ三人はがつがつと勢いよく食べていた。


(うおおおっ! ネオンのパン! これは絶対に食べなければ! ……うまい!)

(ネオン君のソース! ……たしかに、ネオン君の匂いがする!)

(ネオンさんのパイが食べられるなんて、今日は素晴らしい日です! さっそく一口……うぅ~ん、美味!)


 自分の顔を模したパンが噛みちぎられ、パイにはフォークが突き刺される光景に、ネオンはどこかいたたまれない気持ちとなる。


 ――なんか、僕自身が食べられているみたい……。


 たくさんの豪華で健康的な品々に、ナイメラたちサテュロス一同は幸せな気持ちで食事を終えた。


『いやぁ~、満腹満腹ダス~。こんな豪勢なご飯を食べたのは本当に久し振りダスね~』

「みなさんが喜んでくれて僕たちも嬉しいです」


 食後のネオン茶(飲むとネオンの夢が見られるような、ブリジットの祈祷を受けた茶)が振る舞われひと息吐いたところで、ナイメラが静かに切り出す。


『おいらたちは"亜人統一連盟"に合流する予定だったんだダス。でも、合流地点に向かう途中、さっきのワイバーンに襲撃されたんダス……。それからはもう人間氏の国をあちこち逃げ回ってて、気がついたらここに来てたんダスよ』

「"亜人統一連盟"……」


 ナイメラの話を聞きネオンの脳裏には、帝国で聞いた単語が蘇る。


 ――そういえば、シャルロットさんも同じ単語を言っていたっけ。


 声音もそうだが、あのときの硬い表情が気になっていた。

 そんなネオンの変化に気づかず、ナイメラは話を続ける。

  

『連盟はその名の通り、亜人が集まった集団ダス。人間氏から虐げられてきたり、酷い扱いを受けたりした亜人が結託しているんダス。おいらたちも人間氏にはあまり良い対応をされなかったから、そこが安寧の地になるのかなと思ったんダス。でも、もう合流はできないだろうダスね……。また人間氏の土地を移動するのは大変ダスから』


 しょんぼりとした言葉が、力なく消えていく。

 実際のところ、ナイメラたちは亜人を排斥する風潮の強い地域を移動してしまうことが多く、またワイバーンゴーレムの襲撃などもあり、ずいぶんと疲弊していたのだ。

 話を聞いたネオンは領民と顔を見合わせた後、真摯な気持ちで切り出した。


「ナイメラさんたちが良かったらですが……ここで僕たちと一緒に暮らしませんか?」

『……え? いいんダスか? でも、迷惑じゃないダスかね。おいらたちは』

「迷惑だなんて、ここにいる誰もそう思いませんよ。ぜひ、ここに住んでください。僕たちはみなさんを歓迎いたします」


 領民全ての笑顔。

 それが答えだった。


『ありがとダス~! 安寧の地、ゲットダス~!』

『『感謝感激雨あられダス~!』』


 ネオンに快諾され、ナイメラは姉妹とともに激しく喜ぶ。

 念願の安全で安心できる定住地が見つかり、これ以上ないほど嬉しかった。


『ところで、おいらたちは芸術が生き甲斐なんダスがね、ネオン氏にお願いがあるんダス』

「ええ、なんでしょうか。芸術なんて素敵ですね。僕にできることだったら、何でもお手伝いさせてもらいますよ」

『ありだとダス。お願いというのは……』


 ナイメラは言葉を切ると、真剣な顔で頼む。


『ネオン氏の……彫刻を彫らせてくれないかダス? こんなに彫りがいのあるモチーフは初めてダス。ネオン氏の人間も亜人も大切にする優しい心を、形として構成に残していきたいんダスよ』

「それは素晴らしいアイデアでございます! ネオン様の彫刻! これほどネオン様を再現した物は他にないでしょう! ぜひ、私の分も作ってくださいませ! 材料は何でしょうか!? 木ですか、岩ですか!? どちらにしろ、すぐにご用意できますよ!」

『ネオンの彫刻なんて世界中の人々が欲しいに決まっているウニ!』

『『ありがとうダス!』』


 ネオンの代わりにブリジットとオモチが答え、前向きに事が進んでしまう。


 ――ちょ、ちょっと待ってよ~! 彫刻のモデルなんて、まだ心の準備が~!


 さっそくナイメラたちが彫刻の準備を始めた瞬間、胸を張ったティアナが一同の前に出た。

〔芸術ならあちしにも心得があるラビよ。これでも、たくさんの絵画や彫刻を扱ってきたからラビね。手始めに、魔物に食われている場面を切り取った彫刻はどうラビか? あちしのセンスに間違いはないラビ。だから、ネオン殿には適当な魔物に食われてもらって、その様子を彫刻に…………肩が外れるラビー!」

「やはり、この者には厳しくて辛い躾が必要ですね。ネオン様、お任せください。もう二度と失言したくてもできない身体にいたしますので」

「な、仲良くしてよー!」

『『こ、これも領地の日常なんダスかー!?』』


 いつものメンバーの声にナイメラたちの声が入り交じり、飛び地に溶け込んでいくのであった。

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