第61話:とある城にて1
上空、およそ3000m。
地上の人間が誰も気づかない高度に、その巨大な城――亜人統一連盟の拠点は浮かんでいた。
限られた者だけが入室できる大会議室。
すでに三人の幹部が、連盟の指導者に任務結果を報告していた。
『……というわけで、帝国の騎士団連中の武器保管庫を破壊してやったぜ。今はまだ地方がメインだが、徐々に中央に近づいているからな。今頃、帝都の連中は震え上がっているだろうよ』
両腕を頭の後ろで組み、脚をテーブルに乗せた態度の悪い男が笑いながら話す。
帝国担当、リザードマンのドリカルン。
体表は濃い緑色の鱗に覆われ、動きやすくも頑丈な鎧を装備。
鋭い目つきや身体中に刻まれた生々しい傷から、歴戦の猛者だとわかる。
その隣に座る幼女が、手鏡で髪の毛をチェックしながら報告した。
『ハイフロムちゃんの部隊も、連邦の港湾都市を襲撃したみゃ~。人間どもの荷を燃やしちゃったみゃよ~。次はもっと大型の倉庫街を狙うみゃ』
ピンクの髪をツインテールにした、ヴァンパイアのイフロム。
いわゆるゴスロリファッションに身を包み、いつも髪型や服装を確認する。
連邦担当の彼女は可愛げのある容姿に反して、連盟の中でも過激な作戦を立案することが多かった。
枝毛の処理を始めた彼女にため息を吐きながら、小柄な老人が報告する。
『儂たちの部隊も順調じゃな。皇国の食料庫を重点的に襲っておる。この調子で飢饉でも起きてくれたらありがたいがのぉ』
皇国担当、ドワーフのテルグ。
長い白髭と白髪、そして枯れた顔から相当の老齢であることが推測される。
だが、その眼差しは未だ力強い。
『で、次は何をすればいい。我らが指導者様よ』
『あんまり無理難題はやめてみゃ~』
『ご指示をいただきたい』
三幹部の視線が集まる先には、痩身の女性が座る。
ダークエルフ、ヴェルベスタ。
彼女こそが連盟のリーダーだ。
一族どころか亜人でも唯一の虹色に変化する瞳は美しくも恐ろしく、睨むことさえ必要なく見る者を圧倒した。
『……同胞はどれくらい集まっている?』
ヴェルベスタが尋ねると、幹部メンバーは嬉々として答えた。
『聞いて驚け。なんと450人を超えたところだ』
『予定よりペースが早いみゃ~』
『儂らの理念に賛同する同胞がそれだけ多い、ということじゃろうな』
"亜人統一連盟"は、日ごとに規模を拡大している。
――悪しき人間に裁きを。
それが連盟の理念だ。
人間に虐げられてきた亜人は多く、連盟とヴェルヴェスタが掲げる理念への共感が広がっていた。
追跡を防ぐため常に場所を変えており、現在はユリダス皇国の上空を飛行中だ。
連盟は、各種族が得意とする能力を持ち寄ることで極めて高度な連携を取れていた。
この城を作ったのはドワーフで、ヴェルベスタたちダークエルフの魔法で起動しているのだ。
『ところで、ヴェルヴェスタよ。部下から気になる話を聞いたんだけどさ、人間と亜人が一緒に暮らす土地があるらしいぜ』
『その噂、イフロムちゃんも聞いたことあるみゃ~。なんだっけ、ネンネン王国だっけ?』
『いや、ネオン王国じゃ。三大超大国の国境が接する"飛び地"にあるらしいぞ』
三幹部の報告を受け、ヴェルヴェスタは思案する。
暫し思考を巡らすが、やはり考えられない土地であった。
『亜人と人間が仲良く暮らすなど有り得ん。それこそ、人間にとって都合の良い妄想だ。今さら歩み寄ろうとする魂胆が逆に腹立たしいくらいだ。引き続き、人間どもに正義の裁きを下せ』
『了解したぜ』
『ほーい』
『承知』
ヴェルベスタが胸の前で手を組むと、一転して三幹部は真剣な表情に変わる。
『我らは日々心血を注ぐことを誓う……来る審判の日のために』
『『来る審判の日のために』』
三大超大国の首都に、同時に攻撃を仕掛ける。
来る"Xデー"に向けて、連盟は着実に準備を進めていた。
ヴェルヴェスタ率いる人間に仇なす"亜人統一連盟"と、飛び地で亜人や魔物と仲良く暮らすネオン。
両者が出会うのは、もう少し先の話である。




