第６０話：スパイのお茶会３ withティアナ＆リロイ

「……おい、こんな感じでどうだ？」

「ルイザ君にしては上等じゃないか」

「あとはお菓子が焼き上がるのを待つだけですね」

　領地の一角で、ルイザ・ベネロープ・キアラの三人が嬉々としてテーブルをセッティングする。

　ずっと楽しみにしていたお茶会の時間がやってきた。

　グランフィードのダンジョン攻略や帝国の呪念花駆除などで忙しく、なかなか時間の取れない日々が続いていたのだ。

　みんなでテーブルにカップやティーポットを並べ終わったところで、キアラの菓子が焼き上がった。

　お茶を注ぎ一口飲むと、軽やかな清涼感に身が包まれた。

「やっぱり、みんなで茶を飲むのは落ち着くな。リラックスできるよ」

「ボクもさ。君たちと過ごす時間はとても貴重で尊いね」

「願わくば、ずっとこうして暮らしたいものです」

　話す内容は、もっぱら領地での楽しい毎日。

（（本当に、スパイであることを忘れそうになる……））

　飛び地での暮らしは穏やかで、平和だ。

　忘れてしまってもいいのかもしれないが、自分の任務を考えるとそういうわけにもいかない。

　最近、本国から気になる情報が舞い込んだ。

　――亜人統一連盟。

　人間に虐げられた歴史を持つ亜人が、自分の母国でテロ活動をしているらしい。

　種族が異なる亜人の集団であり、恨みを晴らすつもりと考えれられた。

　騎士団にも負けぬ高度な緊密な連携から、人類に対する悔恨の深さが想像される。

　本国からは、引き続きネオンとの結束を強めるよう指示を受けていた。

　

（（場合によっては、飛び地を離れる可能性がある……））

　ネオンとの楽しくて幸せな日々に終わりが訪れるかもしれない。

　悲しくて切ないが、任務ならば仕方がない…………そう思っていたとき。

『おーい、姉ちゃんズー！　何してるラビー！　暇なら商品レビューをしてくれラビよー！』

　どこか哀愁漂う中、ティアナの甲高い声が哀愁と静けさを切り裂いた。

　途端に、スパイ三人は顔をしかめる。

「うるさいな、せっかくの静かな時間が台無しだ」

「ねえ、ティアナ君。前から思っていたけど、君は少々騒がしすぎやしないかね」

「レディたるもの、もっと静かに過ごすことを意識すべきです」

　騒々しいティアナに対して一斉に苦情を述べていると、ブリジットが険しい顔で歩いてきた。

　

「ふむ、また迷惑をかけているようですね。きつい躾が必要、ということですか」

『違うラビ！　これは違うラビ！　誰か助けてくれラビー！　……お願いだから、知らないフリをしないでラビー！』

　ティアナが遺言を残しブリジットに引きずられていくと、入れ替わるように別の人物がテーブルを訪れた。

『おや、皆さん。なんだか良い匂いがするかと思ったら、久し振りのお茶会ですね。ぜひ、私もご一緒させてくださいな』

　ウンディーネのリロイだ。

　彼女を見て、スパイ三人はホッとする。

（リロイなら安心だな。少なくとも、ティアナのように所構わず騒ぐことはない）

（水の精霊にふさわしい落ち着いた女性だね）

（静かなティータイムが戻ってきた感じがします）

　歓迎されたリロイはテーブルに着席すると、緊張した面持ちで話し出す。

『実は、悩み事がありまして……』

「「悩み事？」」

『世の中に、この土地のおいしいお水を普及させる方法を考えているんです』

「「へぇ」」

『先ほど良いアイデアを思いついたのですが聞いていただけますか？　ちょっと過激すぎじゃないか不安なのです』

「「もちろん」」

『全世界の水源を封鎖すればいいですかね？』

「「…………それはさすがにまずいだろ（でしょう）！」」

　スパイ三人の叫び声が、同時に響いた。