第59話:タイガルの心情
エルストメルガ帝国宮殿、タイガルの研究室。
ネオンが領地に帰ってから、彼女は大量の文献を調べたり、新薬の開発に打ち込むなど、より一層の努力を重ねる日々だ。
文献をまとめていると、部下が入室した。
「失礼いたします、タイガル様。西方山脈の進捗ですが、想定より2割ほど早く進行できております。ネオン様からいただいた薬と魔導具が、凄まじい働きを見せてくれています」
「承知した。ネオン師父の力ももちろんだが、それ以上にみなの頑張りのおかげだ。呪念花の呪いに注意し、引き続き懸命に取り組んでほしい」
優しい労いの言葉に、部下は丁寧に頭を下げて退室した。
(タイガル様はネオン様と出会ってから変わられた。こう言っては失礼かもしれないが、憑きものが取れたようだ)
タイガルは本人も自覚せぬところでどこか焦りを感じており、自分に他者に厳しい態度を取ってきた。
それも帝国を思うが故。
だが、ネオンという圧倒的な存在を目の当たりにして、自分に足りない部分を把握し、さらに己の目標を定めることができたのだ。
部下の報告を受けたタイガルは、心の底で充足を感じた。
呪念花の根絶は順調に進んでいる。
当初の予想通り、西方山脈に呪念花の繁殖地域が発見され、<ゼンブキエーロ>による駆除が進行中だった。
やはり、その効力は凄まじく、あれだけ厄介な花が目覚ましいスピードで数を減らしている。
自分の開発した薬は効力が悪く、悔しさがないと言ったら嘘になる。
だが、国が平穏であることが一番であった。
(たとえ今回根絶しても、呪念花がまた別の地域から飛来した種で繁殖する可能性は十分にある。<ゼンブキエーロ>が足りなくなったら、ネオン師父は再度作ってくれるだろう。とはいえ、それでは頼りすぎだ。だから、自分で作りたいと思うのだが……)
分析を試みると、その度に〈ゼンブキエーロ〉はただの水に変質し、駆除剤の成分が全部消えてしまう。
瓶の四分の一ほどを使用したがこの現象は変わらず、タイガルは一つの結論に至った。
(おそらく、今の某には分析する権限がないのだ)
努力不足なのだろう、と思う。
ネオンの開発した駆除剤にはおそらく人智を超えた……それこそ、神の域とも言える大変な技術が詰まっている。
それを簡単に再現することは許されない、という暗示なのかもしれない。
(いくら道程は遠くても、其は決して諦めない。いつか必ず、ネオン師父と同じくらいの薬を作れるようになってみせる。帝国のために……そして師父に少しでも近づくために)
タイガルは硬く拳を握り締め、遠く離れたネオンに誓う。
彼女は前向きな気持ちで、今日も精進を重ねるのであった




