第57話:転生王子、帝国の問題を解決する
十分も飛ぶと帝国の国境に辿り着き、さらに数十分も飛ぶと帝都に到達し、やがて眼下に巨大な建造物が見え始めた。
グランフィードの背で、ルイザが風圧に耐えながら懸命に叫ぶ。
「あれがー、我が帝国のー、宮殿だー! 宮殿前のー、広場がー、降り立つのにー、ちょうどいいだろうー!」
「わかりー、ましたー! グランフィードさんー、お願いしますー!」
『承知した』
ネオンが叫び返すと、ゆっくりと下降する。
結局のところ、小一時間もかからずにネオン一行は帝国の宮殿に到着したのであった。
『コルルル……(さすが幻橙龍大先生……レベルがダンチでいらっしゃいます……)』
『いやいや、これくらいは大したことではない。むしろ、お主の案内のおかげで風にうまく乗れた。ありがとう、夢幻鳥よ』
『コァァ……(もったいなきお言葉……)』
グランフィードの労いの言葉に、夢幻鳥は感激で涙する。
一方、宮殿の衛兵たちは突然の来訪者に驚き慌てふためいた。
「お、おい、幻橙龍だぞ……! これは大変なことになった……!」
「せ、戦闘態勢ー! 戦闘態勢をとれー! 宮殿を守るんだ! 帝王陛下に知らせろ!」
武器を構えられ喧噪が湧き立つ様子に、ネオンもまた慌てふためく。
――……しまった! すっかり遠足気分でいたけど、グランフィードさんは超強い幻橙龍なんだ! いきなり来たら驚くに決まってんじゃん!
「ち、違うんです! これはえっと、その……! 違くて!」
急いでグランフィードの背中から降り、必死に問題ないことを説明しようとする。
だが、慌ててしまいうまく話せない。
どうしよどうしよ!と思っていたら、ブリジットがいつもの落ち着いた様子で隣に立った。
――よかった、ブリジットなら理路整然と話してくれるはず。
そう、ネオンは安堵した。
「皆さん落ち着いてくださいませ。こちらにいらっしゃるのは、神の御使いでございます。故に、幻橙龍という高貴な魔物も従っているのです」
「「神の御使い!?」」
「ええ、この世の全てを統べる少年ことネオン・アルバティス様でいらっしゃいます。この後光が見えるでしょう」
「「あなたがあのネオン様でいらっしゃいましたか! なんて可愛い少年だ。たしかに後光がすごい」」
嬉しそうに説明するブリジットを見て、ネオンは小さくため息を吐く。
衛兵たちがネオンを囲み、わいわいとする中、ルイザが地面に飛び降りた。
「そんなに囲むと怖いじゃないか。離れてくれ」
「おや、ルイザ殿も一緒でありましたか。お久しぶりでございます」
「ネオンは帝王陛下から直接の依頼を受けていてな。あたしたちは今日、その話をしに来たんだ。"帝王の間"に案内してほしい」
「承知しました。ルイザ殿も任務のほどお疲れ様でございます」
「「……任務?」」
衛兵が何気なく呟いた言葉に、ネオンもブリジットも疑問そうな声を出す。
途端に広場は静まり返り、ブリジットが怪訝な顔をルイザに向けた。
「何か私たちに隠し事があるのですか? そういえば、あなたの宮殿での立ち位置はずいぶんと高いようですね。本当に難民なんですか? ……怪しい」
「い、いや! あたしは難民として、仲間を安全な場所で平和に暮らさせる任務があるってことだよ! ……そうだよな、衛兵!(おい! スパイの件!)」
「え、ええ! ルイザ殿は難民団の代表として、日頃から帝王陛下と密接に連絡を取っていらっしゃるんですよ!(も、申し訳ありません! ネオン様の雰囲気が緩すぎて、ついうっかり……!)」
領地ではルイザ自身もスパイであることを忘れかけていたが、自分のことは棚に上げるのであった。
グランフィードはそのまま広場で待機することになり、ネオンたちは宮殿内部へと向かう。
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未だ興奮冷めやらぬ衛兵たちに連れられ、ネオン・ブリジット・オモチ・ルイザの四人は"帝王の間"に案内された。
重厚な扉が開かれると、窓辺で広場の様子を見ていたグリゴリーとシャルロットが、嬉しそうにこちらを見る。
「おおっ、ネオン少年! よく来てくれたな! 幻橙龍が訪れたときは何事かと思ったが、すぐにお主だろうと確信したわ!」
「やっぱりネオン君だったのね! 幻橙龍まで仲間にしてしまうなんてすごいわねぇ!」
「お久しぶりです、グリゴリーさんにシャルロットさん。お騒がせしてすみません」
ネオンは二人と握手を交わす。
彼らが以前領地を訪れてからそれほど時間は経っていないが、不思議と懐かしい感じがする。
特に、シャルロットはネオン成分の枯渇を感じており、しきりに手を摩り補給を始めた。
「帝国の皆はあなたに会いたくてしょうがなかったのよ。もちろん、私もね。それにしても、ネオン君って何か良い匂いするわ」
「……さりげなく、私とネオン様の間に入るのは止めてもらえますかね。握手もし過ぎです」
ネオンの匂いを嗅ぐシャルロットをブリジットが丁寧に、しかし強めに引き剥がしたところで、一同は本題に入った。
グリゴリーが咳払いをして、話を切り出す。
「さて、ネオン少年よ。さっそくで申し訳ないが、力を貸してほしい。手紙にも記したように、現在呪念花の駆除に難義しているのだ。もちろん、報酬は多大に用意してある」
「僕にできることだったら何でもやらせていただきます。報酬も別にそんなには……」
「いやいや、対価はきちんと受け取っておくものだ。その呪念花の駆除には、帝国の植物薬師が担当していてな。紹介しよう……タイガルだ」
その言葉に呼応するように、扉から青い髪と瞳の女性が入室した。
「失礼いたします、帝王陛下、シャルロット様。タイガルでございます。もしかして、そちらが……」
「うむ、以前から話していた知人のネオン少年だ。急な頼みにも拘わらず、呪念花の駆除に力を貸しに来てくれた。二人で協力して駆除にあたってほしい」
「よろしくお願いします、ネオン・アルバティスです」
「其はタイガル……以後、よろしく頼む」
ネオンとタイガルは握手を交わす。
(これがあのネオン・アルバティス……。本当にただの少年だな)
握手のみの淡々とした事務的な挨拶に、ブリジットは一人満足していた。
(纏わりついたり撫で回したりしないし、皇女より好印象ですね)
「彼は本当にすごい少年なのだ。お主の勉強にもなるだろう」
「ネオン君の力を見たら、きっとタイガルもびっくりするわ」
二人は笑顔でそう話すが、タイガルは硬い表情のままだ。
(帝王陛下やシャルロット様の言葉を疑うことはない。だが、其は実際にこの目で見てから判断を下す)
呪念花は王都近郊で繁殖しているとのことで、ネオンたちは準備もそこそこに呪念花の駆除に向かう。
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王都西の近郊、ノクス平原。
ネオン一行は馬車に数時間ほど乗り、件の場所に到着した。
グランフィードは民衆の混乱を招く危険があるのと、夢幻鳥が色々と話を聞きたいらしくついてこなかった。
馬車から降りると、ネオンとブリジットは思わず状況の悪さに顔が険しくなる。
「これは……ずいぶんとたくさん生えているね」
「ええ、これほどまでに繁殖した呪念花は、私も見たことがございません」
見渡す限り地平線の彼方まで、赤と紫のマーブル模様の花弁を持った花――呪念花が繁茂していた。
撒き散らされた呪いは霧状のオーラとなり、緑の平原を黒く包み込む。
タイガルが代表して状況を説明した。
「見ての通り、平原一帯が呪念花に覆われつつある。種は恐らく、西の山脈地帯から飛来した可能性が高い。この辺りの土地は国内でも栄養分が豊富なため、呪念花の繁殖を手助けしてしまった。今年の型は薬や火魔法が効きづらく、近くの街を守るだけで手一杯だ。……これが、其が調合した駆除剤だ」
ネオンは悔しげな顔のタイガルから、一瓶の薬を渡される。
超上級の強力な駆除剤ではあるが完全な除去には至らず、すでに耐性が生まれつつあることも知らされた。
――今こそ、僕のスキルの出番だね。
ネオンは魔力を集中させ、一気に解放する。
「《神器生成》!」
白い光が舞い上がった後、何本もの薬液瓶と、五体ほどのドローンが生成された。
<呪念花駆除剤-ゼンブキエーロ>
等級:神話級
能力:呪念花の駆除に適した駆除剤。耐性の生まれない成分。呪念花のみに作用するため、他の植物や土壌に悪影響はない。
〈薬剤散布用ドローン"NA002-スプレディ"〉
等級:神話級
能力:薬剤散布に適した中型ドローン。自動で効率的な散布ルートを探索し、少ない薬液でも十分量散布できる。
グリゴリーとシャルロットは手慣れたものだが、特にタイガルは見たこともない魔導具に驚き、額に汗する。
(何もない場所から薬と魔導具が錬成された……? しかも、一度にこんな大量に……。本人に至ってはまったく疲れた様子もないなんて……これが噂に聞く【神器生成】の力……)
ネオンが薬液をセットすると、ドローンは一人でに飛び立つ。
「まずは僕の作った薬が効くか試しましょう。……散布開始!」
すぐに散布が開始され、〈ゼンブキエーロ〉に触れた瞬間、呪念花は次々と枯れ始めた。
瞬く間に広がる枯死を見て、タイガルは感嘆とした声を出す。
「す、すごい……其の調合した薬は効果が出るまでに最低でも三日はかかるのに……。こんな一瞬で枯らしてしまうなど……」
「よかった、この薬は効果抜群みたいですね。どんどん作りましょう……《神器生成》!」
効力に安心したネオンは、〈ゼンブキエーロ〉とスプレディをいくつも生成する。
一列に並んで散布を行い、みなで薬液を補給してまた飛ばすこと、およそ三十分。
平原全体を覆っていた呪念花は全て枯れ果て、駆除が完了した。
ネオンはスプレディたちを回収し、みなを振り向く。
「……とまぁ、こんな感じでいかがでしょうか。薬は予備でたくさん用意しておきますので、また繁殖したときは使ってもら……」
「さすがだ、ネオン少年! 朕は感動したぞ! お主の力、何度見ても素晴らしい!」
「やっぱりネオン君は圧倒的な力の持ち主だわ! 駆除剤は効き目が抜群だし、散布の魔導具も素晴らしかった! 来てくれてありがとう!」
「うわっ、ちょっ……!」
グリゴリーとシャルロットは感激のあまりネオンの腕を掴み、喜びでぐるぐると回り始める。
遠心力で宙を舞っていると……。
「私のネオン様をそんなに振り回さないでもらえますかね。肩が脱臼しそうです」
ブリジットに回収され、地に降りた。
歓喜する一同の中で、タイガルだけは呆然と平原を見つめている。
彼女の様子が心配になり、ネオンはツンツンと袖をつついた。
「あの~、タイガルさ……」
「……くっ、殺せ!」
「なんでですか!?」
ネオンが話し終える間もなく、タイガルは悔しげな顔で叫んだ。
そのまま、彼女は跪いて語り続ける。
「正直、貴殿……いや、ネオン師父の実力を信じ切れていない部分があった。申し訳ない。其は自分の目で見て判断する性格なのだ。まさしく、規格外の力だと認識した。其の大完敗だ。だから、其を……」
そこまで話したところで、ブリジットの視線が<神裂きの剣>のように鋭くなった。
(まさか、この女性も妻の座を奪おうと……)
「ネオン師父の門下生としていただきたい」
「門下生だなんてそんな! 恐縮です」
(まぁいいでしょう)
ブリジットの許可も裏でいただけたところで、ネオンは恐れながらも帝国一の植物薬師を門下に加えることになった。
グリゴリーがパンッ!と手を叩き、みなに呼びかける。
「さあ、ネオン少年の功績を皆で讃えようではないか! 呪念花の危機も去ったことだし、宮殿で宴を開こうぞ!」
「ネオン君の歓迎会も開きましょう! 帝国が誇る最高峰のおもてなしをするのよ!」
「「承知しました!」」
シャルロットも一緒に拳を突き上げ、その場にいる全員が笑顔で応えた。
「「そして、願わくば我が帝国に……」」
「ネオン様に何か別の頼みがあるのでしょうかね」
「「いや、何でも」」
軽く睨みつけられると帝王親子はすごすごと引き下がり、ブリジットはそっとネオンの耳元で呟く。
「ネオン様のおかげで帝国の問題も解決されましたね。相変わらず、お見事でございます」
「いやいや、僕の力が誰かの役に立ってよかったよ」
大歓声が響く平原の中で、二人は静かに微笑み合う。
宮殿に戻るとすぐ、呪念花の駆除のお祝いとネオンの歓迎会が始まった。




