第56話:転生王子、帝国に向かう
アルバティス王国でニコラスがようやく衝撃から立ち直れた頃、ネオンの元に帝国の夢幻鳥が訪れた。
初めて見たときは驚きでいっぱいだったが、今はもう落ち着いたものである。
むしろ、幻橙龍であるグランフィードを見た夢幻鳥の方が驚いたと言える。
『ほぅ、夢幻鳥とは珍しいではないか。我も久し振りに会ったな。いやはや、美しい羽羨ましい限りだ』
『コァッ!?(幻橙龍大先生!?)』
二匹に面識はないものの、夢幻鳥にとっても幻橙龍は珍しい存在なのだ。
彼の震える脚から文書を受け取ったネオンは、ブリジットと一緒に封を開く。
獅子を模した特徴的な封蝋と首輪から、差出人はエルストメルガ帝国の皇帝だとわかった。
「グリゴリーさんから僕に手紙かぁ、今度は何だろう」
「あの娘のラブレターだったら燃やしますからね」
「ブリジット!」
手紙の内容は「大量繁殖している呪念花の駆除を頼みたい」という内容だった。
呪いを振りまく花の存在はネオンやブリジットたちも知っており、アルバティス王国でも時たま問題となっていた。
文書を読む限り、相当大きな規模で繁殖しているらしい。
「……なるほど、帝国は大変な状態なのか。呪念花なんて久しぶりに聞いたよ」
「地域性の強い花ですから、アルバティス王国とはまた違った植生かもしれませんね」
「急いで助けに行こう」
満場一致で支援に向かうことが決まり、ネオンとブリジットは同行するメンバーを考える。
「何人で行こうかな、あまり大人数で行っても迷惑だろうし……」
「私は絶対に同行いたします。あの娘がネオン様にちょっかいを出さないとも限らないので」
『ぼくは小さいから迷惑にならないウニよ』
「そうだね、オモチは一緒に行こうか。もちろん、ブリジットもね」
二人決まり、オモチを撫でているとルイザがこちらに進み出た。
「帝国なら、あたしもついていくよ。土地勘もあるしな」
「ルイザさんがいるならより安心できます。ついでに、難民の件も相談できますしね」
「……難民? 何のことだ?」
ルイザの疑問そうな表情に、ネオンもまた不思議そうな顔となる。
「え……? いや、ルイザさんたちはエルストメルガ帝国の難民じゃないですか。グリゴリーさんに改めて色々と相談した方が……」
「あ、ああ! そうだった! あたしは難民団の代表として、皇帝陛下に直談判したかったんだよ! この前お会いしたときも話したけど、もっと詳しい話をな! あははっ!」
飛び地での生活がのんびりし過ぎて、ルイザはすっかり自分がスパイなことを忘れており、仲間の領民から激しい咳払いの洗礼を受けた。
ブリジットが「まるで、本当は難民じゃないみたいですね……怪しい」と怪しむ中、何はともあれメンバーが決まる。
遠い帝国までどのような経路で行くべきか相談すると、グランフィードが連れて行くと話してくれた。
『それならば、我が乗せて行こう。もうずいぶんと空を飛んでいないから、そろそろ飛びたいところだったのだ。……さて、夢幻鳥よ。お主は帝国からどのくらい時間がかかったかな?』
『コ、コアアッ!(じ、自分は一日半で参りましたです!)』
『ふむ、だったら小一時間も飛べば着きそうだ』
『コルゥ……(さすがです、幻橙龍大先生……)』
ネオンがしばらく領地を留守にするとみなに伝えると、ジャンヌが警備を願い出た。
『留守番は妾に任せておけ。留守番大好きじゃ』
「この人がぐうたらしないよう、どうぞ皆様目を光らせていてくださいませ。私とネオン様がいないとき、何をしでかすかわかりませんからね」
『こ、こらー、妾は地底エルフの長じゃぞ! もっと丁重に扱うんじゃ!』
ブリジットが釘を刺すと、地団駄を踏んで怒るジャンヌに対して周りの領民たちは深く頷く。
実際のところ、ジャンヌが一番ぐうたらしているのだった。
神器は現地で生成することになり、ネオンたちは旅支度を整える。
といっても、グランフィードは一時間程度で着けるとのことなので、それほど大きな荷物にはならなかった。
ネオンは遠征メンバーの前で号令をかける。
「……じゃあ、みんな、忘れ物はないですか?」
「ええ、ネオン様のグッズは各種揃えております」
「あたしも自分の分は用意してある」
『ぼくもちゃんとおやつ持ったウニ』
――全然遠征って感じがしないね……。
少々拍子抜けしたものの、領地らしいとも思うネオンだった。
「それじゃあ、グランフィードさん、お願いします」
『任せておけ、ネオン・アルバティス。お主らは責任を持って無事に届ける』
わずかひと羽ばたきで、数十mも高く飛び上がる。
眼下では、ベネロープとキアラたちも手を振ってくれていた。
「気をつけて行っておいでー! 留守はボクたちに任せてくれたまえー!」
「あまり無理はしないようにお願いしますねー!」
『お土産に呪念花の種ゲットしてきてくれラビー!』
『余裕があったら、帝国の水源を全て飛び地と同じ水質に変えてきてくださいー!』
グランフィードは夢幻鳥を頭に乗せ、颯爽と飛ぶ。
『では、夢幻鳥よ、道案内を頼む』
『コルル!(全力で案内いたします! 幻橙龍大先生の頭に乗れるなんて光栄でございます!)』
ネオン一行は風を切り、エルストメルガ帝国の宮殿へとひた向かう。




