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第48話:超大国の反応6

 "捨てられ飛び地"がネオン王国と名を変えてから少しして。

 建国を知らせる文書が、三大超大国の下に届いた。



 ◆◆◆



 ~エルストメルガ帝国の場合~


「……おお~、ネオン少年はいつ見ても可愛いな~」


 "帝王の間"に、壮年男性のデレた声が響く。

 国の最高権力者たるグリゴリーは、お土産に貰ったネオングッズに夢中の日々だ。

 特に、ぬいぐるみのデザインと手触りにすっかり虜になっていた。

 愛でては撫で、愛でては撫でていると、背後から少女の声に突き刺された。


「……パパ?」

「ぬわぁっ!」


 心臓が跳ね上がる。

 熱中しすぎて、娘が入室したことにまったく気づかなかった。

 シャルロットは父が大事そうに握り締めるネオンのぬいぐるみを見ると、ジトッとした視線を送る。


「いくらネオン君が好きでも、公務に持ち込むのはどうかと思うわ。子どもじゃあるまいし」

「別にこれくらいいいであろう。お前だって、毎晩ネオン少年のぬいぐるみを抱き締めて寝ておるではないか」

「それはネオン君と一緒にいられる良い夢が見られるからで……ちょっとまって」


 グリゴリーの言葉を受け、シャルロットの表情はみるみるうちに硬くなった。


「就寝中、勝手に入ったってこと!?」

「い、いや、違うんだ。寝ぼけて部屋を間違えてだな……」

「鍵変えるわよ!」

「こら! 朕を拒絶するでない! 朕たちは仲が良い……そうだろう!?」


 静粛な"帝王の間"に親子喧嘩が迸る。

 二人の大声は外の廊下まで響くが、使用人たちは特に反応しない。

 仲が良い故の喧嘩であり、いつものことであったから。

 しばし罵り合った後、シャルロットが咳払いして本題を述べる。


「……こほんっ。ところで、ネオン君からお手紙が届いたわ。ルイザ経由ではなく、正式な外交文書としてね。パパが先に見てちょうだい」

「うむ、了解した。丁重に読ませてもらおう」


 グリゴリーはネオンの手紙を受け取ると、ペーパーナイフで丁寧に切り開封する。

 覗き込むシャルロットとともに内容を読んでいくうち、二人の顔は徐々に綻び、やがて満面の笑みとなった。


「「ネオン王国の建国!」」


 "捨てられ飛び地"は、アルバティス王国からも独立した一国となった旨が記されている。

 ネオンの頑張りをルイザ経由で聞いていた二人は、まるで自分のことのように嬉しかった。

「これは誠にめでたい。ネオン少年はただの領主ではもったいないと、朕も強く思っていた」

「パパ、ネオン君とさっそく友好条約を結びましょうよ。押しかけてばかりだと迷惑でしょうから、今度は帝国に招待しない?」

「うむ、賛成だ。朕らが受けたおもてなしを、何倍にもして返そうではないか」


 二人が友好条約及びネオンの歓迎式典について計画を練り始めると、扉をノックする音が響いた。


「おっと、誰かな……入りたまえ。鍵は開いているぞ」


 グリゴリーが応えると、背の高い女性が入室した。

 青い髪と青い目が凜々しい印象だ。

 玉座の前に跪き、要件を伝える。


「呪念花の駆除でございますが……進捗は芳しくありません。夜を徹して作業しておりますが、駆除範囲は未だ二割ほどに留まっております」

「ふむ、さようか。今年の型はなかなかの難敵と見える」

「申し訳ありません」

「謝る必要はない。お主はよくやってくれている。ただし、お主も部下も適度に休むようにな。身体を壊してしまっては元も子もないぞ」


 グリゴリーの言葉に対し、悔しげに唇を噛む。

 彼女の名はタイガル。

 帝国は毎年この時期になると、呪念花と呼ばれる厄介な植物の繁茂に頭を悩ませていた。

 体調不良や悪夢などの呪いを周囲に振りまく、害のある植物だ。

 タイガルは名のある植物薬師として毎年駆除部隊を率い、呪念花の撲滅に取り組んでいた。 彼女の作る除草ポーションは極めて効力が高いが、今年の型は変異種であり、対応に苦慮しているのだ。

 周辺住民の被害を考えると、駆除作戦が難航する現状にグリゴリーも頭を悩ませていた。


「最悪、他国にいる朕の知人に支援を頼むこともできるが……」

「いいえ、なりません! 私にお任せください! 必ずやこの帝国の地から消し去ってみせますゆえ!」


 タイガルはプライドが高い……というより、任務に対する意識が高かった。


(其が絶対に全て駆除する)


 と誓い、力強く"帝王の間"を後にした。

 静寂が戻った室内で、グリゴリーは玉座に座り直しながら語る。


「問題と言えば……。呪念花以外にも、もう一つ大きな難題があるが……」

「……亜人統一連盟ね」


 現在、三大超大国含め大陸の各国で、亜人による人間への襲撃事件――いわゆるテロ活動が撃増していた。

 原因は一部の人間による、亜人に対する排他的な態度。

 グリゴリーやシャルロットは好意的に接してきたが、国民全てがそうとは言えないのだ。

 連盟は亜人が独自に持つネットワークで密接に繋がり、急速に規模を拡大し、国や種族を超えた一団を形成しつつある。

 一瞬、地底エルフなどの亜人と仲良く暮らすネオンの姿が思い浮かんだが、すぐに首を振って打ち消す。


「……いや、ネオン少年ばかりに頼るわけにもいかんな。自国の問題は自国で解決せねば」

「ええ、もし帝国来てくれるなら、亜人のみなさんと仲良くなれるコツを聞く程度にしましょう」


 グリゴリーとシャルロットは気持ちを新たに、ネオン歓迎の準備を始めた。



 ~カカフ連邦の場合~


「……」


 静かな大総統室に、カタカタ……という軽い音が響く。

 机の上に置いたパズルが徐々に形を成し、ネオンの笑顔が半分ほど見え始めたところで、少女の声に身体を貫かれた。


「……お父様~? 一人で何を楽しんでいるのかしらね~?」

「っ!?」


 顔を上げると、アリエッタが冷めた目でこちらを眺めていた。

 ネオンのジグソーパズルに夢中になりすぎて、部屋に入ってきたことにまったく気づかなかったのだ。

 ガライアンは弁明する。


「い、今は休憩時間だから、何をしても自由なはずだ」

「ネオンちゃんのパズルを組むときはわたしも誘って、って言ったでしょう~。だいたい、お父様は何回遊べば気が済むのかしら~。おかげで、わたしが全然パズルを組めないわ~。この絵のネオンちゃんは好きなのにね~」


 娘のチクチクとした嫌みを甘んじて受け止める。

 ガライアンはパズル一つ一つを暗記したいほどのめり込んでおり、暇さえあればネオンのジズソーパズルをいじっていた。

 アリエッタは気まずそうに俯く父を見てある程度満足すると、懐から一通の文書を差し出した。


「ネオンちゃんからお手紙が届いたの~。正式な外交文書としてね。お父様が先に読むべきだわ~」

「おや、ネオン少年からか。それは楽しみだな。一緒に読もう」


 ガライアンは気持ちを整えてから文書を丁寧に開封し、アリエッタとともに読む。

 内容を読むにつれ顔が綻ぶのは、帝国の二人と同じ反応であった。


「「ネオン王国!?」」


 建国の話を読んで、笑顔で顔を見合わせる。

 二人とも大好きなネオンの力が世界に証明されたようで、自分のこと以上に嬉しかった。

 

「素晴らしい報せじゃないか。すぐにでもお祝いの言葉を送りたい」

「嬉しいわ~。まぁ、領主で収まる器だとは思っていなかったけどね~。さっそく、ネオンちゃんとは友好条約を締結しましょう~」

「ああ、そうだな。最優先事項だ。この機会に、連邦に来てもらうのはどうだろうか。我々が受けた恩を少しでも返さねばなるまい」

「それは良い案だわ~」

 

 ガライアンとアリエッタがネオン招聘の計画を考え始めると、部屋の扉をノックする者がいた。


「どうやら来客のようだ。この話はまた後で練ろう……入りなさい」


 ガライアンが呼びかけてすぐ、長い茶髪の女神官が入室した。

 髪と同じ茶色の目からは意志の強さが感じられ、規律正しい生活を送っていることが容易にわかる。

 女神官は敬礼すると、硬い表情で要件を伝える。


「古代遺跡エルンの解読ですが…………難航しております」

「ふむ……」

「初めて確認される古代文字が頻出しているため、解読に時間を要している状況です。力不足で非常に心苦しく思っております」

「君が気に病む必要はない。私も視察に行ったからわかるが、あの遺跡は他とは違う。君も部下も体調を崩さぬよう進めてくれ」


 ガライアンの労いの言葉に、ポリーンは硬い表情で頷いた。

 数年前、連邦では貴重な古代遺跡が出土した。

 ところが、遺跡全体は脆い地盤の上に存在し崩落の危機にある。

 遺物の持ち出しや発掘調査は迅速調に進めているが、一番重要な石碑の解読と回収がまだ完了していない。

 非常に重く持ち出しが困難なのだ。

 地盤全体を魔法でつなぎ止めてはいるものの、あまり長くは時間をかけられない状況だった。


「最悪の事態が起きる前に、国外にいる私の知人に助けを求めることもできるが……」

「ありがたいお言葉ですが、お断りさせていただきます。最後まで責任を持って取り組みたく存じます」


 ガライアンの提案をポリーンは丁重に拒否する。

 彼女のプライドは高い。


(他国の者の手は借りない。解読するのは小生だ)


 そう硬く決心し、ポリーンは大総統室を出た。

 ガライアンは椅子に座りなおしながら、口元で手を組む。


「もう一つの問題も解決しなければならないのだが……どうしたものかな」

「わたしも対策を考えてはいますが、なかなか名案が浮かびませんわ~」


 二人が相談しているのは、亜人統一連盟についての問題だ。

 連邦国内でもテロ活動が活発となっており、日々その対処を話し合っていた。

 ガライアンやアリエッタなどは亜人に好意的な人間の筆頭格だが、溝が深いことを実感する。


「なるべく、ネオン少年の助けは借りずに解決したいが……我々も頑張らなければならないな」

「そうですわね~。ネオンちゃんが連邦に来てくれたら、亜人の皆さんと仲良くなれる方法を教えてもらいましょう~」


 ガライアンとシャルロットもまた、ネオン歓迎及び条約締結の準備を始める。



 ~ユリダス皇国の場合~

 

 "皇帝の間"にて、夢中で画材を走らす老人が一人。

 塗れば塗るほど大好きな少年の姿が浮かび上がる。

 テンションが上がってきたところで、少女の声が心臓を貫いた。


「お爺様……それ、私の塗り絵……」

「ふぅっ……!?」


 孫娘の声に、バルトラスは激しく驚く。

 塗り絵に熱中しすぎて、入ってきたことにすら気づかなかった。

 ドキドキと鼓動する心臓を胸に顔を上げると、いつにも増して無表情のラヴィニアがいる。

「また私の塗り絵……勝手に塗った……」

「ま、まぁ、良いではないか。たくさん貰ったわけじゃしの。あと50枚もあるぞよ」

「あと50枚しか……ない……」


 バルトラスは種々のネオングッズの中でも、特に塗り絵がお気に入りだった。

 公務の合間に画材を走らすのは大変心が豊かになる。

 時々自分の分がもったいなく思ってしまい、孫娘の分を拝借してしまうのだ。

 ラヴィニアはしょんぼりと反省する祖父をしばし眺めて無言の圧をかけた後、先ほど届いた文書を渡した。


「ネオンから……大事なお手紙……。私より先に、お爺様が読んだ方がいい……」

「ほぅ、ネオン少年からとの。早急に確認しようぞ。ラヴィニアも一緒に読むんじゃ」


 彼女たちもまた他の二国と同じように、読むにつれ顔が綻び始める。

 最後まで読むと、歓喜の声を上げた。


「「王国の建国!?」」


 "捨てられ飛び地"がネオンの王国になったと知り、喜びが胸に溢れる。

 あの劣悪な環境を改善したのだから、誰が何と言おうと王にふさわしい。

 

「お爺様……ネオンの国と……仲良くしたい……」

「ワシもそう思っていたところじゃ。さっそく友好条約を締結しようぞ」

「条約を結ぶとき……ネオンを皇国に呼びたい……」

「うむ、それは良い案じゃな。恩返しじゃ」


 二人が友好条約の締結とネオンの歓迎式典について和気藹々と相談し始めると、ノックの音がコツコツと響いた。


「誰か来たようじゃ。また後で話そうの……開いておるぞ~」


 バルトラスが言うと、黄色髪をサイドテールにした女が入室する。

 髪と同じ黄色の目は、鷹や鷲のように鋭く力強い。

 彼女は深く礼をした後、すぐに本題を切り出す。


「大火山フィレグラマスは、依然として噴火の前兆が収まりません」

「うぅむ、さようか……」

「周辺住民への注意喚起と火山の沈静化を進めてはおりますが、厳しい状況でございます。解決の目処が立たず、誠に申し訳なく思っております」

「お主が謝ることはない。むしろ、今までよく抑えてくれたものじゃ」


 バルトラスの言葉に悔しげな表情を浮かべる女性は、タニヤ。

 現在皇国では、フィレグラマスと呼ばれる巨大な火山が噴火する危険性が高まっていた。

 高名な地質学者であるタニヤは以前から調査と、魔導具による沈静化に努めている。

 だが、大火山の活発な活動は収まらず、バルトラスも厳しい現状を理解していた。


「難しいようであれば、国外にいるワシの知人に支援を求めることも可能ではあるが……」

「いえ、お言葉ですが、仕事は最後まで達成したく存じます」


 バルトラスの申し出に、タニヤは首を振る。

 他人の力はなるべく借りたくない、という精神の持ち主だった。


(何があっても、当方が解決してみせる)


 タニヤはきっちりした礼をすると、"皇帝の間"を出る。

 静けさが舞い戻った室内で、バルトラスはため息交じりに告げた。


「火山以外にも難題があるのぉ……」


 皇国でもまた、亜人統一連盟による事件が多発していた。

 二人は亜人に対しても好意的な人物であり、国民にも他の人間と同じように接するよう周知してきたが、成果は芳しくない。

 ラヴィニアは力なくぽつりと呟く。


「みんなと……仲良くできないの……?」


 まだ幼いラヴィニアは、人間と亜人がいがみ合っている状況が悲しかった。

 バルトラスは彼女の頭を撫で、ネオンの顔を思い浮かべながら答える。


「ネオン少年を見習って、ワシらも日々頑張るんじゃ。努力を続けていれば、いずれ良い結果が出るはずじゃよ。ネオン少年が瘴気にまみれた"捨てられ飛び地"を立派な国に変えたようにな」

「うん……ネオンに仲良しの秘訣……教えてもらう」


 気を取り直して、バルトラスとラヴィニアもネオン歓迎の準備を始めるのであった。



 ◆◆◆



 各国家元首たちは、王国となった飛び地に建国祝い及び条約締結についての文書を送った。 世話になったネオンを歓待するための準備や条約の締結準備も始まり、宮殿内は忙しくなる。

 この段階になると、ネオンの噂は宮殿内はおろか庶民にまで広まっており、各国は一種のバブルを思わせる高揚感に溢れていた。

 同時に、国内の情勢に対する不安が一時でも和らいでほしい……ともみな思う。


 "亜人の、亜人による、亜人のための連盟"――亜人統一連盟。


 彼らとネオンが関わるのは、もう少し先の話となる。

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