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第36話:国王と双子兄、三大超大国からとんでもない制裁を受け、復讐のため魔神を飛び地に送る

 アルバティス王国の"王の間"。

 "兎獣人"とウンディーネは、一族ともどもすでに出国したらしい。

 国王と双子兄は高価な酒や食事を楽しみながら、何度も憎しみの言葉を口にしていた。

 

「卑しき亜人のくせに、本当に国を出るとは厚かましさにも程がある。無礼千万で生意気な亜人共め。このような事態になるのなら、あの場で取り押さえるべきだったと我が輩は後悔しきりだぞ!」

「俺っちも抜かりました。果敢に捕まえておけば、今頃は"兎獣人"もウンディーネも地べたに頭を擦りつけさせていたのに!」

「もっといじめ抜いておくべきでしたよ。なんという後悔と無念でしょうか。俺っちの胸に剣のように深く刺さる!」


 亡命を防ぐため国境付近には王国騎士団を配置していたが、包囲網が完成する前に逃げられた。

 特権を堪能していじめる対象が減り、フラストレーションが溜まる毎日だ。

 喚く双子兄を、アルバティス王は得意げに制する。


「まぁ、落ち着けお前たち、稀代の大天才たる我が輩は新しい特権を生み出すことに成功したぞ」


 アルバティス王はやたらと長い羊皮紙を見せる。

 そこには、本日から実施される大量の課税が記されていた。



 ・独身税:独身であることに対する課税。未成年者も含む。

 ・歩行税:歩行に対する課税。

 ・睡眠税:睡眠に対する課税。

 ・起床税:起床に対する課税。

 ・食事税:食事に対する課税。

 ・排泄税:排泄に対する課税。

 ・呼吸税:呼吸に対する課税。

 ・生存税:生存していることに対する課税。

 

 

 横暴で難癖で非常識と言わざるを得ない税金の数々。

 税金どころか罰金だ。

 世界中でも類を見ないどころか認められるはずもなく、もはや常軌を逸しているのだが、アルバティス王は本当に実施した。

 国民が混乱し激しい怒りを募らせているとも知らず、アルバティス王は勝ち誇った笑みで双子兄に話す。


「この荘厳なアルバティス王国に居住する者たちは、王国の庇護を受けている。我が輩たちの恩寵に守られて生きているのだ。その事実に、国民どもはいい加減感謝せねばなるまい。そもそも王国の神聖な大気さえ、王国が誇る至上の所有物だ。故に、もっと税金は納めるのが必然! これは国民どものためを思った決断だ」

「たしかに、父上の仰る通りですね。我が偉大なる王国で生きるだけでも名誉なことなのですから、国民どもはもっと税金を払い感謝の意を示すべきです」

「今までが寛大過ぎましたね。国民どもは少し優しくするとつけあがる。この辺りで重税を課し、甘えを断ち切りましょう。責任を理解させるのです」


 双子兄もまた、うんうんと頷く。

 今後はしばらく"国民いじめ"に舵を切ることを決めたところで、数名の大臣が重厚な文書を持って入室した。


「王様、三大超大国から書簡が届きました。エルストメルガ帝国、カカフ連邦、ユリダス皇国からでございます」

「わかった。そこに置いて立ち去れ」


 大臣は執務机に書簡を置き、"王の間"から出る。

 三大超大国から届くなど滅多にない。

 良いニュースに違いないと確信するアルバティス王は、肩を竦めて呆れ顔となった。


「やれやれ、困ったことだ。この世の絶対神たる我が輩の名声は、三大超大国にまで轟いているらしいな。おそらく、国家神にしたいという申し出だ」

「遂に父上の抜きん出た叡智による統治の手腕が、三大超大国にも評価される瞬間が来ました。我が国に対し、弱小などという戯れ言を抜かす人間も消えてなくなるでしょう」

「俺っちたちの名声が全世界に轟くのも時間の問題だ。今のうちにサインを練習しておかないとな。美しい令嬢たちを待たせちまうぜ」

「「HAHAHA!」」

 

 高笑いしながら、それぞれの書簡を読む。

 最初は勝ち誇った笑みで読んでいたが、徐々に真顔になり、激しい苦悶の表情となった。


〔……朕の命の恩人たるネオン少年を殺害しようとするとは何事か。極めて不快なり。よって、制裁を与える〕

〔……ネオン少年は私を救ってくれた恩人だ。そのような素晴らしい人物を盗賊団に殺させようなど言語道断。よって、ここに制裁を宣言する〕

〔……救世主たるネオン少年を、"夜鴉の翼"に殺させようとした罪は重い。重罪である。よって、貴国には制裁を与えねばならない〕


 いずれも、王国に対する強い怒りが滲む内容だ。

 あまりの制裁に、アルバティス王と双子兄は金魚のように口を開けるばかりだった。

 三大超大国が下した制裁は、簡単に述べると以下である。


 ・関税300%

 ・超大国内にあるアルバティス王と双子兄の資産凍結(国民にイキれる程度)

 ・魔石や魔油などの生活に欠かせない資源の輸出禁止


「「関税300%!? 資産凍結!? 資源の輸出禁止!?」」


 三人とも、目玉が飛び出るほど驚いた。

 そのどれもが、国政を著しく圧迫する。

 国内が混乱したら税金の徴収も滞る可能性があり、今までの豪遊ができなくなるのは明白だった。

 すでに国家予算をだいぶ浪費してしまっている。

 まずいまずいまずい。

 絶対に回避しなければならない。

 いや、それよりも……。


「「なんで、ネオンがこんな重要人物になっている!」」


 どの書簡にも、"捨てられ飛び地"に追放したはずのネオンに言及がある。

 命の恩人だの救世主だの、信じられない評価ばかりだ。

 三大超大国の国家元首たちに、ここまで評価された人間は大陸全土を見ても他にいない。

 アルバティス王も双子兄もあまりのショックに呆然とする。


((…………さすがにヤバくね?))


 アイデンティティであるエセハリウッドなセリフを吐くこともできず、ただただ呆然とする。

 ここまで厳しい制裁を受けたことが国民に知られたら、ただでさえ低い支持率がさらに悪化することは明白だ。

 下手したら、大規模な内乱が発生する可能性もある。

 内乱どころか、反感を買った超大国に攻め込まれたら王国も自分たちも破滅だ。

 心臓は不気味に鼓動し、冷や汗が流れ、心がじりじりと焼かれる。

 ふと亡命が頭に浮かんだとき、アルバティス王はそれらの思考を打ち消すように激しく叫んだ。


「これも全て……ネオンが悪いのだ! 我が輩の触れてはいけない逆鱗に触れたぞ! ……復讐だ……"魔神招来"の儀を執り行う!」


 怒りに駆られたアルバティス王の宣言に、双子兄はピタリと動きを止める。

 思わず顔を見合わせた。


 ――"魔神招来"の儀。


 古く、アルバティス王国だけに伝わる秘術だ。

 数千年前、大陸は魔神デビルピアと四体の使い魔の襲来を受けた。

 瞬く間に大陸全土は暗黒時代に陥り、人類滅亡の危機はすぐそこだった。

 だが、人類の中から救世主として男女の勇者が現れた。

 二人の勇者は懸命に戦い、どうにか魔神と使い魔を封印した。

 その勇者たちこそ、王国の創始者だ。

 彼らの血を受け継ぐ王族のみが、封印を解くことができる。

 デビルピアが襲来した事実は広く世界に知られているが、王国に封印されていることはほとんど知られていない。

 要するに、隠し玉だ。

 もし他国に侵略された場合に、対抗するための最強最悪の禁術……。

 歴代国王は使う機会が訪れないよう祈り続けていたが、あろうことかアルバティス王は個人的な恨みを晴らすために発動することを決めたのだ。

 万能感に酔いしれながら、双子兄に命じる。


「さあ、お前たち、今こそ運命が動き出したぞ。早急にあらゆる準備を終え、ともに使命を遂行するのだ」

「言われなくとも全身全霊で、どんな障壁も乗り越える覚悟でやらせていただきますよ」

「ネオンを殺せると思うと、俺っちの心は待ち焦がれてしょうがねえや。早くしないとグリルハートになっちまうぞ」

「「HAHAHA!」」


 その日から、アルバティス王と双子兄は"魔神招来"の準備を始めた。



 □□□



 十日ほど後。

 アルバティス王と双子兄は、数名の宮廷魔導師とともに宮殿深部にある秘匿教会にいた。

 周囲の壁や床には禍々しい魔法陣が描かれ、天井は相当に高いというのに空気が重い。

 限られた上位の者でないと見ることさえ許されない、王国内で最も重要な場所だ。

 "魔神招来"の儀は完了し、後は儀式を始めるだけである。

 アルバティス王と双子兄は互いに頷くと、中央の大釜に近寄った。

 招来のための貴重な素材を煮る鍋は、ぐつぐつと激しく煮え滾る。

 三人はナイフで自身の指を軽く切り、数滴の血を注ぎ込んだ。

 糧となる王族の血だ。

 教会にいる全員が魔力を練り上げ、呪文を詠唱する。


「「<古の魔神よ、今ここに顕現し、その大いなる力を我が身のために……>」」


 練り上げられた魔力が大釜に注がれ、色がどんどん黒くなる。

 月のない闇夜を思わせる漆黒になった瞬間、大釜から黒い閃光が放たれた。

 反射的に閉じた目を開けると、"それら"はいた。

 


<魔神デビルピア>

 等級:神話級

 説明:数千年前、大陸全土を暗黒時代に陥れた魔神。デビルピアの襲来により、当時の世界人口の七割が死亡した。



<魔神デビルピアの使い魔>

 等級:伝説級

 説明:デピルビアを信望する使い魔。一体一体が大国を滅亡させるほどの力を持つ。



 デビルピアの全長は、およそ20m。

 人型ではあるが牛骨のような頭と二本の角張った角、そして八つの赤い目は、人外の存在であることを強く主張する。

 畳まれてはいるが背中の巨大な翼も、見る者を圧倒する。

 傍らに控える使い魔たちも、その半分くらいの大きさでかなりの威圧感だ。

 デビルピアの持つ八つの赤い目が、同時にこちらを向いた。


〔血の主は誰だ〕


 その言葉に、王族三人は緊張しながら前に出る。


「わ、我らが血の主だ。わ、私はこの国の指導者、アルバティス王」

「お、王子のミカエル」

「お、同じく、王子のエドワード」


 三人とも威圧感に当てられ、たどたどしく名乗ることしかできなかった。

 デビルピアは特に反応もなく淡々と言葉を続ける。


〔血に込められた願いは、"捨てられ飛び地"とやらに住まうネオン・アルバティスの殺戮及び土地全体の壊滅でよいな?〕

「あ、ああ、そうだ。ネオンを殺して、飛び地を壊滅させればそれで契約終了だ」


 血の主の希望を何でも聞く代わりに、願いが達成されたら魔神と使い魔は自由の身となる契約だ。

 他国の侵略を受け、もうどうにもならなくなったときの本当に最後の手段として、歴代王族は厳密に管理してきた。

 それを、アルバティス王と双子兄は単なる私的な復讐のため発動してしまったのだ。

 デビルピアと使い魔たちは不敵に笑うと、背中の翼を開いた。

 

「「うわっ!」」


 たった一度の羽ばたきで、教会の天井を突き破った。

 その場にいた全員が急いで外に出るが、デビルピアと使い魔たちは、すでに黒い点と化している。

 あまりの速さと強さに、アルバティス王は自然と頬が綻ぶ。


「これでネオンには、確実な破滅の瞬間が訪れるだろう。絶望のどん底に突き落とされたあいつは、死より辛い苦しみに身を焼かれ、人生を終えるしかないのだ。ざまぁみろ!」


 双子兄もまた、もはや邪悪とも言える笑みを浮かべるばかりだ。


「ネオンの滅亡を想像すると、俺っちの胸には歓喜が波となって押し寄せます。高鳴る心臓と全身の震えは、まさしく喜びの体現!」

「復讐は指折り数えて、その瞬間を待つのも楽しいですね。運命の劇場で幕が上がるのを待っているような気分ですよ!」

「「ネオンの死はすぐそこに! HAHAHAHAHA!」」


 新たな刺客を見送る三人の卑劣な笑い声が、いつまでも天に響いていた。

お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます


【読者の皆様へ、青空あかなからのお願いでございます】


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