第19話:超大国たちの反応2
ネオンがティアナと別れてから、数日後。
超大国の元に“捨てられ飛び地”の新たな情報が届いた。
◆◆◆
~エルストメルガ帝国の場合~
第一王女のシャルロットは、宮殿の中庭でジッと待っていた。
ネオンについての情報を受けて以来、新たな情報を待ち望む毎日だ。
最近はすぐに連絡を確認できるよう、ここで公務をするほどだった。
ヒュンッというわずかな風切り音を聞いた瞬間、シャルロットの気分は著しく高揚した。
(……来た!)
空を見ると、白く煌めく小さな物体が見える。
一瞬の後、ガラス瓶が空から降ってきた。
網を張った大きな箱がぼすんと受け止め、シャルロットは意気揚々と駆ける。
(やっと新しい情報が届いた!)
ルイザの報告方法は"投擲"であった。
ガラス瓶に羊皮紙を詰め、本国の方向に投げる。
彼女の類い希な方向感覚と投擲技術により、ちょうど中庭の専用スペースに落ちるのだ。
わくわくして瓶を開けたシャルロットは、記された内容を読む。
瘴気病の下りに差し掛かったとき、ルイザたちを思って胸が痛んだ。
(飛び地の瘴気は、私たちが予想するより酷かったのね……。帝国の調査不足だわ……反省しないと。すぐに議会で報告しなきゃ。ネオン君、ルイザたちを救ってくれてありがとう)
やがて、ルイザが鍬を持ち出した話に移ると、徐々にその表情が硬くなる。
制裁に関する情報は、至極シビアなものだったからだ。
「これはちょっと……想定外ね」
険しい顔で小さく呟くと"帝王の間"に急ぎ、ノックもせずに入室した。
コツコツと歩く娘を見て、父親かつ現帝王のグリゴリーはため息をつく。
「だから、入るときはノックをしなさいと、何度も言っておるだろう。どうして、あいつのお淑やかさを引き継がなかったんだ」
「そんなことはいいから、ちょっとこれを見て。ルイザからの新しい情報よ」
「ふむ……見せてくれ」
シャルロットが差し出した羊皮紙を読むと、グリゴリーもまた同じように表情が硬くなっっていった。
「瘴気病か。飛び地の状況は帝国の予想より悪かったと言える。ネオン少年には感謝せねばなるまいな」
「そこも重要だけど、その先も読んで」
シャルロットに促され、グリゴリーはさらに目を走らす。
最後まで読むと、ふーっと深いため息をついた。
「……神器が持つ"制裁"とは、これほど強力なものなのか。あの"拳撃の戦乙女"、ルイザが手も足も出ないとは」
「神器を持ち出すには、ネオン君の許可が必要ってことね」
シャルロットは呟くように話す。
考えなくとも、これはかなり難易度の高い制約だとわかる。
グリゴリーは思案した後、結論を口にした。
「ネオン少年が信頼してくれるよう、まずは領地開拓に精一杯協力することだな」
「そうね。私もそれが一番だと思うわ。いずれ帝国に来てもらいたいことも考えると、信頼関係を築くのは大切よ」
シャルロットが頷き返したところで、突然グリゴリーが咳き込んだ。
「……ゲホッ、ゴホッ!」
「パパ、大丈夫!?」
咳き込むグリゴリーに、シャルロットが駆け寄る。
必死に背中をさすっていると、大事な父親は息も絶え絶えに言った。
「朕、がいなく、なった後は、帝国を頼、むぞ……シャルロット」
「そんなこと言わないでよ!」
エルストメルガ帝国は経済も武力も安定した国だが、懸念が一つある。
グリゴリーの病気だ。
国内外のあらゆる薬や回復魔法は効果がなく、じわじわと死期が近づくのを待つばかりだ。 シャルロットは唇を硬く噛みしめていたが、一つの可能性に行き着いた。
真剣な眼差しで父親を見る。
「パパ、病気を治す方法が一つだけあるわ」
「な、なに……?」
「瘴気病を治したというこの薬を、どうにかしてネオン君に分けてもらうのよ」
状況を考えると、これしかないという手段だった。
グリゴリーが何か言う前に、ルイザへの指示を記した羊皮紙をしたため、特急で国境に届けるよう手配する。
(ネオン君、お願い。パパを助けて……)
シャルロットは顔も知らぬ少年に、深く祈りを捧げる。
~カカフ連邦の場合~
時を同じくして、カカフ連邦。
巨大な官邸の一角で、これまたアリエッタがベネロープからネオンの情報を受け取った。
以前の報告を受けてから、自分自身が直接情報を受け取ることにしたのだ。
大総統室に歩きながら、今聞いた内容を反芻する。
瘴気病からベネロープたちを助けてくれたことを聞いたときは、素直に感謝の思いを抱いた。
(ありがとう~、ネオンちゃん~。あなたがいなかったら、大事な同志がみんな死んじゃってたわ~)
同時に、ベネロープが目撃したという神器の制裁についても思いを巡らせた。
途方もない魔力のオーラの圧……。
いったいどれほどの力なのか、想像してはゾクゾクする自分がいた。
(神器の"制裁"……。ベネロープがああ言うくらいだから、ああ、早くネオンちゃんに会ってみたいわ~)
未だかつて、そんな魔導具は見たことも聞いたこともない。
今後の方針を検討しながら大総統室に行き、父のガライアンにも報告を伝える。
「……というわけで、お父様。神器の入手には少し時間がかかるかもしれませんわ~。"制裁"の規模も内容も凄まじかったですわね~」
「なるほどな。飛び地でそのような事態が起きていたとは……。ネオン少年には感謝せねばなるまい。それにしても、やはり神器は一線を画すというわけか」
ガライアンは顎に手を当て、真剣な表情で考え込む。
父の思案する内容が、アリエッタには手に取るようにわかった。
(神器を入手するにはネオンちゃんの許可が……しかも、前向きな許可が必要……。勝手に持ち出すわけにはいかない。ともすれば……)
「ネオン少年の信頼を得られるよう、ベネロープたちには引き続き領地開拓に協力する旨を伝達するか」
「そうですわね~。みんなでネオンちゃんと仲良くなりましょ~」
「さっそく、ベネロープにコンタクトを……っ!」
「お父様、大丈夫ですかっ!?」
突然、ガライアンがフラつき、アリエッタが慌てて受け止める。
「……すまない、少し休む。お前にも苦労をかけるな」
「お父様……」
ガライアンには目眩の持病があった。
数年前から一段と程度が強くなり、今は日中でも数時間は休まなければならないほどだ。
国内外の色んな薬や回復魔法を使っても、目立った効果がない。
このままでは、寝たきりになる可能性があるほどだった。
アリエッタは執務室の脇にあるベッドに彼を寝かせる。
辛そうな表情を見て、決心したことが一つあった。
「……お父様、どうにかしてネオンちゃんのエリクサーを入手しましょう」
「あの……瘴気病を治した、という薬か……」
力ない呟きに、アリエッタは静かに頷く。
あの薬ならば父の病も治せるはずだと、強い確信があった。
ガライアンも小さく頷く。
もはや、それしか病を癒やす方法はなかった。
(ネオンちゃん、お願い。お父様を救って……)
アリエッタの必死の祈りが天へと消える。
~ユリダス皇国の場合~
これまた時を同じくして、ユリダス皇国。
"皇帝の間"では、幼いラヴィニアがキアラの報告を受けていた。
報告が滞りなく終わり一旦連絡を切ると、隣で聞いていたバルトラスが笑顔を向ける。
「ちゃんと一人でも報告が聞けるようになったの。もうワシがいなくてもよさそうじゃな」
「まだ……心配……」
いつも祖父のバルトラスと一緒に行動するのが常だったが、ネオンが同い年と聞いてから、できるだけ自律しようと頑張っているのだ。
報告を聞いたバルトラスは、ほぅっとため息をつきながら話す。
「それにしても、飛び地でかのような事態が起きておるとはのぅ。キアラたちには相当の苦労をさせてしまった……」
「うん……。キアラが……元気で良かった……」
バルトラスもまた、瘴気があそこまで高密度だとは思わなかった。
辺縁部は密度が薄く、中心部に行くにつれ濃くなっていたようだ。
"捨てられ飛び地"は荒れた土地だが広大であり、なおかつライバル国の目線もあるので、大規模な事前調査ができなかった。
「いやはや、神器の入手には時間がかかりそうじゃ。まぁ、ちゃんと使うときは許可を取れということじゃな。言われてみれば当たり前のことじゃ」
「ネオンに……信頼してもらわないと……」
神器を制裁なく使うには、ネオンの許可が必要。
単純ながら、この場合は大きな障害であった。
バルトラスとラヴィニアは同じ結論を下す。
「そうじゃな。キアラにも領地開拓に協力するよう伝えておこう。ネオン少年が皇国を気に入ってくれたら、これ以上ないほど嬉しいところじゃよ……ふぅぅっ!」
「お爺様……! 大丈夫……!?」
突然、バルトラスは胸を押さえて呻く。
彼は心臓が悪かった。
キアラの調合した貴重な薬により延命できているが、それも長くは続かないだろうことを実感している。
大事な祖父が苦しんでいる光景を見て、ラヴィニアは胸が痛む。
幼心に死期が近いことを察していた。
(このまま、お爺様は死んじゃうの……?)
そんなの絶対にイヤだ。
ラヴィニアが心の中でそう強く決心したとき、ぽっと小さな明かりが灯った。
「お爺様……一つだけ……病気を治す方法がある」
「なん……じゃと……?」
「ネオンに……薬貰うの……」
キアラが治せない瘴気病も治せる薬ならば、祖父の病気も治せるはずだ。
そう強く思えた。
(ネオン……お願い……! お爺様を助けて……!)
ラヴィニアはすぐさまキアラとの連絡を回復し、エリクサーを入手するよう頼んだ。
……一縷の希望を込めて。
◆◆◆
元首たちはみな、<神恵のエリクサー>の入手を同時に命じる。
それぞれの健康問題を密かに解消し、ライバル国より一歩リードするために……。
お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます
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