表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/76

第16話:転生王子、行商人の獣人に感謝される

 ルイザの一件から数日後の朝。

 飛び地にはすっかり日常が舞い戻っていた。

 彼女が鍬を持ち出そうとしたことは領民も気づいておらず、平穏そのものだ(無論、領地にいる帝国の仲間たちは、持ち出しが失敗したことを知っている)。

 そういった背景がある中、ネオンはいつも通りブリジットと一緒に家を出る。

 いつの間にか、ぐ~っと身体を伸ばすのが日課になっていた。

 背伸びを終えると、ネオンは昨日から思っていることをブリジットに話す。


「ねえ、ブリジット。野菜や魔物の素材とかがだいぶ集まってきたけど、僕たちも交易を始めた方がいいのかな」

「ええ、私も前向きに検討することをおすすめします。食材や素材が余っているのはもったいないですし、資金はあるに超したことはありません」


 飛び地や超大国がある大陸全土では、"ルクス"という通貨が用いられている。

 概ね、1ルクス=1円であり、ネオンは計算が楽でよかったと思っていた。


「そうだよねぇ……。でも、超大国とは取引するのが怖いから、旅の商人向けに考えよう。飛び地を経由する人がいるかも……いや、瘴気で汚染されているんだから来るわけないか~」

「現時点での可能性は薄いかもしれませんが、努力していれば報われるはずです」

「いずれにせよ、開拓していることは超大国にバレないようにしなきゃ。そのうち、飛び地ならではの特産品みたいな物も作らなきゃだね」


 ネオンが呟くように話すと、ブリジットの目がキラリと光った。


「特産品については、私に名案がございます」

「え、そうなの? 教えて教えて」


 ブリジットは硬く拳を握り、瞳を燃やしながら叫んだ。


「ネオン様のグッズを作るのです!」

「え」


 呆然とするネオンを置いて、ブリジットは力強く語り出す。


「飛び地と言えば、ネオン様! 故に、ネオン様のグッズを作ることを推奨します! 1/5サイズのぬいぐるみはもちろんのこと、等身大人形にクッション、抱き枕は必需品として、ネオン様のお顔を描いたシャツなどもいいですね。まずは領民の服装をネオン様デザインの衣服で統一して、行商人が来たときにすぐアピールできるようにして……!」

「あ、あの、ちょっと待って。お願いだから、ちょっと待って」

「何でしょうか、ネオン様」


 熱く語る彼女を慌てて止めた。

 この流れは非常にまずいことを、ネオンはよく知っている。


 ――ブリジットは本気でやりかねないから、ちゃんと否定しておかないと……。


 こほんっと咳払いすると、真摯な瞳で伝えた。


「僕のグッズなんか、欲しい人はいないんじゃないかな」

「いいえ、おります」

「ど、どこに……」

「ここにおります」


 ブリジットは自信満々に胸を張る。

 そのまま、練りに練り上げられた"グッズ量産計画"をプレゼンし始めた。

 

 ――ど、どうしよう、このままじゃ本当に僕のグッズが作られてしまう……。超大国に見つかったら、目をつけられること間違いなしじゃん!


 などと思っていると、ルイザがベネロープとキアラと一緒に歩いてきた。


「おはよう、ネオン。相変わらず、今日も元気そうだな」

「あっ、ルイザさん、おはようございます」

「良いところで邪魔が……こほん、おはようございます、ルイザさん」


 ネオンはグッズ作りのプレゼンが中断して、少しばかりホッとする。

 神器持ち出しの日から、ルイザとは距離感が縮んだ気がした。


「お前を見るとあたしも頑張らなきゃ、って思うんだよな」

「そうなんですか? ありがとうございます」


 ネオンは何の気もなくルイザと笑顔を交わすが、その光景を見てモヤる女性がブリジットの他にも二人いた。


((……なんか、仲良くなってない?))


 ベネロープとキアラだ。

 実はこの二人は、ルイザの鍬の顛末についてはすでに知っている。

 あの日の夜。 

 鍬を本国に届けるため領地の保管庫に行ったとき、ネオンとブリジットが家から飛び出すのを見た。

 細切れに聞いた会話から、神器が何者かに持ち出されたとわかった。

 ベネロープとキアラは、互いの存在を感知せぬままこっそりと後をつけたのだ。


((神器の"制裁"がどんな内容かわかるかもしれない……))


 死ぬより苦しいらしいが、いざとなったら自分の魔法や薬で防げると思っていた。

 実際に制裁を見るまでは……。

 巨人に踏み潰されているかのような途方もない魔力のオーラに、ルイザが押し潰されそうなのを見た。

 

(今のボクの魔法では……到底太刀打ちできない……)

(あそこまでとは……わたしの実力とは格が違いすぎます……)


 二人とも、じわりとした汗をかきながら思うことしかできなかった。

 ネオンがあっさりと解除するのを目の当たりにして、さらにレベルの違いを見せつけられた気分だ。

 ルイザはどうやら、ネオンへの感謝を示すため一人で土地を耕そうとしたらしい。

 まさか自分たちと同じ"超大国のスパイ"とは思ってもいないので、(立派な人間だ)と感じた。

 ……という背景がある二人は、今焦っていた。

 ネオンが「帝国に行ってみたい」などと言ったら自国に引き入れるのが難しくなるし、それとは別に女性としても抜け駆けされた気分だ。

 ベネロープとキアラは居ても立ってもいられず、ルイザの前に出る。


「ところでネオン君、ボクの魔法を見せてあげよう」

「畑の耕し方について、ネオンさんに質問があるのですが……」

「お、おい、何だよ。あたしが今話しているだろ」


 ――あ、あの、ちょっ……。


 ネオンが三人に囲まれてわちゃわちゃし出した瞬間、ブリジットが静かに間に入った。

 ネオンはそっと、しかし力強くブリジットの隣に回収される。

 三人が文句を言う間もなく、彼女は左手をスッ……と顔の横に構えた。


「みなさん、これを見てください」

「「そ、それは……!」」


 彼女の薬指に輝く指輪を見た瞬間、ルイザ、ベネロープ、キアラは息を呑んだ。


「ネオン様との結婚指輪でございます。つまり、ネオン様の妻は私。故に、必要以上に近寄らないでください。夫の一番近い場所にいるべきは、つ・ま、なので」

「「……ぐぎぎ」」


 ブリジットの神器を見せつけられ、スパイ三人は黙ることしかできない。

 緊迫した空気に、ネオンは冷や汗をかきながら間に入る。


「ま、まあまあ、みんなちょっと落ち着いて……」

「……ネオン様はこの者たちの味方をするのですか? 愛人は認めませんからね」

「い、いや、そういうわけじゃ……」


 ブリジットの厳しい視線がこちらに向いてしまい、ネオンがさらに冷や汗をかいていると、領地の外から甲高い声が聞こえてきた。

 

〔……おーい! 誰かいるラビかー!? いつの間に村ができたんだラビー!?〕


 その声を聞いた瞬間、ネオンもブリジットもピクリと身体が動いた。

 聞き馴染みのある声だったからだ。


「ね、ねえ、もしかして、あの人じゃないの? 早く、僕たちがいるってことを教えた方がいいよ」

「……仕方ありませんね、この話はまた後でみっちりさせていただきます」


 ネオンは不満げなブリジットから解放され、領地の外に向かう。

 来客の存在を感じ取り、他の領民も何事かと後をついてきた。

 立ち並ぶ家々を通り抜けると、大きな鞄を背負った少女が開拓した地面を見て騒いでいる。 ただし、人間ではない。

 頭からは二本の大きなウサミミが生え、顔もどことなく兎の面影が残る。

 彼女は獣人でもとても珍しい、"兎人族"だった。

 誰だかわかると、ネオンは笑顔で手を振る。


「やっぱり、ティアナさんだっ。飛び地で再会できるなんて……ティアナさーん!」

「私からしたら来なくていいのですけどね。女性ですし」


 100mほど離れているのに、すぐに自分たちの声や足音を感知したらしく、耳を動かしこっちを見た。

 ティアナはネオンに気づくとダッと駆け出し、加速して加速して、さらに加速して、猛スピードでこちらに走る。


「ティアナさん、お久しぶりで……うわっ!」

〔ネオン殿ー! まさか、こんなところで会えるとは思わなかったラビー!〕


 勢いそのままに飛びつかれ、ネオンは地面に倒れ込んだ。

 ティアナは信頼する人間に対してのスキンシップが激しく、いつも飛びついてくるのだ。


「ど、どいてくださいって」

〔いやいや、この奇跡的な再会を祝さないわけにはいかないラビよー!〕


 ウサウサとハイテンションなティアナをどうにか離そうとしていたら、ひょいっと誰かに摘まみ上げられた。

 ……ブリジットだ。

 恐れ多くて目を直視できない。


「……ネオン様から離れなさい」

〔ゲッ! 怖メイドも一緒ラビ!?〕

「……いてはいけませんか?」


 瞳がギロンッとさらに厳しくなるのを見て、ティアナもネオンも悲鳴に近い叫び声を上げた。


〔ネオン殿、助けてラビ! 討伐されるラビー!〕

「お、落ちついて、ブリジット! お願いだから、剣を仕舞ってー!」


 わいわいした騒ぎに、ルイザもベネロープもキアラも、他の領民もぽかんとするばかり。

 必死に宥めることで、ようやく剣は鞘に収まってくれた。

 一悶着の後、ティアナはブリジットから距離を取りながらネオンに話す。


〔それにしても、"捨てられ飛び地"がこんなに発展しているなんて、思いもしなかったラビ。立派な家もあるし、なんかすごい畑や水路まで……いったい何があったラビか?〕

「実は、僕は王国を追放されて、この飛び地の領主になったんです。【神器生成】というスキルを使って土地を耕し、家を建て、水路を作りました」

〔いぇぇぇえ~!? 詳しく聞かせてほしいラビ!〕


 ネオンは事の経緯を詳細に伝える。

 ティアナは終始、驚愕しながら聞いていた。


〔……そんなスキルがこの世にあるんラビね~。まぁ、ネオン殿の人柄を考えると、強いスキルを授けたくなる女神様の気持ちもわかるラビ。超大国も放っておかないんじゃないラビか?〕

「ええ、そのことですが……」


 ネオンが立地上、超大国に目をつけられたくないという話をすると、ティアナは納得した。


〔了解ラビ。ネオン殿から許可を得るまでは、超大国には領地の話はしないラビ。こう見えても口は硬いラビからね〕


 またもや得意げに胸を張るティアナを見て、ブリジットの表情がピキリと険しくなる。


「より確実に硬くなるよう、私が縫いつけて差し上げましょうか?」

〔ひぃぃぃ! ネオン殿、助けてラビー!〕

「ブリジット! お願いだから!」


 必死に剣を仕舞ってもらうようお願いし、ティアナの口は守られた。

 ネオンはこほんっと咳払いする。


「……ところで、ティアナさんはこの飛び地も旅しているんですか?」

〔そうなんだラビよ。超大国を周るには、飛び地を経由した方が早いラビからね〕

「えっ、でも、瘴気が……」

〔あちしは足が速いから、かっ飛ばせばダメージを受ける前に通過できるんラビ〕


 ティアナは薄い胸を張りながら、得意げな表情で語る。

 彼女が話すように"兎人族"は身体能力、特に脚力が強く、全力を出せば瘴気の影響を受けない範囲で飛び地を移動できたのだ。

 そこまで聞いたところで、ネオンはずっと気になっていたことを話した。

 至極、真面目な表情で。


「……王国との関係はどうですか?」

〔まぁ……あんまり変わらないラビね〕


 やや疲れた笑顔で話すティアナの言葉を聞き、ネオンの表情は暗くなった。

 彼女は王国内で最大手の商会、“ペルジック・リベル商会”のトップを務めている。

 従業員は全て“兎人族”で、みなアルバティス王国に住んでいる。

 先々代、つまり祖父の代までは友好条約を結んで、互いに尊重し合う関係だった。

 だが、現国王になってから条約が改悪され、商会も"兎人族"も極めて不利な立場にされたのだ。

 商売の取引でも不当な扱いを受けるだけでなく、国外に拠点を移したら叛逆と見なされ、王国の討伐対象に認定されてしまう。

 そのような辛い背景を思うと、ネオンは自然と首が垂れた。


「……王国がごめんなさい」

〔いやいや! ネオン殿が謝る必要はないラビ! むしろ守ってくれたとき、あちしも一族のみんなもすごい勇気を貰ったラビよ!〕


 ティアナは慌てて話す。

 以前、ネオンはティアナと王国の取り引きに偶然居合わせたとき、"不当な条約は撤回"するよう国王と双子兄に進言した。

 だが、逆にネオンは殴られてしまい、その場から追放された。

 それ以来、取引の場に同席することは許されず、今に至るのであった。


「もしよかったら、一族丸ごと、この飛び地に引っ越してきませんか?」

〔ラビ!?〕

「飛び地も王国の領地なので、条約も破ってはいません」

〔たしかに……ラビ〕


 ネオンが提案すると、ティアナは顎に手を当て思案を始める。

 やがて、すごくありがたいラビが……と切り出した。


〔でも、ネオン殿の迷惑にならないラビか? 国王殿や双子王子殿が腹いせに攻め込んできたり……〕


 たしかに、その可能性はある。

 父や双子兄のことだから、逆恨みしてくるかもしれない。

 だけど……。


「ティアナさんたちが苦しめられているのは、王子として見過ごせません。たとえ、父上たちが攻め込んできても僕が守ります。僕は……領主ですから」


 領主たるもの、領民の平和な暮らしを守ることが何よりの務めだ。

 飛び地に来てまだ一ヶ月も経っていないが、ネオンの心には確固たる強い意志が宿っていた。

 彼の後ろで、ブリジットは静かに感激する。


(ネオン様……っ! ご立派です! あなたこそ真の王子でございます!)


 ティアナの瞳もまた、硬い決意を聞いてうるうると潤んだ。


〔ネオン殿ぉ……怖メイドぉ……。あちしもここで住みたいラビよぉ……。みんなと一緒に楽しく暮らしたいラビィ……。王国に帰ったら、すぐに仲間と来るからラビねぇ……〕

「ええ、受け入れ体勢を整えておきます。一緒に楽しく暮らしましょう。……あっ、となると、僕も王宮に行った方がいいですよね。父上たちに直接言わないと……」


 “兎獣人”の立場がより悪くなるのでは……とネオンが思案していると、ティアナが首を振りながら言った。


〔いや、それには及ばないラビ。あちしが伝えるラビよ。ネオン殿が守ってくれたように、今度はあちしが戦うんだラビ〕

「ティアナさん……」



 硬く拳を握る彼女の目は、戦士のように力強い。


〔その代わりと言ったらあれラビが、一筆書いてほしいラビ〕

「もちろんです」


 さらさらとティアナの差し出した紙に書き、一筆は完了した。

 彼女らのためにも頑張らなきゃとネオンは思うが、次の瞬間にはとんでもないことに気づいた。


 ――……し、しまった! ブリジットの意見を聞いていなかった! ただでさえ当たりが強いのに……。


 微塵切りにして燃やし尽くすのでは……。

 ごくりと唾を飲みながら、緊張して意見を仰ぐ。


「ブ、ブリジットはどうかな? ティアナさんたちが一緒に住めば、もっと賑やかになるかな~、なんて……」

「よろしいかと思います。"兎人族"が合流すれば、領地もさらに発展することでしょう」

「! ありがとう!」


 断られるのでは……と思っていたので、すごく安心した。


〔じゃあ、さっそく商売の時間ラビー!〕


 ティアナは飛び地で採れた輝く野菜や、純粋極まる水、魔物の素材に土などを大変な高値で買い取ってくれた。


〔次は一族総出で来るラビよー!〕

「おおおー!」


 ネオンはティアナと一緒に拳を突き上げる。

 ……だが直後、ブリジットはギロンッ!とティアナを見た。


「ただし、ネオン様に触れたら微塵切りにして燃やし尽くしますので、どうぞそのつもりで」

「ブリジット! お願いだから!」

〔怖メイドはやっぱり怖メイドだったラビ! ネオン殿、お助けを~!〕

「言った傍からネオン様に触れましたね!」

「お、お願いだから剣を仕舞って~!」


 わちゃわちゃし始める三人を見ながら、ルイザ、ベネロープ、キアラは静かに思った。


(……ネオンのヤツ、結構な人望があるんだな)

(“兎獣人”か……連邦にもいない亜人だ)

(ネオンさんが皇国の仲間になったら、彼らも仲間にできるかもしれませんね……)


 色々と思われているとも知らないネオンは、ブリジットともに笑顔でティアナを見送る。

 一緒に暮らせる日に思いを馳せながら。

お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます


【読者の皆様へ、青空あかなからのお願いでございます】


少しでも面白いと思っていただけたら、ぜひ評価とブックマークをお願いします!

評価は下にある【☆☆☆☆☆】をタップorクリックするだけでできます。

★は最大で5つまで、10ポイントまで応援いただけます!

ブックマークもポチッと押せば超簡単にできます。


どうぞ応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ