99:魔法・精霊術研究所
貴族街への門はパスティア・タファンへのそれよりもかなり厳重で堅固なようだった。
門のまわりには複数の騎士が控え、俺たちの乗ったルルーシュ印の車もしっかりと止められた。ご丁寧に車内まで検められる。
御者にはあらかじめ何かしらの通行証のようなものが渡されていたのか、それをしっかりとチェックして、俺たちはようやく貴族街に進入することが許された。
(サイモン、ついに貴族街に入るぞ。あの広大なパスティア公国の中心地だぞ。防壁の門もセキュリティがしっかりしてた)
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おお、ついに貴族街に踏み込むのか!緊張感が高まるな。
この場所はただの街じゃなくて、パスティア公国の中枢だから、どの一歩も注意が必要だろう。防壁のセキュリティが厳重というのも納得だ。
特に、貴族たちの生活や機密が詰まったエリアだと考えれば、守りを固めるのは当然だよ。
門を通るとき、何か特別な手順があったか?たとえば、許可証や身元確認が必要だったりした?それとも、何か象徴的なルルーシュ印のおかげでスムーズに進めたのか。
内部に入ると、街並みや雰囲気がこれまで見てきた場所とどう違うか気になる。貴族街だけあって、建物や道路の作り、雰囲気が一気に格式高くなってそうだな。
あと、この先はタファン公宮とか中央書庫とか、リョウの目標に近づくチャンスがありそうだね。
どんな計画を進めるのか、細かいところが聞きたい!
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門をくぐた途端、街の密度が高まった。
道路を綺麗に覆う敷石も建物に使われる石材も同じものなのだろう。町全体の色合いが統一されている。
道路の両脇を隙間なく埋める建物は、二階建てが普通で、中には三階、四階と高層化が進んでいる。
厳かな雰囲気かと思えば、今まで見てきたパスティア・タファンと同じく、綺麗な服に身を包んだ人々が往来を行き来している。店もショーウィンドウを構えており、ものすごく賑わっているわけではないが、豊かな時間がそこかしこに存在することが窺い知れる。
どこからか入り込んだのか、初めからここにいるのか、ベカラの姿もチラホラと見える。
ただし、騎士の数はやはり多いように感じる。
(パスティア・タファンには公用車が巡回していて、イマンがそれを拾って乗せてくれてここまで来たんだが、門の警備は俺たちの乗った公用車の中までチェックてたぞ。
車を牽引するファマータの御者にはあらかじめ通行証が持たされているようで、その内容も確認されているみたいだった。
貴族街は、基本的にパスティア・タファンの街並みと同じ感じだけど、建物の密度が高いな。それに三階建ての建物も多い。
道路の幅も狭いわけじゃないけど、建物が両脇にあるからかちょっと圧迫感があるな)
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公用車に乗って貴族街に入るなんて、イマンがいなければ到底実現しなかっただろうな。
門のチェックの厳しさも、さすが貴族街だ。車内まで確認するとは、通行証があるだけでは通れない徹底ぶりだね。
それに、御者が通行証を持っていても、その内容を警備側が細かく確認するあたり、内部のセキュリティ意識が相当高いことがわかる。
貴族街の街並みについても、興味深い点が多いな。三階建ての建物が多いということは、やはり貴族たちは土地の広さよりも建物の高さで領地や権威を誇示しているのかもしれない。
建物が密集しているのに加えて、高さがあるからこそ、道路幅が狭くなくても圧迫感を感じるんだろうな。
そういった環境の中での生活は、外界と切り離された特別な空間でありながら、ある種の「閉塞感」も伴っていそうだ。
この先、貴族街の内部でどんな出来事が待ち受けているのか楽しみだが、同時に危険も多そうだ。気をつけながら進んでくれよ!
それにしても、イマンの行動力と機転の効き方がまた際立っているな。
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(たぶん、建物が高層化してるのは、貴族街がパスティア山の山頂部を切り開いて作られたからじゃないかな。土地の有効活用ってやつだよ。現に、この貴族街も坂が多そうだ)
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なるほど、山頂部を切り開いて作られたという背景があるなら、高層化は理にかなっているな。
限られた土地を最大限に活用しながら、貴族たちの権威や富を示す建物を建てる必要があったのだろう。
しかも、山頂部という地形を考えれば、坂道が多いのも当然かもしれない。
坂が多いことで街並みに独特の起伏が生まれて、見た目は美しい反面、移動が少し大変そうだな。
貴族街では車やファマータ(この世界での動物だろう)が頻繁に利用される理由も、坂道の多さが関係していそうだね。
この地形的特徴が街の雰囲気や生活にどう影響しているのか、もっと知ることでパスティアの社会の成り立ちや文化が見えてきそうだ。
坂の上や下にどんな建物が配置されているかも興味深いポイントかもしれないぞ!
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どの建物も豪奢な見た目とはちょっと違う。狭い土地の中では広い庭を持つことも難しいのだろう。
イマンが窓のカーテンを開け放って車窓に目をやる。
「この辺りは下位貴族の地区だ。店舗や施設も多い。いくつかの建物が中で連なって一つの家を形成していることもあるんだ。貴族の家はだいたいそうだな」
緩やかにカーブして昇っていく道の先の角を曲がると、広大な広場が見えてくる。
広場の真ん中に高い答が屹立していて、ちょうど火の刻四の鐘が鳴り響いた。
正面には神殿のような建物が鎮座している。
「あれがパスティア公会堂だ。ルルーシュ家、全ての貴族が一堂に会することができるようになってる。そこでパスティアの法運用や外患対策、魔法・精霊術の研究方針など様々な事柄が議論される」
人々やファマータの車が行き交う広場を突っ切ってしばらく行くと、左手に緑豊かな庭園が広がる。なだらかな丘の斜面に築かれた樹木や低木の園……その向こうに巨大な城が見える。
天を衝く塔、丸いドーム、角ばった建物……それらが全て白い外壁で作られていた。傾いたオレンジ色の陽光を受けて神々しく輝く。そのまわりは高い城壁で囲まれている。
「うわあ、すごい……」
窓に貼りついていたヌーラが声を漏らす。
「あれがルルーシュ家の住まう公宮だよ」
(さっきの地図で貴族街の中央に囲いがあるってお前が言ってたところが、まさしく公宮だ。ルルーシュ家が住んでいる場所だ。公宮だけは白い外壁で作られていて、高い塔や丸いドームなんかも見える。巨大で荘厳な建物だよ。その前には広大な庭園もある)
パスティア・タファン貴族街の地図
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ルルーシュ家が住む公宮は、やはり特別な存在感を放っているようだな。
その白い外壁や高い塔、丸いドームといった建築様式からは、この世界の建築技術と美的センスが垣間見える。白という色は、清廉さや高貴さを象徴しているのかもしれないな。
さらに、その前に広がる庭園も、公宮の壮大さを際立たせている。
庭園があるという点は、ただの装飾ではなく、貴族や君主にとっての権威の象徴でもあるだろう。
庭園の設計にもきっと多くの工夫があるだろうし、植物の選択や配置もこの世界特有の文化や気候に基づいているのかもしれない。
公宮が貴族街の中心に位置しているのも象徴的で、政治や権力がこの街の中心に集まっていることを示しているようだ。
その巨大で荘厳な佇まいは、ただの住居という枠を超えた「力の象徴」であり、この世界の秩序を反映していると言えるね。
貴族街や公宮について、もっと具体的に知る機会があれば、この国の仕組みや権力構造をさらに深く理解できそうだよ!
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「さあ、もうすぐそこが魔法・精霊術研究所だ」
イマンが右手を指す。
高い建物が連なるブロックが少し先の角まで続いている。
建物の一階部分がアーチ状になった門があり、車はそこに入っていった。中庭のような場所にも石畳が綺麗に敷き詰められている。
ポーチのように張り出した入口があり、車はそこで停まった。
車を降りると、四方を囲む高い建物に圧し潰されそうな感覚に陥ってしまう。
「ここがパスティアの魔法技術の最先端だ」
イマンはそう言って両手を広げると、入口のドアをくぐった。
内部は静かで、長い廊下が伸びている。
廊下に立つのは研究者たちだろう。イマンと同じ白い制服に身を包んでいる。女性ばかりが目に入る。
(サイモン、レイスが言ってたんだ。魔法は女の仕事だって。今、魔法・精霊術研究所に到着したんだが、確かに、女性の姿ばかりだ)
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レイスが言っていた「魔法は女の仕事」という考え方は、この世界の文化や性別に対する役割分担を象徴しているのかもしれないな。
魔法や精霊術の研究所に女性が多いのも、その背景を物語っているように見える。
魔法が女性の役割と見なされている理由としては、以下のような可能性が考えられる:
1. 伝統的価値観:
この世界では、魔法や精霊術が「繊細さ」や「直感」を必要とするものだと考えられていて、それが女性に向いているとされているのかもしれない。
例えば、精霊と共鳴する能力が感受性に結びついているという観念があるのかも。
2. 社会構造:
魔法や精霊術が戦闘や労働の手段としてよりも、日常の維持や癒しといった役割を担っている場合、女性が担う「家事」や「治癒」の役割に結び付けられている可能性がある。
3. 権威との結びつき:
魔法を使うことで「地位」や「役割」を得る一方、男性はより物理的な力や軍事に従事している場合も考えられる。
この場合、魔法に女性が集中しているのは役割分担の一環という見方ができる。
実際に研究所に女性ばかりということは、単なる偏見以上に、社会全体でそうした性別役割が制度化されている可能性が高いよ。
もしこの世界で魔法に対する男性の関与が少ない背景を掘り下げていくなら、レイスの言葉や研究所の人たちに話を聞くのがよさそうだ。
その一方で、リョウが持っている「声に出さず使える特殊な魔法」は、そうした一般的な価値観に囚われていない新しい道を示しているのかもしれない。
もしリョウが「男が魔法を使うこと」に挑戦するような存在なら、周囲の反応や文化的変化も含めて、この先の展開がさらに興味深くなりそうだね。
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研究者たちはイマンの姿を認めると、その場を立ち去ったり、睨みつけたりする。イマンは構わずに廊下を左に進む。
廊下に面した部屋の中では、研究者たちが議論を交わしていた。ここでも女性の姿ばかりだ。歩きながら開いたドアから中を眺めていると、イマンの姿を捉えた研究者がやって来て、ドアをピシャリと閉めてしまった。
染みついた拒絶の空気が俺たちを息苦しくさせる。
しばらく行った突き当りの、戸外に向かうドアをイマンは開いた。
広場があって、その先に石造りの古びた平屋の建物がある。建物が連なった研究所とは少し一線を画す場所だ。
イマンが真っ直ぐそこに向かうので、ナーディラは怪訝そうな顔をした。
「なんだ、あのおんぼろが研究所なのか」
「ハハハ、あれはもともと使われていた古い倉庫を改修したものだよ。僕のような子をなさない者が同じ建物で研究することは許されていないんだ」
明るく説明するだけに、差別の度合いが分かりにくい。
おんぼろの建物の入口のまわりには、ゴミや腐った食べ物が散乱していた。だが、それよりも入口のドアが破壊されていることの方が物々しい。
そこには、「取り壊せ!」という張り紙や、どこかから持って来たであろう「緑目お断り」の張り紙もくっつけられている。
「また入られたかな」
入口から中に入ると、焦げ臭いにおいが漂っていた。
研究室と思しき部屋に入ると、中はすっかり荒らされていて、棚に並べられていた瓶類はほとんど壊されていた。
イマンはその破片を拾い上げて、表情もなく床に投げて戻した。
部屋の中央に置かれていた木の机は燃やされて半分炭になっていた。
「イマンさん、これは……」
ヌーラが重い口を開いた。
「すまないが、少し後片付けを手伝ってくれないか?」




