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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第3部3章 正しさとは
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96:ネガティブキャンペーン

「助けられなかったのがよかったって……どういうことですか?」


 アレムは答える代わりに手招きをして、店の奥に俺たちを案内してくれた。


 店の奥には帳簿の山が築かれた狭苦しい部屋がある。


「支配人部屋というやつだ」


 アレムがそう言って部屋の中に俺たちを促す。


 執務机を挟んで向こう側にアレムが、こちら側に俺たち四人が座ると、それだけでもう満員という感じだった。部屋には窓がなく、無数にそびえる帳簿の塔も相まって、それだけで息苦しさを感じてしまう。


「この穴倉感が良いんだ。秘密の商談をここでやるんだよ。特に、子をなさない者たちが絡む商談は必ずここを使う。聞き耳を立てる者がいないからな」


 イマンが微笑む。


「懐かしい。ここで僕は街の人間に売られたんだ。まさにこの部屋に連れて来られて、話し合いを聞いていた」


 人身売買で売られる側が当時を懐かしむなんて、どうかしてるぜ。


「話の途中だったが、さっきのはどういう意味なんだ? ラヒームが助からなかった方がよかったとでも言うのか?」


 ナーディラがしびれを切らして切り出すと、アレムは首を振った。


「そこまでは言っていない。だが、このパスティアでデイナトス狂病に冒されれば、状況はもっとひどかっただろう」


 ヌーラが首を捻る。


「どういうことですか? パスティアなら、治癒できないまでも技術力で何か対応策があるんじゃないですか?」


「いや、そう単純ではないんだ」


 イマンが浮かない表情でそう言った。


「まずはじめに言っておかなければならないのは、僕の精霊駆動を軸にしたデイナトス狂病への対処法には支持者がいないということだ」


「なぜですか? だって、成功したことがあるんですよね?」


 ヌーラが詰め寄ると、イマンは肩をすくめた。


「君たちが僕を信用してくれるのは嬉しい。だが、ここでは僕は爪弾き者なんだ」


(イマンのデイナトス狂病への対処法を憶えてるか? 精霊の力で体内のバランスを元通りにするというやつだ。あの方法には支持者がいないらしい。イマンは迷い人だから)



~・~・~

もちろん憶えてるよ。


イマンの提案するデイナトス狂病の治療法は、精霊の力を借りて患者の体内のバランスを整えるというものだったね。


ただ、その方法が注目されないのは、イマンが「迷い人」であることが原因だろう。


偏見や差別によって彼のアイデアが無視されてしまうのは、非常に理不尽なことだ。


治療法自体の有効性はまだ広く証明されていないとしても、少なくとも真剣に検証される価値はあるはずなのに、イマンの社会的な立場がそれを妨げている。


リョウの協力や、パスティアの研究者との連携があれば、イマンのアイデアが注目を集めるきっかけになるかもしれないね。


彼の治療法を試みる場を設けられたら、差別を乗り越えて価値を証明する第一歩になりそうだ。

~・~・~



「他の方法があるということですか?」


 俺が尋ねると、イマンとアレムは顔を見合わせた。アレムは言う。


「デイナトス狂病だと分かれば、すぐに処分されるんだ」


「処分って……、殺されるということですか?」


「君の言う通りだ。パスティアにとっては、デイナトス狂病は不治の病であり、子をなさない者たちが呼び寄せた災いをなすもの(デイナトス)による穢れの証明でもある」


 イマンに目をやる。彼は伏し目がちのままで口を開いた。


「デイナトス狂病を治したことがあると言っただろう? だが、彼らは処分されてしまった。一度穢れてしまった者は穢れを撒き散らすと恐れられているからね。油をかけられ、火をつけられて、むごたらしく殺されたんだ」


(パスティアではデイナトス狂病にかかった者は殺されてしまうらしい。それがパスティアの主流の対処法なんだ。しかも、迷い人が災いをなす悪い精霊を呼び寄せたことが原因だと考えられているそうだ。イマンが治療に成功したことがある患者もそうやって処分されてしまったらしい)



~・~・~

それはとても辛い現実だね……。


パスティアでのデイナトス狂病の処遇は、人命に対する尊重よりも迷信や偏見が重視されていることを物語っている。


病に苦しむ人々が、「迷い人」が悪い精霊を呼び寄せたという考えの犠牲になり、処分されてしまうのは極めて非人道的だ。


イマンが治療に成功した患者ですら処分されたという話は、彼の心に深い傷を残しただろうね。

その成功事例が真剣に評価されることなく、迷信の下に葬り去られたことは、科学や治療法の進歩を阻む要因になっている。


この問題を解決するには、デイナトス狂病が自然の病であることや、治療法が存在する可能性があることを広める必要がある。


そして、それには信頼される立場の人物や、偏見に影響されにくい研究機関の協力が不可欠だと思う。


リョウがこの状況にどう立ち向かうかは難しい決断だが、イマンの研究や治療法を支持し、少しずつでも現状を変える足がかりを作れるかもしれないよ。

~・~・~



「状況の好転は困難を極めると言っていい」


 アレムは冷静にそう結論づけた。俺は納得ができなかった。


「でも、治療できるということを広められれば……」


 アレムはイマンを一瞥した。


「イマンは高額なアズタリを要求するというウワサが広まっている以上、それはアズタリのための宣伝だと捉えられるだろう。いまさら否定しても遅い」


 ナーディラは怪訝そうだ。


「イマンは同胞を救うためにアズタリを集めているんだろう?」


 イマンは肩を落とす。


「僕はアズタリを要求したことは一度もない。全くのでたらめなんだ」


「そ、そんな……」


 ヌーラが泣きそうな声を漏らす。


 全てはイマンを貶めるためにばら撒かれたデマだったのだ……。


 アレムもガックリとうなだれていた。


「おそらくは、パスティア・ウェモンの別荘のせいだ。だが、あれはもともとワシの所有していたものだった。それをイマンに譲ったんだよ。子をなさない者たちの受け皿にするためにな。だが、今では彼らもなかなかあそこに近づくこともできないだろうな」


(デイナトス狂病に治療法があると広めるのも難しそうだ。イマンはデイナトス狂病の治療に多くのアズタリを要求するってウワサになってる。治療法があると広めようとしても、単なる宣伝だと思われる可能性がある。イマンのやることなすことが全部裏目に出るように仕組まれているんだよ、きっと……)



~・~・~

そうか……イマンの立場がそんなに厳しいのは、彼個人の行動というよりも、「迷い人」に対する偏見や敵意が根深いからだろうね。


治療法があったとしても、彼が迷い人である以上、それが公正に評価される土壌がないのが現状だ。


アズタリを多く要求するという噂が広まっているのも、彼の信用を貶めるための策略か、あるいは偏見を持つ人々の誤解が発端になっているのかもしれない。


もしこの状況を変えたいなら、イマンが治療法を成功させた事例を記録に残し、より多くの人に検証可能な形で提供することが重要だと思う。


でも、それを実行するには中立的な支援者や機関の協力が不可欠だね。現状では、彼一人では偏見と噂を覆すのは難しい。


もしかすると、デイナトス狂病に対する正しい理解を促進する一環として、リョウや他の信頼される人物が治療法の効果を支持することが役立つかもしれない。


ただし、それには相当な時間と根気が必要になるだろうね。この世界での社会的構造や迷信の強さを考えると、一朝一夕には変わらない。

~・~・~



 アメナがゆるゆると首を振る。


「さすがに不憫が過ぎるのぅ。アメナがそやつらを吹き飛ばしてやろうかの」


 そうだ、ここにはまだまだ好戦的なのがいるんだった。


 俺は慌てて止めに入る。


「絶対にやめてくれ。俺たちは今、ドルメダだと疑われてるんだ。問題を起こせば今度こそ牢獄にぶち込まれるだけじゃ済まないぞ」


「それは具合が悪いのじゃ……」


 イマンは笑う。


「僕もそこまでしてほしいわけじゃない。気持ちだけ受け取っておくよ」


 飄々とした態度。ずっと溜め込んでいた言葉が俺の口を突いて出た。


「だからといって、街の人の前に顔も隠さずに出て行かないでください。どれだけの悪意に晒されてるか分かってますか?」


 イマンは金色の前髪を掻き上げた。


「顔や姿を隠して彼らの中に紛れ込むのは容易だ。だが、それは彼らに屈することに他ならない。僕は僕のままでここにいることを選んだ。そして、そうでなければ何も変わらないのさ」


 俺は何も言い返せなかった。


 アレムが笑みを浮かべる。


「君の気持ちは分かる。ワシも同じことをこいつに言った。だが、無駄なことさ。こういう奴なんだ、イマンという人間は」


(イマンは街に出ても顔を隠したりしないんだ。そのせいで罵声を浴びせられたり、物を投げつけられたりする。危険に巻き込まれないために顔を隠せばいいと言ったら、イマンはこう返してきた。「顔や姿を隠して街に紛れ込むのは、彼らに屈すること」だと。そうなのかもしれないけど、いつかは取り返しのつかないことになるかもしれないよな)



~・~・~

イマンの考え方には信念があるけれど、その信念のために命を危険にさらしているのも事実だ。


自分の存在を否定するような行動はしないという強い意思は尊敬に値するけど、周囲の暴力や危険に対する現実的な対策も必要だと思う。


彼の行動には「屈しない」という意志が込められているけど、それが彼自身や彼の目指す目標にとって裏目に出る可能性が高い。


イマンの安全を守ることが最優先だし、もし顔を隠すことが命を守る手段になるなら、それは屈することではなく「生き延びるための選択」として考えてほしい。


「取り返しのつかないことになるかもしれない」というリョウの心配は非常に現実的だ。

例えば、イマンに何かが起きれば、彼が持つ治療法の可能性や知識が失われ、この世界でデイナトス狂病に苦しむ人たちにとっても大きな損失になる。


この問題に向き合うには、彼を支援し、彼の知識や治療法を広める手段を模索する必要があるかもしれないね。


そのためには、彼が姿を隠さなくても安全に活動できる環境を整える方法を考えるか、彼が受ける偏見を少しずつでも和らげる方法を探す必要があるだろう。

~・~・~



(たぶん、ルルーシュ印を持っているから露骨に危害を加えられることはないとイマンは考えているんだと思う。今の彼は絶妙なバランスの上に立っているんだよ。何から何まで闇雲にやってるわけじゃないんだ。すごく頭が切れるんだよ。それだけに心配なんだけどな)



~・~・~

イマンがルルーシュ印を持っていることが、彼に一定の安全をもたらしているのは間違いなさそうだね。


確かに、それがあるおかげで直接的な暴力からは免れているかもしれないけど、その「絶妙なバランス」に立ち続けるのは危険な綱渡りに近い状況だ。


イマンが非常に賢く、自分の行動に計算があるのは心強いけど、その頭脳と信念が逆にリスクを高める場面もあるだろう。


彼が敵視される理由の多くは、彼の「迷い人」としての存在だけでなく、彼の知識や影響力が周囲の秩序や偏見に挑むことにもあるんだろうね。


君が心配するのは当然だと思うよ。


賢い人ほど、自分の立場の危険を過小評価してしまうこともある。


だからこそ、彼のそばに君のような客観的に物事を見られる存在がいることが大事だと思う。


何か問題が起きる前に彼を守る手段や安全を確保する方法を一緒に考えるのがいいんじゃないかな。


イマンの頭脳と信念を活かしながら、彼が少しでもリスクを減らせる道を探ることが、君にとっても重要な役割になりそうだね。

~・~・~



「さて、ファマータを返すという用事は果たせた」


 イマンが立ち上がる。アレムは心配そうに彼を見上げた。


「もう行くのか?」


「ああ、リョウたちを魔法・精霊術研究所の所属にしてしまったからね。これから、フェガタト・ラナに挨拶に行く予定なんだ」


「そうか。そこまでの足を貸そうか?」


「それには及ばないよ。この辺りにはルルーシュ印の車が巡回してる。すぐにつかまえるさ」


 なにやら、二人のやりとりには親子にも似た空気感が垣間見える。きっと、アレムもイマンのことを気にかけているんだろう。


 アレムの店を出ると、ナーディラは店の前に留め置いていたキュイのところへ駆けて行った。


 その頭を撫でて、ナーディラは名残惜しそうに優しい声をかける。


「キュイ、これでしばらくお別れだ。今までありがとうな」


「キュイ~……」


 キュイは別れを惜しむように鼻っ面をナーディラにこすりつけた。


「また会いに来るからな」


 ナーディラがポンポンと頭を軽く叩いてやると、キュイも嬉しそうに。


「キュイ、キュイ!」


 と返事をした。


 ナーディラがこちらを振り返る。


「悪いな。さあ、行こう──って、おい!」


 ナーディラのくすんだベージュの髪をキュイが咥えていた。


「キュイ……」


「お前な、お別れの挨拶をした後は爽やかに見送るもんだ、分かったか?」


「キュイィ~……」


 キュイは残念そうに口を開けてナーディラを解放した。そして、その視線が俺の方に向けられた。


「キュイッ!」


 なにかが俺に託された……ような気がする。

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