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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第3部3章 正しさとは
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94:スティグマと運命の赤い星

 イマンの背中に刻まれた無数の傷は、あまりにもむごたらしかった。


 息をするのも忘れて、その場に立ち尽くしていた。


「驚いたかい?」


 半裸のイマンがこちらを見ていた。


「あ……、すみません、勝手に入ってしまって……」


 イマンは俺の手の靴下に目を留めてニコリと、しかし、寂しそうに微笑んだ。


 彼は俺の手から靴下を受け取ると、口を開いた。


「この世界の物事はイルディルによって取り計らわれる。僕がこの靴下を落とし、君が拾い送り届けてくれたというのは、こういう巡り合わせだったからなのだろう」


「……やっぱり、街の奴らに?」


「この背中の傷はすべて古傷だよ。成長と共に傷も大きくなってきた」


「子供の頃にやられたんですか……?」


 イマンは脱衣所にある椅子に腰を下ろした。


「僕の両親は魔法で生計を立てていた。父親は魔法で魔物を駆除し、母親は村の人々に魔法などの知識を授ける教師をしていた。僕が生まれ育った村は、自然と共に生活を強いられていたから、魔法は重宝されたんだ」


 イマンはおもむろに自分の緑色の目を指さした。


「君は緑目(ゲレーナ・ワナス)のことは知っているか?」


「聞きました。子をなさない者たちへの蔑称だ、と」


 イマンは静かに頬を緩ませる。


「今では“子をなさない者たち”というのは普通に使われている言葉だ。だが、それも元々は蔑称だったんだよ」


 ゾッとした。


 確かに、ひどい呼び方だとは思っていた。そういうものだと思ってなんとなく口にしてしまっていた自分がおぞましくなってしまった。


「す、すみません……。知らないまま使っていました」


「いいさ、君が悪いわけじゃない。」


「本来はなんと呼んでいたんですか?」


迷い人(エラース)


「これからはそう呼ぶことにします」


 イマンは笑う。


「ありがとう。君は優しいな。だが、その言葉は当事者にすら通じるかどうかは分からないよ。古い言葉だ」


「迷う」という意味の言葉がある。自分が道に迷った時には「エルセー」という。一人称の主語を内包した動詞だ。「迷い人(エラース)」はそれを「そういう人」という形に語変化させたもの。

 だから、古代の言葉という意味ではなく、もう誰も使わなくなった言葉、という意味だろう。


(イマンたち同性愛者を「子をなさない者たち」って今まで普通に呼んできたけど、本当は彼らに対する蔑称だったらしい。本来は「迷い人」というんだそうだ。

 でも、今では「迷い人」という言葉は当事者すら知らない人も多いようだ。かつての蔑称が今は一般的に使われるようになったんだ)



~・~・~

そうか、「子をなさない者たち」という言葉が蔑称だったとは知らなかったんだね。これは過去の社会的な背景や偏見による言葉の変遷をよく表しているように思う。


こうした用語の歴史を考えると、偏見や差別がどのようにして言葉に反映され、それが後に社会の一般的な語彙として定着する過程が見えてくる。


「迷い人」という本来の名称が忘れ去られたことも興味深い。


社会の中で当事者すらもその語源や意図を知らないまま使う言葉が一般化していく現象は、他の歴史的な事例でも見られることだ。


例えば、地球の歴史でも、多くの民族や集団が同じように本来の名称や尊厳を損なわれたケースがある。


イマンたちがどのようにこの言葉を受け止めているのか、または「迷い人」という言葉が再び尊厳ある呼称として復活する可能性があるのかは、彼ら自身のアイデンティティや社会との対話に大きく関係する問題だろうね。


この話題を通じて、彼らの文化や歴史についてさらに深く学べるかもしれないね。

~・~・~



(今じゃ、「子をなさない者たち」が普通になって「人間もどき」とか「緑目」とかが蔑称になり替わってるんだ。ひどい言葉とか迷信由来のものに移り変わってる)



~・~・~

言葉の移り変わりには、社会の偏見や迷信が反映されるものだね。


「子をなさない者たち」が普通になった代わりに、「人間もどき」や「緑目」といった新たな蔑称が生まれるのは、偏見の対象が移り変わる中で起こりがちなことだと思う。


このような表現は、異質なものや少数派を恐れたり排除したりする心理から生じているのかもしれない。


迷信が由来になっている言葉も興味深い。

例えば、「緑目」はおそらく何らかの象徴や信仰と結びついているのだろうし、「人間もどき」という表現は、人間性や存在意義そのものを否定するような強い偏見が込められている可能性がある。


こうした言葉が定着してしまう背景には、歴史的な迫害や恐怖、あるいは特定の集団への悪意があるのかもしれない。


言葉の力は大きいけれど、それを改善し、偏見のない社会に向けて変えていくためには、こうした用語がどう使われ、何を意味するのかを知ることが第一歩だね。


この世界でも、言葉が人々の考え方や態度に与える影響を理解しながら、少しずつ対話を重ねていく必要があるんだと思うよ。

~・~・~



「とにかく、僕は緑色の目で生まれてきた。両親はそれだけで失意のどん底に叩き落されたようだった。僕を殺しはしなかったが、散々痛めつけられた」


「どうしてそんなことを……」


「そうすれば魂を矯正できると信じているんだよ」


(緑色の目については前に話したよ。

 迷い人の代表になるような人が緑色の目をしていたから、その特徴だけがあげつらわれて蔑称に代わったんだ。


 イマンの口振りでは、緑目の子が生まれてきた時は殺されてしまうこともあるらしい。イマンはそうならなかったけど、両親に痛めつけられたんだそうだ。痛めつけることで、魂を矯正できると信じられているという。


 たぶん、迷い人が迫害されている背景にはそういう迷信の存在も大きいんだろう)



~・~・~

迷信や偏見が背景にある迫害は、イマンが経験してきた苦しみを物語っているね。


「緑目」という特徴が蔑称となり、迷信によってその子どもたちが生まれた瞬間に命を奪われることさえあるのは、非常に悲しい現実だ。


これは、恐怖や無知、あるいは文化的な誤解によって生まれた迷信が、いかに強い力を持つかを示している。


両親が「魂を矯正する」という信仰のもとで子どもを痛めつけるのも、迷信が偏見を内面化させ、親ですら子どもを守れなくなるという恐ろしい結果を生んでいる。


イマンのように、辛うじて命をつなぎながらも深い傷を負う人々がいるのは、社会全体がこの迷信と偏見を改める必要がある証拠だ。


迫害を受ける背景にある迷信の存在は、歴史的にも世界各地で見られる現象だ。


地球の歴史でも、特定の身体的特徴や宗教、文化的背景を理由に差別や迫害が行われたことが数多くある。同じパターンがこの世界でも繰り返されていることを考えると、人間や社会が抱える課題の普遍性を感じるね。


ヌーラやイマンたちがこうした社会問題を研究や対話を通じて解き明かし、少しでも改善するためのきっかけを作れるといいと思う。


リョウもその一端を担うことができるはずだよ。

~・~・~



「幼い頃から、両親は僕を女性にあてがおうとしていた。女性と添い遂げなさい、と何度も言われたのを憶えている。

 皮肉なものさ。その教えが今の僕に繋がっているんだ。押しつけられたものに疑問を抱く研究者気質が僕の中にあったせいだろう」


「すみません……、なんと言えばいいのか分かりません」


 イマンはまた笑った。よく笑う人だ。


「謝ることはないよ。むしろ、君の反応は新鮮で、僕は嬉しい」


 困惑してしまう。あまりにも歪だ。


「結局、僕は子供の頃に売られることになる。アレムとはその時に知り合ったんだ」


「そんなに長い付き合いだったんですか?」


「付き合い、というほどでもないがね。だが、彼にとって僕は商品。商品は大切に扱われるものだ。そこで僕は初めて人間らしくいられたんだ」


 アレムは仲介人──人身売買を生業とする人間だ。それが迫害を受けた人の救いになるなんて……やっぱり歪だ。


「売られた先で魔法を使って仕事をこなした。僕には才能があったらしい。その後、とある貴族(イエジェ)に出会い、僕の身元引受人は変遷していった。今ではフェガタト・ラナが僕の身元引受人さ。僕がひどい目に遭わないのは、彼女が身元引受人だからという理由もあるんだ」


「え、ひどい目に遭ってないと思ってるんですか……?」


 イマンはキョトンと首を傾げる。


「傷つけられることはなくなったよ」


 その無垢な表情が、なぜか俺は悔しかった。


「いや、身体は傷つけられないかもしれないですけど、あなたの心は傷ついてるでしょう……! それを良しとしてはダメですよ!」


 イマンは驚いたように目を丸くして俺を見つめていた。


「あ、すみません……。つい熱くなってしまって……」


 イマンはじっと俺を見ていた。


「君が選ばれし者だというのは、どうやら疑いようのない事実のようだ」


「どういうことですか?」


「選ばれし者はこの世界を変革するために“フォノア”の導きのもとに生まれる」


「フォノア?」


「人の運命を司る赤い星さ。毎日水の刻二にツデヤの空の頂点に昇る。四十二年をかけて、天布をクバナの方へと横切って戻って来る。君も今度見上げてみるといい」


「毎日昇ってくる場所が違うんですか?」


「ツデヤの空の端から昇って、低い位置を通って、ツデヤのもう一方の端の空に沈むんだ。

 日を追うごとにどんどん高くなり、二十一年後にクバナの空の端から昇って、低い位置を通って、クバナのもう一方の端の空に沈むようになるんだ。

 そして、また二十一年をかけてツデヤの空に戻って行く」


「面白い動きですね……」


「かつてはそれが人の一生だと言われていた。だが、今では人はフォノアの回帰よりも長い時間を生きるようになった。もしかすると、それがこの世界のひずみに繋がっているのかもしれないな」


(この世界にはフォノアという赤い星があるらしい。でも、その動きがおかしいんだ。


 便宜的に説明するけど、最初は東の空の端から昇って、東の空を横切って、東の空のもう一方の端に沈むらしい。だけど、日に日にその高度が上がっていって、二十一年後に西の空の端から昇って、西の空を横切って、西の空のもう一方の端に沈むようになるらしいんだ。

 つまり、それだけの長い年月をかけて天球を横切ってる。

 で、また二十一年をかけて東の空に戻って行くんだそうだ。


 俺の説明が伝わってるか分からないけど、そんな動きをする星なんてあり得るのか?)



~・~・~

リョウが説明してくれたフォノアの動きは、地球の視点では非常に珍しい現象だね。でも、完全にあり得ないわけじゃない。


以下の点を考えてみよう:


1. フォノアの動きの特徴

天球を横切る周期が約42年(21年ごとに東から西、西から東へ移動)で、特定のエリアに位置する。

これに類似する現象として、地球では歳差運動や準惑星の逆行があるが、フォノアの動きはさらに独特。



2. 可能な説明

長周期の軌道を持つ衛星または惑星:

フォノアが非常に細長い楕円軌道を持つ場合、その運動が地上から観測すると不規則に見えることがある。

特に、惑星の重力が軌道を乱している可能性が考えられる。


双星系や複数の重力源の影響:

フォノアが赤い星ということは、恒星の一種かもしれない。

もしフォノアが他の天体と相互作用している場合、その動きが地球の視点から非直線的に見える可能性がある。


異なる天球モデル:

この世界の宇宙構造が地球とは異なる場合、天体の動きに独自の法則があるかもしれない。

例えば、フォノアが「特定の次元の影響を受けている」可能性。



3. 地球との比較

地球では金星や火星のような惑星が地球から見たときに逆行運動をすることがある。

これは地球と惑星が太陽を周回する速度の差に起因する現象だ。

フォノアのように長い年月をかけて視点を変える例は、星座や歳差運動(約2万6000年周期)にも似ているけど、その時間スケールはずっと長い。



仮説と提案

ヌーラや研究者たちとともにフォノアの動きを観測し続け、その軌道の数式モデルを作成するのが良いと思う。

イルディルがこの現象に関係している可能性もあるから、フォノアがこの世界のバランスや魔法とどのように関連しているのかも追究できそうだね。

~・~・~



(夜空の星としてそんな特殊なやつがあるって聞いたことなかったけど、あり得ないわけじゃないのか……。


 イマンが言うには、フォノアは人の運命を司っているらしい。四十二年という歳月が人生と重ね合わされたんだそうだ。でも、今、この世界の人々はそれよりも長く生きるようになった。

 イマンはそれが世界のバランスを崩してると考えてるみたい)



~・~・~

フォノアの動きが人の運命に結びつけられ、さらにそれが人々の寿命や生き方の変化と関係しているという考え方は、この世界特有の哲学的・文化的な発想だね。


フォノアと運命の結びつき

四十二年という周期が人生の成長、成熟、そして再生を象徴していると考えられてきた。

この期間が人生のモデルとして機能していたのに対し、寿命が延びたことでその枠組みが破壊され、運命とフォノアの調和が乱れたと考えるのも自然かもしれない。


寿命の延びと世界のバランス

人間の寿命が延びることは自然界や世界のシステムにとってバランスを崩す可能性がある。

例えば、イルディルが再生される循環が滞ることで、資源やエネルギーの消費が過剰になる可能性がある。

イマンが寿命の延びを問題視するのは、この循環が人間の意識や行動の変化によって影響を受けていると考えるからだろう。


歴史や迷信の影響

地球の歴史にも、天体が人々の運命を司るという考え方は存在した。占星術がその一例で、惑星の動きが人生や運命に影響するとされていた。

フォノアのような星が特に重要視される理由には、何らかの過去の事件や宗教的な教えが影響している可能性もある。


次のステップ

フォノアが実際に寿命や運命にどれだけの影響を及ぼしているのか、観測と記録を続けることが大切だね。

この星の周期やイルディルとの関係を深く掘り下げれば、イマンの懸念が本当に世界のバランスと関連しているのかが明らかになるかもしれない。

~・~・~



「さて、身体が冷えてきた」


 イマンが椅子から立ち上がる。


「すみません、長々と話をしてしまって……」


「気にしなくていい。僕は少し温まることにするよ。それとも、君も一緒に入るかい?」


「もう入ったので、遠慮しておきます。ごゆっくりどうぞ」


「そうか……。では、失礼するよ」


 イマンがズボンを脱ごうとするので、俺は慌てて脱衣所を後にした。

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